四三 不穏な空気
憤怒に染まった目で睨みつけてくる、白虎の獣人。ネコ科特有の瞳が特徴的な彼は抜き身の両手剣を片手で握っており、身体には要所を守る軽甲冑を纏っている。まさに、戦う準備は万端ですと言わんばかりだ。
「不意打ちしてきた輩に卑怯者と罵られるとは、世も末だな」
「抜かせッ」
「……まぁ、何でも良いがな」
威嚇するようにグルグルと喉を鳴らす彼……恐らく、この場にいる亜人族の纏め役的な存在の登場に、宗介は大人しく人質を解放する。先程から足蹴にし、脅しに使った狼の獣人だ。
ちなみに実の所、宗介は彼を殺すつもりなど微塵も無かった。隠れ潜む彼らを引き摺り出すためにハッタリをかけただけである。
ボウガンも足も退けられたことに、どう言う風の吹き回しなのかと冷や汗を垂らしながら困惑する彼に、宗介は「さっさと行け」と顎で促してやる。すると、流石は獣人、文字通り尻尾を巻いて逃げ出した。
そうして木々の向こうに消えて行ったあたりで、どうやら仲間に回収されたらしい。幾つか安堵の息を漏らす声が聞こえてきた。
それきり興味を失ったように視線を戻した宗介は、横柄な態度で腕を組み、襲撃者のリーダーである白虎の獣人を睨みつける。
「それで? こっちは別にあんたらの領土を侵犯したつもりは無いんだが、どうして包囲されたんだ?」
「フン、戯言を。ここは……この森は、我ら亜人族共通の故郷。ニンゲン如きが足を踏み入れて良い筈が無かろう。ましてや我らの平穏を脅かす卑劣な帝国人共めが! 生きて帰れると思うなよッ!」
身の丈はあろうかという両手剣を構え、白虎の獣人は臨戦態勢に移った。同時、周りに隠れていた亜人族達も一斉に姿を現し、一糸乱れぬ連携で包囲陣を敷く。その姿は狼から猫、熊の獣人に、木の上には短弓を構えたエルフらしき美男子など様々だ。
宗介は内心で舌打ちしつつ、素早く身構えて腰のシュトラーフェⅡに手を掛ける。エリスも、静かに魔法を放つ準備を始めた。
まさに、一触即発。
「……ふん、野蛮な人たち。……所詮は獣」
「どうして君は煽りに走るんだっ!? ああもうっ、待ってくれ!私達は別に危害を加えに来た訳では……」
ただ一人、一応の同胞から剣を向けられたフォルテは、狼狽えながらもなんとか説得を試みる。そう、今回の目的はフォルテの帰郷と、天空の塔の攻略。断じて彼らと戦うことではない。
更に言えば、何やら奴隷を漁りに来た帝国人だと勘違いもされているようなので、宗介も銃を抜かずに説明してみる。
「あんたらは致命的な間違いをしてるぞ。そもそも俺は帝国人ですらないし、ここに住む人達の生活を奪うつもりも無い。ただ、“天空の塔”に向かう途中で寄っただけだ」
その説明を聞いた白虎の獣人は、しかしフンと鼻で笑い、それを一蹴した。
「そら見たことか、帝国の犬共め! 真意はどうあれ、貴様ら“勇者”がとやらが、この森に軍隊を呼び込む手引きをしたのだろうッ!! 責任は取って貰うぞ!!」
「ちょ、待てって!」
もはやこれ以上は語るに及ばずと彼の弁明を切り捨て、咆哮と共に猛然と斬りかかって来る白虎の獣人。宗介は、即座に引き抜いたシュトラーフェⅡを交差させ、獣の腕力で振るわれる刃を受け止めた。
互いが互いに圧倒的な剛腕の持ち主。けたたましい金属音と火花が散り、ズンッ! と衝撃が迸る。
が、拮抗したのはほんの一瞬。次の瞬間にはお互いが武器を弾き合い、そしてまた轟音が打ち鳴らされた。
一合、二合、三合と、剣戟銃戟が連続して静寂の原生林に響き渡る。
片や銃身で受け止め、弾き、受け流し。片や刀身で払い、押し通し、振り抜く。繰り広げられる刹那の攻防に周りの亜人族は横槍を刺す暇も無い。まさに息を飲む、という光景だ。勿論、無言で周囲を威圧しているエリスの存在も大きいだろうが。
