272.炎の向こう
ルディカが奥へと向かうのと入れ替わりに、トファルドをはじめとした残りの面々も何事かと慌ただしく姿を現した。リエティールはセルフスにしたのと同じ簡潔な理由を伝えた。
屋敷に降り立ってからは視線が途切れていたが、恐らくこの場所へ来たことはバレているため、襲撃者がずっと追いかけてきていたことからその走力を考えると、もう間もなくここへ到達するであろう。
「ごめんなさい、迷惑をかけて……」
「気にするな、危険な時は頼れるものは何でも頼るものだ」
申し訳なさそうに委縮するリエティールの肩に、トファルドは優しく手を置いて首を横に振りそう言った。普通であれば多少なりとも厄介事を持ち込まれたことに対していくらかは負の感情を抱くものだが、トファルドはそういった感情を感じさせない表情であった。
「私たちは確かに武には秀でてはいないが……」
「魔道具の扱いなら任せてね。 ふふ、初めてだからちょっぴり不安だけれど……」
リエティールを励ますためか、セルフスとフルールがそう言って何やら魔道具らしきものを取り出して見せる。
「まあ、まずは我が家の防衛機能をどれくらいで突破してくるか、だが……」
トファルドがそう呟き終わるや否や、屋敷の外で激しい魔力反応が起こったことを感じ取り、リエティールは反射的に近くの窓に駆け寄ってそちらの方向を覗き込んだ。見ると、外周を囲む壁の一部が激しく燃え上がっている。どうやら防衛機能が作動した様子であった。向こうも待ち受けているのを理解しているのか、どうやら隠れる気はなさそうである。
リエティールのように余程高い位置を飛んでこない限り、壁の上をある程度の大きさのものが通過すると炎が出る仕組みになっている。大抵の侵入者はこの時点でかなりのダメージを負う。だが、炎の中に人影はなく、何かを投げ込んで機能を確認したらしいことも分かった。無鉄砲に飛び込んでこないあたりを見ると、それなりの冷静さも持ち合わせているようである。
リエティールがそれをじっと見つめていると、不意に背後からトファルドが手を伸ばし、
「下がりなさい」
と言い、そのままリエティールを持ち上げて素早く窓から引き離した。その直後、
「きゃっ……!」
ガキンッ、という激しい音とともに、先ほどまで覗き込んでいた窓に対して何かがぶつかった。窓を突き破るようなことは起こらなかったものの、明らかにリエティールを捕捉しての攻撃であった。
「壁の向こうから強化されたガラスに対してこの威力……」
窓を見たトファルドは、表情を険しくしながらそう言った。攻撃された窓はぶつかった場所を中心に大きな罅が入っており、あと数発同じ攻撃を受ければ割れてしまうだろう。
トファルドの反応を見るに、この窓も魔道具で強化されており、そう簡単には壊れないもののようであった。それを飛び道具でここまでダメージを与えるとなると、相手は相当高い筋力を持っているか、あるいは鋭い観察眼とテクニックの持ち主であろう。
「……なんにせよ、今が迎え撃つチャンスだ」
そう言い、トファルドはセルフス、フルール、そしてルーフェカに目配せをする。そして全員が頷くと、それぞれ違う場所に向かって歩いていく。
「あの、私は……?」
「君は私と一緒に。 戦えるだろう?」
戸惑って訪ねるリエティールに、トファルドはそう答える。その顔は少しいたずらっぽく、そして力強さに満ちていた。リエティールがいままでどのような戦いをしてきたかを彼は知らないが、子供だからと言って見くびらず、一人のエルトネとして信頼しているのである。
リエティールもまた、自分を信頼しての言葉だと瞬時に悟り、そして同時に子ども扱いされないことに喜びも感じながら、表情を引き締めて頷いた。
「やつが庭に入ってきたら、ルーフェカ達が足止めをする。 そこに一気に畳みかけて捕らえる。 だが、手強そうな相手だ。 反撃をしてくるだろうから油断はするんじゃないぞ」
そう言いながら、トファルドは扉の近くにあった戸棚の鍵を解除して開くと、その中にあった一本の武器らしきものを取り出す。
全体的な見た目は金属の杖のようであり、先端は少し大きく、不格好な棍棒のようにも見えるが、文様の装飾と命玉が埋め込まれており、魔道具であることを示していた。
「それは?」
「これは研究機関と協力しながら開発した戦闘用の魔道具だ。 いろいろと多機能なんだがその分コストが高くて一般販売はされていない……この話は後でだな」
魔道具のことを尋ねられ、思わず饒舌に話し始めたトファルドであったが、流石にいよいよ戦いが始まるといった状況では話していられないと感じ取り、中断して気を引き締める。
リエティールも油断していたことを自覚して緊張感を持ち直し、トファルドと共に窓から離れた位置に立ち外の様子を窺った。
それから程なくして事態が動き出す。
ボウッと大きな音を立てて燃え上がる壁を飛び越える人影が目に映った。壁自体が高く、猛烈な炎自体も巨大なのだが、そのギリギリ上を飛びあがっていた。
元の身体能力の高さも窺えるが、その背に何かがはためいて見えるのを確認したリエティールは、それが風圧の衣であろうと推測した。
見上げるほど巨大な炎を生身で飛び越えるというのは、普通の人間であれば可能などとは考えにくい。それを簡単に可能にするとなれば、高い機能を持つ風の魔道具の補助があればこそだろう。
襲撃者は自身の能力での可能限界を見極めたうえで、先程の炎で一度高さを確認し、それから魔道具で消費する魔力を最低限に抑えギリギリを飛び越えているのであった。
それらを踏まえれば、襲撃者がかなりの観察眼を持った人物であることは想像に難くはない。トファルドもリエティールも、そして待ち構えている他の家族たちも、皆厳しい視線を人影に向けた。




