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三十 帝国入り

一話ほど、勇者側のお話を。

次は主人公サイドに戻ります。

 “トリッド活火山”が激しく火を噴き、そして落ち着きを取り戻した日から数日。


 聖ルミナス王国王都より、東へ幾つかの小国都市や宿場町を越える事数回。



 人間界の東半分を占める大国、“アングライフェン大帝国”の帝都を、悠斗ら含む六人の勇者達は馬車にユラユラ揺られて進んでいた。



 大通りを行く馬車の車窓から覗く街並みに、葵は感嘆したように息を漏らす。


「何だか、すっごく豪華だね」

「栄えてる証拠よ、良い事じゃない」


 槍水が言う通り、アングライフェン大帝国……通称“帝国”は非常に豊かで繁栄している。そのことは、道行く人々の服装――聖王国のものよりも近代的で煌びやかなものが多い――や、馬車の揺れを抑えて快適な走行を実現する為に極限まで綺麗に整備された道、そしてその傍に並ぶ街灯等からも推して図るべし。衛兵の装備もどこか輝いて見える程である。


 人々の顔にも活気が溢れ、大通りの端では露店の店主が声を上げて客を引いている。それらを眺めながら進む勇者一行の馬車は、もはや数えるのも億劫なくらいの馬車や荷車とすれ違っていた。


 少し脇道に逸れれば、石や木、レンガ造りの集合住宅が人口の多さを体現するが如く建ち並ぶ光景が目に映るだろう。人々の憩いの場である噴水広場では、羽帽子を被った吟遊詩人(バード)がリュートを弾いて何かを歌っている。聞こえる限りでは、聖王国で召喚された勇者の歌らしい。思わず馬車の本人達は、気恥ずかしさで苦笑いを浮かべる。


 夜も眠らぬ光の街――――それが、この大都市であった。


「けど、光ある所には闇もあるものさ」


 何処か悲しげな表情を浮かべた悠斗が、不意にその視線を、街並みとはまた別の所に向ける。


「……チッ、胸糞悪りぃぜ」

「ま、異世界だし仕方ないよ。怒りに任せて暴れたりしないでね、将大くん?」

「おい緋山。お前、俺を何だと思ってんだ?」

「何って筋肉馬鹿……あっ、待って待って、冗談だから!」

「ふ、二人とも……」


 何やらじゃれ合う周防と緋山に、その他勇者達は呆れたように溜め息を吐きつつ、帝都の街並みに点々と現れる“それ”を見つめる。


 首輪を着けられた、獣人の奴隷だ。


「……勇者様方の故郷では、こういった事は許されないことだと仰られていましたね」


 痛いものを見るような悠斗達の姿に、声の主、聖ルミナス王国王女ララティーナが、申し訳なさそうに目を伏せた。


 勇者達の帝国入りに同行した彼女。まだ成人すらしていない――この世界では、基本的に成人は十五歳だ――というのに黄金の輝きすらも霞むような美貌を持ち、王族として、そして一個人として民の為に心を砕き身を粉にする超が付く程の人格人である彼女は、とにかく国民や使用人達、そして勇者達から非常に人気がある。今、ここに居ない勇者達の中にも、ララティーナによるカウンセリングによってフォールン大空洞の一件から立ち直った者は多いのだ。


 そんな彼女が、今こうして勇者達と共に馬車に揺られているのは、平たく言えばこの国の皇帝に一言挨拶し、勇者達を紹介する為である。


 大迷宮の一つ、フォールン大空洞の踏破という偉業を成し遂げた勇者達。この成果を以って彼らが人類の救世主足り得ることを帝国にも知らしめ、同時に、帝国領北部に広がる“ヴィルト大森林”……及びその最奥に聳え立つ大迷宮の一つ、“天空の塔”へと踏み込む許可を得るのが、今回の帝国入りに於ける一番の目的である。


 もっとも、実際のところ許可を取る必要は無いだろう。ヴィルト大森林も天空の塔も帝国の所有物という訳ではないし、冒険者達の中でも少なからずそこに足を踏み入れる者は居る。


 それでもやはり……一国家の代表が別の国の中を通るのだから、歓迎会やらなんやかんやがある訳で、無視する訳にもいかないのだ。


 閑話休題(それはともかく)


