十一 決死
欠損表現あります。控えめなつもりですがグロ注意です。
腹部に開いた風穴に、少女はほんの少しだけ表情を動かした。
「……面白い武器」
「そりゃ、俺の最高傑作だからな!」
宗介は全力で後ろに飛び退きながら、素早く撃鉄を起こして引き金を引く。
一発、二発。計三発の弾丸が少女の身体を貫いた。
しかし、少女のドレスと肌は純白のままだ。
「面白いけど……効かない」
少女が少し目を細めた途端、まるで逆再生でもするように三つの穴が塞がっていく。予想していたとはいえ余りにも馬鹿げた光景に、宗介は一際大きな舌打ちを飛ばし少女から距離を取った。
「流石は吸血鬼、並の攻撃は効かないってか」
「……ん。踊れ、《鮮血の極刑》」
少女は無言で肯定の意を示し、そして装飾時計の長針染みた造形の刺突剣を地面に突き刺す。瞬間、ゾワリと撫でるような感覚に背筋が凍った。
勘が打ち鳴らす警鐘に身を任せ、全力で横に跳ぶ。
瞬間、宗介が居た空間を三本の杭が貫いた。細く鋭い、幾何学アートのような造形の杭だ。
「――――ッ、危ねぇっ」
あれに捕まったら最後、全身串刺しの極刑は免れない。串刺しからの吸血、そして白骨死体化は勘弁だ! と宗介は逃げ出した。
いや、逃げ場など“フォールン大空洞”の中には存在しないだろう。彼女こそがこの地底の支配者なのだから。しかし足を止める訳にもいかない。止めたらそこで串刺し刑だ。
「鬼ごっこ? ん、遊んであげる」
少女は地に刺した刺突剣を引き抜き、片手でクルクルと弄びながら、ゆっくりと宗介の後を追う。見た目は全く天使だというのに、ゆらり、ゆらりと歩く様はさながら死神のようである。
ただ、押し潰されるような殺意を叩きつけられ戦意を喪失する、ということが無いだけ幸いだった。
新鮮な血を飲む為には、決して殺してはならないのだから。
「くそっ、どう戦えば――――」
チラチラと肩越しに少女を捉えながら宗介は走る。無表情でゆらゆらと歩く死神に、確実に距離は空いているというのに得も言えぬ戦慄を覚えた。
「――――ッ!?」
と、死神に気を取られていた瞬間、目の前の地面から飛び出す杭。的確に頭を狙って伸びてきたそれを、宗介はすんでの所で横に躱す。
……いや、躱しきれず頬が軽く抉られた。これが殺意を持った一撃なら、今頃は宗介の後頭部から杭が突き出しているところだ。
血飛沫が舞い、【痛覚耐性】で消し切れなかった痛みに意識が揺らぎ、石畳に躓く。ポーションでは傷は癒えても疲労は取れないのが仇となった。
「……綺麗な紅色」
いつの間にやら近くまで来ていた少女が恍惚そう……に見える無表情で、先端に血がこびり付いた杭を見つめる。
そしておもむろに、その血を左手で拭い取った。
「ん……ぁむ……」
そしておもむろに、その手を口元に持っていき、舐める。
痛みも忘れてドン引きする宗介など目もくれず、そして顔が血で汚れるのも御構い無しに、小さな舌で血糊を舐めとり嚥下していく。
「…………ん、美味。穢れを知らない、綺麗な血の味」
「穢れを知らない……ど、童貞ちゃうわ! 舐めんな!」
なんとも酷いグルメレポートに、無駄な強がりを見せる宗介。素早く、されど確実にリボルバーの照準を合わせ、少女の左手を吹き飛ばした。
そしてそのまま――頬の痛みが消えていることに気付きつつ――ジリジリと少女から距離を取る。
「でも、やっぱり、美味しい血は直接吸うに限る……」
「却下だくそったれ! 後生だからどうか見逃して、俺を地上に帰らせてくれ!」
「それこそ却下。久しぶりの血、逃がさない」
「やっぱ話は通じないか、くそっ!」
