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5-2 《!マアリ!-3》

 ―――ある所に男と少女がいた。

 そこは少女の家だった。汚い家だ。雑誌やらカップ麺の容器やらタバコやら、実に様々なものがそこら中に散らばっている。それらが醸し出す混沌たるムードは、そこに住む者の精神を腐らせていくのではないか。

 有り体にザックリ言ってしまえば、ありふれた「人間の屑」のお手本の様な家だ。何だか妙な匂いもする。きっと生のゴミも混ざっている。

 男の風貌はどう見ても堅気の仕事をしているようには見えない。

 ありふれたイメージの裏稼業で生きるものの姿である。

 少女の風貌はその体中の傷や汚れた服、長い間風呂にも入らなかったのであろうギトギトな髪……とくれば。

 ありふれた薄幸の少女の姿である。


 「テメェの親父が悪いんだよ、ウチから借りたカネ、返せなくなってちまってテメェを置いて夜逃げしやがた。ヒデェ話だなぁ、オイ。んでまぁ、こっちとしては逃げやがった親父を追うのも仕事の内、なんだがよ……」


 そこで言葉を切ると、男はじろじろと、少女にまるで絡みつくような視線を向けた。

 「品定め」をしているのだ。


 「ふん。まぁ『点検』してやりゃあ使い物になりそうだ。素材は悪くねぇ。あと5年、いや『その手』の奴ら相手にするんなら今からでも『商売』が出来そうだな」

 「・・・・・・・・・・・・」


 男の言葉は明らかに少女にとって危険を悟らせるものであったが、少女は動かない。

 絶望しきっていたからだ。

 ……ありふれた話である。


 「決まりだ。……こっち来いオラァ!親父の借金の分、テメーの身体で稼ぎやがれ!そいつが「責任」の取り方ってやつだ!」


 男が無反応な少女の腕を強引に掴んで引っ張ろうとする。

 ……黙っていられない。

 今まで地球人の前に姿を現すことはしていなかった。

 まだ時期が早い……そう感じていた。


 だけど、あたしの体は勝手に動いていた。


 「待ちなよ。その手を離すんだ」

 「……っ!?誰だテメエ……どっから入ってきやがった!」

 「そんな小さな女の子に何をしてるんだい。……全く、仕事だか何だか知らないが道徳ってヤツはないのかい?」

 「……はぁ?そんなバカみてえな恰好してなーにが『道徳』だ。この全身タイツクソ女め」

 「うーん、やっぱり君達にとってはこの恰好、おかしいのかなぁ。地球人でこんなファッションしてるヤツ、いないもんね。でもさ、例えばキミとその女の子だってまるで違う恰好だよ?それと一緒。違う?」

 「ぐだぐだうるせえなぁ。あん?だが、まぁ……」


 また男が言葉を切って、さっき少女に向けたような絡みつくような視線を向けてきた。気持ち悪い。


 「こっちも素材は悪くねーじゃねーか。よし、テメーも連れていくか」

 「……馬鹿なのかな、キミは?」

 「馬鹿はそっちだろーが。こーいう危なーい現場に女一人で無防備に乗り込んできやがって。俺みたいな危ない人間に近づいちゃいけません、なんて誰からも教えてもらえなかったのかぁ?軽ーくボコって即回収ってやつだ。いやぁ、ウチの組のクソッタレな『商売』がまた繁盛しちまうぜ……」


 そう言いながら拳を握りしめて殴りつけてきた。

 別にそのまま食らってやっても問題は無い、が。

 わかりやすいように、キチンと男の拳をあたしの手の平で受け止めてやった。

 

 「なっ!?」

 「あたしも、その女の子も、キミの『商売』の道具にならない。ついでに言えば、キミにはそうすることのできる能力も無い。殺しはしないから、さっさと全部無かったことにして……立ち去れ!」

 「んだこの女!おい、お前ら!」


 最初から分かっていたが、男はここに一人で来たわけでは無かった。

 ぞろぞろと同じような危険な雰囲気の男達がゾロゾロ出てきて、囲まれた。

 

 「この女、なんか『やって』やがる!一斉にかかれ!数で潰してちまえ!」

 「やれやれ」


 とびかかってくる男達の顔面にカウンターのパンチを食らわしてやる。手加減がムズイ。

 気を抜いたら頭を粉々にしてしまいそうだ。

 

