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自作小説倶楽部 第24冊/2022年上半期(第139-144集)  作者: 自作小説倶楽部
第141集(2022年3月)/季節もの「分岐点」(春分・春一番・卒業・春休み)&フリー「疫病」(コロナ・防疫・免疫)
9/25

01 奄美剣星 著 疫病 『ヒスカラ王国の晩鐘 24』

「野良」使い魔の考察。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「水族館にて」





 ――『使い魔図鑑』――


 その人は、自邸のアトリエで図鑑用の絵を描いていた。蛸、烏賊、海老……挿絵の生き物たちは、いずれも、魚貝類に似て異なるものだった。

「大佐殿、魔物でありましょうか?」

「パスカル大尉、魔物とは、何者とお考えですか?」

「星幽界からくるエレメンタルな生物というところでしょうか。人は、『甲殻=ボディ』で覆われていますから、基本、異界の者たちからの攻撃は無効化されていると、説法僧に聞いたことがあります」

「例外もあります。使い魔の存在。使い魔は、魔道士によって、動物を虐待死させる瞬間に、野生エレメンタルを憑依させ、人工的な、害を与えることが可能な、エレメンタルに作り替えたものを言い、私が幻視で確認した使い魔は、現在のところ二百種を数えています」

「魔道士が作り得た使い魔たちは二百種……、数千年かけた割には、いささか少のうございますな」

「それだけ、使い魔の生成というのは、難しいものなのよ」

 予備役大尉で、つつましく田舎暮らしをしていた私、ロメオ・パスカルは、ヒスカラ宮廷に召され、王族であらせられるカミラ・ヒスカラ大佐の副官となることを命じられた。副官というのは、要は秘書で、彼女付きの執事・従者のようなものでもあった。

 姫大佐は、白銀のロングヘアで、紺色の帽子とジャケット、裾の短いワンピースに、ガーターベルトが少し悩ましい。見かけは一五、六歳の少女のようだが、資料によると、還暦に入ったとのことだ。大佐は、ヒスカラ王国の同名王都の居館に住んでおられる。

 当初、私は、姫君が大佐職とはいっても、名誉職のようなものと考えていたが、予想はだいぶ違っていた。

 姫大佐は、よく水族館に足を運び、写真をとり、自邸アトリエでプリント・アウトし、それを参考にしつつ絵筆をとる。彼女が制作している図鑑の絵は、水彩画だ。なぜ、水族館なのかというと、今どきの魔導士たちの間で流行の使い魔は、海洋生物なのだからだそうで、水族館には、エレメンタルの依代である、蛸、烏賊、海老……といった魚介類で溢れている。そのため、使い魔たちは、本来の『仲間』たちのもとに戻ってくるというわけだ。そういった使い魔たちは、実をいうと生成主の魔導士が死亡して、「野良」になった者たちだ。

 魔道士が、使い魔に与える「ペット・フード」は、血液または、香だ。血液は年一度ほどやれば良いが、香は血液ほどの栄養価はないようで、月数回やる必要がある。しかも使い魔どもは、香料が合わないと、飼い主に咬みついてくるから厄介で、取り扱うには熟練を要する。

 「ペット・フード」を与えられなくなった「野良」は、水族館飼育員や、来館者を襲って、精を吸い取る。館内にいる何人かがときたま、貧血症状で失神しかけるのは、そういった事情がある。……一種の吸血鬼ではあるが、悪意をもった飼い主が故人であるため、現役時代のように、捕食はしても、必要以上に人を殺害することは滅多にない。


 春の休日。水族館には家族連れが押し寄せる。

 勤勉な大佐は、本日も写真撮影だ。助手の私は、カメラ・ギャジットを持って後に続く。

「あら、大物だこと」

 鮫形エレメンタル!

 体長三メートルはあるだろう、大型「野良」使い魔。空腹状態であるこんな奴が、子供を捕食しようものなら、一気に「精」を吸われて、即死するのは確実だ。

 鮫形が、三人家族の童女に狙いを定めて、襲い掛かろうとした。

 ――仕方ない。

 私は、内ポケットの折り畳み式ナイフで、自分の腕に切り込みを入れ、術式詠唱した。

 すると、水族館がウリにしている大水槽から、十メートル級の海獣のようなものが、飛び出してきて、「鮫」を捕食した。――読者諸君はお気づきのことだろう、実を言うと、私も魔道士なのだ。

 童女はスキップし、三人家族は、何も気づかずに、次の展示室に歩いて行った。


「ごめんあそばせ、パスカル大尉。流石に、鮫クラスになると私の召喚術式で対処することは難しくってよ」

「御謙遜を、大佐殿」

 銀色の髪をした王族将校が小首を傾げて微笑んだ。

 大佐の『使い魔図鑑』にも「鯱」が載っていたのを記憶している。

「あれを召喚するためには、多量の血液が対価として必要になる。それを妾にさせるおつもりですか?」

 つまり用心深い大佐は、こういう事態に備えて、私を副官に召されたというわけだ。

 姫大佐が制作している『使い魔図鑑』は、撮影により「野良」使い魔の魂魄を封じ込め、さらに、魔道士である彼女が扱いやすいよう、お手製の図鑑に描き直している。――言い換えれば、「野良」使い魔を再び「ペット」化している次第。使い魔が図鑑に封じ込められている間は、フリーズ状態で「餌」要らずの超便利魔道具だ。――烏賊や海老程度の代償は、ピンで指を傷つけたときに出るほどの量でいいが、巨大になると、大人の致死量に近い一リットル相当量が必要となる。一リットルも必要な大食いは、上限となる鯱のエレメンタルだ。

 鯱形使い魔は、少なくとも二十世代を重ねた家系の魔道士でのみ、扱うことが可能だ。先の大戦の影響で、古い魔道士家系が潰し合いを演じた結果、いくつかの家系が断絶している。――ヒスカラ王国はもちろん、ノスト大陸で、鯱形使い魔を「ペット」にしているのは、姫大佐を除けば、今やこの私だけになったようだ。


          ノート20220331

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