少女は左手を再構築し、音も無しに距離を詰めて鋭い刺突を放つ。それを宗介は全力で身を捩って回避し、すれ違いざまにガントレットの“アサシンブレード”で伸ばしてきた右手を斬り付けた。
――――華奢な右手と握られた刺突剣が、虚空を舞う。血こそ断面から噴き出ないものの、射出の勢いも乗った一撃は、少女の細腕を斬り飛ばした。
ほんの少し表情に驚きの色を浮かべた少女は、やはり何事もなかったかのように腕を再生し、その独特な形状の刺突剣を拾い上げる。
「……面白い。《鮮血の極刑》」
その刺突剣が指揮棒のように振られると同時、踵を返して逃げ出した宗介を追うように、そして逃げ道を塞ぐように無数の杭が連鎖的に飛び出す。さながら、林か何かのようだ。
「俺は、全然、面白く無えっ!!」
冷や汗を流しながら乱立する杭の間を逃げ惑う宗介。いつの間にやら石畳の遊歩道からは外れているが、そんなことは知ったことではない。ここは死地、足を止めたらそこで終わりだ。
(葵から貰ったポーション、いつの間にか治ってた頬の傷……。自動治癒系のポーションだった? 葵が全力で作ったってことは並のポーションではないだろうけども)
迷宮の外に居ながらも自分を守ってくれる葵に、感謝の念を抱く宗介。また、チラチラと肩越しに少女を視認しながら、どうやってこの場を生き延びるか思案する。
(多少の無理は必須。【痛覚耐性】はどこまで耐えられる? そもそも俺はどこまで耐えられる? 吸血鬼の弱点は、火、水、日光、銀、心臓に杭。“鮮血姫”は吸血鬼の王、真祖だとか何とか言って、弱点を克服しててもおかしくない。何手必要だ? 考えろ……っ!)
一般人より若干高い程度の知能を振り絞り、頭を酷使する。“回転式拳銃型ゴーレム”や“パイルバンカー”を創った時にも匹敵するだろう。生き延びる為に必死だった。
(くそっ、どうにか一旦落ち着いて整理したい。リロードも必要だし、パイルバンカーやその他の準備も必要だ)
杭林を駆け抜けながら弾き出した結論は、隙が必要ということであった。
宗介はチラリと、傍を走る二機の虎型ゴーレムに目をやる。脚を動かさずにキャスターで走る、大きなリュックを背負った小太りの虎だ。
宗介は必死にリュックの中身を思い返す。状況を打破する手段がそこに眠っていることを祈って。
(“虎徹くん”には、予備の弾丸が幾つかと手榴弾が一つ二つ……。“二号”には回収しっ放しの魔石……。くそ、やってやる!)
結果としては、難しいもののどうにか出来そうであった。少なくとも手札の一枚としては十分だ。故に宗介は、それらを考慮し鮮血姫を打倒し生き残る為の計画を立てていく。
……多分、きっと、悠斗達ならばもっと綿密な計画を立てられるだろう。そもそもの知力が段違いで、切れるカードの数も強大さも比べ物にならない。しかし宗介の手札は少なく、貧弱。それでもやるしかない。
宗介は、なんとか弾き出した勝利の方程式に険しい表情を浮かべる。
――――細過ぎる道の先に輝く、小さな光。それを掴み取るには、一先ず、外したら終わり。
これより先はただの一歩も道を違う訳にはいかないと、意を決したように、シリンダー内に弾丸が二発残った拳銃をきつく握りしめた。
「鬼ごっこ、飽きてきた……」
不意に背後から聞こえる少女の声。そんな言葉と同時に、辺りに林立する無数の杭が収められた。
「俺はまだまだウェルカムだが、そう言うなら変更しようか。何がいい?」
宗介は荒い息を整えつつ脚を止め、リボルバーの撃鉄を起こし、半身になって銃口を少女に向ける。
「……ダンス、とか?」
「俺と石杭の? さっきまでと変わらないから却下だ」
ドパンッ!
