266.試作品
クラエスが扉を開けると、その研究室の内部では多くの研究員達が、ある者は黙々と机に向かい、またある者は資料を見ながら話し合い、先程の部屋と比べるとどこか落ち着きがなく慌しい雰囲気であった。
「最新の魔道具の開発ですからね、騒がしくてすみません。 我々は邪魔にならないよう向こうで話しましょう」
そう言い、クラエスは隣接している部屋を指差してそちらへとリエティールを誘導する。
その部屋は様々な物が整理されて保管されている倉庫のような場所で、研究員の出入りはあるが先程の部屋と比べると静かで、邪魔にもならなさそうな場所であった。
その中にある鍵の掛かった戸棚に近付いたクラエスは、それを開けつつリエティールにこう説明した。
「この中には小型の試作品が保存されています。 例えばこれは……」
言いながら、クラエスは戸棚の中から小さな箱を取り出した。その箱は片手に乗るような厚紙の四角い箱で、彼はそれをリエティールに見せながら蓋を外してみせる。
「あれ、これって……」
「もしかすると、似たものを見たことがありますか?」
リエティールの反応にクラエスがそう尋ねる。リエティールは頷いて肯定した。
箱の中にあったのは二つの指輪で、二つは触れ合わないように間に仕切りが作られている。その二つで一組の魔道具に、リエティールは確かな見覚えがあった。
「セイネさんが使ってました。 確か、えーっと……『風盾の指輪』……?」
リエティールの答えを聞いて、クラエスは微笑んで頷く。
「その通りです。 この指輪は『風盾の指輪』を元に作られたものです。 魔力の流れる回路……術式を変更し、その効果を少し変更しています。
流石に今ここで使って見せる、というわけにはいきませんが……風盾の指輪が来たものを弾き返す風の壁を作るとすれば、これは弾き飛ばしながら相手に突撃する風を作る指輪です」
言葉で説明しても分かりにくいと考えたのか、クラエスは箱に蓋をして置くと、懐からペンとメモ帳を取り出してリエティールに図解を見せる。
二組の指輪の絵を描き、片方には薄く引き延ばしたドームのような形状の絵を、もう片方には幅の広い三角錐の絵を描いた。ドームの方が風盾の指輪であり、三角錐の方が試作品の指輪である。
風盾の指輪の方には、物が飛んできてそれが弾かれることを現す矢印を描き、試作品の方には三角錐が前方に向かって突き進むように矢印が描き足された。
その二つの違いを見比べながら、リエティールはなるほどと小さく頷いた。二つの仕組みはよく似ているが、試作品はより攻撃的に見える。
「防ぐだけじゃなくて、反撃もできるんですね」
リエティールの言葉をクラエスは肯定する。しかし同時に少し残念そうな顔にもなる。
「ただ、まだ実用的ではなくてですね、世に出せるかどうかは分からないんです」
「どうしてですか?」
説明を聞く限りでは十分役立ちそうだと思ったリエティールは、純粋な疑問を口にした。それに対してクラエスはこう答えた。
「攻撃的とはいえ、元は自分の前方を覆うように守るものですから、形状が広く伸びてしまい鋭さに欠けるんです。 そうなると威力は落ちてしまい、あまり効果が期待できないのです。 かといって、護身用には風盾の指輪で十分ですから。 ですので、まだ形状と大きさに大幅な改善の余地があります。
更に、基本的に一度しか使うことができないのも難点です。 命玉をそのまま使用するタイプにすると大きくなってしまいつけ辛くなるので、魔力を移して使用する魔道具となっているのですが、そうなると何度も簡単に魔力を補充できるものでもないので……戦闘が長引くのであれば通常の盾を用意したほうが良いんです」
述べられていく欠点を、リエティールはポカンとした顔で聞きつつも、魔道具の開発は複雑で難しいものなのだと、改めて漠然とそう感じた。
クラエスは指輪の箱を戸棚に仕舞い、また別の戸棚を開け始める。
「とはいえ、勿論一部には出回っている魔道具もありますよ。 例えばこれは完成品の一段階前のものです」
そう言って彼が取り出したのは、一見すると細かい装飾が派手なバングルのようなもので、中央には赤い宝石が輝いている。恐らくはその宝石に魔力が移されており、周囲の装飾が術式の役割を果たしているのだろう。
「それはなんですか?」
「『火玉の腕輪』と言って、その名の通り火の玉を作り出すことができる腕輪です。 そしてそれを狙いを定めた方向に射出することもできます。 魔力の消費を抑えるため速度はやや遅いですが、牽制には十分な効果が期待できます。
一つ一つが小さいので数度使うことができますし、小さいといえど火ですので、相手によりますが威力も出ます。 緊急時には暖を取ることもできますし、値段は少々張りますが評価は上々です」
そう語るクラエスの顔は先程とは打って変わり誇らしげで嬉しそうなものであった。やはり自分達の作品が世に出て評価されるというのは喜びに満ちているものなのであろう。
そんな彼の顔を見て、リエティールもどこか心が弾むような気持ちになった。




