十二 人間辞めてた
全身を覆う柔らかな感触に、休眠状態に陥っていた意識がゆっくりと覚め、宗介は薄く目を開いた。
「…………ベッド?」
身体は、未だ疲労が取れていないのか動かない。幾つか感覚が無い部位まである始末だ。なので宗介は未だ霞む視界を動かし、自分が今居る場所に見当をつける。
彼が横になって居たのは、天蓋付きの白いベッドであった。ご丁寧に純白の羽毛布団までかけられている。全身を覆う感触の正体はこれだ。
しかし、王城での生活によって天蓋付きのベッドには慣れたものだが、今まさに横になっているそれの天蓋にはついぞ見覚えがなかった。
(何が、あったんだっけ)
故に宗介は、この見知らぬベッドに身を任せるという事態になった理由を探る為、自分が眠るまでの間に起こったことを振り返る。
(百層目まで落ちて、それから、“鮮血姫”と戦って)
思い出したのは、長く濃いあの一日。
フォールン大空洞よ五十層でゴーレム達と戦い、北池によって奈落に落とされ、“鮮血姫”と戦い、そして。
「あれから、どうなったんだ……?」
死闘の末に、気を失った。ならばその後、何があったのか。そこに現状の答えがある筈なのだが、如何せん意識が飛んでいた以上どうしようもない。
“鮮血姫”のその後も不明で、ここ――――少々薄暗いものの、各所に白を基調とした家具や装飾があり中々に美しい、寝室のようなこの部屋に自分を運んだ者が誰かも不明だ。
「最悪なのは、“鮮血姫”が生きてて、俺を運んだって説だが……っ、何だこれ」
ふと、宗介は自分の周りをふよふよと漂う黄色い光球に気が付いた。ベッドの周囲を回り、顔に寄ってきては観察するようにゆらゆらと舞う、人魂のような何か。
どことなく、神秘的だ。例えるならば“妖精”か。少なくとも害意は感じない。
『あらあら、ようやく目を覚ましたみたいねぇ』
感じなかったが、不意に聞こえた声にビクリとする宗介。
「し、喋った……? 生物なのかこの光は」
『喋るわよぉ、精霊だもの』
「……ん? 喋る精霊って、“大精霊”とか“精霊王”くらいだって座学で習ったような」
『ふふん、喋るわよ。その大精霊だものぉ。って、それはいいの。エリス、入っていらっしゃいな!』
聞き捨てならない言葉をさらりと流され、酷く困惑する。“大精霊”と言えば世界に数体――――火、水、風、地の四属性、そしてその他の稀少属性を司る数体しか居ない存在だ。そんな存在が目の前に居るという状況、混乱しない筈がない。
そしてその混乱を助長するように、部屋の扉が、ガチャリと小さな音を立てて開かれた。
「――――ッッッ!!!」
戦慄。
ゾワリと全身の毛が逆立ち、一瞬で意識が覚醒する。
「ま、まて、“鮮血姫”。頼むから待ってくれ、状況を整理する時間をくれ」
小さく開けられた扉の隙間から、一人の少女がどこか不安気にこちらを覗く。
長い銀髪は月夜に降りしきる雪のようで、肌は絹を思わせる程に綺麗な白。その白の上に大粒のルビーを散りばめたように煌めく紅い双眸が、無表情のまま宗介をジッと見つめていた。
「あれだけやって、生きてたってのかよ……」
宗介の絶望感漂う呟きに、少女は扉の向こうで小さく頷く。
“鮮血姫エリスティア”。吸血鬼の王たる彼女は、銀の弾丸で弱体化した所に杭を打ち込んでも滅びなかったようだ。
正真正銘の化け物である。
「くそっ、もうお手上げだ。煮るなり焼くなり好きにしろ」
目を閉じ、うだーっと全身を羽毛の中に沈める宗介。
もはや打つ手無し。彼女を滅ぼすには、悠斗クラスの特大光属性魔法で以って一撃の下に消滅させるしか無いのだろう。勿論そんなこと、宗介には不可能であり、諦めるしかなかった。