そうして数十合打ち合ったあたりで、一際大きな金属音と火花が散り、試合は鍔迫り合いに移り変わった。
「中々やるようだな、帝国の犬!」
「はっ。子猫風情が粋がんなよ」
顔の前で交差させた両の拳銃で、全体重を乗せた振り下ろしを受け止める宗介は、微動だにしないまま不愉快そうに……されど口角をニヤリと吊り上げる。
果たして、ゴーレムの四肢を持つ宗介が力で負けるだろうか? 答えは否だ。現に宗介の身体は、初撃を受け止めた地点から一ミリたりとも動いてはいないのだから。まるで要塞のようにドッシリと構え全てを受け止める姿は、もはや圧倒的だった。中々やるなどと言う話ではない。
それに気付いた白虎の獣人は、グルルル……と悔しそうに喉を鳴らす。
「化け物か、貴様……! クッ、その顔、直ぐに苦痛で歪ませてやろう!」
「抜かせ。お生憎様、こちとら話もロクに聞かねえアホに構ってられる程暇じゃなくてなっ」
対抗するように、ドルルルンッ!! とエンジン音が鳴り響く。出処は宗介の腕と脚だ。同時に四肢から白煙を排出した宗介は、鍔迫り合いの状態から一歩、猛然と前に踏み出した。
思わずたたらを踏んだ白虎の獣人は、自身の体重をまるで歯牙にも掛けない様子で押し返して来た事実に目を剥く。
剥いた瞬間、僅かながら姿勢が崩れてしまった彼の剣が、爆音と共に勢い良く弾き上げられた。シュトラーフェⅡから放たれた弾丸が、その絶大な速度と威力を以って両手剣の刀身を押し返したのだ。
「――――ッ! 貴様ッ」
強制万歳を食らった白虎は、途端に顔を屈辱の色に染める。それでも剣を離さなかったのは、そして剣が折れなかったのは奇跡とでも言おうか。だが、それは大きな隙に他ならない。そしてその隙を宗介が見逃す筈も無い。
「舌噛むぞ、っと!」
そんな軽い忠告をしつつ、左のハンドガンを高く放り上げた宗介は、空いた左手を力強く握り締め……
ズドンッ!!
ガラ空きになった彼の腹に容赦無く叩き込んだ。
「ガ、ハッ……!」
エンジン全開の正拳突きだ。その威力は、少なくとも拳撃という領域は軽く超えている。ちなみに、内蔵の火の魔石を使う事で肘側からジェット噴射のごとく火を噴かせ、更に威力を上げることも可能だが、今回は流石にやりすぎなので自重した。とは言え、それでも威力は絶大だ。
口から盛大に胃液を吐き、身体をくの字に曲げたままヨロヨロと後ずさる白虎の獣人。いやはや、流石は亜人族と言うべきか。その丈夫な肉体は、先の一撃を受け切ることに成功したらしい。
が、ダメージも相当なもの。数メートルほど後ずさった彼は、両手剣を地面に突き刺し、遂にガクリと膝を折った。思わず飛び出してきた配下の亜人族が、介抱しようと近寄る。
そんな彼に、宗介はジャキッと銃口を向ける。
「お前じゃ話にならん。もっと会話が出来る奴を連れてこい」
「き、貴様ァ……! おのれ、まだ終わってはいないっ!」
介抱の手を跳ね除け、フラつきながらも立ち上がる白虎の獣人。なんと、戦意は未だ失っていないらしい。
流石の宗介も思わず感心したように息を漏らし、そして心底鬱陶しそうに顔を歪めた。これはもう撃ち抜いてやらないと止まらなさそうだ、と。
「がァ……ッ! 貴様の武器も、実力も、把握したッ! 次は負けぬぞ!」
「チッ。一度血を見なきゃ止まらねえか、仕方ねえ……」
一度、両の拳銃をクルリとガンスピンさせて構え直した宗介は、人差し指を静かに、引き金へと掛ける。狙いは脚だ。そこを撃ち抜いてやれば、どんな生物でも止まらざるを得ない。
白虎の獣人は地面から剣を引き抜き、荒い息を吐きながら構える。次は殺すという、燃えるような気迫を感じる姿だ。
彼らは亜人族。天性の【直感】がある以上、下手に手を抜けば斬られるのは宗介となるだろう。故に彼は確実を期すべく、目を細めて狙撃の体勢を取る。
……そして。
「ガァァッッ!!」
ズドォンッ!!
