四一 戦友よ
遠野の協力を取り付けることに成功し、本の虫となって情報を掻き集めること二日。宗介はまたも遠野の力を借り、王城の蔵書庫を訪れていた。
蔵書庫は王城の階層をぶち抜いて作られており、大きな吹き抜け構造になっている。二階層合わせて一つの書庫となっているのだ。なお、一階も二階も四方の壁は本棚で埋め尽くされており、その光景はまるで本棚の廻廊とでも言うべき代物である。当然、蔵書量は凄まじい。ちなみに二階部分には一階中央の螺旋階段か、各所に設置された移動式の梯子で登ることが出来る。
そんな開放的極まりない書庫の中で唯一、入り口付近の司書から死角となっている場所……二階部分の一角にある読書スペースで読書に勤しんでいた宗介は、不意に小さく息を吐き、手に持っていた本を畳む。
「っし、あらかた調べ終わったか」
「……ん。これ以上はもう、何も出てこない」
どうやら、調べ物は終わったらしい。隣に座るエリスも、やたらと大きなハードカバーを傍の山へと追いやる。書庫故、小声での会話なのはご愛嬌。
二人の両脇には、読み終えたらしい本が大量に積まれていた。その種類は地理書から歴史書、此度の戦争の資料に加え、果ては童話集に魔道具制作の指南書など多岐に渡る。到底、二日で読み切れる量ではないように思えるが、実際は殆どがサラリと流し読みした程度である為、読んだ量はこの山の数割程度だ。必要な情報自体はごく一部だけなので、それでも問題は無いらしい。
「おっ? てことは、この街での目的は全部達成したってことか?」
入館の手引きや本の捜索を手伝ってくれていた遠野が、小声で尋ねてくる。
入館には様々な手続きが必要だ。身分を確認したり、個人の魔力を識別したり……マトモにその手続きをこなしては、絶対に宗介の正体が暴露してしまうだろう。
宗介がそれを素通りしているのは、ひとえに遠野の技能、【風景同化】と【隠密行動】のお陰である。
遠方から敵を狙撃し撃破する、“弓師”。二つの技能は、もはや暗殺に等しいその技をより確実なモノとする技能だ。【風景同化】はその名の通り、周囲の風景に溶け込み視認されなくするという、言わば“擬似光学迷彩”のような技能。【隠密行動】は気配を極限まで消失させ、足音や足跡など、あらゆる痕跡を残すことなく狙撃地点から素早く離脱する技能だ。
この二つを併用した遠野の実力は、何気に凄まじいものだった。一度、全力を出せるという郊外の森で模擬戦をしてもらったのだが、魔力の痕跡すら残さない隠密行動に、宗介をしてもその姿を捉えることは出来ず、気付いたら首元にナイフを当てられるという無残な結果に終わった程である。その後特訓に付き合ってもらったお陰で、もう二度と同じような無様は晒さないと断言できるくらいにはなったが……。
閑話休題。
これらの技能は行動を共にする仲間にも使えるらしく、それを駆使することで――本来の使用方法とは異なるものの――蔵書庫への侵入を果たしたという訳だ。
「ま、そうだな。知りたい事は大体知れたし、情報収集に関しては満足だ。他は少し心残りもあるけど……あ、これ全部元の場所に戻してきてくれ」
「人使い荒いなオイ!」
「図書館では静かにしろって」
「んなっ!?」
本の山を見て愕然とする遠野に、やれやれと言わんばかりに肩を竦める宗介。司書にでも見つかったら只事ではない為仕方ないのだが、それを考慮しても中々に鬼だ。
しかし狙撃銃を貰った手前、断る訳にもいかないので、遠野は渋々ながら本を担ぎ上げ片付けに向かう。
「ちくしょう、弾薬の追加を要求する!」