 ララティーナ王女の言葉に、悠斗は「ふぅ……」と少し気持ちを落ち着かせてから言葉を返した。


「僕らの世界には、機械があるからね。だから、奴隷っていう労働力は必要とされてないんだ」

「機械……。こちらで言う、高性能なゴーレムのような物だと聞きました。大空洞から持ち帰られた設計図もその類だとか」

「まあ、そうだね。僕らの世界では、奴隷の代わりにその機械が重労働を請け負ってくれる」

「それは……何とも、素晴らしいですね。是非とも、我が国でも機械の技術を確立させたい所です」


 そう言って、民の負担が少しでも減るように祈り目を伏せる王女の姿に、悠斗は「そうだね」と軽く微笑んで同意する。


 ルミナス王国では現在、悠斗らがフォールン大空洞より持ち帰ってきた設計図を元に新たな技術を開発している。完成形を知っている勇者達も居る為、結果は上々らしい。


 それでも、未だ実用には至っていないのが現実。


 そこで必要とされるのが……“奴隷”なのだ。


 奴隷とは言わば機械の代わりであり、大切な労働力。勇者達もそれは分かっており、「奴隷を解放せよ!」と謳ったら途端に社会が崩壊することを理解しているし、こちらに来てから受けた座学等でも掻い摘んで説明された。故に気に入らなくても触れないのが暗黙の了解となっている。まあ、ルミナス王国では大々的に奴隷を登用したりはしていない為あまり目に付かないから、という理由もあるのだが……。


 しかし帝国は別。


 帝国領北部には“亜人族”が細々と住まう“ヴィルト大森林”が存在する。そして亜人族は、魔法こそ使えないものの――エルフ等の身体能力を捨てて魔法の力を得た種族を除く――人間族より身体能力が優れている。つまり、“優秀な奴隷”が近場で確保出来るのだ。


 ならば当然、使用する。


 結果、大規模農業や鉱山開発、運送など様々な所で亜人の奴隷が活躍し、帝国は繁栄する。アングライフェン大帝国は資本主義社会に近い国の為、その傾向も顕著だ。


 それがこの帝都の光へと繋がり、また同時に闇も生み出すという訳である。


 とはいえ、最近は大森林どころか大陸全体をも見渡すように聳え立つ“天空の塔”に、あろうことか魔王軍幹部の一人、“龍巫女”が陣取っているせいで迂闊に手が出せず、奴隷産業は落ち目なようだが。それでも今いる奴隷はそのままなので、まだ暫く帝国は繁栄を続けるだろう。


 悠斗は、少し悲し気な溜め息を零す。


「はぁ。奴隷が必要不可欠だということは分かってるけど、やるせないな」

「どうにか出来たら、と私も考えてはいるのですが、如何せんこの国には色濃く根付いているので、それも難しいのです……」


 ララティーナ王女は、亜人族の奴隷を良く思っていない。


 聖ルミナス王国は“精霊王オーベロン”を造物主として捉え信仰している。そして三つの種族……人間族、亜人族、魔人族は、皆精霊王によって創られ、太古の時代には手を取り合い生きていた。なればこそ、魔人族は明確な敵対行動を取って来ている以上仕方が無いが、亜人族とは手を取り合うべきである。それは決して種族間に主従の関係を作るような代物ではないのだ。


 勿論これは聖王国内部でも賛否の別れる主張だが、少なくとも彼女はこれに賛同し、帝国から流れてきた奴隷を保護したりと積極的に活動している。その例が、人間の国であるルミナス王国の騎士団に少なからず存在する、亜人族や人と獣人のハーフ等だ。


 ともあれ。


「わたし達も何か出来れば良いんだけど、勝手に手出ししていい問題じゃないし……」

「葵の言う通りね。私達の役目は、魔王を倒して未来を切り拓くまでよ。それより先まで創っていくのはお節介というものだわ」

「そう、ですね。大丈夫です、いつかきっと“光の時代”を再建して見せます!」


 槍水が言うことはもっともだ。何せ勇者達は皆異世界人。よその国の者とか別の種族の者とか、そういうレベルを遥かに超越した異分子である。そんな輩に政治まで手出しされてはたまったものではないだろう。これは地球でも異世界でも万国共通だ。


