第11話
更新が遅れて申し訳ないです。更新時間はあくまで目安程度にしてもらえると助かります(汗)
風が頬を撫でる。ひんやりとした空気が心地良い。
どこか遠くで鳥が囀る。
昨日、河野さん宅を出発した俺たちはしばらく車を走らせた後、貸し切り状態のホテルをお借りしながら、旅路を急いだ。
紺色のアスファルトに、白の線が刻まれている。ところどころ割れたり崩れたりしていて、そんなところを通るたびに、車ががたごとと揺れる。
その度にドリンクホルダーの中のコーヒーが波をたてる。
ここまで旅をして来た俺たちからしてみればそんなことは気にも留めないのだが、ちびっこ二人にしてみれば大事だったらしく「ゾンビの新略によって道が破壊されてるぞ注意せよ」とか冗談めかして言ってたりした。
微笑ましそうにそれを見る梓も、心なしか俺と二人のときより楽しそうだった。
俺は俺で「前方にゾンビ発見、ミサイル弾の準備をせよ」とか言ってみたのだが車内に唐突な冬将軍が到来したのは言うまでもないだろう。
ちなみに冬将軍の討伐が難航したことも併記しておく。
んでもって今ちびっ子ふたりが何をしているかというとだが、なんかがたごと揺れるたびにあー、とかうー、なんて言って遊んでる。
口に手当ててぱたぱたやって声出すみたいなことかな。ちっちゃい子良くやるよね。
気持ちは分からんでもないぞ。流石に二度目の冬を到来させるほど俺は元気じゃないのでやらないが。
もう少し若ければなー。雪だるまのひとつでもつくったかもしれないんだけどなー。
空は相変わらず透き通った蒼だった。
しかし国道は対向車は愚か、人の気配さえ無かった。
たまに人影が見えるが、どれもゾンビらしく、遠目に見ても関節の曲がり方がおかしい。
そうは言っても、ここまでで一番平和とも言えた。
「良い天気ですね」
「そうだなぁ。このまま平和に行けばいいんだけど」
「いやなんですかその言い方。変なフラグ立てないでもらっていいですか」
なんだよ。そんな猫みたいな目しないくても大丈夫だろ。
それにしてもフラグとかそんなのなしに無事に仙台まで行けそうで良かった。
……いやフラグじゃないから!
そんなことを考えていた時のことだ。
「あっ、」
不意に助手席の彼女がそんなことを漏らす。
…まじ?
やはり国道から堂々と行くのは良くなかったのだろうか。
敵だって馬鹿じゃない。国道は見張りでもつけるだろう。
脇道から行けば良かった。いや、そんな単純なものだろうか。どこか高いところから見張っていたのかもしれない。
……まあどちらにせよもう後の祭りだが。
そうして、後悔と共に精一杯の警戒をしながら、そちらを見やる。
「お姉ちゃんお漏らしみたーい」
「ほんとだ。あははは」
「あー、べちょちょ。タピオカって溢すとベタベタしてやだあ」
「……」
な、ん、だ、こ、い、つ、ら。
こんなときに呑気にタピオカ飲んでる上に溢してるやつも、透けそうで際どくて良いと思った自分もぶっ飛ばしてやりたいです。何がかはまあ置いといて。はい。
「あっ、」
今度はなんだあ。午後ティーでも溢すのか?
てかコーヒーとかそういう熱いもの服にこぼすと地獄なんだよなぁ。
そんな中身のない思考を巡らせて、そちらを見やる。
ズバババン!
