食事は人生
その日は結局ほどほどに売れ、心配していたような事態には陥らなかった。リッカはこれで夏を乗り切る事が出来そうだと安堵する。夏は小さなイベントを中心に出るので大型イベントほどの収入にはないからだ。作品や什器を片付けて台車に乗せ、乗り切らない分は宝石商に手伝ってもらう。先ほどの一件からなんとなく気恥ずかしく、ぎこちなくなってしまうリッカだった。
「二日間お疲れ様でした。夕飯どうします?ナゴヤで食べても良いですし、荷物が多いのでオカチマチに戻ってからでも良いかなと思うのですが」
「そうですね!確かに荷物が嵩張りますし……」
流石に台車一杯の荷物と机二つはお店にも迷惑がかかりそうだ。
「テイクアウトしてとかどうですか?」
転移港の中にもテイクアウト出来る店が沢山ある。そこで購入すれば買ってすぐオカチマチに帰ることが出来る。
「良いですね!ではそうしましょう」
二人は大きな荷物を転がしながら路面電車を乗り継ぎ転移港へ向かった。すっかり暗くなった車窓からの景色を眺めながら悶々とするリッカだった。
転移港へ移動した後、弁当やテイクアウトが出来る飲食店が集まるエリアで夕飯を調達する。
「昨日食べた物以外の名物が食べたいですよね」
「となると手羽先やひつまぶし辺りでしょうか。味噌煮込みうどんのセットを買っても良いですね」
丁度夕飯時とあって持ち帰りコーナーには夕飯やお土産を求める客が殺到している。食べたい物を探していくつか店を回るうちにあたりに漂う美味しそうな匂いが空腹を誘う。
「決めました!手羽先と土手煮、天むすにします!」
二日間頑張った自分へのご褒美としてお酒に合いそうなメニューを選ぶ。
「では私は昨日も食べましたが味噌カツを。あと味噌煮込みうどんも頼みますね」
各々店で買い物を済ませた後にゲートを通ってトウキョウに帰る。一瞬で帰れるのでオカチマチにもすぐ着いた。路面電車の駅を降りて台車に乗せた荷物をリッカの店へ運ぶ。台車と机を店の中に運んでようやく一息ついた。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です。無事に終わって良かったです。本当にありがとうございました」
「いえいえ。久しぶりにナゴヤに行けて楽しかったです。良い買い物も出来ましたし」
宝石商はそう言って購入した物品が入る袋を指す。
「お茶淹れるのでご飯にしましょう」
「お酒はどうします?」
「あ、無いので買ってきて頂いても良いですか?その間に準備しておきます」
宝石商に買い出しを頼んで夕飯の準備をする。買ってきた食べ物はまだ温かいのでそのまま皿に盛っても大丈夫そうだ。あんなに遠い場所から温かいままご飯を運べるなんて転移魔法は素晴らしい。
せっかくなので買ってきたティーカップを使おうとティーカップの梱包を解く。宝石を描いた可愛らしいティーカップ。この職人さんしか作っていない素敵な作品だ。良い食器を使うと少し気持ちが明るくなる。良い買い物をしたとリッカは満足そうにティーカップを眺めた。
「お待たせしましたー」
お茶を淹れながら待つこと15分、宝石商が酒を買って帰って来た。
「リッカさんは果実酒で良いんですよね?」
「はい!ありがとうございます」
「グラスがあるか分からなかったのでうちから持ってきました」
ワイングラスとロックグラスを鞄から出して赤ワインと木苺の果実酒を注ぐ。食事の準備を終えて席に着くとようやく「終わった」という実感が湧いてきた。冷えた身体をお茶で温めたら打ち上げの始まりだ。
「では、改めまして。お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー」
氷を入れてロックで飲む果実酒は甘酸っぱくて美味しい。空腹なので早速天むすを口に運んでお腹を満たす。お米とてんぷらの組み合わせって最高だ。
「今回のイベントはどうでしたか?」
味噌煮込みうどんを食べながら宝石商が尋ねる。
「以前参加した時よりも売れたので嬉しかったです。前回参加したのを覚えていてくれてわざわざ探してきて下さったお客様もいましたし」
「おお!それは嬉しいですね」
「はい。数年前参加した時はあまり売れなくて、交通費や宿泊費を考えて参加するのを辞めちゃったんですけど、あの時買ってくれた方がずっと探してくれていたんだって思うと作り手としてこんなに嬉しいことは無いなって」