 それを皆分かっているからこそ、悠斗達は無用な軋轢を生まないよう魔王討伐に徹し、ララティーナ王女は決意新たにその手をギュッと握り締める。


 まあ、実際の所悠斗達が手出しをしないのは、行方を眩ました宗介と“鮮血姫”の捜索が最優先であるからだが。これは機密事項である為公言はしない。


 ……と、不意に馬車がガタリと揺れその足を止めた。どうやら、いつの間にか帝城まで辿り着いたらしい。


 馬車の先に見える大きな城門に、ララティーナは小さく溜め息を吐く。


「……一先ずは、ゲヴァルト陛下との謁見を乗り越えましょう。勇者様、無礼の無いよう。そして護衛の程、よろしくお願い致します」

「ああ、任せてくれ」


 今回の帝国入りは、ここからが本番だ。


 アングライフェン大帝国現皇帝、ゲヴァルト・T・アングライフェン。“戦帝”と謳われ帝国領土を著しく拡大させて全盛期を築き上げた彼、下手をすれば聖王国と帝国の戦争だってあり得なくは無い。


 と言うより、非常に好戦的な彼の事。何処かで力を確かめに来るだろう……というのはララティーナの推測だが、その時にいつでも対処出来るよう、悠斗達は一層気を引き締めるのだった。




 ◆




「面を上げよ」


 その、地に響くような、低く威圧感のあるしわがれた声と共に、レッドカーペットへ片膝を突いていた悠斗達は頭を上げる。


 謁見の間。声の主は最奥に据えられた荘厳で煌びやかなな椅子に座る男性……ゲヴァルト陛下だ。


 老人というにはまだ若く見える。短く切りそろえられた金髪と、纏った動きやすそうな甲冑から覗く鍛え上げられた肉体。歳としては引退直前なのだろうが、明らかにまだまだ現役! と言った具合である。


 この世界における資本主義……魔物相手に生き残る力と財力の頂点に立つ男だ。一目見るだけで並ではないと分かるだろう。その彼が、鋭い眼光を以ってララティーナ王女及び悠斗達を射抜く。


 玉座の横で儀礼剣を突き立てて佇む騎士や、皇帝陛下までの道を作るように傍に建ち並ぶ兵士達も、相当な手練れだ。ならば勇者達はさながら蛇に睨まれた蛙か。流石にこの場で喰らって来ることは無いだろうが……。


 そんなプレッシャー溢れる謁見の間であるにも関わらず、勇者達やララティーナは臆さない。何故なら、彼らもまた並ではないからだ。


「よくぞ参られた、ララティーナ王女に異世界の勇者達。歓迎しよう」

「はっ……。陛下、急な訪問の願い、聞き入れて頂き感謝いたしますわ」

「うむ」


 飄々とした態度で、胸に片手を当てて言うララティーナは、流石王族といったところか。


 そんな具合で定型的な挨拶をにこやかに交わした後、ゲヴァルトは肩肘を椅子に突き、少々砕けた雰囲気となった。話を変えるらしい。


「して、ララティーナ王女よ。我が国に嫁ぎに来る決心は付いたかな?」


 いきなり振られた話に、悠斗達は「聞いてないぞ!?」と小さく目を見開いて彼女を見る。当然だ、言っていないし言う意味もない。これは政治なのだから。


 ララティーナは悠斗達に「大丈夫です」と小さく微笑み返すと、キッパリと言ってのけた。


「その事に関しては、以前にもお断り申し上げた筈ですわ」

「そうであるがな……今の時代、人と人とが手を取り合うことは大事だ。なればこそ、我が帝国と貴国の間に血縁を作り、人類皆一丸となることを世に知らしめるべきではないか? どうだ、我が息子の妃として」

「そうまでして民に知らしめなくとも、皆、自ずと手を取り合ってくれます。現状の同盟関係だけでも十分でしょう?」

「ふふ、それもそうか……。いやすまぬ、聞き流してくれ」


 と、こんな具合にララティーナはするりとゲヴァルトの手から抜け出す。以前から何度も似た誘いを受けているのだ、慣れたものである。


 これを受ければ聖王国は間違いなく、なし崩し的に帝国に呑み込まれてしまう。現状、武力では間違いなく帝国が勝っているのだ。それを良しとしない聖王国は、当然ながらその誘いを飲むことはない。


