想いを込めて
早い物で、オカチマチももうすぐ新年を迎えようとしていた。夜市も終わりを迎え、それぞれの店が店じまいをしている。締めの作業を終えたら宝石商と合流することになっているので、リッカは片付け作業を急いでいた。のんびりしていると年が明けてしまうからだ。
全ての什器を店の中にしまい、宝石商への贈り物と事前に用意しておいたお酒、そしてこの前購入したガラスのタンブラーを持って宝石商の店へと急いだ。
「お疲れ様です」
宝石商の店もすっかり店じまいを終え、従業員たちは既に家路についた後だった。二階の応接間に上がると既にテーブルには料理が並べられており、暖炉には火が焚かれている。長時間外で立ちっぱなしだったリッカは焚き木の暖かな空気にほっとした。
「お疲れ様です。寒かったでしょう。ホットワインを作ったので飲みませんか?」
「頂きます」
温めていた鍋の火を止め、マグカップにホットワインを注いでもらう。フルーツの甘い香りとスパイスの香ばしい香りを嗅ぐだけでも身体が温まる。
「ご飯、任せきりですみません」
「いえいえ。私も時間が無くて、今回はほとんど総菜を買ってきただけなので申し訳ない位です」
今回は助っ人が居なかったのでリッカ一人で店を回さねばならず、屋台に食糧を調達しに行く時間が無かった。宝石商も宝石販売に加えてクッキー作りで忙しかったので総菜を出前で届けて貰ったのだった。
「お腹空いたでしょう。ご飯にしましょう」
席につき、美味しそうな料理を囲んで新年を待つ。温かいシチューやパイ、チーズやウィンナーをつまみながら美味しいお酒を飲むと一年の仕事を全て終えた解放感と新しい年を迎える楽しみ、そして大切な人と共にこの時間を過ごすことが出来る幸福感に満たされる。一年を締めくくる最後の一日が良い一日であったと思えることほど幸せなことはない。
「そういえばリッカさん、今年の目標は無事達成しましたね」
「あ、確かに……」
昨年の今頃、宝石商と「来年の目標」について語り合ったことを思い出した。リッカの目標は「ナゴヤへ遠征をする」ことだったので有言実行出来たと言えよう。
「ナゴヤ遠征、手伝って頂いてありがとうございました」
「一人では大変だったでしょうし、私も楽しかったですよ。美味しい物も食べられましたし」
「ふふ、ご飯美味しかったですね。今度はイベント抜きでまたご飯食べに行きませんか?」
「是非。ナゴヤでも良いですし、他の場所でも」
「やった!」
思い出話に花を咲かせていると外から新年の訪れを知らせる花火の音が聞こえてきた。
「新年になりましたね。えっと……実はトウカさんに渡したい物がありまして……」
リッカはぎこちない動きで鞄の中から緑の包装紙に金色のリボンをかけて包装してある小さな箱を取り出すと宝石商へ手渡した。
「ナゴヤとかイベントの店番とか夕飯とか、日頃の感謝を込めてネクタイピンとカフスを作ってみました。良かったら受け取ってください」
「……開けて良いですか?」
「はい」
リボンを解き、丁寧にシールを剥がして包装紙を開けると茶色い革張りのケースが出て来た。ケースの中にはリッカお手製のネクタイピンとカフスが収納されている。
「これは……素晴らしいですね。素敵な贈り物をありがとうございます」
宝石商はネクタイピンに並ぶ二色の石を眺めてニヤリと笑う。意図が伝わったのを感じてリッカは顔から火が出そうな思いだった。
「喜んでもらえて良かったです。この前のことがあったので正直贈って良い物か迷ったんですよね」
「……ああ、ブローチの彼のことですか」
ネクタイピンやカフスも人によって好みがあるだろう。もしも贈った物が好みではなかったら、宝石商にとって迷惑になるのではないかと心配だったのだ。
「贈り物は相手を想う気持ちが大切だと思うのです。彼の場合、最初は彼女さんのことを想って贈るというよりも『彼女の好みではないけれど渡せば身に着けるだろう』という自分本位の考えだったのがいけなかったのではないでしょうか」
宝石商は二色の石が座ったネクタイピンを満足げな表情で眺めながら言葉を続ける。
「このネクタイピンに留まった石を見ればリッカさんが私を想って作って下さったんだなということが一目瞭然ですから。貴女の想いはちゃんと伝わっていますし、こんなに嬉しい贈り物はありませんよ」
「……良かったです」
気恥ずかしくなるようなセリフに赤面しつつ、リッカは良かったと心の底から安堵した。普段はなかなか言葉に出来ないけれど、その分想いを込めて作った作品だ。一目見ただけでそれを感じて理解し、受け止めてくれる。それがたまらなく嬉しかった。
「そんなリッカさんに、私からも贈り物があります」
宝石商は何やら棚の奥から可愛らしい真っ赤な包装紙に包まれた四角い物を取り出す。
「開けてもいいですか?」
「勿論」
リッカが包装紙を解くと、中から革製のウエストポーチが出て来た。
「これって……!」
間違いない。ナゴヤの手仕事市で見つけて予算の関係で諦めた、あのウエストポーチだ。蓋の部分に星をあしらった細かい箔押しがされており、手仕事市で手に取った物よりも少し豪華な仕様になっている。
中を開けるとチャックが付いていて貴重品を入れても落ちないようになっており、内ポケットもいくつかつけられているので使いやすそうだ。
「リッカさんからウエストポーチの話を聞いたあと、オーダーをしておいたんです。秋の手仕事祭の際に職人さんがこちらに来られていたので丁度良いタイミングで受け取ることが出来て幸いでした」
「そうだったんですね。嬉しい……!ありがとうございます」
まさかの贈り物にリッカは目を輝かせた。催事での出会いは一期一会。一度逃したら二度と出会えないことも多いのだが、こんな形で再開するとは思わなかった。
「ポーチ、大切に使いますね」
「私もネクタイピンとカフス、一生大切にします」
温かい食事と心温まる贈り物。新店舗への移転を控え忙しくなる前に束の間の休息を満喫したリッカと宝石商だった。
これにて3章完結です。次回からはいよいよ本編最終章に入ります。お楽しみに。
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