「あれ専用弾だから創るの手間なんだが……まぁ、考えとくよ」
「絶対だからな! 倍くらい頼むぞ!」
どうやら遠野は、宗介から横流しされたドラグノフ用の弾丸の量に不満があるらしい。一応、無駄撃ちしない限り無くならない程度には渡してあるのだが、これ以上横流しすることで増長されても大変なので、悩ましい所だ。
彼ならば用法と節度を守って使ってくれるだろうが、どうするか……と考えていると、隣のエリスがポツリと声をかけて来た。
「……心残りって、何?」
どうやら先程少し零した言葉が気になっていたらしい。遠野が居なくなったから、尋ねてみたという訳だ。
「や、大したことじゃないんだがな? ここで葵と……幼馴染の片割れと会えなかったからさ」
と言うのも。ここは聖ルミナス王国の王城だ。残っている勇者達は皆、ここで寝泊まりし生活している。
ならば、ここに残っている筈の幼馴染――――生産職である楠木葵と再会出来ると踏んでいた。遠野に頼んで蔵書庫に連れて来てもらえば、簡単に会うことが出来るのだから。
だが無理だった。あろうことか彼女は、悠斗達と一緒にアングライフェン大帝国へ、そして“天空の塔”へ向かったと言うではないか。
この事を遠野から聞いた時、宗介は、破天荒過ぎる幼馴染の行動に卒倒しそうになった。何せ葵は“薬師”。本来、戦闘能力など皆無なのだ。フォールン大空洞の時は迷宮の外で大人しくしていたのに、何を血迷ったのか、という話である。
「……心配?」
「そりゃまあ、大切な幼馴染だからな。もう一人の幼馴染が付いてるとは言え、心配にもなるさ。あのバカは本当に……」
しかも向かった場所が場所だ。龍族最強の姫にして、総合的な実力なら魔王軍でも一、二を争う絶対強者である“龍巫女”が支配する大迷宮に、生産職である葵が突入するなど、無謀と言うしか無い。
呆れたように溜息を吐きつつ、内心ではただ、幼馴染の無事を祈る宗介。それを知ってか知らずかエリスは、無言でジッと宗介を見つめる。
「……な、何だよ?」
安定の無表情に気圧され、おずおずと尋ねてみれば、エリスもまた、端的に尋ね返してくるではないか。
「……女?」
「ッッッ!?」
瞬間、ビクッ! と目に見えて肩を震わせる宗介。たった一言だと言うのに、ほんの少しトーンが低かっただけだと言うのに、感じた悪寒は段違い。身体の芯から凍りつきそうな絶対零度。
一応言うと、これは断じて宗介に向けられたものではない。何せ、エリスだ。宗介に殺意を向けるような真似、する訳が無い。それは彼も分かっている。宗介が感じたのは単なる余波に過ぎないのだ。
分かっているからこそ、殺意を向けられた幼馴染の為、必死に弁明する。
「あ、いや、確かに葵は女子だが、ただの幼馴染であってだな。それ以上でも以下でもない……筈だ。エリスが思ってるようなモノじゃないぞ、うん」
「……本当?」
「あ、あぁ」
ジッと見つめてくる瞳に、思わずたじろぐ宗介。見た目はただの可愛らしい少女なのに、何と言うか、有無を言わさぬ凄みがあった。
が、それも一瞬の出来事。気付いた頃には普段通りに戻っており、そのまま静かに寄りかかってくる。
「……幼馴染は、卑怯」
「ひ、卑怯?」
「……だって、私の知らないソウスケを知ってる……。勝てない……勝ち目が無い……」
「なんで俺の幼馴染と戦う前提なんですかね」
無表情の中に悔しそうな色を見せるエリス。
「お邪魔虫は、敵じゃない……。けど、幼馴染のアオイは……強敵。超絶、厄介」
