十四話「酒屋」
「ぶーん。ぶんぶんぶーん。原付ぶーん」
休日前の夕方は、なんとなく心が躍る。
きつい仕事を終えて、原付で帰路についている時なんかまさにそうだ。
今日はいくらでも夜更かしできるから、これから気分のままに寄り道するぐらいはできる。
ぶっちゃけどこにも寄らずに家に帰るのはなんだか味気ないから、どこか寄りたいものだ。
「どこに寄ろうかな」
綺麗な夕焼け空を見上げながら頭を回す。
いつものコンビニやスーパーは気分じゃないし、どうせなら普段は行かないところに行ってみたいな。
「本屋……読みたい漫画もないしなぁ。今月のゲームも食指疼かんし」
場所が浮かんでは消えて、また別の場所が浮かんでは消える。
どうにもこうにも、寄ってみたいってなる場所が出てこない。
「あ、待て。この先にあの酒屋あったよね。割と最近に新しい納品先になったやつ。……今日はあそこの酒を飲もうっか」
◆
今日寄った酒屋は、ちょっと特徴的なラベルをした日本酒をウリにしている酒屋だ。
一文字の漢字が中心に描かれている、そういうお酒だ。
だから当然、そのお酒を買った。
帰って飲むのが楽しみだ。
「ただいまだぞにゃん助ー」
うっきうきのほっくほく顔でアパートに着いて、ベッドの上に転がっていたぬいぐるみのにゃん助に飛びつく。
割と前にデパートのゲーセンで手に入れた、俺の友達。
すごくモフモフ。
「今日は酒屋に寄って普段買わないような酒買ったぞー。今日それ飲むぞにゃん助ー」
にゃん助を抱きしめながらベッドの上を寝転がる。
まだ飲んでないのになんか酔っているみたいだ。
もふもふ。
「とはいえ、お酒冷蔵庫に突っ込んでしばらく冷やさないとなー。その間、ゲームでもしようかね?」
にゃん助の頭を撫でながらゲーム機が繋がるテレビの方を見やる。
ちなみにお酒はもうすでに冷蔵庫に突っ込んであるから、後は本当に冷えるまで時間を潰すだけなのだ。
その時間を潰す方法が問題だったりするのだが。
今手元にあるゲームは一通りクリアしてしまっていて、リプレイするには若干飽きているのだ。
もっふー。
「もっふー」
とはいえ、今のこの身にはにゃん助のもふもふがある。
このもふもふがある限り、多分勝つる。
もふもふがあればおれはむてきなのだー。
「……とりあえず風呂だけ先に済ますかー」
◆
「うまうま」
今日の晩御飯は、スーパーで買った冷凍の竜田揚げ。
割といつもの感じだ。
いつもの感じでうまい。
だからスーパーに寄るたびにこれを買うのだ。
うまい。
「さて、お待ちかねのお酒じゃーい」
それを半分ぐらい食ってから、冷蔵庫で冷やしていたお酒をグラスに注いで飲む。
「やっぱりあまーい」
そう。
このお酒、日本酒の癖してかなりフルーティーな味なのだ。
あまりにもフルーティーすぎて初めて飲んだ時はすごくびっくりした。
少なくとも日本酒と思って飲むものじゃねぇ。
「……いやまじであまい」
とはいえ、そうでなかったらおいしいかなーと思って今回二本目を飲む。
なんとなくチューハイのようで、でもやっぱりチューハイじゃない。
それが独特の癖になって、まぁたまになら悪くないという感じのお味だった。
「にゃん助ー……」
とはいえ、だ。
それはつまり当面はもういいやって感じということである。
この酒が不味いというよりは、ただ単にこの身の舌と合わなかったというべきか。
普通に酔うなら、いつものチューハイとかスーパーで売ってる安い日本酒とか、そういう飲み慣れたものがいいだろう。
今回あの店によって得た収穫は、前回と全く同じそれだった。
「なんだかままならないにゃんよにゃん助ー」
◆
「おや、えらい別嬪さんがおるのぉ。あんな可愛い娘、この辺でおったかのぅ」
「ええ、あの娘はうちへ納品しに来るドライバーさんなんです。酒に興味があるみたいで」
「え、成人してるの? どう見ても中学生じゃろあの娘」
「納品は何回か来てますし、二回は酒を買っていかれますし、一応その時に免許証見せてもらいましたから大丈夫ですよ。……私も最初はびっくりしましたけど」
「はへー……。世の中には不思議なことがまだまだあるんじゃのう……」




