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氷竜の娘  作者: 春風ハル
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274.見抜く視線

 トファルドとリエティールが外に飛び出した時、襲撃者はセルフスに向けて針の投擲をしようとしていた瞬間であった。

 このままであればセルフスは確実に攻撃を受けてしまう。しかしトファルドがそれを易々許すわけがなかった。


「させんっ!」


 彼はそう言うと、持っていた杖の先端を、セルフスに向かう針の射線上に向けて振り下ろす。すると、地面に叩きつけられた瞬間、その箇所からまるで衝撃波のように地面の土が盛り上がり、壁となって針を防いだ。


「今のうちに退けっ!」


 トファルドがそう叫び、セルフスも急いで屋内へと退避する。

 だが、当然ながら重い武器を振り下ろした彼の後隙は大きく、戦闘慣れしていないトファルドがそれをカバーする術を持っているわけもなく、無防備な姿を襲撃者の前に晒すこととなった。

 彼が何とかして攻撃を避けようと体を動かした時には、襲撃者はすでに針をその手から投げていた。痛みを覚悟し歯を食いしばった彼の前に躍り出たのは、他でもないリエティールであった。


「なっ……」


 危険だ、とトファルドが口にするよりも先に、リエティールはコートを翻して針の前に防ぐように広げた。針が触れる瞬間に硬化したコートは、キインッ、と高い音を立てて針を弾き落とした。

 それを見たトファルドと、そして襲撃者も同様に驚きを露わにして、動きを一瞬止めた。

 すかさず、リエティールは槍を振るって畳みかける。しかし、襲撃者は寸でのところで飛び退き、刃はフード部分を掠めただけであった。

 襲撃者はリエティールを危険だと判断したのか、鋭い視線を送った。目元が隠れているにもかかわらず、痛いほど感じるその視線は、先ほどのようにただじっと見つめるようなものではなく、好戦的な気配も含むものであった。


「……すまない、私は後方支援に徹する」


 その間に、トファルドは急いで立ち上がりそう言い残して後方に下がる。いくら離れたところで襲撃者の投擲力であれば庭にいる限り安全圏ではない。

 だが、先程のリエティールの行動を見て、その背後に隠れる位置取りであれば危険を減らせることを理解していたため、離れすぎずすぐに回り込めるような距離を見計らっていた。

 リエティールを盾にするような行為は、トファルドにとって心苦しさを覚えるものでもあったが、命に係わる戦いの場である以上、活かせるものは全て活かすべきだという判断をした。

 リエティールはその言葉に、襲撃者を睨んだまま小さく頷いた。その表情は真剣なものであったが、額には汗が伝い、内心は酷く緊張しており、心拍の音で声もかき消えてしまうのではないのかというほどであった。

 その状態は、初めて行った森の中で、ルボッグの新種であるヤーニッグと対峙したときに似ていた。勝てるかどうかわからない、恐ろしい相手と向かい合う。

 しかし、その時とは違うのだと自分に言い聞かせる。あれから時と経験を経て、リエティールも多少の戦闘技術を身につけた。後方には信頼できる存在がいて、相手も確定ではないが魔操種シガムではなく人間ナムフである。まったくの未知ではないのだ。


「……ふっ!」


 一呼吸おいて、まず先に動いたのはリエティールであった。

 相手は暗器使いであり、素早い身のこなしと遠距離の攻撃を得意としている。そして恐らくは近接武器も身につけているだろう。そんな相手に対してリエティールが戦うべきは、中距離の間合いであった。相手に詰められる前に自分から攻め、ペースを握らなければ優位には立てない。

 当然、リエティールが攻めれば襲撃者も動き出す。最初の一、二撃は躱したが、続く三撃目では懐から取り出した短剣で攻撃を往なした。やはりリエティールの予想通り、近接戦用の武器も隠し持っていたのだ。

 リエティールも短剣を持ってはいるが、まだ解体で使ったことがある程度で戦闘での扱いはほとんどない。同じ土俵に立てば一気に相手が有利になることは間違いないだろう。

 そうは理解していても、やはり襲撃者の戦闘技術は凄まじく、リエティールの一撃の間にさらに上のスピードで攻撃を仕掛ける。やがて攻めの体制から守りに徹しなければならない状況へとひっくり返り、リエティールの顔に焦りが浮かぶ。

 ふと、襲撃者はリエティールの背後に目を向けると、不意に短剣を振るう手を止め、足元のぬかるんだ泥を蹴り上げ、リエティールに浴びせた。


「わっ……」


 思いがけない行動に驚き、リエティールは泥を防ぎようもなく浴びる。だが、顔にかかって視界が塞がれることはなく、むしろ動きが変わったことで距離を取り直す隙が生まれた。


「……」


 襲撃者が再びリエティールの背後に視線を向ける。そこでは、準備した魔法を急いで取り消しているトファルドの姿があった。

 リエティールに泥を浴びせたのは、彼女の体にもフルールの放った液体を纏わせるためであった。その液体はただの水ではなく、先程のセルフスの矢で雷撃が走ったように、雷を通す性質を持っていた。

 そしてトファルドは、今が好機とばかりにまだ濡れている地面を通して襲撃者を感電させようと、杖の先端に雷を纏わせていたのだ。

 だが、両者ともその液体を被ってしまった以上、迂闊に雷の魔法を放てばリエティールまで巻き込んでしまう。

 両者とも感電すればそれはそれで襲撃者もダメージを受けることになるが、トファルドはそれを戸惑ってしまった。すでにリエティールを盾にしているという判断も心苦しいものであったがために、これ以上は、という無意識の抑制が発生してしまったのだ。

 襲撃者の優れた観察眼は、そうしたトファルドの性質まで完璧に見抜いていたのだ。

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