SOUP本部 化物2
「あっぶねぇ…」
少年の切っ先がケイトに到達する寸前でシンクが追いついてきてくれた。
身体が後ろに強くひかれ、と同時にシンクの足が少年のサーベルを横から蹴り弾く。
「ちっ‼︎」
少年は突然出てきたシンクにも驚くことなく、それどころか蹴りによってサーベルの軸こそ逸らされたものの、舌打ちとともにそのまま低姿勢で突っ込んでくる。
シンクは素早くサバイバルナイフを取り出すと、横殴りに振られたサーベルを受け流しつつ、少年の腕を掴む。そのまま、少年の腕ごと首へ腕をかけると締め上げ、ケイトに叫んだ。
「荷物まとめろ‼︎ジェスターを待ってる余裕はない、先に目的地へ向かう‼︎この子供達の方がSOUPの連中なんかよりよっぽど厄介だ…」
それから至極嫌そうな顔をして付け加える。
「それに、ジャックがもうおっぱじめやがった…」
「…‼︎」
このうえジャックまで早々に参戦してきているとなると厄介極まりない。ケイトはライフルを素早くしまいこむ。
その間にシンクは少年を落とそうと腕に力を込める…と腕に激痛が走った。
「ぐがぁっ‼︎」
少年は袖元に針のような物を仕込んでいたらしい、的確に急所をねらってきた。刺された腕が緩む。
あの意識が朦朧としていたであろう状況で、仕込み針とは、先程の少女にしろ少年にしろ…どうなってる?
「くそがっ‼︎」
少年はシンクの緩んだ腕を力任せに下に引くと、つられておりてきたシンクの顔面に強烈な肘打ちを食らわす。
嫌な音がして、鼻血が溢れた。
思わずケイトもぎょっとしてそちらを見る。シンクは腕やら顔やらの激痛に耐えつつ、拳を少年に叩き込む。
少年はそれを両腕を盾にして受け止めるが、さすがにシンクの拳をそれだけで受け止め切るのは不可能だ。後ろに倒れそうになる。がそのまま後ろへ手をつき回転しながら、シンクの顎めがけて蹴りをうちこむ。
今度はシンクがそれを受け止め、蹴り上げられた脚へ拳を叩き込むと、なんとも形容し難い音が少年の脚から響いてきた。
確かに、骨を砕いた音だった。
ガラス製の管が、木槌で打ち砕かれた時のような乾いた、それでいてずんっと響く音。
それなのに…
少年は立っていた。
先程までと寸分変わらぬ様相で、痛みなどちっとも彼の表情からは伺えない。脚は使い辛そうにはしているが、それでも平然と立ってみせて、ケイトとシンクの2人を見る。
ケイトはすべてまとめ終わり、いつでもコード室に向けてここを離れられる。シンクだって今すぐ向かいたい。
しかし今、2人の目の前には…怪物がいる。
いや、妖か、化物かもしらん。
とにかく自分たちの力では到底どうすることもできない存在が現れてしまった。
「ケイト…ジェスターも呼べ。」
シンクは小声でケイトにそう指示をすると、ゆらりゆらりとこちらに近づいてくる少年と対峙し、ケイトを背に隠す。
「ジェスター?ジェスター‼︎大変なんだけ…ど…‼︎」
シンクが交わした蹴りがケイトの頭上を切る。
彼は本当に脚の骨を砕かれているのか?
どうやらジェスターの方も相手にしているようで、応答が返ってこない。いや、そもそもケイトの叫びが聞こえているかも怪しい。
その間にもシンクと少年の戦いは苛烈を極めていく。
ジェスターも下できっと戦っている。
…自分だけが、追い込まれた時、何もできない。
いや、いまはそんなことを悩んでも仕方がない。とにかくジェスターを呼ばなければ。
シンクが少年の身体を気遣いたくなってしまうほどに、少年は顔を青くしている。骨が折れたり砕けたりすれば気持ち悪くなるのも致し方がないことだ。
むしろそこまで悪化しているにもかかわらず、少年は砕けた脚も使って何度も応戦してくる。
何物かに対する執着…例えば"生"そのものとか、そういった執着心が彼をここまでさせているのか。
はたまた、そもそも痛みを感じていないのか。
まれに痛覚の鈍い人間がいると聞く。
ケイトも、常人よりは痛みに対して鈍感で、目で見た視覚的痛覚でもって"痛み"を補っている節がある。
しかしさすがに、骨が折れれば鈍くとも痛みは感じるだろうし、どう考えたってこれ以上戦闘に臨むのは危険だ、と判断できるはずなのだが…
「……‼︎」
刹那、少年の表情がまるでスローモーションのように目にしかと映り込んできた。
青ざめた顔で、どんな苦悶の表情かと思えば……
笑顔。
彼は、この戦闘を、楽しんでいるのか?
ジェスターはなかなか応答しない。
彼女に限ってやられるなんてことは無かろう、と信じているが、応答の無い時間が延びれば延びる程不安は募る。
シンクと少年の戦いはというと、だんだんシンクの方が有利になっていっているのは目に見えて明らか。それでも確実な一撃は決められない。
ケイトは、シンクが少年を…殺す、まではしない。出来ないだろうことを感じていた。
元来シンクはこんな活動に従事しておきながら、本人曰く"意気地が無い"故に子供などに対して、最後に甘さが出てしまう。さらに圧倒的力量さでの勝利はあまり好まない。
「結局はビビっちまってるのさ。」
なんて苦笑しながら言っていたが、別にケイトはその姿勢を軽蔑なんてしない。
しかしその体でいくなら、この状況はシンクにとって非常に苦しいのではないだろうか。
相手が退いてくれるようものなら、こちらは戦う意味も無い。目的地へ向かうだけだ。
「ジェスター‼︎応答して‼︎」
そう叫んで、ふと、視界の先に奇妙な人影を捉えた。
その影はちょこまかと動き回り往復してみたり、飛び上がってみたりしている。かと思うと、はたと足を止めこちらを振り向く素振りを見せた。
顔がちょうど影になっていてうまく見えない…が、あれはおそらく…
先程の小柄な少年だ。