馬鹿げた提案を掻き消すように、宗介は銃口をほんの少し下に向けて引き金を引いた。そして留まる事なく撃鉄を起こし、もう一発。
がくりと少女の身体が崩れ落ちた。
その隙を逃さず、宗介は“虎徹くん”のリュックからある物を取り出す。円状に六つの弾丸が取り付けられた、リボルバー用のスピードローラーと呼ばれる代物だ。
「……足を」
「ああ。いくら効かないとはいえ、足首を吹っ飛ばされたら、一時的に立てなくなるだろ?」
宗介はニヤッと口の端を釣り上げ、片足を失った少女から距離を取る。
放った二発の弾丸の内、一発が少女の左足首を貫いたのだ。か細く、そして何も纏っていないその白い御御足はいとも容易く吹き飛び、少女のバランスを崩す。
そしてその足が再生されるよりも早く、宗介はマントを羽織り闇夜に潜んだ。“虎徹くん二号”だけを引き連れて。勿論少女は逃がすまいと足を治して追いかけてくる。
……想定内だ。まだ道を踏み外してはいない。その事実に思わず頬が緩むが、まだ気を抜く場面ではない。心の中で自身に活を入れて宗介は気を引き締め、少女の動向に意識を向ける。
「また、鬼ごっこ?」
「いや、俺イチオシの遊び――――隠れんぼだ」
大丈夫、ゆっくりとだが着いて来ている。釣れた、と闇の中で笑った宗介は、おもむろにパチンと指を鳴らした。
刹那。
ズガガァァァァン!! と、爆音と爆炎、閃光が迸る!
「……ッ」
宗介は、爆炎の向こうで少女の無表情が歪むのを幻視する。
(すまん、“虎徹くん”! お前の死を無駄にはしないっ)
そう、少女が“虎徹くん”に近付いた瞬間、そのリュックの中身――――残っていた手榴弾を爆発させたのだ。予備の弾薬も誘爆し、それはもう大きな爆発を引き起こした。代わりに“虎徹くん”という尊い犠牲が生まれてしまったが……。
爆発ではあるが、その本質は“火属性”。そして“火”は、吸血鬼にとっての弱点だ。炎で燃やされ灰になった吸血鬼は、二度と復活することはない。生まれ持った不老不死の対価である。
勿論、吸血鬼の王である“鮮血姫”がこの程度で死ぬとも思えない。その白い肌に火傷の跡でも残せれば御の字だろう。
だが視界を遮り隙を作るには十分だ。宗介は黒マントで気配を消し、月光石が照らす月夜に溶ける。
そして、疲労困憊の脚も厭わず全力疾走。
(どこか、身を隠せる場所…………っ!!)
