5-5 3104丁目のDANCE HALLに足を向けろ-1
ごおお、とやかましい音が聞こえる。
空気が震える音。
マアリが一直線に突進してくる。
その勢いが空気をビリビリと震わせる。
戦いの始まりを告げるマアリのその一手目から、アタシは悟る。
当たり前っちゃあ当たり前だが……
今までの相手とは段違いの力だ。
この前のリリィすら軽く超えている。
そのスピードに回避が間に合わない。
何とか手に持つ大鎌で受け止める。
が、それも一瞬で砕け散ってしまった。
「げぇっ!?」
そのままマアリの突進に直撃してしまう。思いっきり吹き飛ばされた。
体がバラバラになりそうな衝撃に必死に耐える。
「うっぐ……!」
空中を舞うアタシの体。全く、前途多難だ。
最初の一撃目から力の差を見せつけられている。
どごん、と音を立てて、マアリがさっき破壊した後に残っていた、瓦礫の上に落下した。
そう、周囲は建物も人間もまとめて破壊しつくされた地獄のような光景。
今アタシが対峙しているマアリというヤツは、この光景を一瞬で作り上げるような相手なのだ……
「くっそ!」
立ち上がろうとした。しかし……
「っは!足掻ケ足掻ケ!あっはハはは!!」
マアリの狂笑がすぐ近くで聞こえた。
いつの間にか距離をつめられていたらしい。
そして、目にも止まらぬスピードでアタシの両腕を千切り飛ばしていた。
「なっ!?」
「ほラホら、コッチもだ!」
両足も切断された。
……うすうすわかっていたがやはりマアリは強い。強すぎる。完全に防戦一方だ。
さらにどてっ腹に蹴りを食らう。
その足はアタシの腹部を貫いていた。
「ガっは!」
「……あは、ほぉラッ!!」
マアリは足を引き抜いて、さらに心臓に突きを放ってくる。これもアタシの身体を貫通する。
戦いが始まってたった数秒で、アタシはまるでスクラップのようになっていた。
そのまま無造作に放り投げられる。
何の小細工も無い。
ただただマアリは圧倒的だ。
――だけど、そんなことは想定の範囲内だ。
“蜜”の力の大本なんだ。
これぐらい簡単に出来るに決まっている。
今、アタシの体からスクリンプラーのように噴き出している、真っ黄色な“蜜”。
普通の人間なら、その代わりに真っ赤な血液をまき散らしているのだけど……
アタシは、そうじゃない。この体に流れる“蜜”がある。
「思い通りにする」力がある……!
だから、どうにでもなる。どうにでもしてやる!
マアリを打倒するための身体。あのリリィを倒した時の身体を思い浮かべ、再現する。
――あの黒い炎で包まれた、骸骨姿の死神に、アタシは成る……!
そして、その思いは、形を成す。
アタシの身体は、黒い炎を吹き出し、骨をむき出しにし、不定形の黒いボロ布を纏い、大岩から無理矢理切り出して作ったような大鎌……そう、「死神」と呼ばれたその姿に変貌していた。
「まだまだ、こっからぁッ!」
気勢を上げて、今度はこっちから突撃してやる。
迎え撃つように放たれた突きを躱しながら、大鎌で斬りつける。
――しかし。
「マジか……!」
マアリの体は全く傷ついていない。
「アはハッ!やーっぱりこの程度じゃないか、春野花子ォ!効・か・な・いってのォ!」
「――それが、どうした!!」
もう一度大鎌を振るう。もっと早く。もっと重く。もっと鋭く。
それでも傷つかない。
だけど……
「アンタがクソ強いなんてわかってる!だけど、アタシにはアンタが与えた“蜜”がある!諦めねぇよ、諦めてやらねぇよ、アンタを殺せるまで挑んでやる!いくらでも立ち上がってやる!アンタを超えて、アタシはアンタに勝つ!!」
「ヤってみろ、このクソ地球人がァ!!」
マアリの回転蹴りがアタシを襲う。
大鎌でガードしたが、それでもその勢いは止まらない。
