騒動の余波
「全国職人手仕事市」二日目。開場時間の30分ほど前に会場入りし、作品を並べ直して準備を終えた。
「おはようございます。昨日はどうでしたか?」
準備を終えて暇なのか、隣のブースの男性が話しかけてきた。
「おはようございます。昨日はボチボチですね。手仕事祭の二日目よりは売れたかも」
「あっ」
「手仕事祭」というワードを聞いて男性が反応する。
「手仕事祭出られていたんですね。もしかして、あの騒動の……」
「あー、直接の被害は無かったんですけど一番売れる時間に区画が丸ごと閉鎖されてしまって。正直大打撃でしたよ」
「うわー……それは災難でしたね」
男性は憐れむような目でリッカを見つめる。同業者ならどれほど痛手を負ったのか良く分かるのだろう。
「こう言っちゃなんですが、あの騒動を見てしまうと正直手仕事市に造形魔法が出展していなくて良かったなって思っちゃいますよ」
「まぁ、そうですよね……」
全国最大規模のイベントである手仕事祭で造形魔法が解禁されたことによって他のイベントも後に続くのではないかと言われており実際に検討していたイベントもあったが、ナギサの起こした騒動が思った以上に広まってしまった為その動きも沈静化してしまった。
造形魔法を使っている職人からは悲しむ声が上がる一方、従来の参加者は安堵している者の方が多いようだ。このご時世にあえて魔法を使っていない保守的な職人が多い中、その作風を否定し造形魔法への転向を促したナギサの行動は造形魔法に対する大きな反発を生んでいた。
「これからも手仕事市はこのままでいて欲しいですね」
「確かに……」
昔のリッカだったら即座に同意していたかもしれない。しかしアキやコハルを通じて造形魔法に触れた今、リッカには造形魔法を否定することは出来なかった。造形魔法で作品を作っている職人だって作品に対する想いはリッカ達と変わらない。皆信念を持って作品作りに取り組んでいる。それを頭ごなしに否定して良いのだろうか。
確かにナギサのしたことは許されない。しかしそれによって造形魔法を使っている全ての職人の機会が奪われるのはあんまりだとリッカは思った。
「おはようございますー」
「あ、おはようございます!」
そんな話をしていると宝石商がやって来た。まもなく開場だ。
二日目は初日に比べて人の流れが緩い。目当ての作品がある人は売り切れを警戒して初日の早い時間に来るからだ。それゆえ比較的のんびりと作品を見て回る客が多かった。
リッカのブースも前日よりは立ち寄る客が少なく、ゆったりとした時間を過ごしていた。
「やっぱり二日目はのんびりペースですねぇ」
客の流れを見ながら宝石商が言う。
「絶対欲しいものがあれば初日に来ますからね。二日目だけ出展される職人さんが目当てなら話は別ですけど。今日はずっとこんな感じかもしれませんね」
少ない客の流れの中でいかに足を止めて作品を見て貰えるかが勝負のカギだ。特に手仕事市は家族連れが多いとあってリッカのような高額商品を扱うブースは不利だ。予算の関係でどうしても手に取りにくくなってしまうのである。
(出来れば昨日と同じ位売れて欲しいけど……)
昨日の時点で出展費用は回収できている。だが手仕事祭が芳しくなかったことにより資金の余裕が少ない。出来るだけ稼いでおきたい。
「リッカさんは蜃気楼通信での宣伝とかしないんですか?」
「蜃気楼通信?あー、コハルさんが蜃気楼通信で宣伝しているって言ってましたね。あれってどういう仕組みなんですか?私、持ってないので良く分からなくて」
「ああ、そうでしたね。蜃気楼通信は音声通信魔法のように遠くに居る方と連絡が取れるシステムなのですが、大きな特色は平面画像や立体画像を送れることですかね。
離れていてもそこに物があるように360度ぐるっと回して見れる映像を届けられるので便利ですよ。あと情報共有を出来るコミュニティシステムがあって、同じコミュニティに所属している同士で情報発信が出来るんです。
『黒き星』さんはブランドとしてコミュニティを作ってお客さんに加入してもらってそこで宣伝をしているみたいですね。事前にカタログを作って配信しておけばお客さんがイベント前に作品を見てチェックできますから」
「へー……」
以前コハルに聞いた時にカタログ配信の話を聞いてから便利そうだなと思っていたが蜃気楼通信の魔道具を持っていないので導入出来ず、存在をすっかり忘れていたのだ。
(なんか難しそうだな)
それだけで億劫になってしまう。音声通信魔法ですら宝石商に連行されるまで取り入れなかった位だ。リッカが導入しない理由は想像に難くない。
「もしかして面倒そうだなって思ってます?」
「……」
宝石商の図星を突く言葉に目を逸らす。
「導入しちゃえば簡単ですよ。今度一緒に買いに行きましょう」
「……はい」
「そうでもしないとリッカさんは一生導入しなさそうですからね」
返す言葉もない。音声通信魔法も使ってみればとても便利だった。アキやコハルとの作業通話が日課となっているリッカは身に染みて分かっている。きっと蜃気楼通信も便利なんだろうなとリッカは思った。中々重い腰が上がらないリッカを連れだしてくれる宝石商には感謝だ。
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