走って、走って、大空洞の四隅に建てられた霊廟の影に転がり込んだ。石組みの壁に身体を預け荒い息を整える。
そしてそのままずりずりっと、土の床にへたり込んだ。
「はぁ、はぁ、マジで怖え……」
一旦パイルバンカーを傍に立て掛け、子鹿のように震える脚を投げ出してぐったりと石壁に寄りかかる。
そのまま少し休憩し、ある程度落ち着いたところで作戦をもう一度確認していく。間違いが起こらないように。そして、不備が無いかどうか。
(どうにかして一発限りの“銀”の弾丸をブチ込んで、パイルバンカーで心臓に杭を打つ……。これで倒せなけりゃ、お終いだ)
とは言え、それ以上は思いつかなかった。これが最高にして唯一の作戦だ。
簡潔に整理した宗介は、“回転式拳銃型ゴーレム”のシリンダーを引き出し、空の薬莢と先程“虎徹くん”から回収した新しい弾丸とを入れ替える。六発の内一発は、銀色にコーティングされている特別仕様だ。
シリンダーを元の位置に戻し、カラカラカラッと無駄に回転させ。その後、銀色の特別仕様弾が六発目に来るようにセットしておく。
「…………勝てるのか?」
ふと、そんな言葉が彼の頭をよぎった。
無理もない。宗介は、自慢にもならないが勇者の中でも最弱であり、大して鮮血姫は魔王軍幹部の一角。控えめに言っても“無理”だろう。
「けど、やる以外の選択肢も無い。生きるか、死ぬか、二つに一つ……」
ならば足掻こうではないか。人間の底力というものを見せてやろうではないか。こんな奈落の底で生涯を終えるなど、死んでもごめんだ。
“二号”のリュックから魔石を取り出し、手榴弾を創る。実用に足りそうな火の魔石は二つだけだったが、無いよりはマシだろう。
大事な場面で動かなくなっても困るので、パイルバンカーに不良箇所が無いかも調べる。流石はミスリル製というべきか、長距離を落下したというのに損傷箇所は無い。魔石の残存魔力量的に、あと二回は使えそうだ。
ガントレットは、然程酷使をしていないので大丈夫。精々が一層のコウモリに傷を付けられた程度で、ナイフの射出機構も問題はない。
「…………倒して、殺してでも、絶対に生還してやる」
宗介はそう呟き、決意を固めた。
自分は弱いが、弱いなりに成せることだってある。それを証明してやるのだ。自分をここに落とした北池達を今度こそ見返してやる為にも。葵の「好き」に答える為にも。
ここを乗り切り強くなってやると、そう心の中で叫び、宗介は立ち上がる――――
「やっと、見つけた。《鮮血の極刑》」
瞬間、鳴り響く鈴のような声。
しかし、ずぶりと、肉に箸を突き刺すような音で掻き消される。
「ッ!? あ、ぐっ……!?」
【痛覚耐性】が機能しているのかすら怪しく感じる激痛が迸り、宗介は苦悶の表情を浮かべた。
見れば宗介の左脚大腿部から――――紅い杭が突き出しているではないか。激痛の正体は間違いなくそれだと分かる。
「隠れんぼは、あまり好きじゃないの」
目の前に姿を表した少女が、少々怒りを孕んだ声でそう言うと同時。
ドパッ!
宗介の太腿から、鮮血色の華が咲く。
「ぐ、あがぁぁァァアア!!」
激痛を超えた激痛は、思わず絶叫が零れる程。何せ、杭が突き刺さった箇所を起点として放射状に枝が伸び、宗介の左脚を千切り飛ばしたのだ。耐えられる筈が無い。体外から杭を突き刺し、そして内側から肉体を蹂躙し破壊する、一片の慈悲も無い凶悪な魔法……むしろ耐えられるほうがおかしいとも言えるだろう。
壮絶なまでの激痛と、許容し難い事態。宗介の意識がチカチカと点滅する。
(なんだこれ、なんだよこれ、訳が分からない。痛い、痛い痛い痛い痛い)
細長い肉塊が転がり、断面がぐちゃぐちゃの左脚から血が噴き出す。飛び散った血が眼前の白い少女を紅く染め上げていく。涙で視界がぼやける。苦悶の声が鼻水のせいでくぐもった音になる。
飛ぶ、死ぬ、やばい、と、まるで繋がりの無い単語の数々が宗介の頭の中で渦巻いた。
「ん……芳醇で、良い香り」
少女が、飛び散り口元を濡らした鮮血をチロリと舐め取る。
白いキャンバスに赤い絵の具を撒き散らしたように紅く染まった天使は、どこか猟奇的で妖艶で。“鮮血姫”の名にも頷けるほど、白い肌に紅い血が映えていた。
「これで、もう、逃げも隠れもできない」
「く、そ……が……ぁっ!」
傷はポーションの継続治癒効果が確実に治している。だが遅い。致命的なまでに遅い。
顎が壊れそうな程に歯を食いしばり、全力で意識を【痛覚耐性】の行使へと向ける。脚から全身に響くような激痛、どうにかしないと動くことすらままならず無残に串刺しにされるだけだ。
そんな宗介に、少女が顔を寄せる。キスでもするのか、耳元で囁くのか。それとも食事を摂るのか。小さな舌が、薄桃色の唇をチロリと這って言葉を紡いだ。
「必死に耐えて……可愛い」
「舐め、ん、な……ッ!!」
ギリギリッと歯噛みながら、宗介は猛烈な死の気配に震える手で拳銃を取る。
そして、抱擁でもするかのように身を寄せる少女の心臓に銃口を突き付け、全力で連射した。
ドパンッ、ドパンッ、ドパンッ!
