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約束だよ?  作者: とあるシカ
第3章 友人と親子
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Tale Untold-7.5話

あの頃には、もう戻れないーー。



 雨。


 しっとりと街を染めるそれを見るたびに、俺は鬱屈した気持ちになった。


 薄暗く灰色の街並み。耳を覆うノイズ。ごわついたくせ毛。湿ったズボン。鎮まる公園。バタつく傘。灰色の街並み、耳覆うノイズ、ごわつくくせ毛、湿ったズボン、鎮まる公園、バタつく傘。灰色の街並み耳を覆う…。




「早く帰りたい…」


 呟かれた言葉は、誰にも聞かれることはなく雨に吸い込まれる。


 電車の座席に座ると、内腿がしっとりとして気持ち悪い。

 濡れた傘を挟んだ脚は、感覚が薄れてきた。


 電車は雨なんて関係ないと言うかのように力強く滑る。

 だからか知らないが、車掌が遅れてるだのなんだの喚いているのに他人事にしか思えない。


 そうして、暫くの時間が経った。

 何をしていたかと言われれば、スマホでゲームでもしてたような気もするし、何も考えずにぼんやりと景色を写していたような気もする。


「ーー、ーー、お出口は右ーー」


 記憶に薄いが、確かこんなアナウンスが流れていたはずだ。

 だがその放送が最後まで流れることはなく、突如としてかき消されたのだ。


 それは最初、「急停車します、お捕まりください」なんていう不安を刈りたてるようなアナウンスから始まった。

 そしてそれに追従するかのように、耳をつんざくようなブレーキ音。

 ドン、という音ともに電車が止まる。駅は目前だが、僅かに届いていない。

 先頭号車はほとんど全員が前に注目していた。

 全く動じていない人といえば俺の肩に頭を乗せてぐっすりのおっさんくらい。


 ため息を吐く人。親にどうしたのと訊く子ども。スピーカーからは車掌の謝罪が聞こえる。

 今にしてみれば、このとき雨は既に止んでいた気がする。


 そうして、未だ車内が騒然としたままなことなど気にも留めないで、再び電車は駅に滑り込んで行く。

 どうやら大事では無かったらしい。


 ドアが開く。

 瞬間、密閉された栓が抜けるように気が緩み、人々がそこに向かって雪崩れ込む。


 そうして、未だに動きたく無いなどとわがまま言う身体と睨めっこしていたとき。


 向かいの席。

 そこそこ歳のいった強面のおじさんが立ち去る時、気づいてしまった。

 端っこの席限定で脚を濡らさずにすむ理由。手すりに傘がかけっぱなしだった。


 もしかして、と思ったときには、余程急いでいるのか彼はすでに人混みに紛れようとしていた。

 今ならまだ間に合うだろう。だけど違う人のかもしれない。

 車内には他にも傘が残っており、車掌かなんかが回収するだろう。

 そうだ、自分のだったら今日は雨だし流石に…。


「すみませんこれ、忘れてませんか」


 そのとき、思考を遮って現れた彼女は、まるでヒーローのようで、でもちゃんと見れば確かにただの人で。


「え?あ、いや違うけど…」


 だがしかし、現実はそう綺麗じゃない。予想外の出来事の連続だ。

 つまり本当に持ち主では無かったようだ。


 ほらみろ。言わんこっちゃない。

 そんなことを心の中だけで呟いてみたが、少しも気持ちは晴れなくて、それなのに彼女は凄く眩しくて。


 悔しかった。


 あれ、本当に眩しい。


 気づけば陽の光が街を照り付け、グレーだった世界に色を付けた。

 目の前の世界に色を付けた。

 新緑の木々。色とりどりの看板。賑やかな自動車の列。


 そして、その先。色とりどりの世界に引けを取らないほど眩しいその顔は、今でもありありと思い出せる。


「あれ、ーーじゃん気づかなかった。…てかこんなところにいるなんて珍しいね」


 そう言ってこちらを向くあいつの顔は、恋してしまうには充分くらいにかっこよかった。







 あれから五年以上が経つ今思い出しても後悔ばかりが積もっていく。


 あの後、あいつは傘を駅のお忘れ物センター(ちょうど終着駅だったためにあった)に預けに行ったのだが…そこでまるで作り話のような奇跡が起こった。

 なんとちょうどその傘の持ち主と出くわしたのである。

 もちろんあいつはたくさん感謝されていた。


 しかしそれも含めて俺はやはり悔しかった。

 そうして後悔の無いように、積極的にやらなきゃいけない、そう決めたのはこのときだった。


 そうは言っても同じ過ちを繰り返すのが人である。


 俺は臆病だ。


 臆病で我儘で根暗で、ついでに根性も無い。歴史は繰り返すとはよく言ったものだ。


 あの積極性の塊みたいなあいつが俺を避けるようになるほど、傷つけてしまったのだ。

 なのに俺の方も、結局最後まで()()()()()()「ごめん」の一言だけが言えなかった。


 雨。

 あれ以来嫌いでは無くなっていた湿った街。

 だけど今は、嫌いに戻っている。

 あいつが居なきゃ、意味がない。そんなことを考えてしまうから。




「そういえば宇都宮って何か名物とか無いんですか?」


「ーーっ」


 突然の問いに、声が出ない。

 お前そんなことも知らないのかよ、なんてただのウザい先輩ムーブさえかませない。


「餃子、食べに行くか」


 絞り出した答えは、震えていたかもしれない。


 今更そんなことを気にしても仕方がない、そう分かっていても、気になってしまう自分がいる。


 餃子の匂いがどこからともなく流れてきて、俺はその一歩をただ静かに踏み締めるのだった。


次回は『12.5話』を投稿!


日曜日から本編を再開して、第4章に入りたいと思っております。



評価もよろしくお願いしますっ!

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