梅都の二人をくっつけさせよう大作戦
時期としては残暑あたり。
忙しい合間を縫って何かとお出かけする二人です。
「まぁ普通に考えてライバルとはいえ、確執があるわけでもないから二人がくっついても何ら問題はないわけだ」
二人の少女を前に一人の男が呟く。きょとんとする少女達は理解したのか、男に尋ねる。
「つまり壺鈴様と夢次様の本音を引き出せばいいのですね」
「しかし二人とも意地っ張りだからな」
「清院もですよね」
「な、何を言う! どこが意地っ張りだ!」
「そういうところです」
「ま、まぁまぁ、朱院さんも清院さんも落ち着いてください」
少女の片方がわめき始めて男は慌ててそれを止める。
不服そうな少女―清院はにこにこと笑顔の少女――朱院をにらみながらももう何も言わなかった。
男――梅都はそれにほっと胸を一撫ですると続きを始める。
「ということで、朱院さんと清院さん。どうしたら二人が素直になってくれるでしょうか」
身を乗り出して問う梅都に二人は少し腰を引きながら顔を見合わせる。
なぜ彼が突然こんなことを言い出したのかはわからないが、真面目に考えているようなので朱院はとりあえず意見する。
「だれかが仲介すればお話も進むのではないかと」
「たしかに二人だと全く進まない上に、誤魔化そうとするだろうからな」
「清院の言う通りです」
困りましたね、と朱院の言葉に清院も頷く。梅都もそれに頷きながら、朱院の淹れたお茶を一気に飲み干すと立ち上がる。
「とりあえず夢次様のもとへ行こう!」
「難関はそこじゃからな。同性同士の方が話し易かろう」
「そうですね。壺鈴様はわたくしたちにお任せ下さい」
役割が決まったらしく、梅都は外へ飛び出した。
朱院はどこからか紙と筆を取り出すと、線などを書いていく。
「清院、夢次様は壺鈴様のことをどうお思いかわかりますか?」
「間違いなく好いておるな。本人は認めないが」
「清院も夢次様がお好きなのですか?」
唐突な質問に予期せずお茶を飲んでいた清院はむせた。
「だ、だれがあのような男……」
「困りましたね。複雑な四角関係になってしまいます」
そんなことはおかまいなしに勝手に話を進める朱院の言葉に違和感を感じた清院は、彼女が書いている紙をのぞき叫ぶ。
「何故我まで……というか、おまえが入ってることがおかしいだろう、話の流れからして! なんだこれはっ! 壺鈴とおまえは両想いになっているぞ」
「どこがおかしいのですか。わたくしと壺鈴様が両想いであるのは至極当然のことです。ご不満でしたら梅都様も……」
「いやいやいやいや、おかしいだろう!」
「より複雑になりましたね……どうしましょうか、清院」
朱院に振り回された清院はぐったりと机に突っ伏し一言も喋らなくなった。
けれどおかまいなしに朱院は呟く。
「さて、壺鈴様の本心を聞きに行きましょうか。まぁ、答えはわかりきっていますけれど」
清院が朱院にいいように遊ばれている頃、梅都は風のような速さで夢次のもとへ行き、ストレートに尋ねていた。
「夢次様は壺鈴のことをどうお思いでしょうか?」
「は?」
仕事中に呼び出された夢次は大変機嫌が悪かった。しかし梅都にしてみればいつものことなので、そこは踏ん張って耐えた。
「最近よく二人でお出かけになられているじゃありませんか」
「それはっ……お、同じ反物屋としてのだな。その、コツとか色々な情報をだな……」
視線は明後日の方向。いつもはきっぱり断言口調なのに、途切れ途切れの夢次らしからぬ言葉。
梅都にもわかるほどの動揺っぷりだった。
「壺鈴、夢次様に告白されたと言ってました。『俺のところへこい』……でしたっけ?」
「――っ!」
驚愕の顔で振り向いた夢次はしだいに眉を寄せ、明らかな怒りの表情となるが何を思ったのか、いつもの冷静な様子になる。
思ったより動揺が長く続かなかったことに梅都は少し残念に思いながら次の策を練る。
ところがそれより先に夢次が口を開いた。
「どうせ俺と彼女をくっつけさせようって魂胆だろう?」
今度は梅都が驚く番だった。頭はキレるとわかっていたが、ここまで早く気づかれるとは想定外で、考えていた策も全ておじゃんとなった。
そんな彼の様子に夢次は溜息を吐く。
「百歩譲って俺が彼女を好きだとしよう。で、彼女の方はどうなんだ?相手の気持ちも同じでなければ意味はないが」
