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宿敵達

 夏休みが終わり、シャルトン王立学校は後期に入った。

 今日は後期登校初日のため、授業は午前中で終わり、シェーナ達は下校の帰りにレストランに寄っていた。

「教室が懐かしかったわ」

 シェーナはしみじみに言った。

「ディアスもそう思ったでしょう?」

「そうだな。なんて言うか開放感があったな」

「それって親衛隊からの?」

 エリスがクスリと笑って言った。

「それも大きいけど、難し過ぎる魔法の授業からだよ」

「私も汗くさい訓練から解放されてほっとしてるわ」

「なんて言うか、プレッシャーがなくなってほっとするな」

「そうそう! それよ。言いようのない不安がずっとあったから、それがなくなってストレスからも解放されたわ」

 ディアス達が談笑していると、一人の女生徒が近寄ってきた。

「どうやら元に戻れたようね」

 その女生徒はフィリアだった。

「なっ! フィリア! お前、気付いていたのか!?」

 ディアスは驚いた。それは他のみんなも同じだった。

「うん」

「誰にも言ってないわよね?」

「もちろんよ。やばそうな話みたいだし」

「ならいいけど……」

「それより私を医務室まで連れて行ってくれたのは、ディアスだったのね」

 フィリアの頬がほんのりと朱に染まった。

「ありがとう」

「気にするな。当たり前の事をしただけだ。それにしても、男嫌いのフィリアが俺に礼を言うのは意外だな」

「それはもうやめたの。あなたが目覚めさせてくれたのよ」

「……はぁ?」

「私、嬉しかった。男の人にあんなに優しくしてもらったのは初めてよ」

「あのーもしもーし……」

 シェーナは口を挟もうとしたが、フィリアは構わず話し続けた。

「私、今まで付き合ってきた子達とは別れて来たの。だから私と付き合わない?」

 フィリアはみんなの前で堂々と告白した。

「だめよ! ディアスは私と付き合ってるの!」

「……なっ!」

 フィリアにとってそれは盲点だった。シェーナと言えば親衛隊が存在する程のアイドルである。そのアイドルが特定の誰かと付き合うとは思ってもみなかった。

「……考えてみれば体が入れ替わっていたのよね。何かあってもおかしくないか……。でも私は諦めない!」

 フィリアは一人で拳を握り締めて盛り上がった。

「シェーナ様! いえ、シェーナ! あなたはこれから私の敵よ!」

「はぁ?」

「あなたからディアスを奪ってみせるわ!」

「おい。俺の意思はどうなる? 俺はシェーナが好きだし、付き合ってる。だからフィリアとは付き合えない」

「偉い!」

 ディアスがハッキリ言ってくれたので、シェーナは嬉しくなった。

「ふっ……。人の心はいつも揺らいでいるものなのよ。今は無理でもいつか絶対に奪ってあげるわ!」

「……当人達の前で堂々と言い切れるのって、ある意味凄いわね」

 エリスにここまで言わせるとは、フィリアはかなりの強者だ。そのフィリアはちゃっかりディアス達のテーブルに着いて、近くにいる定員に注文し始めた。

「あ、そうそう。これからあなた達のグループに入るからよろしくね」

「はぁ? よろしくじゃないわよ! なんであなたと一緒に行動しなきゃならないのよ! 私の事を敵って言っておきながら矛盾してるわよ!」

「あら、アレは言葉のあやよ。大丈夫。私はシェーナの事も好きだから。なんならシェーナも私と付き合ってみる?」

「冗談! 私はそんな趣味ないの! あなたってどうしてそんなに奇抜なのかしら!」

「シェーナこそ猫かぶりだったのね。清楚でお淑やかなシェーナ様はどこへ行ったのかしら……?」

「人を見かけで判断したあなたがいけないのよ」

「俺も騙されていたんだがな……」

 ディアスがボソっと言うと、クレイがうんうんとうなずいた。

「ほら見なさい」

「ディアス! どっちの見方なのよ!」

「いや……その……ごめん」

「少なくとも、なりふり構わず大暴れするよりかはましだと思うけど。流石に応援席から落ちたりしないわ」

「そのお陰でディアスに助けられたわ。あぁ……医務室のディアスは優しかったわ」

 フィリアはポッと赤くなって頬に手を添えると、フルフルと首を振る。

「おい! 俺は何もしてないぞ!」

「恥ずかしがらなくてもいいのよ」

 フィリアは上目遣いにディアスを見つめた。

「むきー!」

 とうとうシェーナはフィリアに飛びついた。

「その減らず口を塞いであげるわ!」

 シェーナはフィリアの口に指を突っ込むと、左右に引っ張った。

「はっ、はひふふんへふは! (な、なにするんですか!)」

 フィリアもシェーナの口に指を突っ込んで、同じように頬を引っ張った。

「ははへははひ!! (離しなさい!)」

「ふはへほうひ! (喰らえ奥義!)」