『とのことよ。さあ、エリス。そんな所に突っ立って居ないで、早くこっちにいらっしゃいな』
「吸血鬼は、ニンゲンを煮たり焼いたりしないけど……」
不服そうにボソッと呟き、そして恐る恐るという風に少女――――エリスが部屋に入ってくる。
ぺた、ぺたという素足の彼女の足音は、宗介にとっては死のカウントダウン。来るべき時に彼はギュッと目を瞑る。余程恐怖が濃いのか、無駄に力が篭りピクピクと震えていた。
しかし、幾ら待てど、宗介の首に吸血鬼が噛み付くことは無く、刺突剣が喉を貫くことも無かった。
「……殺るならいっそ、一思いに殺ってくれないか? 覚悟決めるのも楽じゃないんだぞ」
宗介は恨めしそうな目を、ベッドの傍の、手が届くか届かないかといった微妙な距離のエリスに向ける。
「……殺すつもりなんて、無いのに」
『ごめんなさいねぇ? この子、ちょっとシャイで口下手なのよぉ』
シャイってなんだよ、と宗介は内心でぼやいた。宗介の中の彼女は、血を舐めて恍惚とするような残虐非道な化け物なのだ。そう簡単にそのイメージは拭えない。
しかし口を開いては言い淀み、申し訳なさそうに目を伏せる彼女からは、化け物の気配を感じないのも事実だった。生気を感じない目を持った“鮮血姫”とは雲泥の差だ。
「何が何だか分からんが……。それで? 俺を殺さないのには何か理由があるんだろ?」
『そうみたいよぉ。色々と、話すことがあるらしいの』
大精霊の言葉に、宗介は「早く言えよ」とエリスに目で促す。
「…………色々とあって、何から言えば良いのか……」
「口下手だっていうなら、落ち着いてゆっくり話せ。どうせ俺は聞かざるを得ないんだからな」
「……ん」
彼女は小さく深呼吸し、やがて落ち着いたのか、その小さな口を開いた。
「……その、助けてくれて、ありがとう」
「いや、もう一度言うけどな? 落ち着いてゆっくり話せ」
少々気恥ずかしそうに告げられた、その鈴の音のような小さな言葉に、宗介は我が耳を疑う。
「……一応、落ち着いてる、けど」
「じゃあどうして俺が感謝されるんだよ。むしろ俺が助けられた側じゃないのか」
少なくとも宗介には、礼を言われる覚えなど無かった。銀の弾丸とパイルバンカーを撃ち込みこそすれ、それでこの少女が何かから助かったかと言われると、宗介は間違いなく否と答えるだろう。
と言うより、あれだけ本気で殺しにかかったというのに今なお生かしてくれていることに感謝している程だ。
「後で、ちゃんと話す。今はまだ、先に言わないといけないことがあるから」
「あぁ、そう……。じゃあそれを早く頼む」
「ん。クロ、お願い」
『もう、精霊使いが荒いんだからぁ』
クロと呼ばれた光球が黄金色に輝き、思わず宗介は目を瞑った。
『鏡でいいのよねぇ?』
「ん、それでいい」
二人の会話と瞼越しに見える光の具合から、宗介は恐る恐る目を開ける。
宗介が寝るベッドの傍に、もう一つのベッドが鎮座していた。
「なんだ、これ」
瞬く間に虚空から現れたそれを、宗介はマジマジと見つめる。
見た目は、もはや違いを探すほうが難しい程、宗介が寝るベッドに酷似している。例えるならば、複製でもしたかのようだ。その複製側には誰かが横になっており、マジマジと宗介を見つめ返して来ている。
「……何の変哲もない、ただの鏡」
ぺた、ぺた、とエリスが宗介に歩み寄ってくる。丁度、二つのベッドの間に立つ形だ。
確かに、よく見ればそれは大きな一枚の鏡だった。壁一面を覆うようなサイズであったが。