さりげなく雑魚認定されたフォルテはさておき。つまり彼女は、幼馴染との再会によって敵が増える可能性を、そして自分の居場所が失われることを危惧しているのだ。宗介にとって、少なくとも無事を祈るくらいに大切な存在、もしくは特別な存在である幼馴染。もしも彼を奪い合うことになったら……果たして、自分に勝ち目が有るのか? と、そう言う風に心配に思うのも仕方が無いと言えた。
「……もし、もしも争うことになったら……容赦はしない。絶対に“ここ”は、譲らない……」
静かに寄り添いながら、居場所を主張するかの如く手を握ってくる彼女に、宗介は困ったような顔を浮かべる。
とりあえず、エリスをヒョイと持ち上げ、膝の上という特等席に案内してやった。
「ったく、怖えよ……。別に葵がどうあれ、お前を捨てたりはしないから安心しろ。と言うか、俺の幼馴染と殺るのは勘弁してくれ。この通りだ」
こんな場所、お前にしか許さないんだぞ? と、そんな意味を孕んだ行為。普段はあまり表に出さないものの、実はかなり寂しがりやで心配性な可愛らしい少女に居場所を示し、安心させてやる為の行為である。
当のエリスは、心地良さそうに表情を緩めながらも、何処か不満気に頬を膨らませていた。
「……ソウスケ。誤魔化す時にこうするの、悪いクセ」
「うぐっ……! お前、ホント良く見てるよ」
全くもってぐうの音も出ない指摘だ。流石はエリス、隣に並び立つ者として宗介の事はお見通しらしい。
「浮ついた話にはてんで縁が無かったし、幼馴染とは長い間疎遠だったからなぁ。どうしてもそれ関係の話題は苦手と言うか、受け身がちで逃げ腰になっちまうんだよ。自分でも悪いクセだとは思ってるが、染み付いたもんはどうにも……」
基本的に逃げ回り、他者の顔色を伺っていただけのヘタレ生活が、彼に与えた影響は大きかった。それは一朝一夕で払拭できるものない。たとえ、半吸血鬼のサイボーグ人間となろうとも。
エリスはそのことを、つぶさに見抜いていたのだ。本当に彼女には頭が下がる。
「ん……自覚してるなら、いいの」
何処か得意気な顔をし、宗介の腕の中に身体を預けるエリス。
ポッと出の幼馴染なぞに負けてられない。ならば立場故のアドバンテージをものともしない関係になればいい……と、彼女も彼女なりに必死なのだろう。
正直なところ、エリスがそれだけ想い尽くしてくれているという自覚が、宗介には薄い。事実として認識は出来ているが、だからどうすれば良いのかが分からないと言った所か。
故に、とりあえず頭を撫でてやっていると……
「おのれリア充……爆ぜろ……もげて死ね……」
と、後ろからドス黒い呪詛の声が聞こえてきた。
すぐさま振り向いて見れば、そこには今にも血涙を流しそうな憤怒の表情をした遠野の姿が。どうやら本を片付け終えてきたらしい。
「おう、お疲れさん」
「『おう、お疲れさん』じゃねーよ! なんか凄い寒気を感じたから急いで戻ってきたのに……っ! ちくしょう、人をこき使っておきながら、目を離すとすぐにイチャつきやがって! これだからリア充は、これだからリア充はっ! 俺にも女の子を射止めるコツを教えてくださいッッッ!!」
「それが本音かよ……」
躊躇いなく土下座を決める遠野。あぁ、なんと潔い男だろうか。これには流石の宗介もドン引きである。エリスに至っては完全にゴミを見る目だ。
「……まぁ、何だ。お前も片腕片脚喪ったら春が来るんじゃないか? その時は義肢くらい創ってやるから、安心して行ってこいよ」
「助言が素晴らし過ぎて、逝っちゃう未来しか見えねーよ……」
どうやら宗介のアドバイスはお気に召さなかったらしい。遠野ははらりと涙を零し、項垂れた。なんとも哀愁をそそる姿だ。「冗談だ」と慰めてやればケロリと調子を変えるのは、流石と言う他無いが。