「そ、それは今……というより、なんでわかったんですか」
「おまえの考えることは単純だ。ひとつ聞くが、おまえだって彼女が好きなんだろ?ならなぜわざわざこんなことを」
「壺鈴は! ……そりゃあ大切ですが、どちらかというと……妹みたいなもんで。一緒にいられたらとは思いますけどもそういう風には、なれないっす」
それは嘘だと、夢次は言わなかった。本人がそう望むのであればよけいなことは言わない。
職業柄の癖でもあるが、梅都のこと、そして壺鈴のことを考えればわからなくもない。それは自分にも言えることだった。
「だったらわかるだろ。俺も彼女をそういうふうには見れない。わかったか?」
問答無用、これで話は終わったとばかりに店に戻っていく夢次を見て、梅都はとぼとぼと帰路についた。
「梅都様! そちらはどうでした?」
駆け寄ってくる少女二人に梅都は癒される思いになる。力なく首を振ると、そうですか、と朱院が残念そうに呟く。
「こっちは簡単におちたがな」
ところが清院の言葉に、梅都はぱっと伏せていた顔を上げると二人に詰め寄る。
「ほん、ほんとですか!?」
「直接聞いたわけではありませぬが……あの雰囲気からするとそうですね」
「ど、どうやって……」
「ふふ、秘密です」
袖口で口元を隠しながら微笑む朱院に、清院は少し距離を取る。よくはわからないが何かしらかやったのだろう。
「朱院さんはやっぱすごいなぁ」
一人理解できていない梅都は、その言葉に清院が反応したことにも気づかなかった。
「初めて他人に同情したぞ……」
「何か言いましたか、清院」
「今日は散歩には絶好の日和だなと言っただけじゃ」
「では散歩に行きましょうか」
「断る」
「これが巷で流行りの“でーと”というものなのですね」
「明らかに間違っておるな」
少女達の微笑ましい会話の中に聞きなれない単語を耳にし、梅都が「でーと」と呟くと清院が解説する。
「逢引じゃな。外国の言葉らしい」
「なるほど」
梅都がうんうんと頷く。
「最近お二人はよくお出かけになられてますよね。これも“でーと”でしょうか」
そう言った朱院の顔はしかし曇りがちになる。
「ですが……お二方どちらも、寿次様のことで引っかかっているようですね」
核心的な一言に梅都は言葉に詰まる。清院も同じだったらしく、その場に沈黙が降りる。
やがてめんどくさそうに清院が溜息をついた。
「くだらん。好きなら好きだと言ってしまえば楽だろう」
「そうはいきませんよ、清院。互いのことを考えれば、その想いは更に相手を傷つけるのではと慎重になるものです。お二人とも真面目で聡いですから」
三人は同時に溜息をつき、空を見上げた。
帳簿をつけながら壺鈴は少し前に訪れた朱院の言葉を思い返していた。
『あなたの“ココロ”は今何処にありますか?』
明日は久しぶりの休みだからと、夢次といくつか店を回るため、その回る順番を考えていた。そこにいきなり問われるものだからついつい夢次が浮かび、動揺してしまった。そして追い打ちとばかりに朱院にいいように丸め込まれた気がする。
思い出すだけで羞恥に頬が染まる。
しかし思い返すと夢次のことを考える、それ自体は増えていた。前はできれば考えたくも、会いたくもなかった人物なのにと、不思議ではある。
最近は本音で言い合うこともできるようになり、色々変わったとしみじみ思う。
そんなことを考えていると、店の入り口に人影があり慌てて近寄る。
接客モードに切り替えようとしてそれが見知った顔であることに驚く。けれど視線を合わせることができなくて、不自然にならないよう話しかける。
「夢次殿、どうかされましたか?まだお仕事では」
「梅に何か言われなかったか?」
真剣な雰囲気に少し引きながらも首を振る。
「いいえ。彼はここには来ていませんけれど。なにか?」
「いや、それならいいんだ」
なぜかほっとしたような夢次に首を傾げる。
「あらあら、梅納寺の」
「ご無沙汰しております」
奥から母が顔を出す。それはそれは笑顔なので何か嫌な予感がしてならない。
「で、では私は」
「壺鈴。店番はしていますから」
「母様、彼はまだ仕事が……」
「では、娘さんを少しお借りします」
「どうぞどうぞ」
なぜか夢次に手を引っ張られ、店を出る羽目になった。
「ゆ、夢次殿!」