獣の咆哮と鋼の咆哮が轟いた。
弾丸の如く飛び出した巨体と、音速で飛び出した正真正銘の弾丸。双方が、互いの信念を貫き穿たんと疾駆する――――
「――――待てッ!!」
刹那、その間に金の尾をなびかせた影が割り込んだ。
甲高く鳴り響いたのは、マグナム徹甲弾の弾道が剣で逸らされた際の音だろうか。小さな弾丸は彼方へと消え去り、巨体の方は咄嗟に急ブレーキをかけたお陰で、その影に激突する寸前で踏み止まる。
「き、貴様ッ! 我らの闘争を邪魔立てするかッ!」
割り込んできた影に、怒涛の勢いで抗議する白虎の獣人。宗介も、弾丸が直剣の刀身で逸らされた事にピクリと眉を顰めた。
当の本人である影――――フォルテは、額に若干の冷や汗を浮かべながらも奥することなく両者の間に立ち塞がり、剣を収めながら語りかける。
「双方、武器を下げてくれ。ティグルド様も婿殿も、無駄な殺し合いは止めて一度ゆっくり話し合うべきだ。私にはどうも、話が噛み合っていないように思えるんだ」
どうやら彼女は、一応の同胞である亜人族と未来の婿――実際問題、予定ですらないが――とが争い合うのを身過ごせなかったらしい。故に勇敢にも、それを止める為に割り入ったのだ。
場に居る全員の注意を一身に浴びながら、されど堂々と佇む彼女に、宗介は毒気を抜かれたように肩を竦め!両の拳銃をホルダーに仕舞う。元より、話し合いで解決できるならそれに越したことは無いので。
対する、ティグルドと呼ばれた白虎の獣人は、訝し気にフォルテの顔を見つめて呟いた。
「貴様、見覚えがあるな。確か金狼族の……フォルテと言ったか」
「ええ。光栄です、虎族長ティグルド様」
どうやら、過去に面識があるらしい。フォルテは虎族の族長である彼に、騎士らしく一礼する。
途端、周囲の亜人族が一斉にざわつき始めた。宗介が聞き耳を立てる限り、どうやら彼女は、亜人族の中でもそれなりに有名な人物らしい。……ただし、良くも悪くもだが。そんな周囲の声を代弁するように、ティグルドはキツい口調で言い放つ。
「フン、“半端者”が。ついにニンゲン共と手を組み、我らを陥れに来たかッ」
「なっ!? どうしてそうなるのですか! そんなつもり毛頭も……」
「くどいッ!! 我らの聖域に帝国の軍隊を招き入れた勇者共の事、よもや知らぬとは言わせぬぞ! 大方その小僧も似たようなものだろう? 帝国の次は聖王国かッ」
「そ、そんなつもりは決して……っ」
「この後に及んでまだ言い逃れるつもりか!」
ティグルドはもはや怒り心頭、聞く耳持たずと言った様子だ。フォルテの弁明もまるで効果がなく、むしろ更に怒りが増したようにも見える。そしてその怒りのまま剣を構え、邪魔立てするフォルテを斬ろうとした時だった。
「……なぁ。ずっと思ってたんだが、あんたら一体何の話をしてるんだ?」
ティグルドの言い分を聞いて、何やら深刻そうな顔で考え込んでいた宗介が、待ったをかけるように尋ねたのは。
誤魔化すような気配を微塵も感じない、全くの真顔で言ってのける彼に、ティグルドも「何かがおかしい」と気付いたのか、縦に割れた瞳孔を細めて宗介を睨みつける。まるで真偽を見定めるように。
「まさか貴様、本当に知らぬと言うのか? 完全に無関係だと?」
「最初に言っただろ。俺の目的は天空の塔に向かうことだけだってな。それ以上でも以下でもないし、あんたが言う勇者だの帝国だのは何の事だかサッパリだ」
「……チッ! 全く、厄介な輩だ!」
暫く睨みつけたものの、真偽がイマイチ分からなかったのか宗介に詰め寄ったティグルドは、顔をズイッと近付け、その鋭い双眸で彼の隻眼を覗き込んだ。牙を剥き唸る口の端からは、未だ怒りを隠し切れていないように荒い吐息が漏れている。
