侵入者 Side…
あっけない。
何も成せなかった。
私が私であるために出来たことといえば、最後にあの人に自分のことと、連中の秘密を打ち明けたことくらいで…
それすら、彼女が関心を持ってくれなければただの戯言で終わってしまう。
私が誰かの代理ではなく、ナギとして生きたことを残すことは出来なかった…
「死にたく…ない…」
咄嗟に口にした言葉は闇夜に消える。
室内では声が他の誰かに届くことはないだろう。
ナギは自分の皮膚が斬り破られるのを感じていた。
飛び散る鮮血も目に留めていた。
せめて自分自身は、自分自身の最期をその目に留めておこうとするかのように。
ねぇ、こんな酷いことってある?
ナギの時間が止まる。
もうこれっきり。
いつも、虚しい。
彼女を殺すことそのものには意味なんてない。
私がSOUPや社会に反旗を翻したって無意味。
何も、誰も戻ってはこないし、きっと最後には社会に飲まれて終わり。期待はもはや潰えて、ただただ空っぽ。
「とにかく…」
少女は廊下から球体を持って室内に戻ると、今度は平たい奇妙な物体を壁に押さえつけ、手を離す。本来は部屋を誰かに明け渡す時なんかに壁全体を綺麗にしてもらう自動洗浄機なのだが、それが今は壁をスーッと移動しながら血液を消し去っていく。
その間に少女はナギの身体を抱え、ベッドに寝かせ、その後に首を持って枕元に置く。
見開かれた瞳をそっと閉じさせ、上から毛布をかけ、ポケットから取り出した白布を顔にかぶせる。
日本刀のいいところは、銃火器と違い、実感が無理やりにでも身体に伝わってくるところだ。
命を斬り伏せた、という歪んだ実感。
血の滴る刀は軽く拭き取り鞘に収める。
思ったより時間がかかってしまった。
窓を開け、身を乗り出すと、クルリと半転してそのまま外に出る。スルリスルリと引っ掛けた縄伝いに降りると同時に、ガガッと通信が入る音が聞こえた。
「OK」
『終わったみたいだな、10通路で待つ』
誰か、どうか早く、彼女を見つけ出してくれますように。
黒の外套ははためきながらSクラス棟を後にする。