 フィリアは突っ込まれたシェーナの指を舐め始めた。

「ひっ!」

 シェーナは驚いて指を引っこ抜く。

「なっ! 何するのよ!」

「それはこっちの台詞だわ。まぁ私はシェーナも好きだからいいけどね」

 そう言ってフィリアはシェーナの顔を掴むと、そのままグイッと自分の方へ引き寄せ、唇を重ねようとした。

「このっ!」

 しかしシェーナはフィリアの手を振り払って突き返した。

「ゆ、油断も隙もないわね。あなたって!」

「私は騎士希望よ。油断も隙もないわ」

「そう言う意味で言ってるんじゃないわよ! 」

「わかってて言ってるのよ?」

「……!」

 シェーナは言いようのない怒りが込みあげて来た。

「私はフィリアを仲間に入れるのは嫌だからね!」


 キーンコーンカーンコーン。

 予鈴がなると、ディアスは席からすぐに立ち上がり、ベランダへと駆けだした。

 二年後期になると、戦術戦略を学ぶ事が多くなり、前期よりも教室での授業が増えていた。

「クレイ。悪いが先に行ってるぞ」

「いつもの事だろ。気にすんな。それより早く行かないと来るぞ!」

 ディアスは頷くと、呪文を唱え始めた。

「風の闇の精霊よ。我、重力の束縛を絶ちて、風の翼をまとわん! ウィンド・ウィング!」

「待ちなさい!」

 そこへ隣の教室から、ディアス達の教室に乱入して来たフィリアが叫んだ。

 しかしディアスはそれを無視して飛び立った。

「ちっ! 風の聖霊よ……」

 フィリアは呪文を唱えつつ教室を横断すると、ディアスと同じく教室から飛び立った。

「なっ! いつの間に!」

 クレイはフィリアが飛行の魔法を使ったのを見て驚いた。フィリアは少し前から魔法に興味持ち始め、魔法を魔道士学部の友達に習っていたようなのだが、もう飛行の魔法を使えるようになるとは驚きだ。ディアスだって飛行の魔法を制御できるようになるには、かなりの時間がかかったのだ。

「はっ……まさか!」

 クレイはハッと気が付いて、ベランダに向かって駆けだした。

「ディアーース!」

 そして声のある限り叫んだ。

「何だ?」

 ディアスは振り返ると、ディアスを追って空を飛んできたフィリアが見えた。

「げぇ! って危ない!」

 フィリアはまだ飛行制御がままならない、いきなりバランスを崩して真っ逆さまに落下し、ディアスを追い抜いた。

 ディアス達の教室は五階にある。落ちれば命はない。

「何やってんだ!」

 ディアスは飛行の魔法を制御して加速すると、フィリアを追って下降した。

(ま、まずい……)

 フィリアは混乱していた。何とか制御を安定させようとするが、焦ってしまい上手くいかない。地面はもうを目の前だ。

(もうだめ……)

 フィリアは諦め絶望し、目をギュッと閉じた。しかしいつまで経っても激しい激突は起こらなかった。フィリアが恐る恐る目を開けると、目の前にディアスの顔があった。

「この馬鹿野郎!」

 ディアスがフィリアに怒鳴った。

 ディアスは落下するフィリアに追いつき、フィリアを抱きかかえていた。

「あれ? 生きてる……。あっ! ディアスがまた助けてくれたのね! 嬉しい!」

 フィリアはディアスにしがみつくと、ギュッと抱きしめた。

「わっ! 抱きつくな! 落ちる……」

 ディアスは何とかバランスを保ちつつ着地すると、フィリアを離した。

「お前な! ちゃんと練習もしないで、飛行の魔法なんて使うな!」

「だって……今日こそディアスと一緒にお昼食べたかったのよ」

「……」

 ディアスはシェーナが嫌がるので、いつもお昼はフィリアから逃げていたのだった。

「ごめんなさい」

 フィリアが涙をにじませて、しおらしく謝ると、ディアスはそれ以上何も言えなくなってしまった。

「とりあえずどうするかな……」

 ディアスが困っていると、クレイが走って向かって来た。

「大丈夫か?」

「なんとかな。フィリア。クレイに感謝しろよ。クレイが叫ばなかったら、俺は気付かなかったぞ」

「ありがとう。クレイ」

 フィリアはとびっきりの笑顔でお礼を言った。

「お、おう。当たり前の事をしたまでだ。気にすんな」

 クレイはちょっと赤くなった。

「クレイ。フィリアがお昼一緒に食べようってさ」

「良いんじゃないか? 毎日こんなんじゃ危なくてしょうがないぞ」

「……だよなぁ」

 二人は毎日起こるフィリアの常識外れの行動に圧倒されていた。まさかディアスを追うために飛行の魔法を覚えるとは思いもしなかった。

「とりあえずシェーナを説得するか……」

「シェーナかぁ。……怒るぞ。あいつの焼き餅凄いからなぁ」

「だよな……」

 二人は気が重くなって肩を落とした。


「ファイア・ジャベリン!」

 シェーナはディアス達と一緒に来たフィリアを見るなり、いきなりフィリア目掛けて炎の槍を放った。ここは町中なのに!