足早な彼のペースについて行けないのと抗議のために名前を呼べば、彼は止まり振り返ると頬を少しかきながら謝る。
最近の夢次はわりと素直だった。少し薄気味悪いがきっと彼も心を開いたということだろう。そういうことにしておく。
「あの雰囲気だと連れ出さないとまずい気がして」
「あれは断るべきだったんです! ああもう……」
母にどう説明すべきか考えるだけで頭が痛くなる。父にまで伝わったらそれこそもう終わりな気がして心の内で嘆く。
「俺といるのがいやなのか?」
「そ、そういうわけではっ……誤解されるのがいやなんですって」
「誤解? どんな?」
「わかってて言ってるでしょう! ほんとにもう」
笑って問う彼にさらに頭を抱えたくなる。
出てきてしまったものは仕方がない。行き先を尋ねればとくにないというので、散歩することにする。
「お仕事の方は大丈夫なのですか」
「とりあえず一区切りついてから出てきたから問題はない」
「それで、梅都殿がどう……とか言ってましたけど」
「それも問題ない」
「もしかして昼間、朱院と清院が来たことに関係あったり…」
言ってからしまったと口を塞ぐ。内容が言えないものだから絶対口にしてはいけないと思っていた。
案の定、夢次は何か聞かれたかと問う。慌てて夢次は梅都に何を聞かれたのか再度問うがやはり教えてもらえず、「そっちこそ」と言い合う羽目になる。
やがて疲れて二人で溜息を吐いた。
とりあえずその話題はやめることなった。
いつしか城下町に入っており、人々が忙しなく動いている。夕暮れ時ということもあり、どこからか良い匂いが漂ってくる。
帰るのだろうか、元気に子供達が走っている。
やがてこの辺りでは有名な神社に差し掛かり、何を思ったのか夢次は鳥居をくぐって行く。手を引かれている状態なのでついていくことになる。
境内の周りにはすっかり紅葉した木々が葉を散らしている。掃除したのか、あまり落ち葉は見あたらない。
「いきなりどうしたんですか」
「もう神頼みしかないと思って」
よくわからないが何かあるらしいのでついていくと、本当に真剣な表情で賽銭を投げいれ両手を合わせている。
今日の彼はおかしいと感じながら、自分も同じように賽銭を入れると両手を合わせる。
そして静かになると、どこからか聞きなれない音を耳にする。不思議に思い目を開けると、夢次も気づいたらしく辺りをうかがい、また手を引かれる。
それは本殿の方から聞こえた。回り込むと、一人の男性が真剣な面持ちで立っている。
その手には弓矢が握られていた。
これ以上梅都がおかしなことを起こさないよう神頼みしていると、僅かだが何かが突き刺さる音がしたので彼女の手を取り本殿のある辺りへ行くと、弓の稽古をする男の姿があった。
そういえばここの神社は弓取り式があるのだと思い出す。果たしてこんな場所で練習するものなのかはわからないが。
帰ろうと振り返ると、彼女の様子がおかしいことに気づく。男のいる方向を見て固まっているので、声をかけようとするがしだいに顔が青ざめていった。
ただごとではないと慌てて本殿の反対側へ連れて行く。両肩を掴むとしがみついてきた。
「どうした。気分でも悪いのか?」
「……かないでっ」
「なんだ?」
「いかないでっ……置いてかないで!」
か細い叫びだった。それでやっと思い至る。彼女は未だに囚われていたのだ。
震えるその体を抱きしめる。
「行かないで!」
「置いていかない。おまえを置いてなんていかない。どこにも行かない。ずっと、そばにいる」
しゃっくりあげ泣き出す彼女の体は華奢で、年頃の娘にしては細い。
「置いてかないで」と繰り返す彼女に同じ言葉を繰り返す。気の利いた言葉なんて思いつかず、どうすればいいのかもわからなくて。
おそらくあの矢を見て兄が死んだときのことを思い出したのだろう。目の前で見てしまったから、兄の死は自分などより彼女の方が数倍も重くのしかかっている。気真面目な彼女のことだからきっと誰より責任を感じ、忘れることはないのだろう。
「俺はここにいる。ずっと、おまえのそばにいるから…もう泣くな」
「いかないで……」
「もう大丈夫だ、壺鈴。ずっとそばにいる」
やがてしがみつく彼女の力が緩み、そのまま気を失ってしまった。
「どうしろっていうんだよ…」
彼女の頭を撫で涙を拭う。
空から鮮やかな落ち葉が舞った。
