第12話
「なんで…おとー、さん…」
まだ幼く、か弱い声は誰に届くでもなく街に溶けていく。
少女ーー桜良ちゃんの訴えに内心で同意する。未だ何故こうなってしまったのか、後悔の念が俺を責める。
こんなでも最年長なのだから俺がみんなを、特に彼の子どもたちを支えてやらなければならない。
第一、いつここにあいつらの仲間が来てもおかしくない。だから一刻も早くここから離れるべきだ。
やるべきことはある。頭ではわかっていながらも、気持ちが追いつかない。
ーーあの後、正直記憶が曖昧で、はっきりしない。
ただなんとか車で逃げたは良いものの、あのときの俺はもう何が何だかわかっていなくて、ただ必死にアクセルを踏み続けていた。
考えないように、理解しないように。思えば自然とそう思っていたのかもしれない。
狂ったように車を走らせた。
やがてガソリンが無くなると、眠りこけているみんなを残して車を降り、それはもう思い出したくもないようなことをしていた気がする。
しかし気づけば俺はどこかよく分からない廃ビルの一角で寝ていたらしく、起きたのが昼過ぎだと言うことに気づくと慌ててみんなを探した。
彼女たちはすぐみつかった。人はおろか、昨日の奴らがゾンビたちを一掃してくれていたのかゾンビも居ないため、ここらでうるさい声をあげているのなんて彼女意外に居なかったのだ。
それにしても、人も全く見ない。だからこそ不気味だった。
梓たちは真剣な表情で出発の準備を進めていた。
見ると怪我の処置もしたようだ。彼女の身体に巻かれた包帯は、血が滲んでいた。
「おいそれ…大丈夫か?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。それより早く河野さんを助けに行かないと、ね!」
そう言う彼女の顔を、俺は直視できなかった。
俺たちは歩き出した。車が無かったので歩くしかなかった。
どうにかして車を手に入れる気力は無かったし、だからといって何もしないでいるのは余計に辛かった。
俺たちはただひたすらに歩いた。
誰も何も言わなかった。
いろいろな考えが頭をよぎり、そのたびに頭を振った。
崩れかけたビル。錆びて文字が読めないバス停。緑に侵食された家々も、たくさん見た。
しかし、道のりは遠かった。
あまりに長かったから、何度も何度も地図を見る。周りを見渡す。
しかしその度に現実を突きつけられて、焦燥が俺を支配した。
日がかげり歩く気力も尽きてきたときに、それは見えた。
見えたのは俺の記憶とは違う場所。瓦礫の山。
まさかと思った。信じることなんてできなかった。
そう思いながらも、自然と足は動いていた。
そうして、俺たちは着いたのだ。この場所に。
ーーもう大分日が傾いてきていた。早急に泊まる場所を探さなければならない。
辺りを見回すと、瓦礫の山が視界の半分を覆っている。
昨日俺たちが車に乗って少ししたときに謎の爆発音が響いたが、本当に爆発が起こったのだ。
あの火の海がすぐ近くにあったガソリンスタンドのガソリンに引火したらしい。まさかそんなハリウッド映画みたいなことが起こるとは思わなかったが、この三年間で設備も劣化してひびでも入っていたのだろう。
おかげで敵は二人ともゾンビと共に死んだらしい。
彼ーー河野さんを道連れにして。
かつてガソリンスタンドがあったと思われるところから同心円上にひろがる瓦礫の山。
倒れた看板。
横転したトラック。
オレンジに染まる空。
蒸し暑い風。
焼け残ったゾンビの死骸。
鼻をつく臭い。
そして、動くことはない、薄汚れたウインドブレーカー。
あたりは大変な惨状になっているはずなのに、異様なまでに静かだった。
○
「いただきます」
ただ広いだけの食堂には、ずるずると麺を啜る音だけが響いた。
しかし、目の前に座った二人は俯いたまま動こうとしない。
「食べないのか?」
思えば梓や俺は数日の付き合いだからか、はたまた家族を失った経験があるからかまだなんとかやっているが、子どもたちは実の父が亡くなったのだ。そりゃあ辛いだろう。
だからなるべくやさしく声をかけたつもりだった。
「なんで……逆になんでそんな、平気でいられるんだよ!!」
しかし気づけば、少年ーー佑太くんは泣き叫んでいた。
「なんで父さんを、死なせたんだよ!!なんで、なんで……」
「それは…」
言葉が出なかった。
「……おにーさんたちが来なければ、ここを離れようとしなければ、父さんは死ななかったのに」
吐き捨てるように言われたその言葉は、俺の心を強くえぐった。
なにも、言えなかった。言えるはずがなかった。
俺は、間違えたのだ。失敗した。
誓ったはずなのに、どこか緩んでいた。
「…死ぬのがおにーさんたちならよかったのに」
言い返す気力もなかった。なんなら内心、その言葉に同意してしまった。
また沈黙が訪れるかと思った。今日はずっとこんな調子だ。
しかし、彼女が動いた。
パァン、という乾いた音が部屋に響く。
「……黙って、食べなさい」
絞り出したようなその声は震えていたように思う。
「…な、なにするんだよ!」
少年は精一杯彼女睨んでいた。まるで彼女が悪い魔女であるかのように。
「…お願い、だから。それ以上、それ以上おにーさんを責めないで」
「だってお父さんは……!」
震えていた。二人とも、涙を流していた。
「お父さんは……どうして?」
今日何度目か分からない問いを、少年は問う。
「俺たちが、迷惑をかけたから?騒いで、手のかかる子どもだったから?それなら、これから大人しくなるから……。良い子になるから……。だから…」
そのとき、梓が少年を抱きしめた。そっと、少年の後ろにいる少女と共に、抱きしめた。
「本当に、ごめんなさい。だから、おにーさんを、自分を、誰も、責めないで…」
大粒の涙で、顔をぐしゃぐしゃにしながら。
○
「昨日は、その、えっとーー」
「どうした?よく聞こえないなあ」
おどけた調子で俺が言うと、少年はムッとした表情で「やっぱなんでもない」なんて答えて、歩いていこうとする。
しかし俺は聞き逃さなかった。少年が去り際にそっと「ごめんなさい」と呟いたのを。
「ん?なんか言ったかあ?」
「なんも言ってねえし」
「ん、じゃあはやく支度しろよー」
「分かった」
次は謝罪じゃなくて、お礼を言って貰いたいものだ。
そのためにも…。
「俺たちも頑張らなくちゃな」
「そうですね」
梓が答える。
「ところで、お前は何をしている」
そこには壁に這いつくばった彼女がいた。
「え?見て分からないですか?頭大丈夫ですか?トレーニングですよ」
「お前は一言余計なんだよ」
「どの口が言いますか」
「それにしても、お前は元気そうだな。昨日はあんなに大人しかっ……いやそうでもないか」
「何か言いましたか?……まあ元気なのが私の取り柄なので」
それにしてもこいつはちょくちょく情緒がおかしくなるな。だがそういうときに、彼女がひとりの少女だということに気付かされる。
そしてやはり、元気な彼女が一番だ。
「ところでそのトレーニングなんだよ」
「いや、今回の反省を活かして銃弾を躱せるようになろうとトカゲの気持ちになってるんです」
「いや大分意味わかんないんだけど…」
そうして、俺たちの旅が再び始まった……はずだったのだが。
俺たちは今、温泉に入っていた。
うん、温泉っていいよね!
温泉行きたい。
次回、語らられざる『7.5話』を投稿します。
お楽しみに!
評価もよろしくお願いしますm(_ _)m