「きゃあっ!」

「えっ!」

「まじか!」

 ディアス達はとっさに飛び散って避けた。

 昼飯時の飲食街に、突如凄まじい爆音が響き渡った。

「何考えてるのよ!」

 フィリアが怒って怒鳴った。当たり前である。

「いい加減ディアスを諦めなさい!」

「あなたは諦めろって言われたら、諦めるの?」

「私は良いのよ。ディアスは私のモノなの。だから諦める必要なんてないんだから」

「私も諦める必要なんてないわ。ディアスはこれから私のモノになるんだから」

 シェーナとフィリアはしばし睨み合った。

 どうしてどこへ行っても敵がいるのだろうか? ちょっと前まではサラが何かとちょっかいかけてきた。前期トーナメント以来、サラはちょっと友好的になったと思えば、今度はフィリアだ。しかもフィリアは別の意味でサラの何倍もたちが悪い。

 ディアスは先ほどの事件をシェーナ達に伝えた。そして今後同じ様な事が起きたら大変なので、フィリアも一緒に行動させてあげようと言う話しになった。

「えっ……だって……」

 シェーナは困った顔をしてディアスを見た。

 ディアスも困った顔をしていたので、シェーナは更に困ってしまった。

 ディアスは本当に自分の事を愛してくれているのだろうか? そんな不安がシェーナの心を締め付けた。本当に好きならばもっとビシッとフィリアを断って欲しい。しかし相手がフィリアだと、なかなかそうはいかない。諦めると言う事を知らないフィリアは、何を言ってものらりくらりとかわして我が道を突き進むからだ。だから今回の様な事件が起きる。

「……わかったわ。これじゃ私が悪者だもんね……」

「ありがとう! あぁ……憧れのシェーナとお友達になれるなんて夢のよう」

「言っとくけど。私はそっちの趣味ないからね」

「なら教えてあげましょうか?」

「結構!」


 フィリアは帰り道も付いてきた。

「じゃ、私こっちだから」

 そう言ってエリスとクレイが最初に別れた。クレイは方向が違うのだが、エリスとどこか寄って行くのだろう。続いてシェーナが別れる事になった。シェーナは最後にディアスとフィリアが残る事に心配になったが、ディアスの家はすぐそこだ。大丈夫だろう。

「俺の家はここだ。フィリアの家はどっちなんだ?」

「あっちよ」

 そう言ってフィリアが指さしたのは真後ろだった。

「おいおい。何でここまで来たんだよ」

「何ってディアスの家に遊びに行くためよ」

「待て待て。俺はこれから用事があるんだ」

「どんな用事?」

「シェーナに剣の稽古を付ける事になってる」

「なんだ。そんなことなの。ならちょと休憩してからでいいじゃない。家に上げてよ」

「う、そりゃそうだが、男の家にほいほい上がるもんじゃないぞ」

「あら、私は何されてもかまわないわよ? むしろして欲しいんだけど?」

「おいっ!」

「何赤くなってるのかしら? 可愛いわね。冗談よ。お茶の一杯くらい入れてよ。そしたら帰るから」

「……お茶の一杯だけだぞ」


 シェーナは家に帰るとディアスの事が気になって気になって仕方がなかった。早く会いたい。この後剣の稽古を付けてもらう事になっている。だからディアスは別宅に来るはずだ。フィリアと何かあるはずがない。それでもシェーナは胸騒ぎがして、すぐに湖畔の別宅に行くことにした。

 しかしあちこち探してもディアスがいない。まだ来ていないようだ。だからシェーナは別宅からディアスの家へと飛んだ。


「はぁ……美味しい」

 フィリアは本当にお茶を飲むだけで大人しかった。それがディアスの油断を誘っていた事など、当のディアスは全く気づいていなかった。

「じゃあ、帰るわね。ちょっと上着取ってくれる?」

 フィリアは椅子から立ち上がると言った。

 ディアスは壁の洋服掛けに引っ掛けてあるフィリアの上着を取り、フィリアに上着を渡そうと近寄った。

(隙あり!)

