初めてのお客様
午後になり人が落ち着いてきた頃、リッカのブースの周辺にはスーツを着た男性や女性がぽつぽつと訪れ始めていた。コハルの宣伝を見てやってきた大手宝飾会社の社員たちだ。
「これが再生石か……」
近寄っては来るものの展示してあるサンプルを眺めてすぐに帰って行く者が多く、見るからに興味が無さそうな雰囲気を漂わせている。
「この人達……一体何をしに来ているんですか?」
異様な雰囲気に気圧されたリッカが小声でコハルに尋ねた。
「多分会社の上の人間から見てこいって言われたんだろ。でも再生石には興味が無いから見るだけ見て帰るんだ。一瞬でも立ち寄れば『行きました』って言えるからな」
「興味が無いのに来てるんですか?」
「一応オレと取引のある会社に向けて手紙を送ったからな。恐らく本当に興味を持ってくれた会社もあるんだろうが、下の人間がこれじゃあな」
大手宝飾業界は完全に造形魔法と複製魔法に舵を切ってしまっている。今更修理や「質の劣る」再生石に乗り出そうとは思わないだろう。実際ブースにやって来る社員たちも再生石を一瞥するや微妙そうな表情をして立ち去って行く。
(そりゃあ完璧無比な魔工宝石ばかり見ていたらそんな顔にもなるわな。オレが普段納品している企業向けの魔工宝石と比べたら内包物は多い上に透明度は低いわで完全に『劣化版』だからな。品質の面で言ったら欲しがる企業なんて無いだろう)
しかもわざわざ「時代遅れ」な手仕事を扱うイベントに呼びつけて……とすら思っているかもしれない。けれどこうして実際に「再生石」を大々的に発表するのには意味があった。
(いざ事業が成功した時に『秘密にするな』ってケチつけられたらたまらないからな)
コハルには再生石とそれに伴う修理事業が成功する自信があった。仮に成功した場合、手のひらを返したように技術を明かせと迫られたりしないよう最初からこうして「お知らせ」してあげたのだ。
再生石とその製造方法、それに付随する修理事業については既に蜃気楼通信で開示してある。事業が成功して真似する業者も出てくるかもしれない。それでも良いのである。物を再生して大切にするという気持ちが広まるならそれで。
(まぁ、技術的に真似出来ればの話だけどな)
目の前で興味無さそうにサンプルを眺めては帰って行く社員たちを眺めながらコハルは心の中でほくそ笑んだ。
興味が無さそうな社員たちに対し、愛好家達はサンプルに興味津々のようである。
「アンティークっぽくて可愛いですね」
とアンティーク調の見た目に惹かれてサンプルを手に取った客に対して再生石の説明をすると、どの客も「え!」と驚いた後にまじまじと再生石を観察する。そして口を揃えて「本物みたい!」と言うのだった。
「カットした時に出た粉や破片を使ってるって言うのが面白いですね!」
ある客はそう言って目を輝かせた。
「石をカットした時にロスが出ているって普段あまり考えたことが無かったんですけど、確かにそうですよね~。こんな綺麗な石に再生出来るなら捨てちゃうの勿体ないですよね」
「そうなんだ。大きい原石でも内包物やクラックの入り方次第で宝石として出せるのはほんの一部ってこともあるからな」
「ええ!そうなんですか?勿体ない!」
コハルが客と盛り上がっているのを見ると「勿体ない」というのは客の心をくすぐるフレーズなのだなとリッカは思った。
「再生石も一応魔工宝石の一種なんだが、そこら辺はどうだ?」
「そうですね~」
客はじっと石を眺めた後に
「私、魔工宝石にあまり興味が無くて普段は天然石の装飾品ばかり買っているんですけど、これはありですね。自然に近い質感ですし、宝石として活躍出来なかった部分の石達を生まれ変わらせたって所がぐっと来たと言うか……」
と言って一人でうんうんと頷いた。
「簡単に言うと気に入ったのでこれ下さい!」
「お、良いのか?」
「はい!なんかデザインも凄く気に入っちゃって、この子を連れて帰らなきゃって思ったので買います!」
客が手にしていたのは鍵のペンダントだ。星の模様が入った古びた鍵をイメージして作った作品で、結構凝ったデザインにしたのでコハルの隣でリッカも内心ガッツポーズをした。
「ありがとう。再生石の初めてのお客様だな」
「そうなんですか?じゃあ私がファン一号ですね!これからも応援してます」
そのまま身に着けたいと言うので箱と紙袋を別に渡して女性は去って行った。
「コハルさん、やりましたね!」
興奮冷めやらぬ様子でリッカが言うとコハルも嬉しそうな顔をして頷いた。まずは第一歩である。再生石を修理のための宣伝と考えていたが、再生石自身にもポテンシャルがありそうだ。
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