「ふふ、良かったですね。また次回も参加したらどうですか?」
「そうですね。参加しても良いかもですね」
イベント参加をする上で常連客の存在は大きい。その取っ掛かりが出来かけているならば次回も参加して足場を固めても良いかもしれない。手仕事祭と近いので日程はきついが参加出来る大きいイベントが増えるのは有難い。
「サイズ変更についても色々意見を聞けたのも大きかったです」
「例えば?」
「サイズが合わないものが多いので自分で造形魔法を学んで調整出来るようにしたお客さんが居たり、今回のオーダーのように男性向けの需要があるかもしれないとか。どうするか迷っていましたが、造形魔法を使えばその場でサイズ調整出来るので導入しても良いかも……と」
「なるほど。販売の機会を逃すのは惜しいですからね。リッカさん自身が納得しているならばやってみても良いかもしれませんね」
「はい。ずっと手仕事一本でやってきたので造形魔法を作品に使っても良いのか悩んでいたんですけど、お客様に確認した上で使えば『無垢』をお求めのお客様にも影響しないですし良いかなと。
それにしても男性のお客様にも需要があるとは思ってもみませんでした!でも確かにペアリングって需要がありそうですよね」
そこまで言い切ってはっとする。イヤーカフのことを思い出したのだ。顔が赤くなっているのを誤魔化すためにグラスに残っている酒を一気に煽った。
「イベントにはご夫婦や恋人同士で来ているお客様も多いですからね。新しい客層を取り入れるのも良いかもしれませんよ」
宝石商はイヤーカフを指で触りながら続ける。
「少なくとも私はこのイヤーカフを気に入っています」
(なんか今日は押しが強い……!)
ふふふと笑う宝石商にたじたじのリッカは何も言えずに手羽先に齧りつく。酔っていて頭が回らなくなってきたが香ばしくてスパイシーな手羽先が酒に合って美味しい。
「でも、ペアのデザインで良かったんですか?私、てっきり他の誰かにプレゼントするものだと思っていたのでペアで作っちゃったんですけど……」
「私は大丈夫ですよ。ご迷惑でしたか?」
「いや!迷惑とかじゃないです!でも、今日みたいに勘違いされるかもしれないから良いのかなって」
「勘違いされても良いですよ」
間髪入れずに即答する宝石商に無言になるリッカ。宝石商の攻撃力が高すぎる。
「むしろ変な虫が寄ってこないから安心じゃないですか」
「酔ってます?」
ワインを片手に熱弁を奮う宝石商に水を飲ませる。「酔ってないです」と言いつつお互いいつもより顔が赤い。お酒の力は恐ろしいとリッカは思った。
「宝石商さんには感謝していますよ。いつも店番手伝って頂いてるし、宝石商さんに尻を叩かれなかったら音声通信魔法だって一生持たなかったでしょうし。綺麗なオパールを沢山調達してきてくれて、愚痴も聞いてくれて頼りになって……」
喋っているうちに「あれ?」と思う。思い返してみるとオカチマチに来て以来なんだかんだいつも面倒を見て貰っているような気がする。
「リッカさんって私のことが好きなんですか?」
「えっ!?」
直球過ぎる質問に動揺するリッカ。酔っているからか上手く応答出来ている気がしない。
「好きと言うか!……居てくれないと困ります。私……」
あとに続く言葉が思い付かない。店番してくれるのも有難いし、困っていると助けてくれるし、なによりこうして一緒にご飯を食べるのが楽しいし……これだ!
「オカチマチに来てずっと一人でご飯を食べていたので、こうして一緒にご飯を食べてくれる人は宝石商さんしか居ないんです!」
家族と疎遠になり一人でオカチマチにやってきたリッカ。定期的に店に様子を見に来てくれて、何度か食事を重ねるうちにいつの間にか寂しくなくなった。いつも一人で過ごしていた年末年始だってそうだ。
「でしたら、これからはずっと食事を共にさせて下さい。そうすれば寂しくないでしょう?」
「え?あっ、はい……。……宜しくお願いします」
お酒のせいか否か真っ赤になった顔を水を飲んで誤魔化そうとするリッカ。そんなリッカを微笑ましく見つめる宝石商だった。
大切な人と一緒にとる食事は美味しい。食事は人生なのです。
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