 フィリアはディアスの足を引っかけると押し倒した。

「うあっ!」

 たまらずディアスは声を上げて仰向けに倒れた。

 フィリアは素早くディアスの両手を掴み、体重をかけつつ押さえ込んだ。

 ディアスは反射的にフィリアを蹴り上げようとしたが、相手が女である事に気がついて押し留まった。

「そうよね。女の子のお腹を蹴るなんてできないわよね」

「な、何をする!」

「決まってるじゃない」

 フィリアはそう言ってディアスに顔を近づけて行った。


 何かが倒れる音がして、ディアスの声が聞こえた。

 シェーナが駆けつけてみると、ディアスがフィリアに組み伏せられているではないか。

「シェーナ。助け……」

 ディアスがシェーナに気を取られた瞬間。フィリアはディアスを押さえていた手を離すと、ディアスの顔を手で挟んで正面を向かし、狙いをすませて唇を重ねた。

「あああああああああああああああああ!」

 それを見たシェーナが叫んだ。

「このっ!」

 シェーナはフィリアに飛びつくと、ディアスからフィリアをはがした。そしてフィリアの頬に平手打ちをかまそうとしたが、体術に優れたフィリアに避けられてしまった。

 胸騒ぎがしたと思ったらこれだ。シェーナは泣きたくなった。いや、もう涙がにじみ出ている。

「出てけぇ! もう……出てってよ!」

 シェーナは泣きながら叫んだ。

 いくらフィリアでもこれには驚いた。

「その……ごめんなさい……」

 フィリアは上着を拾うと、逃げるようにディアスの家を出ていった。

「シェーナ……すまない」

 ディアスは泣いてるシェーナの前に立った。肩に手を置こうとしたが、さっきフィリアに唇を奪われた後ろめたさに手を置くことができない。

 パンッ!

 シェーナはディアスの頬に平手を入れると抱きしめた。こうしているとディアスを独占できて安心する。しかし今はそれでも安心できなかった。

「ディアス。私の事好き?」

「好きだ」

「じゃあ、愛してるって言って」

「愛してる」

 ディアスはちょっと恥ずかしそうに言った。

 シェーナはちょっと安心した。ここで何の動揺もなく普通に愛してると言われても、信用できなかっただろう。それはまだ二人の恋が未熟な証だった。

「じゃあ、キスして」

 シェーナが唇を求めると、ディアスはそれに答えた。

「フィリアのキスなんて忘れさせてやるわ」

 シェーナはディアスの愛に飢えていた。むさぼるようにディアスを求めた。


 次の日からフィリアは大人しくなった。必要以上にディアスに近寄らなくなったのだ。これは彼女なりのけじめだった。

 フィリアはシェーナに泣かれてから、自分を見つめ直した。

 自分は今まで複数の女性と付き合ってきた。それは自分が男に興味を抱かなかった反動でもある。それだけにどれも本気の恋ではなかった。フィリアはシェーナの事も、ディアスの事も、今まで付き合ってきた女性達と同じように考えていた。しかしそれは間違っていた。シェーナは本気でディアスを愛している。ディアスも本気でシェーナを愛している。それを自分は遊び半分でちょっかいを出しては、二人の仲を邪魔していたのだ。

 実際フィリアはディアスの事は尊敬していたし好きだった。しかし今にしてみればその感情は、今まで付き合ってきた女性達と同じく、本気で愛しているわけではなかったのだ。もちろんシェーナに対しても同じだった。

 自分はやってはいけない事をしてしまった。しかもシェーナの目の前で。だからシェーナに嫌われてしまった。相当自分を怒っているだろう。もしかしたら憎んでいるかもしれない。そう思うと胸が苦しくなる。


 そして次の日の朝、フィリアがシェーナに挨拶しても返事は帰ってこなかった。

 フィリアは後悔した。調子に乗ってあんなに事しなかったら、フィリアはディアス達の中に十分入っていけたはずだ。いや、まだだ。過去形にはしたくない。過ちを犯したのならば、正せばいいのだ。もう同じ過ちを犯さない。償いもしよう。それでも許されないのならば、仕方がない。フィリアはそう思うと、早速行動に出た。


 昼休みにディアス達は、いつもの様に飲食街へ行くために待ち合わせていた。

 いつもは昼休みの予鈴が鳴ると、ディアスを追いかけるために、フィリアが教室へ乱入して来るのだが、昨日の事もあってフィリアは現れなかった。

「行きましょう」

 シェーナは遅れて来たディアスとクレイが来ると言った。フィリアを待つ気はない。

(嫌な女……)

 シェーナはそんな冷たい自分に自己嫌悪した。

「待って……」

 そこへ四人揃ったのを待っていたかのように、フィリアが現れた。

 フィリアはシェーナの前まで来ると、両膝を地に着けた。

「なっ!?」

 シェーナはフィリアの行動に驚いた。フィリアは子爵と爵位は低いが、代々王宮に勤める騎士家の長女である。フィリアが膝を折るのは王のみであるはずだ。しかも公道という公の場で、フィリアはシェーナに膝を折ったのだ。

