273.鋭い一撃
庭に飛び込んできた人影は、この場にいた誰の想像よりも小さいものであった。齢で言えば恐らくリエティールとそう変わりなさそうな大きさで、全身を黒い布で覆い隠している。
高所からそのまま落下してきた襲撃者は、綺麗な着地を決めてすぐに立ち上がる。その軽やかな身のこなしはかなり熟達したもので、明らかに普通の子供ではないことが分かる。
「止まりなさい」
まずそう声を発して現れたのはルーフェカであった。正面玄関の上にあるバルコニーに出てきた彼女は、魔道具なのか、先ほどまで来ていた服の上にさらに重ね着をしており、その手には長い鞭のようなものを持っていた。
彼女がその鞭を振るうと、軌跡に沿って鋭い風が発生し、襲撃者めがけてまっすぐに飛んでいく。襲撃者はそれを後ろに跳んで回避する。風は先ほどまで襲撃者がいた場所の地面に衝突し、キラキラと砂埃を上げた。
回避と砂埃による視界の妨げにより、ある程度の動きを制限することはできるが、如何せん一つ一つの動作が大きいため隙ができてしまう。このままではルーフェカに襲撃者の攻撃が飛んでいくだろう。
「そーれ!」
そこに続けて、右手の二階の窓からフルールが何やら玉のような物体を投げる。それは空中で弾けて雨のように液体を降り注がせた。
液体により砂埃は落ち着いたが、流石に撒き散る水を避けることは難しく、襲撃者は全身を濡らす。フルールはその後も玉を投げ続け、雨を絶やさないようにしている。濡れた服は少なからず煩わしく、足元もぬかるみ、先程よりも動きは疎外される。
ルーフェカに対して攻撃を準備していた襲撃者であったが、雨を止めるべきと考えたのかその顔がスッとフルールの方を向く。その右手には針状の武器が構えられていた。先ほどの窓に当たった時の威力を考えると、まともに食らえばひとたまりもないだろう。
「くらえ!」
そこに、左手で身を潜めていたセルフスが攻撃を仕掛ける。その手には弓に似た形の魔道具が構えられており、番えられている矢は先端が尖ったものではなく、小さな命玉が埋め込まれている。
「!」
それを見た襲撃者は瞬時に何かを悟り、壁を越えた時と同じようにその場から大きく飛び上がった。
直後、セルフスの放った矢が地面に直撃し、周辺に雷撃が走る。リエティールは初めて見る、雷属性の魔道具であった。
激しい雷撃はバリバリと音を立てて雨も伝うが、寸でのところで雨より上に跳びあがった襲撃者までは届かなかった。もしもあと少し遅ければ、その全身を雷が襲っていただろう。
だが、跳躍後は落下の隙が生まれてしまう。襲撃者が跳躍を使って一気に攻め込んでこなかったのも、リエティール側の全体の戦力がわからない状態で隙を晒したくはなかったためであったのだ。
飛び上がってしまった以上、落下は避けられない。勿論、その隙を逃すわけもなく、フルールは自分の攻撃は届かないと判断して窓を閉めて退避し、ルーフェカは鞭を振るい、セルフスは再び矢を放った。
そのままであればほぼ確実に当たるであろう軌道に放たれた二つの攻撃だったが、襲撃者もそれを黙って見ているわけもない。
風圧の衣らしき魔道具を翻すと、上に向かって風を放ち落下を瞬間的に加速させたのである。その一瞬で攻撃は逸れ、襲撃者の上をギリギリ通過していった。
そして、襲撃者の行動はそこでは終わらなかった。
「っあ、ぐ……!」
攻撃後の隙を狙い、襲撃者は手に持ったままであった針をルーフェカ目掛けて放ったのだ。それはルーフェカの右肩に突き刺さっていた。いくら魔道具で身を守っていたとはいえ、強化されたガラスに罅を入れるほどの威力である。その威力は計り知れない。
ルーフェカは鞭を取り落とし、よろよろと後ずさった。戦闘慣れもしていない年を取ったその体に、鋭い攻撃による攻撃はかなりの痛みを与えていたが、それでもルーフェカは気概だけで膝を折らずにいた。
「母上っ!」
「お母さま!」
セルフスとフルールの悲鳴が同時に上がる。その表情からは疾うに余裕は消え去っていた。
セルフスは怒りをあらわにし憎しみの視線を向けると、これ以上の追撃はさせまいと更に矢を放ち自分に注意を引く。そしてフルールはバルコニーまで一目散に走ると、ルーフェカを抱えるようにして急いで中に引き入れた。
「行くぞ! これ以上はセルフスも危険だ!」
声を荒げ、トファルドは居ても立っても居られないといった様子で玄関扉へ勢いよく進んでいく。その顔にはあからさまな怒りが浮かんでいた。ぎりっと歯を食いしばるその顔は、襲撃者に対するものもそうだが、ルーフェカを傷つけさせてしまった自分に対する怒りも浮かんでいた。
リエティールは自分のせいで周囲を巻き込んでしまったことに申し訳なさと後悔を感じ、顔を苦しげに歪めたが、今はそうしている場合ではないと気を持ち直し、槍を両手で固く握りしめると、一つ頷いてトファルドの後に続いて外へと向かった。