 ゲヴァルトもそれが分かっているので、小さく笑いながら話を変えた。


「では、本題と行こうか。勇者達の頭は何方かな?」


 その言葉と共に、悠斗はララティーナによって促され立ち上がる。ゲヴァルトや兵士達の鋭い眼光が値踏みするように彼を射抜いた。しかし勇者は臆さない。


「ふむ、貴公の名は?」

「天谷、悠斗です」

「成る程、流石は異世界人。言っては悪いが珍妙な名であるな」

「はは……。遥か彼方、天に輝く綺羅星まで名が届くようにと付けられた名前で、自分としては気に入っているんですけどね」

「そうであったか。訂正しよう、良い名前だ」

「ありがとう、ございます」


 胸に手を当てて小さく礼をする悠斗。他愛ない会話を交わすくらいなら問題はないようだ。


 しかし、流石はクラスどころか学校切っての優男。異世界の生活や戦闘で研ぎ澄まされたこともあって、その魅力は留まることを知らない。格好良さが天元突破しているのではないだろうか。この場に彼のファンが居れば、余りの輝きに卒倒していたかもしれない。


 そんな彼の姿に、見定め終わったと言わんばかりに頷いたゲヴァルトが、他の勇者達の紹介も求める。葵、周防、槍水、緋山、岩井……と前に出で、順番にララティーナが紹介していった。皆、堂々としている。


 彼らの紹介を受けたゲヴァルトは、全員に値踏みの視線を送るや否や、疑わしそうな表情を浮かべ、かねてより抱いていた疑問を口にした。


「皆、若いが……かの大迷宮、フォールン大空洞を踏破したというのは真か?」


 無理もない。皆この世界的には成人こそしているものの、やはり歴戦の戦士と謳われるような年齢ではないのだ。体つきも、周防を除いた全員が年相応。“戦帝”の名を持つゲヴァルトの目には、どうしても強そうには映らなかった。


 悠斗達は、どうしたものかと途方に暮れる。確かにフォールン大空洞を攻略するだけの力はあるのだろうが……“踏破”という表現の通り、鮮血姫を討伐した訳ではないのだ。


「信じてください、としか。一応、地図くらいは有りますけど……」


 取り敢えず悠斗は乗り切る案を出してみるが、ゲヴァルトは「いや、いい」と首を横に振る。


「一つ、手っ取り早い手段があるからな」


 刹那、彼の顔に不敵な笑みが浮かび、片手がスッと掲げられた。


「っ!?」


 ごく自然なその動き。しかし、勇者達は本能的に感じた警告に従い、各々が即座に武器を取り構える。


 果たしてその行為は――――正しかった。傍に並んでいた兵士達が、一斉に剣や槍を悠斗達に向けて取り囲んできたのだ


 悠斗達は意識を戦闘状態に切り替え、一片の隙無く構えてララティーナを護る。魔力も練り上げ、いつでも魔法を使える状態だ。


「なっ!? 一体何のつもりですか、ゲヴァルト陛下!?」


 当然、ララティーナは声を荒げる。こんなこと許される筈が無い。不意打ちなど、非道極まりない行為だ。聖王国と帝国の間には決定的な亀裂が生まれることだろう。


 ついに堕ちる所まで堕ちたか……と、強烈な非難の目が玉座の男に向けられる。


 その目を一身に集めるゲヴァルトは、耐えきれなくなったようにくつくつと笑い出した。


「く、くく……。いや、失敬。試させてもらったのだよ」

「試した、だって?」

「うむ。これくらいの事に対処できんようでは、人類の救世主とは言えぬだろう? 結果は……及第点と言ったところか」


 ギロリと向けられた悠斗の視線を身じろぎ一つせずに受け流したゲヴァルトは、掲げたてをスッと降ろす。途端、悠斗達を取り囲んでいた兵士達が武器を下ろし、元の位置へと戻って行った。


 つまり、別に殺すつもりはなかったのだろう。ただ単にこの若い勇者達が戦えるのかどうかを見ただけ。一応、彼らの戦闘状態の姿は、“戦帝”のお眼鏡にかなったらしいが……どうにも食えない男である。