「ちょ、ちょっと何をしているのよ! 立って! 早く!」

「私は過ちを犯しました。だから私は裁かれなくてはなりません。私は誓います。もう貴方の邪魔はしません。どうしても許せないのならば私はシャルトンを去ります。しかし……しかしもし許されるのならば、この剣をお取り下さい」

 フィリアは腰から剣を鞘ごと外すと、両手で剣を掲げて頭を垂れた。

「……」

 シェーナは困った。本気で困った。フィリアは本気で後悔して、過ちを悔い改めようとしている。それはフィリアの行動を見ていれば明らかだった。それさえわかれば良かった。安心できる保証され得られれば良かったのだ。しかし流石フィリアと言うところだろうか。彼女の行動はシェーナの想像を遙かに超えていた。これでは行き過ぎて、フィリアはシェーナに忠誠を誓う事になってしまう。

「ちょっと、フィリア。気持ちはわかったから、もういいから。やめて」

 しかしフィリアは微動だにしない。むき出しの両膝が地面に突き立てられて痛々しい。

 シェーナは困ってディアスを見たが、こればっかりはディアスもお手上げだった。首を横に振って、俺にはどうしようもできないと意思表示した。

(あーもー。何で次から次へと事件が起こるのよ!)

 周りを取り囲んでいる生徒達は、シェーナの反応に期待している。

(えーい! 成るようになれ!)

 シェーナはフィリアの剣を取った。

 確か実家で読んだ本によると、この後王は、剣を鞘から引き抜き、剣の平で相手の肩を叩き、忠誠を誓った騎士を叙勲していた気がする。しかしそんな行動が許されるのは王のみだ。

 シェーナがこの後どうすれば良いか戸惑っていると、エリスがフィリアの隣にしゃがみ込んで小声でつぶやいた。

「例え真似事とは言っても、叙勲の儀式を資格もない者が行うのは良くないわ。ここは公道なのよ。シェーナに悪い噂が立つわ。ここは私に任せなさい」

 フィリアはハッとして頷いた。

「はいはい、ごっこ遊びはそこまでよ。シェーナ。剣を返してあげて」

 シェーナは助け船が出てホッとした。

「フィリア、立って」

 シェーナの声があって、初めてフィリアは立ち上がった。

「剣、返すわよ。フィリアも反省したみたいだし、昨日の事はもういいから」

「ごめんなさい」

「もう。こんなのやめてよね」

「けじめはつけないといけません。私はこれから貴方の剣となり盾となります」

「そう言うことは恥ずかしいからいいわよ。なんでこう……あなたって普通じゃないのかしら。忠誠とかそんなのいらないから、普通に友達でいて」

「シェーナ大好き!」

 それを聞くと、フィリアがシェーナに飛びついた。

「わっ! ちょっと!」

「ん~」

 フィリアはまたまた調子に乗って頬ずりまでしていた。

「やめなさいって! だからあなたは普通じゃないのよ。ちょっと、みんな見てるでしょう。ディアス達も見とれてないで……助けて……」

 助けの手はディアス達でなく、別の所からやってきた。いや、これは助けの手と言うよりも、次の騒ぎの火種だった。

「そこの変態! シェーナ様から離れなさい!」

 その声はシェーナ様親衛隊だった。

 五人の親衛隊は、弧を描く様にフィリアを取り囲んだ。

「ふっ。出てきたわね。馬鹿集団が」

「フィリアは人のこと言えないわ」

 エリスが言うと、ディアス達だけでなく、周りの生徒達もうなずいた。

「あなたの行動は逸脱しています。抜け駆けも甚だしいわ。シェーナ様に近寄るのならば、親衛隊に入って、節度を守りなさい!」

「はぁ!? ばっかじゃないの? 抜け駆け? 節度? なんでそんな事をあなた達に許可されなければならないの? 一人で行動する勇気がないから群れてるだけじゃない。それにもう男がいる女を追っかけ回すなんてやっぱり馬鹿ね!」

(お前が言うな!)

 ディアス達を含め、周りの全ての生徒が心の中で総突っ込みした。

「シェーナ様は騙されているんです」

「とんだ馬鹿共ね。シェーナの邪魔をする者はこの私が排除するわ。かかって来なさい!」

「面白くなって来たわね。私も手伝うわよ」

 エリスはそう言ってフィリアの隣で呪文を唱え始めた。

「やれやれ、エリスの暴走を止められるのは俺だけだな」

 クレイもそう言ってエリスの隣へ並んだ。

 これには親衛隊の五人は尻込みした。まさか反対に攻撃されるとは思ってもみなかった。

「いい加減にしなさい!」

 シェーナが怒鳴った。

「校内での私闘は禁じられているはずよ。それに……お昼休みなくなるわよ?」

 鶴の一声だった。お昼を飲食街で過ごそうと思っている者にとって、時間は貴重である。グズグズしていたらゆっくりと御飯を食べられない。野次馬の生徒達も親衛隊達も、我先にと飲食街へと流れて行った。