間近から漂ってきた獣臭さに、不快そうに顔を顰める宗介。しかし真っ直ぐにその双眸を睨み返してやる。嘘でないことを認めさせる為には必要なことだ。
「……今一度、貴様に問う。嘘は無駄だ、正直に答えろ」
キィ……と縦に割れた瞳孔がより一層細められる。獣人特有の【直感】がある以上、今の彼に虚偽の発言は通用しないだろう。そう判断した宗介は、無言のまま続きを促す。
「貴様は本当に、此度の帝国軍の侵略には関与していないのだな? そして、我々の生活を脅かすつもりも無い、と?」
「ああ。俺らはただ、天空の塔に向かう為にフォルテの里帰りに同行させてもらっただけだ。可能なら攻略の準備をする為に、一日ほど里の隅でも貸してもらうつもりではあったが……それ以上は無い。狼の奴を使って脅した事とあんたを殴った事、許可無くこの森に踏み入った事に関しては謝罪する」
「……フン、謝罪など要らぬわ」
最低限とはいえ宗介が見せた誠意を跳ね除け、突き飛ばし気味に距離をとるティグルド。ピクリと青筋を浮かべる宗介であったが、そんなこと意にも介さず早足でフォルテに詰め寄る。
「彼奴の言葉に間違いは無いな?」
「……ええ。私が、保証します」
「フン、ならばあのニンゲン共に関しては貴様に一任する。仮にも我らが同胞である貴様の言葉を信じ、この森における彼らの自由を認めよう。ただし何かあった場合は、貴様が命を以ってその責任を取ることだ」
「っ! か、寛大なご配慮、感謝いたします!」
若干、ビクつきながらも、ティグルドの言葉に安心したような顔を見せ、話は終わりだと去って行く彼の背に頭を下げるフォルテ。
どうやらティグルドは、話せば分かるタイプだったらしい。いや、実際問題、族長ともあろう者が話を聞かない脳筋であるなど問題だらけなので、あり得る筈もないのだが。
そんな若干のデレを見せたティグルドは、周りの同胞達に撤退の指示を出しつつ、不意に振り向いて鋭い目を宗介に向けた。
「先の言葉を嘘にした暁には、我が直々に貴様を殺してやるぞ、ニンゲン」
「そりゃ怖いな、泣きそうだ」
勘弁してくれと、おどけるように両手を挙げる宗介。
「フン……まぁ良いわ。貴様も察しているだろうが、我ら亜人族は現在、事情があって少々ピリピリしておってな。ニンゲンと見るや否や馬鹿に走る輩も少なからず存在する。里に入るのは勝手だが、何があっても自己責任だぞ」
そう言い残し、同胞達と共に森の奥へと姿を消すティグルド。彼の尻尾が怒りを露わにバタバタと大きく振られていたり、周りの亜人達が忌避の目を向けて消えて行ったりする辺り、よほど人間族との確執は深いらしい。
しかしそれをどうこうする力は宗介には無いし、どうこうするつもりも無いので、ティグルドの忠告を流し気味に聞き留めつつ、埃を払って亜人族の後を追うように歩き始めた。エリスとフォルテも、それに追随する。
「……あいつら、何気に不意打ちした事を謝罪せずに消えて行きやがった」
「こ、堪えてくれ、婿殿。頼むから私の同胞を殺さないでくれ。きっと皆、帝国のせいで気が立っていただけなんだっ」
「いや、殺るつもりは無えけどな。俺は別に猟奇殺人鬼じゃないし……」
フォルテの言葉に、宗介はさぞ不服そうにぼやくが、ともあれ。
一行は、勇者だの帝国軍だの何やら不穏な空気を漂わせたヴィルト大森林を歩き続け……やがて、森林の一角に存在する狼族の里へと辿り着いたのだった。
◆
フォルテの故郷である“狼族”の里は、また一風変わった景色であった。