そんな具合で三人は、遠野の技能で姿と気配を隠し、用の済んだ蔵書庫及び王城を後にする。現状、人類最強の弓師である遠野に気付ける者は居ない。
そうして辿り着いたのは王都の一角に腰を据える、知る人ぞ知る名酒場の前であった。ここで、今まで別行動を取っていたフォルテと合流することになっているのだ。
遠野による案内はこれで終わり、契約終了である。その事を惜しむように、遠野がポツリと質問をしてきた。
「で? 目的が済んだってことは、もうこの街を発つのか?」
「ああ。明日にでも、帝国に向けて出発するつもりだ。フォルテの方の用事も、そろそろ終わるだろうしな」
この二日間、フォルテはずっと騎士団駐屯所に赴いていた。長期休暇の申請をする為である。その手続きには意外と時間がかかるらしく、今まで顔が出せなかったのだ。
「けっ、二股ハーレム野郎め。ドラグノフに免じて、見送りくらいはしてやるけどさぁ」
「その不名誉な呼び名はマジで止めろ」
そんなつもりは断じてない! と抗議の声を上げる宗介。しかし反論したところで、端から見れば完全にクズ男な行動をしている手前否定もできず、諦めたように溜息を吐き、そして小さく頭を下げた。
「ともかく、遠野のお陰で色々助かったよ。恩に着る」
「は? え、ちょっ、どうしたよ西田? 何か悪い物でも食べたんじゃ……」
そんな宗介の態度に、なにやら困惑したようにあたふたし出す遠野。殆ど道具として使われていたというのに、一転して礼などを口にするという豹変具合。確かに混乱しても無理はないのだが、宗介は不服そうに眉を顰める。
「失礼なヤツだな、頼み事の後に礼をするくらい常識だろうが」
「お、おぉ、まさか灰髪眼帯の空飛ぶサイボーグから常識について説法を食らうとは思わなかった」
「お前……いや、自覚はあるが……」
何とも釈然としない。が、そんな事を気にする様子も無く、遠野は当然だろう? という風に言ってのけた。
「ま、常識はどうあれ、友達同士の頼み事程度でそんなに畏まらなくても良いだろうに」
途端、宗介は豆鉄砲を食らった鳩のような顔で硬直した。予想外の言葉が飛び出して来たせいだ。
対する遠野は、今度は何だ? と訝し気な目を向ける。
「……どした?」
「あ、いや、何でもない。そうだな、友達同士だもんな、俺が間違ってたよ、うん」
「何でそんなに挙動不審なんだよ?」
「何でもないから気にするな」
若干、引き気味の遠野を尻目に、わざとらしく咳こみ体裁を取り繕う宗介。完全に彼の内心を見透かしたエリスが、憐れむような共感するような視線を向けてきているが、とりあえず受け流して話を元に戻す。
「最後にもう一度念押ししておく。あの銃は人前で使うな、見せびらかすな。もし誰かに見つかっても俺の名前は出すな。俺が悠斗達と再会できるまで、絶対にだぞ? もしも破ったらその場で自爆させるからな」
「ち、ちょっと待ってくれ、自爆云々って冗談じゃなかったのか?」
「当然だろ。下手すりゃ魔王と戦う前に人類同士での殺し合いに発展するような技術の塊なんだ。無闇に流出させるような真似、する訳無いだろうが」
譲り受けた武器の恐ろしい真実に愕然とする遠野であったが、宗介の措置も当然だ。ゴーレムらしいゴーレムならばともかく、本来なら、現在この国が力を入れているらしい機械技術を使ったゴーレムの開発だって、彼としては止めさせたい所なのだから。立場上、出来る筈も無いのでスルーしてはいるが。