「私達も行くわよ」

 シェーナはため息をつくと、みんなを促した。


 その日の放課後、人のいなくなった教室に、十人程の女生徒が集まっていた。シェーナ様親衛隊の主要メンバー達だ。

「シェーナ様は変わられてしまいましたわ」

「以前はお上品な言葉使いでしたのに、最近粗暴になっておられます」

「言葉使いだけでなくてよ。仕草も乱暴になってますわ」

「それもこれも、あのディアス達のせいよ」

「あの方達と付き合っていては、シェーナ様のためにならないわ」

 彼女らの意見は自分勝手で都合の良い言い草ばかりだ。

「シェーナ様のお友達になった気でいるディアス達に制裁を!」

「でもどうやって排除するのですか? 相手はあのディアスやフィリアですよ?」

「私達親衛隊の人数は全学年の生徒を合わせて百三十四人います。多勢でかかればいくらなんでも倒せるのではなくて?」

「召集をかけましょう!」

「我らにシェーナ様の愛を! 邪魔者には制裁を! 裏切り者に死を!」

 親衛隊達は円陣を組んで手を中心で合わせると、声を揃えて親衛隊の心得を唱えた。


 ディアスは夕飯の材料を買いに商店街へ来ていた。今日の食事当番はディアスなのだ。

 買い物の帰り道に、ディアスは複数の気配を感じた。その気配達はバラバラに動いているが、どれもディアスの後をつけている。

 ディアスは口元を笑みの形に歪ませると、近くの公園へと向かった。街の中では思いっきり戦えないからだ。

 ディアスは食材が入った紙袋を公園のゴミ箱に入れた。捨てるわけではない。鉄でできたゴミ箱なら、例え魔法が飛び交っても、中の食材を守ってくれると考えたからだ。

 ディアスが公園の中央へ辿り着くと、わらわらと覆面をした者達が現れ、ディアスを取り囲んだ。驚いた事に全員女性で、その数は約三十人程だ。

「親衛隊か。いつかは来ると思ってたよ」

 ディアスの予想通り、彼女らはシェーナ様親衛隊だ。

「ディアス。貴様を粛正する!」

 リーダ格の女生徒が剣を抜きながら叫ぶと、他の親衛隊達も剣を抜き、杖を取った。

「おもしれぇ! やってやる! ウィンド・ウィング!」

 ディアスは何も準備せずにここまで親衛隊達をおびき出したわけではなかった。短縮魔法をため込んでいたのだ。

 風がディアスを取り巻き、ディアスは飛び上がった。

「ライトニング・ブラスト!」

「きゃぁあ!」

 ディアスは空中から稲妻を放った。雷光が閃き女生徒が痺れてのたうちまわる。威力を弱めてあるので、しばらく身動きできなくなるだけだろう。

 空を飛ぶディアスに向かって、親衛隊の魔道士達が次々と攻撃魔法を放った。

 ディアスは巧みに飛行魔法を操って魔法を避け、そして剣を持った親衛隊達の元へと飛び降りた。夢中で魔法を放っていた親衛隊達が、止まらず仲間の元へ魔法を撃ってしまった。

 混乱が起き、親衛隊達の動きが鈍る。

 ディアスは味方からの攻撃に動揺した親衛隊達に向かって剣の平で斬りかかった。あっと言う間に親衛隊達を気絶させると、魔法を放っていた親衛隊達に手を向ける。

「エアストリーム!」

 ディアスは親衛隊達に突風を浴びせて動きを止めると、一気に間合いを詰め、一人一人気絶させていった。

「これだけいてこんなもんか……」

 ディアスは嘆息すると、倒れている女生徒達を見た。このままだと何かと危ない。ディアスはゴミ箱から食材を入った紙袋を拾うと、衛兵を呼びに公園を後にした。


 次の日の朝、ディアスは教室に入ると、親衛隊に襲われた事をクレイに話した。

「やっぱりディアスも襲われたのか!」

 どうやらクレイも襲われたらしい。

「クレイもか。ならエリスとフィリアも襲われたと考えた方が良いな」

「エリスは大丈夫なんだろうか……」

 クレイは胸が不安でいっぱいになった。

 教室の扉が勢いよく開いて、フィリアが入って来た。

「昨日あの馬鹿共に襲われなかった?」

「やっぱりみんな襲われたのか……」

「エリスが心配だ」

 エリスは優等生の部類に入る。しかしそれは防御や治癒魔法に秀でるからであって、攻撃魔法はあまり得意ではない。もしディアスを襲った数と同じくらいの人数で襲われたら、勝てるかどうかわからない。いや、逃げるだけで精一杯からもしれない。