一つの広場を中心に立ち並ぶ、高く太い大樹。それはどうやら、中をくり抜くことで集合住宅にしているらしく、幹にポッカリと空いた無数の窓から明かりが漏れている。大樹と大樹は枝葉で出来たアーチ状の橋で繋がっており、耳や尻尾を持った人々がせわしなく行き交っていた。
そんなコロニーが、狼族という一種族をより細かく分けた一族ごとに幾つか隣接しているのだ。フォルテの母方である“金狼族”を筆頭に、“灰狼族”や“影狼族”など種類は様々である。
ここまでが、本来の狼族の集落の姿だ。
現在は、大樹の集合住宅に加えて掘っ建て小屋やログハウスなどが幾つも乱立しており、更に、狼族だけでなく虎族やエルフ、ドワーフや兎族など、多種多様な亜人族が忙しそうに動き回っている。集落の周りには先端を尖らせた木の杭によって柵も組まれており、何やら、慌ただしい雰囲気だ。
これはどうやら、今現在ヴィルト大森林に侵入して来ている帝国軍の影響らしい。
宗介がフォルテと共に狼族の族長に挨拶しに向かった時、話を聞いたのだが……どうやら森に入った帝国軍はこの狼族の里の場所を見つけられていないようで、ならばと亜人族がここに集まり身を潜めているのだそうだ。
……奴隷を求める帝国の人間による襲撃は、これまで度々繰り返されて来た。ただ、森の中で大人数を動かすのはリスクが大きい為、少数での襲撃が基本だった。それならばまだ、狙われた集落だけでも撃退は可能である。
しかし今回は、“勇者”という強大な力に守られる形で大軍を送り込んで来た。こうなってしまっては、これまでの襲撃で場所が割れている集落になど残っていられない。そこで、狼族の集落に皆を集めたと言う訳だ。
つまり、フォルテの故郷は現在、帝国対亜人族の防衛拠点となっていた。
「また厄介な時期に来てしまったと言うか、何と言うか……。ったく、悠斗のヤツ。良いように利用されやがって……」
恐らくだが、知らぬ間に帝国の道具にされたのだろう幼馴染に、呆れ半分で溜息を吐く宗介。その声はトンネルの中で喋ったように反響した。
現在、彼が居るのは、金狼族の集落の隅に建てられた石造りの小屋――エリスによって即席で作られた――の地下に広がる、やたらと広大な四角い空間だ。狼族の族長に許可を取って作った、宗介達の活動拠点である。ちなみに地上部分の小屋には気休め程度の生活空間が設置されている。
それはともかく。
一般的な体育館よりも一回り大きいその空間には、明かりが殆ど無く非常に薄暗い。おかげで全容は把握できないが……そこには二機の巨大なゴーレムが鎮座していた。天空の塔攻略前の最終調整をしているのだ。
「本当は、もっと平和で綺麗な故郷を見せたかったのだけどね……。全く、残念でならないよ」
悲しげに肩を落とすフォルテ。完全に戦時中の空気を纏った故郷に、思うところがあるらしい。
「いや、まぁ、ここは良い所だと思うぞ? 完璧に自然と調和しててケモノ耳ケモノ尻尾の奴らが闊歩してる、まさにファンタジー! って感じで。あの光景だけで来た価値は有ったな」
「……独特。ここまで綺麗な町も、珍しい……」
慰めるように各々の感想を零す宗介とエリス。
実際、宗介は狼族の里に辿り着いた時、その光景に足を止めて見入ってしまった。トリッドの街や聖王国王都とはまた百八十度違う、綺麗で幻想的な景色だったからだ。
なんだかんだで、宗介は異世界人。地球でも探せば見つかりそうな人の街よりも、地球では絶対に見ることの出来ない光景のほうがワクワクするに決まっている。獣人やエルフが住まう大樹の町など、彼の心が沸き立たない筈が無かった。
