最初の依頼者
お昼を過ぎて客足も落ち着いてきた頃、リッカのブースに常連客のマダムがやってきた。
「リッカさん、お久しぶりね。あら、そちらの方は?」
そう言えば宝石商とマダムは面識が無かった。不思議そうな顔をしているマダムに宝石商はすっと名刺を差し出す。
「初めまして、私リッカさんとお付き合いをさせて頂いておりますトウカと申します」
「あら!そうなの?いつの間に!」
マダムは宝石商がリッカの恋人だと分かるや否や恋愛小説を読んだ乙女のように顔を赤らめ「まぁ!」と口元を押さえた。
「リッカさんのことを宜しくお願いしますね」
「はい。生涯かけてお守りする所存です」
「まぁ!うふふ」
マダムは嬉しそうにうんうんと頷く。リッカが駆け出しの頃から見守っているマダムにとっては孫に恋人が出来たような物なのだろう。
「今日は新作も見せて頂きたいのだけれど、一緒に同封されていた『再生石』も気になって見に来たの。石の修理がどう……って書いてあったと思うけれど……」
「はい。実は年始に新しい店を開く予定で、そちらで石と装身具の修理事業を始めようと思っているのです」
宝石商はマダムに再生石の仕組みや石の修理の説明をし始めた。マダムは真剣な眼差しで宝石商の説明を受けている。
「なるほどね。素晴らしいサービスだわ」
そう言うとマダムは鞄の中から古びたジュエリーケースを取り出すと、蓋を開けて中に入っているブローチを二人に見せた。真鍮製のブローチはかなり年季が入っていてところどころ青錆がついていて中央に留めてある大きなターコイズは一部が砕けて無くなっている。
「このブローチ、私がまだ若い頃に魔法を付与しようとして失敗してしまった物なのだけれど思い入れがあって捨てられなかったの。もしも直せるなら直したいのだけど出来るかしら?」
話を聞くとマダムが祖母から貰ったブローチで、付与魔法をかけようとした際に魔力の調整を間違えて石を破損させてしまったとのことだった。祖母から貰った思い出のブローチなので捨てるに捨てられず取っておいたのだが、今回リッカから貰った手紙に再生石と装飾品の修理事業についてのチラシが入っていたので持ってきたのだそうだ。
「可能かどうか職人に確認致しますので少々お待ちいただけますか?」
「ええ」
宝石商が音声通信でコハルに連絡を入れている間にマダムとリッカは世間話に花を咲かせていた。
「実はうちの店も一緒に移転することになって」
「あら、そうなの?じゃあ新しい店に移ったらお手紙送ってね。お祝いしないと!」
「ありがとうございます。宜しければ一度店にも遊びに来てください」
「ふふ、お言葉に甘えて孫と一緒にお邪魔しようかしら」
マダムには孫がいる。リッカは一度も会ったことが無いのだが、アキよりも年下の女学生で付与魔法を学んでいるらしい。マダムの付与魔法は見たことが無いが、きっとマダムと同じように腕のいい技師なのだろうとリッカは思っていた。
「お待たせしました!」
大きな声がした方を見ると息を切らせたコハルが立っていた。宝石商から連絡を貰って走って帰って来たようだ。
「彼女が石の修理を担当する職人です」
「そうなのね。これなんだけど……出来るかしら?」
コハルはマダムから受け取ったブローチをじっと眺める。
「まず『石の修理』についてですが、実はまだ再生石を含め実験を重ねている状態で天然石の組成を完全に再現出来る段階では無いんです。なのでこのターコイズも見た目はほぼ完ぺきに元の形に戻せても中の組成までは完全に修復することはできないと思います。『修理』と言ってもあくまで破損した部分を同じ石の欠片で埋める形になるので、補修部分は天然石ではなく『天然石に限りなく近い魔工宝石』になるのですが宜しいでしょうか」
「それでも構わないわ。練習だと思って貰って大丈夫。元々捨てよう捨てようと思っていた物だし……、直せるだけで嬉しいの」
「……分かりました。修理は石の部分だけで宜しいですか?地金も綺麗にするなら一緒に請け負いますが」
「じゃあお願いしようかしら」
「承知しました。その他のオプションは……」
ブローチについての細かい注文はコハルに任せることにして、今回はオープン前というのもあり「お試し」として請け負うことにした。マダムの家にはまだ若い頃の失敗作が眠っているらしく、コハルの練習台として追加で提供してくれるようだ。
天然石で練習をすることはあっても実物の装飾品や宝飾品で練習できる機会が少なく、リッカが石留めに失敗した物で練習をしていたコハルは喜んで引き受けた。
「お願い出来て良かったわ。年始にまたお会いしましょう」
依頼を終えたマダムはリッカの新作を引っ提げて帰って行った。
「良かったですね。これで実地訓練が出来ますね」
「ああ。色々な装飾品に慣れておいた方が良いから有難いぜ。地金の修理はリッカがやるか?」
「うーん、石がターコイズですし無加工品っぽいので錆を落とす時に傷みそうで怖いですね……」
ターコイズは柔らかくて脆いので樹脂を沁みこませて補強している物が多い。しかしマダムから受け取ったターコイズは無加工品な上に地金の真鍮が錆びているので真鍮の錆を落とす時に使う薬品や酸で石が傷ついてしまう可能性が高いのだ。
「じゃあ地金の修復はアキに頼むか。造形魔法なら錆と真鍮を上手く分離して補修できるだろう」
複数の素材を混ぜて装飾品を作る造形魔法は分離や抽出作業もお手の物である。
「綺麗になったらメッキと保護魔法ですね」
「ああ。石の特性上メッキも魔導メッキの方が良いだろうな」
預かった修理品一つ一つに合わせて得意そうな職人と修理方法を選んでいく。大体この位かかりそうだという見積りを立てたら依頼主に連絡し、そのまま進めて良いか確認する。許可が出たら修理を行い、最終的にかかった経費と職人への工賃、そして店の取り分を合わせて請求するという流れだ。
マダムからの依頼は宝石商達にとってオープン前の練習として良い機会になったのだった。
何気に敬語を喋るコハルを出すのは初めてかもしれないです。
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