271.助けを求めて
ロエトは全力で空を駆ける。体は魔力で構築されており、そこに同じ魔力でできた風を纏えば今のように翼がなくとも飛ぶことはできるが、やはり翼で飛ぶよりも消費が激しく、その顔は若干の苦しさも浮かべていた。
鳥の姿の特徴を引き出せば翼を得ることも不可能ではないだろうが、ティラフローの姿で翼を持つという中間的な変身は試したことがなく、成功するかはわからない。そもそも、変身する際は実体を失うため、今やってしまえばリエティールは真っ逆さまに落ちることになる。例え可能であったとして、今はできることではなかった。
その背に乗っているリエティールも、ロエトが無理をしていることを理解しており、しかし何もできることがないため、ただしっかりとしがみつき、怯えるムブラを優しく撫でてなだめることだけを考えていた。
そうしている内に、トファルドの屋敷が見えてくる。リエティールたちを追いかける鋭い視線は若干離れてはいるが途切れることなく向けられ続けている。
あわよくばこの時点で撒けていれば、と思っていたリエティールだったが、やはりそううまくはいかないことを悟り、そのまま上空から庭へ直接降り立つ。追手は地上を遅れて追いかけてきている分、まだ少しだけ時間の猶予があった。
「トファルドさん、助けてください! リエティールです!」
正面の扉を叩いて可能な限りの大きな声でそう呼びかける。隣でロエトも「ホロロッ!」と鳴き声を上げる。リエティールの声だけではもしかすると不信感を抱かれるかもしれないが、ロエトの鳴き声は特徴的なため、すぐにわかるだろう。
ほどなくして足音が聞こえてくるとともに、扉が開かれた。
「そんなに慌てて一体どうし……その竜類は……?」
中から出てきたのはセルフスであった。彼はリエティールの切羽詰まった様子に驚き、そして肩の上のムブラの姿を見て二度驚く。
「研究機関で保護されてた子で、でも、今追われてるんです! この子を隠してほしいんです!」
時間がないと、リエティールは要件を簡潔に告げる。セルフスは驚きながらも頷いて、扉を閉めると鍵をかけた。
「何? どうしたの?」
そこへ遅れて現れたのはルディカであった。彼女もまた尋常ではない雰囲気を感じているのか、その顔を困惑に歪めている。
「ちょうどよかった。 ルディカ、この子をあの部屋に連れて行ってほしい」
そう言い、セルフスはリエティールの方にいるムブラを示す。そう言われたルディカはさらに困惑し、
「あの部屋って……それに、その子竜類? 何が起こってるのよ……」
と言いつつも、仕方がないといった様子でリエティールのもとに近づく。
リエティールはムブラのいる方とは反対側の手を差し出し、肩から降りるように示す。
「ピャァ……」
だが、すっかり怯えてしまっているムブラは、リエティールの腕に尾をしっかりと巻き付けてしがみつき、離れようとはしない。
このままでは追手が追いつき、ムブラを守ることが難しくなってしまう。安全のためにはなんとしてでもいうことを聞かせなければならない。
リエティールは可能な限り首を曲げて、ムブラをまっすぐ見つめる。そして目線の先に魔力を集めるイメージをする。
すると、はっとした様子でムブラは顔を向けた。やはり強い魔力を感じやすいらしく、リエティールの思惑通り、両者の目線がばっちりと合った。
「お願い、あなたのためなの。 言うことを聞いて」
「……ピャウ」
そのまま視線を逸らさず、真剣な眼差しでそう言い聞かせる。すると、ムブラは少しの間の後、尾をするりと腕から解いた。そして差し出された手の上に乗り移る。
思いが通じたことにほっと胸をなでおろしつつ、再び気を引き締めてムブラをルディカへと渡す。ルディカはどう扱ったらいいのか戸惑いつつも、そっと包み込むような形でムブラを抱きかかえた。
そのまま屋敷の奥へ向かおうとした彼女に、リエティールは「あの」と声をかけて呼び止めた。
「何?」
「その、ロエトも連れて行ってください」
その言葉に一番驚いたのはロエトであった。一体何故?と理解できないという視線をリエティールに向ける。リエティールはそちらに向き合うと、再び真剣な声色でこう言った。
「ここに来るまで、かなり無理をしたでしょ? そんな状態でこれ以上無茶してほしくないの。
それに……ムブラはあなたのことも好きみたいだから、一緒にいてあげて。 そうすればムブラも安心するだろうし、万が一の時は守ってあげられるでしょ?」
「フルル……」
ロエトとしてはリエティールのそばにいたい。しかし、彼女が言う通り今のロエトはかなり消耗している。万が一激しい戦いになれば十分に能力を使うことができず、むしろ足を引っ張る事態になりかねない。そうなるくらいならば、ムブラと一緒に隠れながら休み、もしもの事態に備えておく方が賢明であろう。
ムブラも突然の出来事で混乱が抜けきっていないであろう状態で、見知らぬ場所に一人いるのはさらに不安を大きくさせかねない。短い間とはいえ心を許してそばにいた存在がついているのは、さらなる事態の悪化を防ぐためには必要不可欠なことだろう。
リエティールの言葉に反論の余地はなく、ロエトは名残惜しそうにしながらも指示に従い、ルディカの後について屋敷の奥へと向かっていった。