「ぎゃあーーー!」
あ、これ、まずいわ。
咄嗟にブレーキを踏み、車はスリップしながらなんとか止まるが、外からはズバババンしてくれちゃった奴らと思われる声が。
「ちゃんと来たな」
「流石ボスだぜ」
そうして、俺たちは敵の手中にまんまと落ちたのだった。
○
「私はどうなっても良いです!だから、だから佑太と桜良……あとこの方々は関係ないはずです!どうか見逃してください」
「そうは言ってもなあ。俺たちはお前ら全員を始末しろと言われてるからなあ…」
今、俺たちは明らかにピンチだった。
梓は倒れて動かず、さらには河野さん娘が人質にとられている……なんていう最悪の事態には至っていないものの、いつそうなってもおかしくないような状況だった。
人間、多くの人が最悪な場合を想定し、ネガティブな思考になりやすいが、それはこういうときのためなんじゃなかろうか。
とにかく、今は俺たち全員が無事で、相手は二人ほどだ。凄腕ハンターみたいなオーラを放つ黒いスーツの大男と、ひょろっとしたちゃらそうな若い男。
正直、ちゃらそうな男だけだったらなんとかなったかもしれない。二人とも銃らしきものを持っているが、特に大男の射撃がやばいとは梓の言葉だ。
まあどっちが撃ったかはともかく実際彼女の助けがなかったら俺は何回死んでいたことか。
さらに言うと、彼らの背後には大量のゾンビたちが。驚くことに、さっき梓が刀を持ち奇襲をかけようとしたとき、そのゾンビたちは彼らを守るかのように梓に食ってかかったのだ。
なんとかゾンビは蹴散らしたものの、ゾンビとは言わば死者のようなもので、切っただけでは大抵は死なない。
つまり、どういう小細工だか知らないが、相手には大量の不死の軍団がいるようなものである。
本当に不味い。洒落にならん。
とにかく時間稼ぎでもなんでもして、この状況を打破しなくては。
「ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「ああ?」
「お前たちの目的はなんだ?金か?金なら払う」
正直借金の肩代わりは気が進まないが、明らかにやばいやつらみたいなので、最大限譲歩したつもりだ。
「ああ?いくら出せん…」
よし、なんとかなるかもしれない。
あとはATMなんて機能してる訳もないこの世界でどうやって金を用意するかだが…。
そう考えを巡らせたとき、大男がそれを遮った。
「金は要らん。俺たちはお前らの始末を指示されている。そこのやつは組織を知りすぎたのだ」
組織を知りすぎた?どういう事かと河野さんを見ると、彼は首を振りながら「なんのことだか知りません」と言った。
「なにも知らないみたいですよ」
俺がそう向こうに言っても、そんなことは関係ないと、聞く耳を持ってもらえなかった。
「どうしたものか…」
今、俺たちには二つの選択肢がある。逃げるか、戦うかのどちらかだ。
正直、戦いたくはない。
ゾンビが出てくる時点で実写映画みたいな世界だってのに、戦いだしたらもはやアニメじゃん。実写化無理な系のアニメじゃん。ジ○ンプじゃん。良い子は真似しないでね系じゃん。
これ実写映画どころか現実つまり日常なんですけど!
いやこんなんが日常であってたまるか?
……まあそれはこの際置いといて。
しかし、だ。逃げるにしても一つ気になる点がある。何故居場所がバレたのか、だ。
この近辺には街一帯を見渡せる場所なんてない。それこそ、もっと宇都宮の中心街にでも行けばでかいビルの一つや二つあったはずだが、そんなとこからここまでどれだけ距離があるだろうか。
じゃあ主要な幹線を全て見張っていたのだろうか。しかし河野さんひとりのためにそこまでするか?