「か、鏡だっていうなら、あの禍々しい奴は誰だよ。それに、どうしてお前は鏡に映らない?」
「……私は吸血鬼だから、映らない。そして、“あれ”は今の貴方の姿……よく見て」
純白の羽毛布団が捲られ、宗介の動かない身体がエリスに支えられて起こされる。隣のベッドの男もその身体を起こす。
途端、宗介は言葉を失った。パンツしか身に纏っていないだとか、そういうことはまるで頭に入らない。
銀と黒が混在したような鈍い銀色の、もしくは鉛色の、短めに切り揃えられたままであまり手入れのされていない頭髪。
左目は至って普通の、言ってしまえば日本人らしい白と黒の目だというのに対して、白と黒が反転し、更に瞳が血の色に染まっているという、なんとも恐ろしい右目。
痛々しい傷跡だけを残し、肩口から失われた左腕。
やはり大きく抉られたような傷跡を残した、太股から先の無い右脚。
唖然としたように開けられた口の中に覗く、長く伸びた犬歯。
明らかに尋常ではない姿の男が、そこに居たのだ。
「ほ、本当に、鏡だって言うのか? こんなのが、俺だって?」
宗介は震えた声で、身体を支えるエリスに尋ねる。
「私のせい…………ごめんなさい……」
申し訳なさそうに帰ってきたのは、肯定の言葉。
宗介は鏡の向こうの男ではなく、自分の身体に目を向ける。
感覚が無いどころか物理的に存在しない、右腕と左脚。視界の上端にはチラリと鉛色の髪が覗き、口の中を舌で探れば確かに犬歯が確認できた。ならばきっと、左目も鏡で見た通りになっているのだろう。
――――ズキリ。と、無い腕と脚に痛みが奔る。
これが、自分だと? どうして? 何があって?
黒髪黒目の、五体満足で平凡な自分は何処に行った?
そんな、ぐちゃぐちゃとした思考が宗介の頭の中を巡る。
「ぅ、ぷ、おえぇぇ……」
結果、余りにも酷く変貌した姿に耐え切れず、嘔吐した。
◆
「すまん、取り乱した……」
「ん、気にしないで」
『派手にやったわねぇ』
甲斐甲斐しく宗介の身体を拭くエリス。聞く所によると、気を失っていた間もずっとこうして世話をしてくれていたらしい。服が脱がされていたのはその為だ。
宗介はチラリと鏡に視線をやり、そして迸った痛み――――幻肢痛に、左手で右肩を抱いた。精神的なものである以上、【痛覚耐性】は効果を発揮しなかった。
その痛みに顔を顰めながらも、宗介はエリスに話しかける。
「とりあえず、こんなになった経緯やらを教えてほしいんだが」
「……分かった、全部話す」
エリスはその小さな口で、ポツリポツリと語り出す。
「私は、“魔王”に洗脳されていた」
――――曰く。
エリス及び他の四幹部は、魔王によって“隷属の呪印”を刻み込まれ、強制的に隷属させられているのだと。
しかし今回、宗介がエリスの下に落ちてきて、心臓に刻まれた“隷属の呪印”を破壊した。結果、隷属状態は解け自由の身になった。先程、宗介に礼を言ったのはこの為である。
つまり、エリスにとって宗介は恩人。心臓をパイルバンカーに穿たれた瞬間に自意識を取り戻した彼女は、状況把握もままならないまま、しかしその事だけは察した。
だが、もはや時既に遅し。宗介はは瀕死の重傷だった。片腕と片脚がもげているなど、即死してもおかしくないだろう。
故にエリスは意識を失った宗介を、“吸血鬼”の力を以って助けようと、血を吸って自身の眷属に変えた。刺さったパイルバンカーと銀の弾丸は、自身と契約した精霊――――“地の大精霊クロノス”がこの時に引き抜き、血を飲んだことによって潰れた心臓も治ったのだそうだ。