大鎌は砕け散り、骨だけの両腕もぶっ壊れた。
「クソッタレ!」
この姿でもマアリとの差は歴然だ。だけど、それでも……
心が折れていない限り、戦える。
一瞬で大鎌も両腕も再生して、攻撃を再開した。
「おお!?オイオイ、その再生はその黒いボロ布に一々包まれないとできないんじゃなかったかァ!?」
「あんなモンただの自己暗示だ!」
この前リリィとの戦いで、体を再生する度にこの身に纏っている黒いボロ布の内側から出現させられる『針』を使っていたのは、“死”に敢えて自分を追い込んでその力を引き出すための補助に過ぎない。
あの戦いを経て、アタシは“蜜”の力をさらに上手く使えるようになっている。
無駄な工程を省いて、今、マアリに勝つための身体を創り出すくらい、できる。
というか、それぐらいできないと戦いにすらならないだろうから、無理矢理にやってみた。
“蜜”は「思い通りにする」力。それをしっかりと意識して、理解して、完璧に実践する。
それがマアリに勝つための最低条件だと、アタシは解釈している。
「ソウか、そうダッタのか!――ゴミクズ地球人にしテは上出来ダ!」
非人間的な笑みを浮かべながら、蹴りを繰り出してくる。
意識を集中して、アタシはそれを避ける。
「ソレでも、あたしには届かなイ!!何度でも砕イてやる、春野花子……オマエが、絶望するまで、何度デモ!!」
「我慢比べだな、マアリ!!アタシだって何度でもお前に挑んでやる気でここにいるんだよ!!」
大鎌を振るい、振るい、振るい、斬りつけ続ける。
毎回毎回、マアリを殺すイメージを懸命に描きながら。
それでもマアリの体を傷つけるに至らない。凄まじい力だ……!
「無駄だ、ムダ!届きはシなイ!いくらやっても無駄ダ!!」
振るった大鎌が不意に空振った。急にマアリの姿が見当たら無くなった。
「消えた!?」
そうとしか見えなかった。そうとしか見えない程、まだマアリとの間には力の差がある……!
マアリは、一瞬で、アタシの後ろに回り込んでいた。
「死ね、しね、シネ!!ぐちゃぐちゃに、ムチャクチャに、砕きつくしてヤる!!」
すさまじい勢いの連打が背中に浴びせられる。
一撃一撃がアタシの体を砕いていく。
「ぐ、ウアああああアアああっっっ!!!」
苦痛に思わず絶叫が上がる。
体を粉みじんにされているような感触。頭から下の感覚がすべて無くなっていく……!
「ぐ、グ、はぁっ!……」
連打が終わった時にはアタシの身体はざらざらと崩れ落ちていた。残ったのは頭だけ。
そして、その頭部も鷲掴みにされ、握り潰される。
バラバラになっていく、意識。それを必死にかき集める。
「まだ、だ……このクソッタレ、殺されたって死んでやるものか!!」
自分でも滅茶苦茶だと思えるようなセリフを吐きながら、身体を再生させる。
もっと固く、もっと強い自分を思い描き、実現する。
すると、アタシを包んでいた黒い炎はさらに勢いを増しながら、身体は再生していく。
例え身体の全てを粉々にされても、アタシが諦めない限り、“蜜”の力は応えるようだ。
――だったら、まだ諦めない……!!
「全く、シブトサだけは一流だなァ、春野花子!それでも無駄だ、精々永遠二思い描いているとイイ!あたしを倒せる、ナドト絶対に実現不可能な夢を抱き続けるカギリ、永遠にコロシ続けてやル!!!」
「上、等……!マアリ、アンタが言ったんだろうが!“蜜”の力は『何でもあり』ってな……!こんなモンをくれやがったことを後悔させてやる!――例え、永遠に殺され続けようが、何度でも立ち上がって、いつかアンタに勝つ!!」
一瞬でもシラフに戻ったら、こんな強気な言葉は言えない。
一瞬でもこの“蜜”の力の可能性を疑ったら、アタシは負ける。
そんな綱渡りの地獄は、まだまだ続く――