 ……あっという間に、あたしは男達を全員痛みに蹲らせることができた。

 まぁ当然だ。


「手加減はした。ギリギリ歩けるだろう?もういいから、とっと消えるんだ。で、二度とここに来るな」


 男達はあたしの力に屈して、よたよたと退散していった。一件落着。

 しかし何とまぁありきたりな。退屈すら感じてくる展開だ。

 だからと言って、黙ってるワケにはいかなかった。

 こんな幸の薄そうな少女が、これ以上酷い目に遭うのを見過ごせないじゃないか。


 「大丈夫かい?あの男達は追い払った。……えーと」

 

 ―――しまった。考えなしに飛び出していったお陰で、男を追い払った後の事をさっぱり考えてなかった。どうしよう?あたしの方で保護しようか。でも何かこういうのってワリと沢山あるらしいんだよなぁ。やはり、もっと根本的な解決が必要だ。一々不幸な目に遭っている地球人を全員保護して回るなんて非現実的だ……

 そんなことを考えていると少女が何かを探すようにきょろきょろと見まわしていた。


 「何を探しているんだい?」


 何か、大切な宝物のようなモノがあるのだろうか。とにかくモノが散らばっているこの家で探し物は骨が折れるだろう。


 「手伝おうか?」


 そう問いかけても返事はない。

 少女の目はまさに「死んだ魚の目」という感じだ。

 あたしの声が聞こえていないのでは、なんて思ってしまうような……

 そんな深い絶望のオーラを、少女はその身から発していた。


 しばらくすると、少女はそれを見つけ出し、拾い上げた。

 それは―――包丁だった。


 「……お、おい、キミ。変なことを考えていないだろうね!?」


 事前の調査ではわかっていた。「こういう事」はこの地球という惑星ではよくある話。もっと酷い例だっていくらでもある。

 それでも、何故だろう。急に体が動かなくなってしまったようで―――

 

 少女は包丁の刃先をじっと見つめている。明らかに危険な状態だ。

 

 「だ、大丈夫だよ!そんな事、する必要はもう無い。何だったら、あたしがこれからも色々助けてあげよう。そうだ、君はもう自由なんだ!どこにでも連れていく。なんだってやらせてあげよう。もう少し大きくなったら、素敵な恋人でも探そうじゃないか……!」


 必死で言葉を吐き出していた。なんでそんなに必死になっているのか、あたしは自分で自分がわからなかったが、それでも構うものか、と必死で少女を止めようとした。


 

 ―――地球人ならではの特徴。それについての調査結果が頭をよぎった。

 例えば……彼らは、泣き叫びながら産まれてくる。

 他の惑星の人間はそうはならない。

 本能的に、命の大切さを産まれたその瞬間から悟り、歓喜の声を上げるのだ。

 まるで、「産まれてきたことは悲劇だ」と言わんばかりに泣き叫ぶのは、これまであたし達が調査してきた惑星の人間の中でも、地球人のみだ。


 そしてもう一つ。これも彼らにしかこれまで確認されていない。

 地球人は、時に―――


 

 「それが、なんだっていうの」



 自死をすることがある。

 


 

 あたしは「キブカ惑星調査隊」の隊員失格だ。初めての出来事に動揺して、止められなかった。




 少女は何の躊躇いもなく、手に持った包丁の刃先で自分の喉を串刺しにした。


 あたし達と違う、真っ赤な血液が散らばって降り注いできた。

 少女が倒れた。


 

 「うぐっ……うおえええっ!!」

 

 初めて「自死」を目撃したあたしは、いきなりせりあがってきた吐き気にあらがえず、嘔吐する。

 頭の中がからっぽになる。

 

 

 

 ……死んでいる。さっきまで生きていた少女が、死んている。

 だけど、あたし達には“蜜”がある。

 「思い通りにする」力がある。彼女を生き返らせることが―――


 

 「それが、なんだっていうの」

 ―――それに、意味はあるのか?


 

 ……この後あたしがどうしたのかは、覚えていない。

 思い出したくもない、ということは、わかるが。



 そう、記憶にもやがかかるようなこの感触も、地球に来る前には無かったモノだった。


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