本来なら、これでエリスは全快し、宗介は吸血鬼となることで死を免れた。
しかし、予期せぬ事態が起こる。
「突然、吸血鬼化の力と、蘇生させる力がせめぎ合って……半分吸血鬼、もう半分がニンゲンのまま、定着してしまったみたい……」
「蘇生……。生き返らせる力?」
宗介の疑問に、エリスは小さく頷いた。
『死者の蘇生。伝説級の代物よぉ? 魔法か、秘薬か、精霊王様でも可能かどうか怪しいわぁ。心当たりはある?』
「まさか」
地の大精霊クロノスが、宗介の周りをほわんほわんと舞いながら尋ねてくる。
と言っても宗介は簡易的な治癒魔法すら使えないので、蘇生など出来るはずも無い。光の魔法に関しては世界最強である悠斗ならば、あるいは――――
と、そこで宗介はとある事に気が付いた。
「……葵のポーション? あいつが作った代物なんだ、自動治癒効果だけに留まるとは思えない……」
『あら、本当にあるの?』
「確証は無いが、可能性はあるかもしれん」
宗介は必死に葵のステータスを思い返す。確か【薬効操作】とか、【薬効向上】とか、【秘薬精製】とか、そんな技能を持っていた筈。
ポーション制作に関しては世界最強である彼女が全力でポーションを作れば、死者蘇生もあるいは。という訳だ。
「……ともかく、半人半魔なんて、かなりイレギュラーな事態」
「イレギュラー、ね」
宗介は傍の鏡に目をやる。
隻腕、隻脚、鉛色の髪に魔眼染みたオッドアイ。そしてギラリと輝く犬歯。
「凄まじい破壊力だな……」
宗介は思わず乾いた笑いを零す。
明らかにヤバイ。そもそも半魔である時点で、勇者としては致命的だ。例え四人の幹部は操られているだけであり、真の敵は“魔王”だけだとしても。
完全に敵だ。
「見ようによってはかっこいい、のか? いや、これは無いな……」
「…………その、ごめんなさい」
「いや、なっちまったものは仕方ないけどさぁ」
宗介はどこか遠い諦めの目で鏡を眺め、大きなため息を吐いた。
やがて、エリスがポツリと尋ねる。
「……名前、教えてほしい」
「あー、そういえば自己紹介してなかったな。西田宗介だ。そっちの名前は、まあ知ってるから良いか」
宗介は、聞き慣れ愛着のあるその名を告げた。エリスは口の中で、何度もその名を繰り返す。異世界人にとって日本人の名前は言い辛いのだろう。
「ソウ、スケ…………ん、覚えた。私の恩人の名前……かっこいい……」
「いや、愛着こそあれかっこいいとは思わないけどな」
目を伏せ、どこか嬉しそうに名前を咀嚼するエリスに、宗介は若干気恥ずかしくなったのか頭を掻こうとし――――ハッと、動かそうとした右腕が無いことに気付いて顔を顰めた。
「くそっ」
無意識に零れた、ぶつける先の無い苛立ち。勿論それは、隣に座るエリスに届く訳で。
「…………ごめん、なさい」
エリスは紅い瞳をほんの少し濡らし、俯く。
誰が悪いとか、これはそういう話では無い。しかし彼女は自身に責任を感じているのだろう。
『ちょっとぉ、私の大切な娘を泣かせないでもらえないかしらぁ?』
「っ……。す、すまん、そういうつもりじゃなくて」
だが、責任を感じているからと言って宗介が苛立ちをぶつけるのは間違っている。結果がどうあれエリスは自分を助けようとしてくれたのに、これじゃあただの八つ当たりじゃないか、と宗介は自分を叱責する。
(葵然り、エリス然り、責任転嫁しか出来ねえのか俺は)
本を正せば、全て弱い自分が悪いのに。力が無いから奪われ、失ったのに。
その責任を無意識の内に他者に求める自分が、宗介はほとほと嫌になる。長く続いた事なかれのヘタレ生活の弊害だろう。