何よりさっき聞こえた「ちゃんと来たぞ」「流石ボス」みたいな感じの会話から考えるに、ここに来ることはバレていたようにも思える。
つまり、奴らには俺たちの居場所を知る方法があると考えた方が良いだろう。
できればその正体をつきとめたいところだが……。
「何故ここがバレたのか、か…」
「すみません、一つお伺いしたいのですが……何故ここがバレたのでしょう」
俺の呟きを聞いた河野さんが気を利かせてくれたようだ。
しかし、そんな馬鹿正直に答える馬鹿がいるかねぇ。
「ふふーん。ボスがお前の帽子に仕組んだGPSタグで…」
「おい馬鹿、言うんじゃねえ」
「なんだとお!馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞお」
……。
それにしてもボスが河野さんの帽子にGPSタグをつけた?どういうことだろうか。
「まさか、これが…」
河野さんを見ると古びた帽子を地面に叩き捨てていた。
聞きたいことが山ほどあった。
しかしそれを聞くことは叶わなかった。
「まあそんなこたあ、今は良い。ここで始末すれば問題はないからな」
「ちょっ、まっ」
突如として、戦闘が始まってしまったからだ。
○
やはりというべきか、戦況は芳しくなかった。
不死の軍団は普段ならそこまでの脅威ではない。辛くなっても逃げれば良かった。
しかし、今回ばかりはそうすることができない。逃げ道は塞がれてしまい、さらに敵は二人とも銃を持っていた。
そうなってくると最初は意味のないように思えた大量の不死の軍団が効いてくる。
このままだとジリ貧だ。必死にゾンビを叩き倒し、ゾンビを盾になんとか銃撃を防いで居る状況である。
敵がそこまで銃の扱いに慣れてないようで助かった。
本当に、梓が居て良かった。
何故だか知らんが彼女は異様なほどに強い。身体能力の化け物だ。
今もゾンビを上手く盾にしつつ必死に囮となって銃弾をかわし続け、反撃までしている。
今までも(ゾンビを竹刀と素手で薙ぎ倒してたし)彼女の身体能力が常人のそれじゃないとは思っていたが、まさかここまでとは。
しかし、やはりというべきか、そんな最強少女さんもなんとか俺たちが死なないように守るだけで精一杯だった。
相手は二人で、銃ももっているため、それだけでもすごいことだが。
長い長い時間、必死の攻防を続けているような気がするが、時計の針はほとんど動いていない。五分と経っていないようだ。
日没まで粘って闇夜に紛れたら……なんて考えも一瞬で霧散した。
そもそも子どもたちがまずいのだ。
完全に、詰みである。
梓一人、いやせめて俺までならなんとかなるかもしれないがあとは厳しいだろう。
そう、頭のどこかが訴えている。
こんな状況だってのに、やけに頭は冷静だった。それが、余計に嫌だった。
「きゃっ!!」
声のした方を向くと、そこには河野さんの子どものうち、妹のほう、たしか桜良ちゃんとか言った子が見える。ただし、その首には敵の腕がまわされていた。
そしてそいつのもう片方の手には銃が。
「さあ大人しく…」
お手上げか。
そう俺が逃げる準備をしようとしたときだった。
「さ、桜良あっ!!」
辺りに響いた声は、射撃音よりもはっきりと耳に届く。
夢を、疑った。仕方がないと思う。
しかし現実に彼ーー河野さんが、敵に突っ込んでいくように、俺には見えた。
無茶苦茶だ。相手は銃を持っているのだ。
そう思うと同時に、この機を逃したらこれ以上のチャンスはないと、そう確信する。
俺は裕太くんの手を取り、叫ぶ。
「梓あ!」
「オッケー」
良い返事だ。
「え、ちょ、ま…」
戸惑う少年の手を引いたまま、俺は駆ける。
彼女の手には最終兵器が握られていた。
向かうは、敵方の車。
目の前にゾンビが立ちはだかる。
「いくよ」
「ああ」
彼女の手から、一本の棒が落ちる。
火のついた、木の棒。マッチ。
そうして、周囲が火の海に包まれようとしたときだ。
パァン!!
乾いた音ともに、目の前を銃撃が通り過ぎる。
掠った部分から、血が滲んだ。
パァン!!
