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梅桜物語短編集  作者: 城谷結季
閑話
1/8

童心(わらべごころ)

梅桜物語本編後からあまり時間は経っていません。五月初めくらい。

夢次視点。

 どこかで若い鶯の泣き声が響く。

 それを聞きながら近道しようと路地に回れば、一人の女性が屈み込んで何かしていた。

 こちらに背を向けているので何をしているのかはわからないが、一人分しか通れない道を完全に塞がれて軽く苛立ちながら声をかけた。

「何をしている」

 振りかえった女性は困り顔で笑む。白いかんばせに華やかな印象の化粧。思わず艶やかな着物に目がいく。

「道を塞いでしまいましたね。どうぞ」

 そう言って脇にのいた彼女の手には、片足分の草履。それを見てやっと理解した。

「貸してください」

 とまどったような女性はやがておずおずと草履を差し出してきたので、それを預かると手早く直す。紐が切れただけだったので、手持ちの手巾で繋げた。

「ありがとうございます。見ず知らずの優しい御方」

「梅納寺夢次と申します。あなたは?」

「黄蝶……とお呼びください」

 にっこり微笑んで女性は立ち去る。「また」となぜか次も会うかのような言葉を残して行った。

 首を傾げながらもとりあえず道は開いたので進み、いつもの大通りに出る。

 相変わらず賑わう様を眺めながら先程の女性のことを思い出し、彼女の困った笑みが別の人物に重なる。

 普段なら通り過ぎていたが、あの笑みで思わず助けてしまった。

 花見の後も何度か顔を合わせたが、自分といる時彼女はいつもあの笑みを浮かべるのだ。それを見てから配慮が足りなかったと思うのだが後悔先に立たず、妙な自尊心が邪魔して謝罪できず、ぎこちない雰囲気が彼女によって切り替えられるのがいつもの様子なのだ。

 彼女の優しさに甘えているとつねづね思う。

 一人息を吐くとよく知った声が聞こえ目をやれば、まさに今思い出していた彼女だった。

 何やら数人の子供たちに囲まれている。

 何か話しながら子供達の頭を撫で、それは楽しそうだった。

 そうしているうちに彼女は子供に両手を引っ張られ、どこかに連れて行かれる。

 少しばかり好奇心がうずき、後をつけた。

 土産屋が並ぶ通りを過ぎ、しだいに城下町の中心部からは遠ざかり、やがて一軒の古ぼけた店にざわざわと入って行く。

 少し近づくと、駄菓子屋だとわかった。つまり彼女はいいカモにされたということだろう。

 店の中に目をやると、嬉しそうに吟味し選ぶ子供達。一人の子供が何か文句を言うが首を振る彼女。何か基準があるらしく、子供達は何度も彼女に尋ねている。

 子供が諦めると彼女はこちらに目を向けた。隠れるということも忘れて、立ち尽くしたままだった。

「夢次殿!?」

 小走りに駆けよって来る。その後を追おうとした子供が店主に頭を叩かれ、「買ってからだ!」と怒鳴られていた。

 笑顔で見上げてくる彼女は、今日は緑の着物。落ち着いた色合いでまた違う雰囲気だった。

 話し出そうとした彼女を、子供達が呼びとめる。

「壺鈴ー! はやくー!」

「お姉ちゃーん」

 慌てて振り返り、謝ってまた戻る彼女について店に入る。

「お姉ちゃん、その人だれー?」

「つきあってんのか?」

「そういうんじゃありません。ほらほら、いいから早くおじさんとこ行って」

 やけに慣れた様子で子供達をあしらう。赤い巾着を出した彼女の手を止め、店主の方へ行き金額を聞いて手を突き出す。

「夢次殿! それは……」

「俺が払います」

 袖を引っ張る彼女の抗議を無視し、払い終わると子供達は途端に騒ぎ出す。

「今日は兄ちゃんか!」

「お兄さんありがとうー!」

 わいわいとしながら子供達は手を振り笑顔で去って行った。

 二人並んで店の外へ出れば、彼女は頭を下げてくる。それほどのことでもないのに、彼女はいつも律儀だった。

「いつもあの子達に駄菓子を買ってあげていたのですか?」

「いつもというわけではないのですけど……」

 苦笑いしながらやっと彼女は顔を上げる。軽く頬を掻きながら話し出す。

「目標を決めて、それができたらと約束しているんです。漢字を覚えられたらとか、お手伝いができたらとか。最初は近所の方に子供さんのことで相談受けただけだったんです」

 それがいつの間にか、と付け足す。

 たしかに子供ならその方法が一番効果的なのだろうが、自分が同じことをしようとしても変わらない。彼女だからこそ子供達も言うことを聞き、あそこまで慕うのだろう。

「子供、好きなのですね」

 はい、と明るく返してきた彼女は本当に好きなのだろう。

「夢次殿は?」

「普通、ですね。とくに嫌いというわけではありませんが、苦手ではあります」

「苦手?」

 改めて聞かれると返答に困る。察したのか、彼女はゆっくり話す。

「私も初めはどうすればいいのかわからなかったんです。兄弟もいなかったから、どう接したらいいのか、どうしたら理解して受け入れてもらえるのか悩みました。突然の行動も予測できなくて……あの子たちは素直だけれどとても敏感で、その人の機嫌が良いか悪いかすぐに気付いてしまうんですよね。何でも見抜かれていそうでこわいと思ったこともありましたけれど、きちんと目線を合わせればわかってくれました」

 胸の上で両手を合わせ微笑む。だから、と続ける。

「夢次殿も大丈夫ですよ。あの子たちと話してみてください」

「遠慮させてもらう」

 きっぱり断れば、またあの困ったような笑み。

 わかっているのに気の利いた答えを言えず、いつもこんな顔にさせてしまう。

「あなたが一緒なら、いいですよ」

 そっと付け足せば笑顔に戻る。

 それは出会ってから初めて見る彼女の最高の笑みだった。


*******************************************************

――その後――

壺鈴&夢次

「夢次殿、今日は本当にご迷惑おかけしてしまい……」

「いらん! 何度言ったらわかるんですか! 俺がやりたくてやったんです」

「でもっ」

「子供達は喜んでいたのですからいいでしょう」

「あ! それなら私がおごります。ご飯食べに行きましょう」

「女性に払わせるわけにはいきません」

「またそういうことを」


朱院&清院

「何かまた怒鳴り合ってるな」

「まるで夫婦喧嘩のようですね、清院」

「しかも話題は子供のことか」

「仕方のないことです。こうしてきちんと話し合い子供のことを考えるのが親の務めですから」



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