「本当に、ごめん……」
エリスか、もしくはここには居ない誰かへと向けられたその言葉に、エリスは「私こそ」と呟き、目元を軽く拭ってから宗介に向き直った。
「……それで、ソウスケはこれから、どうするの?」
「一応、地上に帰りたい所だな。ここから地上まで直通の道とか、あったりするのか?」
宗介の質問に、エリスはふるふるっと首を横に振る。
『残念だけどぉ、“ここ”は、言わば牢獄でもあるのよぉ。この子は身体の自由を奪われて、ここで魔王城の結界維持を押し付けられるのと同時に、幽閉されていた訳。地上に出るには百層分を登り切るしか無いわねぇ』
「マジかよ……」
宗介はガックリと片方しか無い肩を落とした。ただでさえ片腕と片脚が欠損してしまったというのに、その状態で“フォールン大空洞”を下から攻略するなど、絶望的だ。
「私が、地上まで送る……?」
「あぁ、そういう手段もあったか。いや、しかし」
宗介は思案する。もしもこのまま“フォールン大空洞”から生還したらどうなるかを。
まず、今の宗介は半分が吸血鬼だ。つまり勇者達及び人類の敵と言える。
悠斗達は、まあ説明すればどうにかなるだろう。これはいい。
しかし、他は? まず間違いなく、魔人族側に堕ちた悪の勇者と見られるのではないだろうか? ともすれば、命を狙われるのは必至と言える。
特に北池。彼は、宗介に深い恨みを持っている。だからこそ五十層のあの場面で魔法を撃ったのだ。彼の中ではきっと、宗介は死んだものとなっているだろう。
もしその相手が生きて帰ってきたら?
しかも、外見だけでも魔人族になって帰ってきたら?
(ぜ、絶対に殺される)
奴は堕ちた勇者である――――そんな具合に、もう一度殺そうとしてくるだろう。半分くらいは事実である為、大義名分も成り立つ。
しかも今の宗介には右腕と左脚が無く、抵抗など出来ようもない。一人では満足に歩くことすら出来ないのだから、それはもう容易く命を落とすこと間違い無しだ。
「駄目だな、このまま帰ったら割と洒落にならない……」
『ここから見てたけど、確かに恨まれてたものねぇ』
「なら、どうするの?」
勿論、宗介としては殺されるなど却下である。その為には、彼自身が強くなることが必要不可欠。しかしここに、四肢の欠損という大きな壁が立ちふさがる。
「いっそ、失った四肢をゴーレムにでも変えるか……? いや、何日かかるんだ……。っ、そうだエリス、ステータスプレートはどこだ?」
「ん……これ?」
それはエリスによってきちんとズボンのポケットから回収されていたらしく、懐から取り出されたそれを宗介は受け取る。
もしかしたらゴーレムやエリスとの戦い、そして吸血鬼化によって、凄まじい力を得ていたりするかもしれない――――そんな希望を持って、自身のステータスに目をやった。
――――――――――――
西田宗介
機巧師 レベル:4
体力:36
魔力:36
筋力:36
耐久:340
知力:340
敏捷:36
技能:【言語理解】【ゴーレム創造】【ゴーレム複製】【刻印】【痛覚遮断】【吸血】
――――――――――――
そして思わず、二度見した。
『あらぁ、珍しい道具に珍しい職業ねぇ』
「いや、それはどうでもよくてな……。それよりも、なんだよこれ」
バグったのか、と思えるような超成長を見せたのは耐久と知力。後は、1しかレベルが上がっていない割りには……。と言った具合か。
技能に関しては、【痛覚耐性】が【痛覚遮断】なる技能へと変貌している。エリスとの戦いで許容量を超えた痛みを受けたからだろうか。【吸血】は、単純に吸血鬼化によるものだろう。