「非礼を詫びよう、ララティーナ王女よ。そして、勇者殿。貴殿らが真の救世主であることを認めよう」


 軽く頭を下げて謝罪する姿に、悠斗は、どうすればいいかララティーナに目をやって指示を請う。彼女は暫く悩んだ後、渋々といった風に頷いた。


「……まあ、未遂ですし、それで勇者様方のことが認められたなら十分でしょう。正式な謝罪は後ほど要求しますが、この場では不問とします。勇者様方もどうか剣をお収めくださいな」


 そう言うなら、と武器を下げて警戒を解く勇者達。彼らとて国と国の戦争などゴメンだ。敵はあくまで魔族、人と戦いたくはない。ならばここでは素直に退くのが懸命だろう。


 一先ずはこれで和解――――謁見の間に居る全員がそう思ったその時。


「っ!? 皆、敵だ!」


 顔を青ざめた悠斗の声が響き、勇者達とゲヴァルトの間に、漆黒の影が渦巻く。


 突如溢れ出した“闇”。それらは瞬く間に何かの姿を模り……二体の生物を作り出した。



 片方は、角が生えた牛の頭と翼が特徴的な、腕が異様なまでに肥大化した人型の二足歩行生物。翼付きのミノタウロスと言った具合か。もう片方は、二メートルを優に超える細身のフクロウだ。しかし身体の半分は骨しか存在せず、嘴や爪が凄まじく発達している。その上どちらも漆黒、ないし紫に近い体色で、何と言うか……禍々しい気配を感じさせた。


 何とも異形なその二体の、魔物らしき存在。しかし魔物とは決定的に違う点が存在した。そう、両者の“額”に輝く紫色の魔石だ。


 魔石は、魔物の力の源であり弱点。破壊されればその魔力が暴走し、爆発したりして即死してしまう。故に魔物達は、決まってそれを体内に隠している。


 それをわざわざこれ見よがしに露出させた二体は、一体どのような存在なのか。ただの愚か者なのか……はたまた、弱点が弱点にならない強者か。少なくとも只者ではない。



 謁見の間が途端にざわめく。見るからに友好的ではない化け物の侵入を許したのだから、とんでもない事態だ。兵士達は皆、慌てふためいている。


「くっ、葵はララァと一緒に下がって! 将大はフクロウ、瑠美と僕はミノタウロスの相手をする! 凛と光田は魔法での援護と、周りの人達を守ってあげてくれ! それと、出来るだけ部屋に被害を出さないように注意してくれ! 《ホーリークレスト》!」


 しかし流石は勇者か。悠斗は即座に指示を飛ばし、自身も魔法を行使する。対象に対魔の属性を与える支援魔法だ。恐らくは魔物のお仲間であろう眼前の化け物達なら、効果はあるだろうという判断である。


「っしゃ、任せとけ!」

「了解したわ、《蒼龍穿・纏》!」

「火属性の私と周防君は難しくない? もう、《ヒートエンチャント》っ!」

「ボ、ボクも難しい気がするよっ」


 支援魔法を受けた勇者達は、即座に武器を抜き二体の化け物を討伐しにかかる。帝城の部屋を破壊しないよう、馬鹿力の周防と部屋を焼き尽くす恐れのある緋山は控え目気味に。石材を破壊せざるを得ない岩井は、兵士達の避難を優先させるようだ。


「ララァちゃんゴメンね、こっちへ!」

「い、いえ! 私こそ力になれずっ」


 葵は、戦えないララティーナの手を引いて早々に戦線から離脱し部屋の片隅へと向かう。妥当な判断だ。


 それを見届けた悠斗は、槍水と共にミノタウロスに突貫する。【縮地】を使用した槍水が一歩早い。


「ブルルルララアァァッ!!」

「甘いわよっ!」


 咆哮と共に薙ぎ払われる剛腕。それを、地を這うかのように姿勢を低くすることで躱した槍水は、高圧水流の刃を纏った魔槍をミノタウロスの腹部に突き刺した。


 確かな手応え。苦悶の声と水飛沫が迸る。


 しかし槍水はどこか訝しげな表情だ。


「血が出ない? 何なの、魔物とは別……?」


 支援魔法のお陰か大分効いてはいる。しかし“血”が一滴たりとも流れなかったのだ。そんな魔物、スケルトン等の一部だけである。少なくとも肉の体を持っていて血を流さない魔物は存在しないだろう。