なおも銃撃は続き、それは少し前を必死に走る彼女に向かって……。
「んんっ!」
前を見る。否が応でも現実が視界に入る。
認めたくない気持ちとは裏腹に、頭が理解をする。
俺は見てしまったのだ。マッチに気を取られた彼女が崩れ落ちる瞬間を。
「あずさあっ!!」
俺が駆け寄るのと、付近に火の手が回るのはほぼ同時だった。
「大丈夫か?」
「だい…じょうぶ、です」
いや全然大丈夫じゃないだろ。お腹から血がダボダボ出てるじゃん。
パァン。
再び銃声が聞こえた。そちらをみると、幼い女の子が駆けてくる。
見れば河野さんが敵の一人、ちゃら男に覆い被さるようにして、銃口を塞いでいた。
「河野さんもはやく!!」
「……」
しかし、河野さんは返事をしなかった。
「河野さん?」
少ししてゆっくりと彼の顔がこちらを向く。
彼の周りは、ゾンビが多かったためか火の海と化している。
しかしそんなことはお構いなしにゾンビの大群が背後から押し寄せてきているのがよく見えた。
そして、さらに左を見やると、もう一人の敵である大男の姿が。
俺は必死に頭を巡らせる。なんとか河野さんを助ける方法を。
何故なら大男の銃口は、河野さんへと向いていたから。
そのときだ。微かな声が風に乗って俺の耳へと届く。
「佑太と、桜良を、おね…」
しかし俺がかろうじて聞こえたのはそこまでだった。
彼は、今にも泣き出しそうな、見ていられないような、顔をしていた。
それが、最後に俺がみた彼の顔だった。
「危ない!」
気づけば目の前に炎が上がっていた。火のついたゾンビが追ってきたようだ。
しかし避けるように俺の手を引いたのは彼女だった。
思考が追いつかない。
ただ、流されるままに歩き出すが足がもつれて転んでしまう。
「あ、かわ…河野さんが…」
かろうじて声を発したものの、震えてしまう。
そうだ、と思いつく。
「あ、梓。河野さんを助け…ないと、」
しかし梓は応えない。
「おい、梓…さっきみたいに、アクロバティックなことして…」
「無理です」
「……へ?」
「ごめんなさい。さっき銃弾を受けてから、正直、ちょっときつくて」
そうだった。
俺はなんて馬鹿なのだろう。会ったばかりの河野さんを助けるためなら、梓が死んでも良いってか。
そんなわけがない。なら…。
「悪い。梓は先行っててくれ」
「……へ?」
俺は立ち上がり、必死に走ろうとして……服を掴まれてることに、気づく。
「なに、してるんだ!」
「あなたが、行かないようにしてるんです。責任、とってくれるって言ってましたよね?」
「……でも、このまだと彼は、」
「だからって!あなたまで死んでしまったら意味がないでしょう!!」
叫びにも似た彼女の言葉が、俺の声をかき消す。心なしか、彼女の声も震えている気がした。
「っつ………。だけどーー」
梓が居ないとき、河野さんに何故そこまで頑張るのか、そう聞いたことがあった。
何故そこまでして借金を返すのかと。今思えば行政に泣きつけないこの状況でこんな組織に目をつけられてれば逃げることなんてできなかったのかもしれないが、そのとき河野さんはこう言った。
「人と会う約束をしてるんです。彼女には、借金を返して、戻ってくると言ったんです。だから…」
そのときの俺の顔を見てみたい。多分豆鉄砲でもくらったような顔をしていたことだろう。
俺は彼にそれ以上言わせずに答えた。
「じゃあ、はやく会いに行かなきゃですね」
それから「きっと彼女は餃子でも食べて待ち続けてますよ」とも。
ーーだからこそ、見殺しになんてできない。
彼には会わなければいけない人が居るのだ。
そう言おうとした俺の声は、彼女の痛々しい声で遮られた。
「私は、あなたに生きていて欲しいの!」
「……」
ずるい。
そう言われてはもう言い返せないじゃないか。心の中で俺は呟く。
彼女の目からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。
ああ俺、なにやってるんだろ。
「父さあああああん!!」
俺たちは泣き叫ぶ子どもたちを抱き抱え、車に乗った。敵が乗っていたと思われる、黒のバンに。
後ろを振り向くと、彼の顔がほんの少しだけ見えた。何かを言っているようだが、聞こえない。
目を背けるように、アクセルを踏む。
道路は、燃え盛る炎に覆われていた。
このバンが止まっていたところにも燃え広がり、勢いは衰えない。
しばらくの間沈黙が場を支配していたが、突然どぉん、という大きな音が耳に入る。
「あ…」
窓から顔を出して呟く彼女の目に映るのは、おそらく絶望だったのだろう。
やがて静けさが戻ってくると、自然と彼女は俯いて、ただ車のエンジン音だけがあたりには響いていた。
果たして彼らの行方は…?
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梅雨前線仕事しろおおおおおお!!