「この事をシェーナは知ってるの?」

「いや、まだ襲われた事は言ってない。てっきり俺だけかと思ったよ。俺が狙われる理由は十分あるしな。俺だけなら問題なかったんだが……」

「ディアスはシェーナと付き合ってるものね。やっかいな事になったわね。もしエリスに何かあったら、シェーナがどんな思いをするか……」

 シェーナの親衛隊達が武装してエリスをどうにかしたかもしれない。その事をシェーナが知れば、親衛隊達を野放しにしていた自分を責めるだろう。


「クレイ。エリスが今日休みみたいなんだけど、何か聞いていない?」

 昼休みにいつもの待ち合わせ場所に行くとエリスはいなかった。

「エリス、今日は風邪で休むってさ」

 クレイは青ざめた顔をしてシェーナに言った。もしエリスがいなかったら、シェーナには黙っておこうと内合わせしていたのだ。

「おかしいわね。休むなら通信魔法で先生に一報入れるはずなのに……」

「余程具合が悪かったんだろう」

「寝込んでいるなら仕方ないんじゃない?」

「学校終わったら見舞いに行ってくるよ」

「あ、私も行く」

「……そうだな。みんなで行こうな」

 何とかシェーナをごまかせたが、これで放課後までにエリスを助け出さなくてはならくなった。

 ディアスが教室に戻ってくると、机の上に一枚の紙が置いてあった。ディアスはその紙に飛びついた。そこには予想通り親衛隊達からのメッセージが書かれていた。

 その紙には、私達はお前の友人エリスを捕まえている。エリスを返して欲しければ、放課後指定された場所に来るようにと書かれていた。もちろんこの事をシェーナや先生に言えば、エリスは無事は保証できないとあった。

「おい! ディアス!」

 クレイの方を見ると、クレイも同じ紙を持ていた。

「ディアス! クレイ!」

 フィリアも同じ紙を持って、教室へ飛び込んで来た。

 三人は頷き合うと、ひとまず自分の席へと戻った。


 ディアスはシェーナのクラスメイトに伝言を頼んだ。今日は用事ができたから一緒にお見舞いにいけなくなったと。見舞いよりも大事な用事を考えなければならないが、そんな事は後で苦労すればいい。今はシェーナに内緒でエリスを救い出す方が大事だ。

 そして放課後、ディアス達はヴェールにある大きな公園に向かった。

 ヴェールの端の方にある公園には人の姿がなかった。親衛隊が人払いをしたのだろう。公園の中央まで来ると、そこには親衛隊が十人集まっていた。

「エリス!」

 クレイが叫んだ。

 エリスは親衛隊達に捕まっていた。魔法が使えないように猿ぐつわをかまされて、手足は縛られている。

「くそう! なんだってんだよ! 俺達を襲ってどうするつもりだ!」

 クレイが切れて叫んだ。

「私達の望みはただ一つ。あなた達がシャルトンを去る事よ」

 リーダー格の女生徒が言うと、エリスの脇にいた女生徒が、エリスの顔にナイフを突きつけた。

「ひっ!」

 ひんやりした感触に、エリスが小さく悲鳴を上げる。

「あなた達は邪魔なのよ。あなた達のせいでシェーナ様はおかしくなられたわ」

「はぁ? 妬みも大概にしろよ! てめぇらエリスを傷つけてみろ。生きて返さないぞ!」

 クレイが怒気を叩きつけると、リーダー格の女生徒が手を挙げた。すると公園のあちこちから親衛隊達が現れ、ディアス達を取り囲んだ。その数約八十人。どうやら殆どの親衛隊達は、人質を取ってまでディアス達を排除したいと思っているようだ。

 しかしディアスはシャルトンをやめる訳にはいかない。でもエリスを傷つけられるわけにもいかない。

「あなた達! いったい何をしているの!」

 ディアス達がどうやって事を治めるかを考えていると、シェーナの声がした。

「シェーナ様!」

 親衛隊達は悲鳴の様な声で、シェーナの名を呼んだ。そしてその横にいる人物に視線が集中した。そこにはシャルトンの先生ゲイルがいた。魔法学部の先生で、誰もが注目している人物の内の一人だ。

「こいつはどういう事だ?」

 ゲイルが親衛隊達を見回して言った。

 思いも寄らないシェーナとゲイルの登場に、親衛隊達の頭の中が真っ白になった。

 実を言うと、シェーナにこの事件を知らせたのは、親衛隊の一人だった。彼女は確かにシェーナに憧れているが、エリスを人質に取って、ディアス達に脅迫する程狂ってはいなかった。そして仲間達の行動に恐怖して、シェーナとゲイルに相談を持ちかけたのだ。