「技能は良いとして、この異常なステータスはどういうことだ? 前は全部10とかだったのに」
「吸血鬼になったら、身体が強くなる。それのおかげ……だと思う」
「だとしても上昇幅の違いが大き過ぎないか?」
「……中途半端な吸血鬼化の、弊害?」
吸血鬼になった者は、基本的に身体が強靭になり身体能力が上昇する。魔人族として生まれ変わるのだから当然だ。
しかし、宗介は半人半魔の中途半端な存在。それ故に、元から多少は伸びていた知力と耐久だけが大きく強化されたのだろう。
「成る程……。まあ、四肢欠損してるのに筋力が高くても、って話だが」
筋力はあって困りこそしないが、片腕片足では使いこなせないだろう。むしろ、どちらかといえば生産職寄りの宗介にとっては、知力が上がっているだけで十分と言えるかもしれない。
ならばと宗介は無駄に伸びた知力を総動員し、生き延びる為、強くなる為の手段を思索する。あらゆる要素を考慮して。
「知力が伸びた今、【ゴーレム創造】でどこまでいけるか……」
今ならばきっと、より精巧なゴーレムだって創れるだろう。実に常人の三十倍近い知力があるのだから。
例えば、“義肢”。強くなる為には相当なスペックの物が必要であり、“回転式拳銃型ゴーレム”等とは比べ物にならない程製作難易度は高いだろうが、これを創ることが出来れば少なくとも歩くことは可能になる。
また単純なゴーレムも、丁度宗介と一緒に百層に落ちてきた騎士像を解析すれば――――巨体らしからぬ動きの秘密や魔力障壁の技術をコピー出来れば、強力なものが創れる筈。
しかし、今のままではゴーレムの材料すらロクに集められない。誰かの助けが必要だ。このまま素材を確保しに九十九層に昇っても結果は火を見るよりも明らかである。
「俺一人じゃ無理か……」
となると、協力者が必要。そして“ここ”には、協力者足り得る存在など片手の指程も居ない。
故に宗介は、その数少ない存在に協力を仰ぐ。
「なあ、エリスさんや」
「……ん」
「俺一人じゃ無理なことがあって、ちょっとお前の力を借りたいんだが、助けてくれないか?」
エリスは無言で宗介を見つめ返す。
一拍の間の後、その紅い瞳が無い右腕と左脚に向けられ、痛々しそうに目を伏せた。
「ソウスケをこんな姿にしたのも、半魔にしたのも、私。なら、責任を取るのもまた、私」
目を伏せたまま彼女は言う。
「恩人の為……私が右腕になる。左脚になる。私と、私の魔法と、あとクロも。全部ソウスケに捧げる」
表情は相も変わらず無表情だが、スッと開けられ宗介を見つめ返す瞳には、固い意思が宿っていた。クロノスの『ねぇ、私の意思はぁ?』という言葉はスルーされた。
「なんか、重いものを感じるが……助かる」
「ん。私に出来ることなら、なんだって。任せて」
『もぅ、エリスがやるって言うなら、私も協力するしかないじゃないのよぉ。仕方ないわねぇ』
とりあえず協力を取り付けることが出来、深い安堵の息を漏らす宗介。
「……それで、私はどうすればいい?」
「俺と一緒に落ちてきたゴーレムの解析と、上層に登ってゴーレム用の鉱石やらを集めてもらいたい」
「ん、任された……」
『それじゃあ、早速行きましょう。善は急げ、よぉ』
コクリと頷き、エリスに腕を引かれて立ち上がった。
腕が無い、脚が無い。だからどうした? 強くなれない道理は無い。
「――――絶対に強くなって、生きて帰ってやる。見てろよ北池、お前の思い通りにはなってやらねえからな」
ニヤリと裂けた口元に、獰猛な犬歯がギラリと煌めいた。




