18
マイスと話したあの夜。
ミリーナは直前まで彼の手を取るつもりだった。
『帰ってきてください、姉さん』
そんな懇願に、きっと頷くことが正しかった。
しかしミリーナは、気が付くと差しのべられたその手を振り払っていた。
「あ…………」
パンッという乾いた音と、瞠目するマイスの顔を見て、ミリーナは我に返った。だが、もう本心に蓋をすることは出来なかった。
「ごめん、なさい……。私は王族としての責務を果たすため、国には戻るつもりです。でも、そこまで。私は……、貴方とは共に歩めない」
マイスの反応が恐くて、ミリーナは俯く。きっと傷付けただろう。ミリーナにとってはマイスのこともまた大切なのだ。それでも、彼の誘いに頷くことはできない。
ミリーナは黙ったままのマイスをちらりと見た。
「ずるいな、姉さんは」
そこにいたマイスは、怒るでも悲しむでもなく、困ったように笑っていた。
「おこ…らないの?」
「……まさか。少し、さみしいけれど」
マイスはふっと遠くを見つめるように、ミリーナから視線を外す。
「連れ帰ってからじっくり気持ちを分かってもらおうかと思ってたのに、それも許してくれないなんてね。でも……、姉さんが一番辛い時に傍にいれなかった。だから、当然なのかも、ってね」
「マイス……」
「姉さん。最後にわがままを聞いてもらっていい?」
「……私にできることなら」
「抱きしめさせて。恋人に、するように」
マイスの初めて見る艶っぽい視線に、ミリーナは戸惑い赤面する。
だが、できることならすると言ったのだ。
ミリーナは小さく頷いて、その願いを了承する。
「ありがとう」
そう言うが早いか、マイスの腕が背中に回る。その感触がすっかり大人の男のものなのだと気付く。
しかし、胸が高鳴ることはない。
これが答えなのだと感じながら、短い抱擁は終わり、ミリーナとマイスは「姉弟」に戻った。
それからの日々はあっという間に過ぎていった。
アルフェンとの別れを惜しむ間もなく、今は仲間となった王妃にかつて追いやられた家臣たちと合流し、城へと進軍する。
その後のことは、あまり気分の良いものではなかったが、目的は達せられた。
新王となったマイスの元、ミリーナは魔族との国交を実現させるべく邁進した。書面でのやり取りの中、どうやらアルフェンは元気らしいと知れて嬉しい一方、もう傍に誰か別の誰かがいるのではないかと考えては不安になった。
ミリーナは彼と何の約束をしているわけでもない。想いを伝えたことさえない。
この不安――嫉妬は身勝手なものだと気付いていながら、どうすることもできなかった。
そうして、そんな不安と戦いながら、ようやく魔族領への使者派遣を実現させたのだ。
ミリーナは「私が、参ります」と、いつぞやと同じ言葉を口にして、使者に志願した。一つの提案を携えて。
そうして今、驚くアルフェンの顔が目の前にあった。
「――初めまして……、じゃないですよね。お久しぶりです、アルフェン」
挨拶をしてみても、アルフェンもその周囲にいる魔族たちも、誰一人口を開かない。
ミリーナは仕方なく、鞄から「ある書状」を取り出した。
「それじゃあ聞いてくださいね」
ミリーナは書状を広げて、高らかに宣言した。
「『我が国は貴国との友好を末永いものとするため、貴国王と我が国の王女との婚姻を提案する』!」
「つ、つまり……?」
ようやくアルフェンが口を開いてくれたのににんまりして、ミリーナは今度は自分の言葉でこう言った。
「愛しています、アルフェン。私と結婚してください!」
アルフェンの目が大きく見開かれ、次の瞬間には駆け寄ってきた彼にきつく抱きしめられていた。
ミリーナは目を閉じてその胸に頬を寄せる。
返事は? だなんて最早聞く必要はないだろう。
状況をようやく飲み込めた周囲の人々の祝福の声に、アルフェンも嬉しそうにしているのだから。