「ブルルラァッ!!」

「っ、考えてる暇は無いわね!」


 彼女は即座に槍を引き抜き、黒いポニーテールを棚引かせ、掴みかかって来る豪腕から逃れる。傷跡からは影のような“もや”が溢れるばかりだ。


「悠斗! こいつ、強くはないみたいだけど、異常だわ!」

「分かっているさ。ハァッ!」


 槍水と入れ替わるような形でミノタウロスに肉薄した悠斗は、緋山の魔法によって火属性を纏った聖剣を袈裟に振るう。


 ミノタウロスは咄嗟に腕を交差させて防いだが、ザックリと斜め一閃に切創が刻まれた。傷口が焼かれたせいで“もや”すら溢れない。しかも彼の持つ技能、【対魔特効】のお陰でダメージが上乗せされ、苦痛に満ちた声を零した。


「ギィィッ!!」


 そんなミノタウロスを助けようと、紫の羽が覆う翼と骨だけの翼を広げて空を駆ける巨大なフクロウ。しかし……


「テメェの相手は、俺だ!」


 骨の足を、周防の左手が摑んだ。リンゴなど素手ですりおろしにしそうな握力は、逃れようと暴れるフクロウを離さない。それどころか、彼のミノタウロスに匹敵する剛腕はフクロウの巨体を自らの方へと引き寄せる。


「小鳥は、ピィピィ鳴いてやがれッ!」


 そして、右手に担いだ戦斧の腹が、横合いからフクロウを殴りつける。一応、床が受ける被害を減らす為に考慮された一撃だ。


 しかしそれでも、威力は絶大。骨の足が関節から外れ、フクロウが吹き飛ばされた。


「ギイイィィッッ……!」


 嘴から血反吐のように“もや”を吐きつつ、翼を広げて空中で姿勢を取り戻すフクロウ。かなりフラフラだ。骨の足を放り投げた周防は、「来いよオラ」と戦斧を肩に担いで挑発する。


 ワナワナと身体を震わせたフクロウは……即座に踵を返した。


「なっ!? テメェ!」


 周防の制止の声など知ったことか。勝てぬと悟った哀れな小鳥は、その足と翼の凶爪を、逃げること無く玉座に座っていたゲヴァルトへと向ける!


「お、おっさん! 早く逃げろ!!」

「陛下っ!? どうしてまだそこに!?」


 周防と悠斗の悲痛な声が響く。こんな非常事態に、何を呑気に頬杖をついているのか! と言った具合だ。


 しかしだ。別にゲヴァルトとて愚か者ではない。ただ、逃げる必要が無かっただけである。


 隣に控える騎士から儀礼剣を受け取ると、ゲヴァルトは玉座に腰掛けたまま、鋭く冷たい眼光でフクロウを射抜く。


「我が帝国の中枢に、土足で踏み込むとはな……。余を舐めてくれるなよ、下級悪魔風情が」


 刹那。


 “下級悪魔”。そう呼ばれたフクロウの爪と刃引きされた儀礼剣が、ガギィンッ!! とけたたましい金属音を鳴らしてぶつかり合った。


 しかし拮抗はコンマ数秒。哀れにもフクロウの爪は思い切り上に弾かれる。


 そして姿勢を崩したその腹に、銀に輝く儀礼剣の刃が思い切り突き立てられた。


「ギ、ギ、ィィ……」

「他愛ない」


 ふん、とゲヴァルトは致命傷を負ったフクロウを一瞥すると、儀礼剣を思い切り振るってフクロウを投げ飛ばす。腹から盛大に黒い“もや”を散らすそいつは、もはや虫の息だ。


「あんた……強かったんだなァ」

「これでもかつては“戦帝”と謳われ、戦場に立った身。今でこそ多少は衰えたが、まだまだ余は現役ぞ」


 まるで興味を失ったように儀礼剣を騎士に返すゲヴァルト。その姿に周防は「なるほど」と感嘆の息を漏らしつつ、床に転がったフクロウの首にギロチンが如く戦斧を振り下ろし、絶命させる。