まぁ、そんな具合で上京してきた田舎者のように目を輝かせて里を見て回ったせいで、亜人族の方々に忌避や憎悪、たまに好奇の目を向けられて居た堪れなくなり、逃げるようにこの地下に篭ることになったのだが……。
ともあれ、この街を日本の特定層の方々が目にすれば、大絶賛は間違い無しだろう。
「婿殿は……褒めてくれているのか? いや、そうだと捉えておこう。救われるよ」
フォルテは、若干腑に落ちなさそうな顔をしながらも、安心したように胸を撫で下ろす。自らの故郷を褒められて嬉しくない者は居ないのだ。
そうこうして、話は今後の予定の事に移る。
「で、婿殿は一日ほど、この里に滞在するのだったな?」
「ああ。天空の塔攻略の為に、ゴーレムをもっと充実させておきたいしな。あと、既存の奴らも調整しておきたいし。名残惜しい気持ちはあるが、ここに篭ってゴーレム創りに励ませてもらうよ」
“龍巫女”は強い。かなり高い確率で戦うことになるだろうから、事前準備の手を抜くことは出来なかった。それに、ファンタジーの大森林を楽しみたい気持ちこそあれ、亜人達は人間を快く思っていないので、下手に出歩かないほうがいいだろう。これが、宗介の判断であり予定であった。
宗介の言葉に、この地下空間――――いわゆる格納庫に鎮座しているゴーレムに目をやったフォルテは、圧倒されたように息を飲む。
「しかしまた、一段とデカいものを……。これは一体、どういうゴーレムなんだ?」
その質問に、宗介は得意気に胸を張って答えた。
「聞いて驚け――――“戦車”と“戦闘機”だ!」
……と。
フォルテは、子供のように目を輝かせる宗介に、心底呆れ果てたように溜息を吐く。
「どういう物かすら分からないんだが……どうせ、婿殿のことだ。またとんでもない物なんだろうな……」
「そりゃあな。ま、どんな物かは実戦のお楽しみってことで頼むわ。まだ完成してないからな」
とは言ったものの、九割方は完成しているのだが、宗介にとってはまだまだ出来損ないらしい。今日の内に二機とも完成させたいところである。
やがて、ゴホンと気恥ずかしそうに咳き込んだ宗介は、話を変えるように質問を返した。
「フォルテはどうすんだ?」
「私は、そうだな。日が落ちるまでは旧知の者と話でもして、夜になったら……」
そう言ってフォルテは、チラリとエリスに目をやる。彼女がそれに視線を交わせば、自然と、二人の間には火花が散り出した。
つまり……
「ここらで決着を付けようと思っているのだが、どうだ?」
決闘のお誘いだ。
何の? そんなこと、言わずもがな。宗介の隣という場所を賭けた決闘である。
「……夜にやるなんて、本気?」
エリスは、フォルテの提案に訝し気に眉を顰めた。夜とは、吸血鬼の時間に他ならない。日が落ちた後と言うのは、エリスが真に全力を出せる時間なのだ。フォルテにとってはただ、不利なだけでしかない。
勿論フォルテも、それは理解しているだろう。だが、彼女は不敵な笑みを浮かべて誘いをかける。
「両者共に全力を出せる時間にやろうと言うんだ、よもや逃げ出したりはしまいな?」
「……ふ、面白い。その自信、私の全力で潰してあげる……」
「決まりだな。そう来なくては!」
お互い目が座ったまま、ふふふ……と微笑み合う二人。途端に凄まじい寒気に襲われた宗介は、背に守護霊か何かを幻視させる二人を見なかったことにし、ゴーレムの調整を始めた。これはヤバイ、と察したらしい。
なにはともあれ。
森に潜んで陣を敷いているらしい帝国軍など不安要素はあるものの、今後の予定が確定した三人は、思い思いに亜人族の里を楽しみ始めるのだった。