「あと、私欲の為に使うのも止めろよ? 流石に大丈夫だとは思うが……」
「わーってるよ。ちゃんと世の為人の為、勇者の武器に相応しい使い方をさせてもらうって」
【風景同化】で不可視化させているらしい改良型ドラグノフを肩に担ぎ、任せとけ! と力こぶを作って見せる遠野。彼ならば問題ないだろうと判断した宗介は、小さく頷き、最後に固く握手を交わす。
「グッドラック。じゃあな戦友よ。天谷達と無事に再会出来るのを祈ってるぜ」
「ああ、グッドラック。次会う時は遠野にも春が来てる事を祈ってるよ」
「お前本気で祈るつもり無いだろ、ちくしょう! いつかヘッドショット決めてやる!」
宗介の軽口に、遠野はキラキラと輝くモノを目の端に浮かべながら、「覚えてろよぉ~~!」と冗談めいた言い回しをドップラーさせて去って行った。
ヘッドショット云々を一瞬で忘却の彼方へと追いやった宗介は、何ともおちゃらけた……と言うより、彼なりに色々と割り切った結果なのだろうが、ユニークなクラスメイトの後ろ姿を尻目に、待ち合わせの酒場へと足を運ぶのだった。
◆
「やあ、遅れてしまったな、すまない。騎士団長が中々離してくれなくてね……」
一足先に集合場所の酒場に辿り着き、カウンター席の端で時間を潰していた宗介達の元に、どこか疲れた様子のフォルテが駆け寄って来た。纏っているのは普段通りの騎士服だが、胸元に輝いていた筈の徽章が外されているのを見る限り、無事に休暇の申請は通ったらしい。一時、騎士の任から降りる事を許されたという訳だ。
「……来なくても、よかったのに」
「私が怖気付くとでも? それはするだけ無駄な期待だったな」
ボソリと呟くエリスを鼻で笑いつつ、エリスとはまた逆の、宗介の隣に腰掛けるフォルテ。マスターにエールを頼むと同時、何かに気付いたのか宗介に疑問の言葉を投げかけた。
「ヤケに静かだが、どうかしたのかい?」
どうやら、仏頂面でエールを呷る宗介――この世界の成人年齢は基本的に十五歳なので問題はない――の姿が気になったようだ。
「まぁ……ちょっと考え事があってな」
「婿殿が? はぁ、それはまた珍しい」
「お前は俺を何だと思ってんだ」
感心したように息を吐くフォルテに、宗介はピクリと頬を引き攣らせる。
「唯我独尊を地で行き、悩む前にとりあえず障壁をなぎ倒すような人間……かな?」
「お前とは一度、ゆっくりと話し合う必要がありそうだな?」
「そうだな、婿入りに関しての話し合いならいつでも大歓迎……あっ、あっ、冗談だからアイアンクローは勘弁してくれ頭が割れるっ!!」
盗賊団殲滅の時を含め、お前は何度か本来の姿を見ているだろうが、とフォルテの顔面を鋼の手で鷲掴みにし、万力の如く力を込めてやる。勿論、メキ、メキ、と嫌な音が鳴ったあたりで解放してやったが。こめかみに若干痕が残ったが、この程度なら明日には治るだろう。
「そ、それで、考え事とは何なのだ……?」
涙目のまま尋ねてくるフォルテに、宗介はどこか遠い目をしながら答えた。
「“友達”とは何か……ってことについて考えてたんだよ」
「……書庫で哲学書でも読んで、影響されでもしたか?」
「違えよ。単純に疑問に思ったんだっつーの」
宗介とて、何を言っているのか? という自覚はある。確かに、新手の哲学か何かのような話だろう。
ヘタレ生活を送っていた宗介にとっての友達とは、北池らを筆頭とした、その名を笠に着て人をパシリに使うようなお友達しか居なかった。当然だがそれは、本当の友達とはかけ離れた存在だ。また、幼馴染の二人も、件の存在とは別枠である。
では、友達とは一体?