額にあたたかいぬくもりを感じ、重い瞼を開く。
「おはよう、寝ぼすけ」
聞きなれた声。目の前には見知らぬ天井。
そっと首を横にすると、いるはずのない人がいて思わず飛び起き叫ぶ。
「ど、どういうこと!?」
気づけば服も寝間着に変わっている。それに気付いたのか夢次がああ、と呟く。
「着替えは母上がした。俺はいきなり倒れたおまえをあそこから運んだだけだ。安心しろ」
淡々と言う彼の言葉で、神社でのことを思い出す。途中から曖昧だったが、意識がなくなったことはたしかだった。
反対側の窓を見ると綺麗な青空。
「も、もしかして日付……」
「変わってるな。つまり一泊。ここの方が近かったしな」
「……」
後のことを考えると冷や汗が出る思いだった。
「家の方には連絡してある。それと、着替え置いとく」
そういうと夢次はさっさと行くが、途中振り返るとにやりと笑う。
「良い寝顔だった」
「――!?」
それだけ言うと足早に出て行ったので文句も何も言えず、その場に座り込む。
優しいのか意地悪なのか。
あまり思い出せないが昨日、おそらく取り乱した気がする。
抱きしめられた感触を思い出し慌てて思考を中断する。
迷惑をかけてしまったのはたしかなので、着替えて彼に謝らなければならない。
手早く身支度を整えると、襖を開ける。
「終わったか」
思わず叫びそうになり、横に夢次が立っていることに気づく。
「なんだ、その顔は」
「そんなところにいるとは思わなくて…」
頬が火照るのを感じ慌てて俯きながら答えると、腕を掴まれた。
驚いて顔を上げてしまう。
「おまえ、ちゃんと食ってんのか?」
なぜか真剣に聞かれ、驚きながら答える。
「…きちんと三食食べてますよ。なんですか」
「いや。にしちゃあ軽いなと思ってさ」
そういえば彼が運んでくれたと言っていたのを思い出し、一瞬羞恥を感じるが見透かされていそうでこわくて顔を上げることができなかった。
食べてはいるけれど、あまり喉を通らないのは事実だった。
ふと頭を撫でられ、そのまま彼の指が頬に触れてきた。
見上げれば眉を寄せる夢次。けれどそれは怒っているときのではなくて。
心配させてしまったのだと気付いたけれど、声が出なかった。
きっと何もかもわかっている。それでも口には出さない彼に詫びるべきか感謝するべきなのか、わからなかった。
「辛かったら我慢するな。俺のところにこい」
その言葉は不思議とすとんと落ちてくる。思わず溢れそうになる涙を息を吸って押しとどめる。
「夢次殿、何か悪い物でも食べました?あ、最近たちの悪い風邪が流行ってるらしいですよ。喉の痛みとか、熱はありますか?」
「……おまえ、ほんとに可愛げないよな」
溜息をついて歩き出す彼。言葉とは裏腹に、握るその手は優しかった。
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→帰宅後
壺鈴父&壺鈴母&壺鈴
「嫁入り前の娘が他人の家に泊まるなど言語道断だ!」
「まぁまぁ、あなた。大目に見てあげてくださいな。何もなかったみたいですし」
「当たり前だ! 何かあったら……」
「それよりもあちらにお礼をしなければですよ」
「それはもちろんする。いいか、これ以上勝手な真似は許さん。勘当するぞ」
「申し訳ありません、父様」
「それで、彼とはどこまでいってるの? 壺鈴」
「なっ……なにをいうんですか、母様! 彼は友人です!」
「慌てちゃって。何かあったのね?」
「なんにもありませんってば!」
「梅納寺夢次めー! ゆるさんっ!」
「父様! 何もありませんってばー!!」
「ほら、今日は“でーと”だったのでしょう?」
「“でーと”?」
「逢引」
「母様もうよけいなことはー!」
「しばらく外出禁止だ!」
「……orz」
↑その話を聞いて
朱院&清院&梅都
「梅都様、どうやらお二人の心配は無用みたいですね」
「なかなかやるのう、夢次」
「これでもう安心だな」
「やっぱり夢次様は壺鈴様のことお好きなんですね」
「証明してしまったな」
「最初から素直になればいいのによぉ」
「それができぬのが恋というものです」
「なぜわかりきったように言う」
「女の子なら誰しも夢に見るものです。清院もそうでしょう?」
「そんなものは見ん!」
「アウトオブ眼中」
「!?」
「!?」
ありがとうございます。