轟音と共に穿たれた三つの風穴からは、血が流れることもなく。
やはり、何事もなかったかのように巻き戻って行く。
「元気な獲物は、美味……。だけど、血を吸い難い……」
身体を突き抜けていく銃弾が鬱陶しかったのか、少女は吐息がかかる距離から身を退いた。
「……楽にしてあげる」
装飾時計の長針染みた独特な造形の刺突剣が、キラリと月光を反射し煌めく。
(やばい、洒落になんねえ)
顔を青ざめてへたり込む宗介の眼前に持ち上げられた切っ先が、ほんの少しだけ下を向いた。狙いは首筋だろうか。
「安心して。即死はしない――――させないから」
ヒュッと空を裂いて突き出される切っ先。死の恐怖でスローになった視界の中、宗介はそれを見つめる。
(死んで、たまるか)
まだ、また道は踏み外していない。想定通りなら軌道修正も可能だ。
故に彼は諦めることなく、半ば本能的に。
殺さない為、手が抜かれた鈍い一撃を。
――――ギャリッという音を立て、掴み取った。
「舐め、やがって……! 緩いんだよ、クソが……ッ!」
右手のガントレットが、金属と金属が擦れ合う嫌な音を響かせる。もしも右手に何も着けていなければ、宗介の五指は飛んでいただろう。
しかし止め切った。刺突剣の先端が宗介の喉元を軽く突き、血が滲み出ているが、その程度だ。
「…………それが、ニンゲンの底力?」
「そう、だよ……! 手加減してくれて、感謝感激だっ」
宗介は左脚の痛みも忘れ、握り潰さん程に右手に力を込める。そして、空いた左手で拳銃を構えた。
刹那、その銃口に向けられた――――生気の見えない紅い瞳が吹き飛ぶ。
間髪を入れず親指で撃鉄を起こして引き金を引く。もう片方の紅い瞳も、音速の弾丸によって蹂躙され爆散した。
「……鬱陶しいだけ、効かない」
案の定、即座に再生が始まり、極めてグロテスクな傷が巻き戻っていく。恐らくだが、放たれた弾丸は眼球を突き抜けて脳を蹂躙した筈。それでも効かない等、生物としてはあり得ないではないか。こんなもの反則だ。
……しかし宗介は、想定内だと内心で吐き捨て、撃鉄を起こしてシリンダーを回す。
「俺だって、効くとは思ってなかったさ」
引き金を引けばいつでも撃てる……そんな状態の拳銃を、少女の心臓に突き付けた。
「何度やっても、無駄なだけ」
文字通り瞬く間に目を修復した少女は、突きつけられたそれを呆れたように見つめる。何故、無意味だと分からないのか。弾き飛ばしてやれば諦めるだろうか……きっと、そんなことを考えながら。
だがそれを見た宗介は、大きく頬を釣り上げて嗤った。全て計算どおり、と。
「無駄かどうか、その身で思う存分試してみやがれ」
刹那、鳴り響く軽い炸裂音。
夜の静寂に乾いた発砲音が木霊し……どぱっと、血が零れた。
「ぁ…………ぇ……?」
ふらり、ふらりと少女が後ずさる。紅く染まっていた純白のドレスが、さらに紅く染まっていく。犬歯が覗く口の端から、紅い血が垂れる。
これが、特別仕様の弾丸。
なんてことはない、普通の弾丸に“銀”を纏わせただけだ。威力は通常のものと然程変わらない。むしろ、魔石の炸裂を抑えたせいで人体を撃ち抜くことも出来ない程に威力が抑えられている。