これは、そんな単純な疑問であった。
暫く、顎に手を置いて考え込んだフォルテは、ピンと来たように手を打つ。
「成る程、遠野殿に友達と呼ばれでもしたと見た」
「……お前の【直感】は、たまに凄いものがあるよな」
そう、こんな事を考えたキッカケは、遠野が宗介の事を“友達”と呼んだからである。
実のところ宗介は、彼との関係をビジネス的な物として捉えていた。対価を払い、力を買う……これぞシンプルにして最も信用に足る契約の一つだ。だからこそゴーレムを一つ手放すというカードを切ったのだ。
言ってしまえば宗介と遠野は、それだけの関係であった。確かに彼らはクラスメイト同士であり、趣味も合う。意気投合することもあった。だが、それだけだ。
だと言うのに遠野は、宗介を友達と呼ぶではないか。
いや、きっとそれにこれといって深い意味はなく、ただ無意識に出てきた言葉だったのだろう。宗介もそれは理解しているし、この答えが出ない疑問自体、深く考えるつもりはない。暇を潰す為に思考を割いてみた程度のモノだった。
ならば物は試しと、その小さな疑問をフォルテに投げかけてみる。
「お前はどう思うよ? 友達、もしくは友人の定義について」
「ここで私に振るのか……」
困ったような顔をしつつ、マスターから手渡されたエールを呷るフォルテ。
そうしてグラスの半分ほどを飲み干し、ダンッとカウンターに置くや否や……堂々と言い放った。
「――――分からん! そんなこと私に聞くな!」
……と。
心底冷めたような目を向ける宗介に、フォルテは弁明するかのように、なんとも悲しい事実を暴露し始めた。
「恥ずかしながら私には、同僚は居るが友と呼べる者はおらんのだ。そんなこと聞かれても、分かる訳が無かろう」
「……まさかお前、ボッチなのか」
「む……言い方が悪いが、否定はせん。知っての通り、私は生まれが特殊な半端者だし、加えて言えば奴隷上がりの騎士だからな。生まれの良い輩が私と言葉を交わすことなど…………はっ!」
途端、フォルテは「しまった!」と咄嗟に口を押さえた。
が、もう遅い。失言を取り繕う前に、宗介が鋭く尋ねる。
「奴隷上がり?」
そんなこと、初耳だ。言葉通りの意味ならばフォルテは、奴隷の身分から王国騎士にまで成り上がった存在という事になるのではないだろうか。それならば確かに、鼻つまみ者として騎士団の中で嫌われていてもおかしくは無い。
「いや、その……言葉の綾だ。出来れば忘れてくれると嬉しいのだが」
「成る程、言い難い事か」
宗介が尋ねれば、冷や汗を浮かべたまま何度も頷いて肯定した。ならば、わざわざ掘り下げる必要も無いだろう。誰にだって知られたくない過去はあるのだ。
故に宗介は話を変えるべく、今度はエリスに問いを投げかける。逆隣でフォルテが安心したようにほっと息をついていた。
そう、これで良いのだ。わざわざ地雷を踏み抜く必要は無いのだから。
「エリスはどう思うよ?」
「……私も、友達なんて、居ない」
「……なんか悪かった」
「……別に」
見事に踏み抜いた。
いや、よく考えれば分かる事ではないか。彼女は“鮮血姫”にして、吸血鬼の王。最強の吸血鬼として、成人すらしない内にそんな地位まで祭り上げられたエリスが、同年代の友人と遊んだりする訳が無い。
酷く物悲しい、どんよりした空気が三人を包み込む。
「……類は友を呼ぶ、とはよく言ったモンだ」
「成る程、これが友人というものか。流石に悲しくなるから止めてくれ」
「……この話は、ダメ。心に刺さる」
「だな。明日からの予定についてでも話すか」
「賛成だ。この話は本当に不味い、心が折れる」
異様に暗い雰囲気を纏う三人組に、気付けば酒場のマスターも一歩引いていた。何なのだ、この寂し過ぎる奴らは、と。
宗介達の王都滞在は、各々が当初の目的を達成しつつ何とも締まらない形で幕を下ろしたのだった……。




