思わぬ提案
「――って事が今日あったんですよ」
夕飯時、リッカは自宅で食卓を囲みながらその日聞いた衝撃的な話を宝石商にしていた。三女神のこと、ナギサの父親のこと、ナギサ自身の話やアキの行く末について情報が多すぎて誰かに話さないとおかしくなってしまいそうだったのだ。
「なるほど……」
話を聞いた宝石商は何やら考えた後に口を開いた。
「ナギサさんのご両親は造形魔法の第一人者だと伺っていましたがまさか開発者だったとは。しかしその話を聞くと、彼らが表に出てこないのも納得が行きます。開発者だと分かれば『魔法の開発経緯』について色々と探りを入れる輩も居るでしょうし、女神様にとっては面倒な状況になりかねませんからね」
「その『女神様』って本物なんですかね……?」
リッカは半信半疑だった。確かに魔法は人智を超えた技術で培われているが、それを作った「神」が居てナギサが人為的に作られた物だというのは俄かには信じがたい。
「『女神様』が神かは分かりませんが、我々には無い技術や知識を持っているのは確かでしょうね。『黒き城』の社長さんが一緒に造形魔法を開発したというのなら、その元となる設計図のような物を『女神様』が持っていたのでしょう」
「私達にない技術や知識ですか……」
「三女神は異国から渡って来たと言われていますし、私達が知らない異国の技術や知識を持ち込んだという考え方も出来ます」
「そう考えると確かに違和感がないですね」
「まぁ、それにしては『魔法』はオカルト的な要素が多い謎に満ちた技術ですが。そこまで納得する形に落とし込むとすれば『我々が気付いていないだけで元々持っていた力の使い方を使う技術を教えて貰った』と考えるのが一番腑に落ちるような気がします」
人間が潜在的に持っているけれど存在に気付いていなかった力を引き出すための技術を「魔法」と呼んでいるのではないかと宝石商は言う。それを異国からもたらしたのが「女神」と呼ばれる者たちなのではないかと。
「つまり『女神様』は異国からやって来た技術者ですか」
「そう考えるとちょっと親近感が湧いて面白いと思いませんか?ナギサさんを『作る』位高度な技術をお持ちのようですが」
「まさに『神業』ですね」
神業を持った異国の技術者。そう考えると確かに実在しそうな気がしてくる。
「父が昔ご夫妻を一度だけオカチマチの組合の会合で見たと言っていました。奥様は寡黙な方だったそうですが一度見たら目に焼き付いて離れないほど美しい方だったと」
「え!オカチマチに住んでいるんですか?」
「今は店を閉めていらっしゃるようですが確かまだオカチマチに住んでいらっしゃるはずですよ。町の中心部から離れた場所にある店なのでご存知かは分かりませんが」
リッカは基本自宅・鋳造屋・メッキ屋・宝石商の店を往復するだけの生活をしているのでオカチマチの店を全て把握している訳ではない。現在は店を閉めているとなれば偶然見かけていても覚えてはいないだろう。
「へぇ~……意外と身近な存在なんですね」
「昔からここは彫金の町ですからね。ナギサさんのお父様は元々町の職人だった方ですし」
「そう言えばそうですね」
オカチマチの彫金職人によって生み出された技術が彫金や手仕事の存在を脅かすことになろうとは、運命とは数奇な物である。造形魔法で作られた大量生産品の需要が高まり今や手仕事での彫金を生業とする職人は昔から手仕事を行ってきた専門街や古都に集まって来た者のみになってしまった。
歳を取り店を畳んで町から去って行く者も後を絶たず、専門街が縮小していくのも時間の問題である。だからこそリッカやアキのような若い新規参入者は大切にされるのだ。
「話は変わるのですが、リッカさんにお話があります」
何かを思いだしたように宝石商が話題を切り替える。
「駅前から少し離れた場所にある店が近々閉店するらしく、安く土地を譲って頂けそうなのでそこに二号店を作ろうと思っています」
「おお!」
「今の店を父から継いでしばらく経ちましたが経営も安定していますしそろそろ良いかなと思いまして。扱っている宝石もいつまで採掘できるか分かりませんし、違う分野に手を出しておくのも悪くないと思うのです」
宝石は自然の資源である。資源には限りがあり、ここ数年原石を採掘している鉱山が閉山したというニュースが増えてきた。つまりこの先安定した供給が見込めなくなる可能性があるということである。
今すぐ急にという訳ではないが、いつか経営に支障が出始めた頃の為に別の手段で稼げるようになっておこうと宝石商は考えていた。
「確かに最近『この産地ではもう採れない』って話をよく聞きますね」
「はい。限りある資源なので仕方ないことなのですが対策は考えておかないと。店舗なのですが上物は壊して新しく建物を建てる予定です。一階と二階を店舗にして三階より上を住居にしようと考えています。今の店舗の住居区画は元々住む用に作った物ではないのでこの際完全に住宅用のレイアウトで作りたいなと」
「おー、良いですね!」
「そこで、リッカさんのご意見も伺いたいのですが」
「え?なんでですか?」
「毎日お互いの家を往復するのも手間ですし、この際一緒に住んだらどうかなと思いまして」
「なるほど!……え?」
「これが今のところ考えているレイアウトなのですが――」
ぽかんとするリッカの前に店舗兼住宅の内面図が提示される。突然の展開に目を丸くしているリッカに対し、楽しそうにレイアウトについて語る宝石商だった。
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