しかし、“銀”が弱点である吸血鬼にとっては、最大限の効果を発揮する。
「純度の高い銀を買うのは、本当に苦労したんだ。お陰で一発しか用意出来なかったけどな」
痛みも忘れて宗介は嘲笑う。
そう、今までの無駄な射撃は、リボルバーを脅威だと思わせない為。そして両の目を撃ち抜いたのは、視界を奪って僅かでも銀の弾頭が視認される可能性を減らす為だったのだ。そして見事、想定通りに事が進んだ訳だ。全ての弾丸を撃ち終わった拳銃を放り投げ頬を釣り上げる姿は、さながらイタズラが成功した少年のようである。
わざわざ威力を落としてまで体内に弾丸が残るようにしただけあって、並の吸血鬼ならこれを撃ち込まれた時点で灰となって死ぬだろう。しかし流石は吸血鬼の王か、死ぬ気配は見せない。
精々、宗介が握りしめていた刺突剣がボロボロッと風化し崩れ落ちた程度だ。
「魔法も維持出来なくなったか、はは、効果絶大」
そう嗤いながら、次なる一手を打つ宗介。
先程作った“手榴弾”を、無造作に放り投げる。
「ッ――――!! ニンゲン、がァっ!!」
少女は今まで貫いていた無表情を崩し、必死の形相で石の壁を練り上げる。火属性の攻撃、直撃すれば無傷ではすまないのが分かっているのだろう。ああ、これも……手の平の上だ。
ズガガアァァン!!
顔を腕で覆って巻き起こった爆発をやり過ごしながら、宗介は傍のパイルバンカーに手を伸ばす。取り付けられた背負う為のベルトを使い、キツく右腕に固定した。
「多少の無茶は、必須!」
歯を食いしばり、背中を霊廟の石壁に寄りかからせながら、宗介は片脚だけで立ち上がる。
いつの間にか痛みは消えていた。脳が馬鹿になったのか、それとも【痛覚耐性】が強化でもされたのか。分からないが、僥倖だ。痛みが無いなら動けるのだから。
ガコンと杭が引き絞られたパイルバンカーの後方部――――廃炎口を、背後の壁に押し付ける。獰猛に輝く目で、煙の向こうの少女を見据えながら。
やがて砂埃が晴れ、大きく抉れた石壁が崩れていく光景が宗介の目に映る。腹と口の端から血を流し、荒い息を吐く血塗れの少女が居た。
ギロリと生気の無い瞳が宗介を睨みつける。身体の芯から凍りつきそうな冷たい瞳だが、所詮ただの眼光。恐るるに足らず。
「隙だらけ、なんだよッ!!」
瞬間、爆音が鳴り響き、宗介が爆炎を纏って跳んだ。
パイルバンカー。強力な爆発を以って重い杭を撃ち込む、馬鹿げた威力の破壊兵器。
その射出の反動は、ほぼ一般人の宗介が耐え得るものではないのだが、彼が創ったそれは無反動砲の技術を応用し、杭が撃ち出されるのとは逆向きにエネルギーを排出することで、その大きな反動を相殺する構造となっている。
なので、使用時にはその“バックブラスト”と呼ばれる爆炎を受け流すだけのスペースが必要なのだが、宗介はそこを塞いだ。
すると、パイルバンカーは吹っ飛ばされる。
「ッ、ぉぉおおッッ!!」
バックブラストの衝撃を一身に受け、右腕がねじ切れるような痛みを感じながら……もはや痛みなど感じず、宗介は背中を爆炎で焦がしながら少女に突貫する。
その勢いのままふらつく少女に肩口から体当たりし、そのまま組んず解れつ地面を転がった。
「この、ニンゲン風情、が……っ」