 紫の巨鳥はその身全てを黒い“もや”へと変え、額の魔石だけを残して霧散してしまった。取り敢えずは倒したらしい。


 そしてそれは、悠斗達も同じ。


「これでっ!」

「終わりよ!」


 光を纏ったヒートブレードと流水を纏った魔槍が、前後から挟撃する形でミノタウロスの頭と心臓を穿つ。


「ブルォォ……ガァ……」


 掠れた断末魔を木霊させ、巨体がズシンと崩れ落ちた。そしてやはり、瞬く間にその身を“もや”へと変え、紫の魔石を残して霧散してしまう。


 ふぅ、と額の汗を軽く拭った悠斗は、魔法が解けた聖剣を腰の鞘へと仕舞い、槍水と軽くハイタッチを交わした。


「お疲れ様、悠斗」

「ああ。しかし……拍子抜けだったな」

「全くね。不意を狙うにしても、流石にお粗末だわ」


 と、そんな感想を零しつつ、悠斗は謁見の間に居た全員が無事であることに安堵の息を漏らす。ララティーナも兵士達も、ゲヴァルトも勇者達も無傷だ。


 と、周防がフクロウの魔石を拾い上げつつ、ゲヴァルトに尋ねた。


「なあ、おっさん。さっき言ってた“悪魔”って、何なんだ?」

「……一応、余は皇帝なのだが」


 おっさんよばわりされたことに若干眉をひくつかせながらも、ゲヴァルトはその問いに答える。


「遥か昔、人魔大戦で暗躍し、多くの命を奪ったのが“悪魔”だ。詳細は未だ不明であるが、その全てが異形の姿をしており、身体の何処かに“闇属性”の魔石を露出させている。そして血の代わりに“もや”を噴き出す。魔物とは、似た者同士であるが別物らしいな」


 成る程、どの特徴も今し方戦った生物と酷似している。その話が本当ならば、先程の化け物は確かに“悪魔”なのだろう。


「“下級悪魔”ってこたぁ、さっきのより強いのも居るってことか?」

「うむ。“上級悪魔”は万軍にも匹敵するらしいぞ? 流石に、余の軍隊でも勝ち目は無いな。それと……一説では“光の時代”に紛れ込んだ“闇”も、この悪魔であるらしい」


 その言葉に、「万軍匹敵! 燃えるじゃねえか!」と熱くなるのが周防。それを「馬鹿じゃないの?」と一蹴するのが槍水。悠斗は苦笑いだ。


 そしてそれを聞いていたララティーナは、葵の隣でむむむと唸り思考の海に沈んだ。


「どうして、そのような御伽噺の存在がここに……何を狙って……そもそも実在していた……?」

「ら、ララァちゃん?」


 葵は、どうしたものかとあたふたしている。


 というのも、この才媛少女ララティーナ、一度思考に没頭すると周りが見えなくなるらしいのだ。まあ、本来ならば実在するかどうかすら怪しい噂の存在である悪魔に襲撃されたのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。


 ――――故に。


 あり得ないものを見てしまったような悠斗達の悲痛な呼び掛けに、即座に気付くことが出来ず。


「ララァっ!!!」

「え? あ、はい、どうしまし……」


 何度目かの悠斗による呼び掛けに気付き、顔を上げた時には。


 スローになった世界の中、今まさに飛びかかろうとしている、三体目の悪魔の姿を見ることになった。


「え……?」


 と、思わずそんな間抜けな声がララティーナの口から漏れる。


 ねじくれた角とコウモリの翼が生えた、四つん這いの人間。そんな具合の黒い悪魔が、謁見の間に居る全員が気を抜いたタイミングで姿を現したのだ。誰も対処出来なかった。


 そしてその悪魔は、その場に居る一番弱そうな人間……部屋の隅に居たララティーナに狙いを定め、飛びかかったのだ。


 長く鋭い両手の爪は、華奢で非力な少女を切り裂くには十分すぎて、お釣りがくる程。ララティーナにはそれを避ける手段が無い。


 最も近くにいる勇者は、葵。そう、“薬師”の葵だ。直接戦闘能力は皆無だった生産職の少女である。


 直接戦闘能力は皆無だった(・・・)、葵である。


 ――――故にララティーナは、命を拾うのだ。


 迫ってくる計十本の凶爪に、ララティーナは思わず目をギュッと瞑る。全くもって無意味な行為である。


 その行為を嘲笑うように悪魔が彼女の顔を引き裂く、その直前……


 パァン!