「はっ……! 人間風情に逆転されて、どんな気分だ?」
馬乗りになり、少女の首元を左腕で押さえつけ、右肩の動きも阻害することで思い切り地面に押し倒す。自由な左手で引っ掻いてくるが、所詮その程度。
宗介は未だ熱を持つパイルバンカーの杭を引き絞り、少女の心臓に押し付けた。丁度“腹パン”をする形だ。
「ぐ……、くそ、くそっ……!」
「落ち着けって、絶対に逃がさないからよ」
更に、柔らかい腹部に拳をめり込ませた状態でガントレットの機構を作動させる。カシュッ! とガントレットの内側から勢い良く伸びた刃が少女を貫き、宗介の右腕と少女の腹を縫い合わせた。
もはや、打ち出される杭から逃げる術は無い。
「があぁああ゛あ゛!! 《鮮血の極刑》ッッッ!!!」
瞬間、少女の胸元に淡く輝く紫色の紋様が浮かび上がった。禍々しい、悪魔をイメージしたような刻印だ。
それは、決死の一撃の証とでもいう代物だろうか。
「――――っ!!」
岩から削り出したように無骨な一本の杭が、二人の傍から飛び出す。酷く乱雑に組み上げられた魔法は、なんとか宗介の右肩を貫いた。
それだけに留まらず、突き刺さった箇所を起点に杭が炸裂。宗介の右肩が内側からぐちゃぐちゃに破壊される。飛び散った血肉が少女の顔を汚す。
痛みこそ感じないが、右腕の感覚が途切れた。恐らく、肩口から右腕が捥がれたのではないだろうか。
「これで、その武器は、使えないっ!」
勝ちを確信した少女の言葉に、宗介は……
「はっ、残念だったな。ゴーレムの遠隔操作くらい、標準搭載なんだよ」
ニヤリと、不敵な笑みを浮かべて嗤った。
右腕が千切れた? それを見越していたからこそ、自身の右腕を少女の腹に縫い付けたのだ。
右腕が千切れたからパイルバンカーを動かせない? まさか。そもそも全て宗介の“ゴーレム”であり、極論を言えば達磨状態でも指示が届けば使用は可能だ。ただ、車輪や脚は付けていないからその場から動けないだけで。
「俺の勝ちだ、“鮮血姫エリスティア”!!」
全て計画通り。故に放たれた、勝利の宣言。それ即ち尖杭が少女の心臓を貫く為の引き金。
ズドンッッッ!!!
ガントレットの刃によって固定されたパイルバンカーが杭を射出し、天に向けられた廃炎口から噴火のように爆炎が迸る!
轟音と共に地面に亀裂が走り、浮かび上がった刻印の上から心臓を蹂躙された少女の身体が、ビクリと痙攣した。
胸元の刻印が掠れ、消滅し、少女の瞳に光が宿る。
「……ぇ? な、に……」
まるで何が起こったのか分からないと言った風に、見開かれた目が自身の胸元と宗介の顔を行き来した。
宗介にはもう、そんなことを気にする余裕も無い。
(吸血鬼を確実に殺すには、心臓に杭を打ち込むのが一番って、何かで読んだ……。頼むから、これで終わってくれ、よ……)
炎、銀、心臓に杭。準備した全ての手札は切った。弾き出した勝利の方程式に間違いは無く、小さな光へと続く道は、一歩たりとも踏み外すことなく踏破してやった。これで“鮮血姫”が滅びなければ、もはや打つ手無しだ。
そう考えた瞬間、過度の疲労や怪我、蓄積された痛み、出血多量等、様々な要素が彼の身体を襲い……
バタリと崩れ落ち、そのまま意識を失った。