 一発の、乾いた炸裂音が鳴り響いた。


「……ぅ、え?」


 きつく目を瞑り身を震わせる少女を悪魔の爪が襲う……ことはなく、代わりに悪魔がドサリと崩れ落ちる音と、カラァンという微かな金属音が耳に届く。


 その音に恐る恐る目を開けるララティーナ。


「ララァちゃん、大丈夫?」


 そこには、白煙を上げる黒くて小さな武器を持った葵が居た。


「え、あ、はい。えっと、無事ですが……この悪魔は、葵さんが?」

「一応、ね」


 傍を見れば、三体目の悪魔がビクンビクンと身体を痙攣させているではないか。その気持ち悪さに思わずララティーナは後退りしてしまう。



 ――――“麻酔銃”。


 それが、葵の持つ武器の正体だ。


 フォールン大空洞より持ち帰った、銃の設計図。それを参考にし、ステータスプレートの製作者である宮廷魔術師兼、魔道具工作師ヘクサローザの監修の下、岩井が地属性魔法で金属を加工し、三日三晩かけて作り上げた代物である。


 撃ち出す弾丸は、小型の注射器のような弾丸だ。その中には葵が……世界最強の薬師が調合した、超が付く程凶悪な“毒薬”が含まれており、その注射器が刺されば射撃の勢いのまま即座にその毒を注入する。


 今回使用したのは麻痺毒弾。ただし、理論上はドラゴンをも即死させる即効性の劇毒弾なども存在する為、本気を出せば葵のキル能力は勇者の中でもトップである。ちなみに、弾の中身を回復薬に変えれば、撃った相手を治療することも出来たり。対応力は圧倒的だ。



 “薬師”と“機巧師”の力が合わさった結果であった。



「わたしだって、戦えるんだよ」


 そう言って黒い拳銃を懐に仕舞い、何処か遠くを見つめる葵。きっと、自分に戦う力をくれた少年を想っているのだろう。身体の半分を喪い、姿を消した少年を……。


「さっすが葵ちゃん! かーっくいい!」

「わっ、凛ちゃんっ」


 緋山が葵に抱き着き、じゃれる。いつの間にやら随分と仲が良くなっているらしい。悠斗と周防、槍水は、二体倒した時点で気を抜いたことを反省している。痙攣していた下級悪魔は……どうやら神経系が全て麻痺し、生命活動を停止したらしい。やはり額の魔石だけを残して“もや”と化した。


 その後も一応、悠斗達は警戒を続けるが、五分程経っても何も起こらなかった。どうやら悪魔の襲撃はこれでお終いらしい。皆して思わず安堵の息を漏らしたのは、仕方ないと言えるだろう。


 そんな訳で、なあなあで流されてしまった謁見の続きが行われる運びとなった。先程と同じように勇者達が並び、その傍に兵士達が並び、最奥の玉座にゲヴァルトが座る形だ。


「さて。ララティーナ王女に、勇者殿よ。我が国には、暫くの間滞在するのであったな?」

「ええ、そのつもりですわ、陛下」

「ふむ……。この国を悪魔の脅威から救った英雄達だ、下手な歓迎は出来んな。宿と滞在費はこちらで工面しよう。それと……人類の救世主である貴殿らを歓迎して、そして我が国を救った英雄を讃えて、派手にパーティーでも開くとしよう。出席してくれるな?」


 悪魔を倒した一人が何を言うか、といった所だが、元より滞在もパーティーも、事前のやりとりで予定されていたことだ。ララティーナはにこやかに誘いを受け、勇者達もそれに追随する。その後は大森林及び大迷宮攻略の許可を貰い、そして他愛ない話を交わして終わりだ。なんともあっけない。


 ともあれ。


 トラブルこそあったものの、一先ずは勇者達の活躍により、アングライフェン大帝国皇帝との謁見は無事に終了したのであった。

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