 突如親衛隊の一人が逃げ出した。それをきっかけに親衛隊達は、蜘蛛の子を散らすようにわっと逃げ出した。

 残されたのはエリスを捕まえている二人だったが、二人はエリスを放すと、その場に崩れ落ちた。もう逃げられないとわかったからだ。良くて停学、悪くて退学になるだろう。

「エリス!」

 クレイは弾かれた様に飛び出すと、エリスの猿ぐつわを外し、縛られた手足を解放した。

「クレイィィ」

 エリスはひしっとクレイに抱きつくと泣き始めた。

「クレイ! クレイ! 怖かったよぉ!」

「もう大丈夫だ」

 シェーナはエリスの前に来ると、身を折って頭を下げた。

「ごめんなさい。エリス。私があいつらを野放しにしていたために、こんな事に……」

「ううん。シェーナは悪くないよ。悪いのはあの馬鹿達なんだから」

「でも……」

「どうしても気になるっていうなら、お昼十食分おごってくれたらそれでチャラでいいよ」

「……へっ?」

 シェーナはキョトンとして目を丸くした。

「儲かっちゃった」

 エリスは努めて明るく言った。相当無理しているのは明らかだ。しかしそれがエリスなのだ。どんな事があろうと、無理してでも明るく努め、空元気でも元気に振る舞う。

「エリスらしいわね。いいわよ」

 シェーナは泣き笑いを浮かべて言った。

「ふふふ。高い店行くわよ」

「ちょっと待て! お昼なら一緒に行く俺達はどうなる!?」

 クレイが慌てて言った。

「もちろん自腹!」

「普通の所を要求する!」

「え~! せっかくただ飯食えるのよ。高い所行くに決まってるでしょ」

「ただなのはエリスだけだ!」

「いいわよ。みんなにも迷惑かけた事だし、みんなにおごるわ」

「おぉ! 流石は伯爵令嬢だなぁ。どこかの田舎貴族とは大違いだ」

 クレイがエリスに合わせて明るく言う。

「どこかのって誰の事だよ」

「ディアス!」

 クレイとエリスが口を揃えた。

「くっ……。同郷のくせによく言うぜ」

「私達は一般人だからいいのよ」

「そうだそうだ。悔しかったらおごってみろ!」

「絶対嫌だ!」

「盛り上がってる所すまないが、事情聴取するから、みんな来い」

 ゲイルが言うと五人はげっそりと肩を落とした。

 八十人程の親衛隊達は、訓告処分となり、主犯格の十人は停学となった。さすがに八十人も退学にしたら、大問題となるからだ。公式発表は親衛隊内部の抗争による騒乱罪。エリスの事は一言も公には出てこなかった。エリスも誘拐されたと公表されなくてホッとした。こんな事で目立ちたくない。


 後期の試験は早い。年度末ではく、年末の冬休み前に行うからだ。理由は簡単。年度末にはシャルトン王立学校の入学試験があるからだ。

 元に戻ったディアスとシェーナは、本試験である予選は難なく好成績を収めた。特に前回さんざんな成績のディアスは、油断していた相手を全て一瞬の内に倒している。そしてディアス完全復活の噂が広まり、トーナメントは興奮に包まれた。

 ディアスの快進撃は準決勝でフィリアと当たるまで続いた。

「ふっ。やはりあなたを止めるのは私しかいないようね」

 武舞台の上でフィリアは剣を抜きつつ言った。

「ジェスターもいると思うぞ」

「そんな事は聞きたくないわ」

「……」

「ディアスに対抗するために覚えた魔法を見せてあげるわ!」

「そいつは楽しみだ」

 ディアスは段々とトーナメントが物足りなくなっていた。日々の練習でも実力を全て出し切れる相手がいない。これでは自分の本当の実力がわからない。シェーナに稽古をつけているが、魔法の方は張り合いがあっても、剣の方はやはり物足りない。だがフィリアの剣はディアスとほぼ同等だ。

「ディアス対フィリア……始め!」

 試合開始と同時にフィリアは後退した。後の先を得意とするフィリアは自分から手を出さない。そして間合いを開けるのは、呪文を唱える時間を稼ぐためでもあった。

「光の精霊よ。天空より御下りて我が剣に宿れ! スカイ・レイ・ソード!」

「水の精霊よ。凍える息吹よ。我に集いて刃となれ! アイス・ファルシオン!」

 ディアスの剣が光りに包まれ、フィリアの剣が冷気を吹き出し、周囲にダイアモンドダストを振りまく。

 ディアスは間合いを取りつつ、フィリアの口元と左腕に付けている腕輪を見た。フィリアは魔法をため込んでいる。短縮魔法を使えるようだ。

 ディアスは間合いをつめつつ、対抗するための呪文を唱えた。

 そしてディアスは間合い入るなり、剣をフィリアの頭上へと振り下ろと見せかけて、袈裟懸けに剣を振り下ろす。

 しかしフィリアは当たり前のようにディアスの斬撃を避け、ディアスが返す剣で切り上げた斬撃も受け止める。剣と剣が激突した瞬間、高熱の光刃と超低温の氷刃の温度差のせいで、小さな水蒸気爆発が起こった。

 フィリアは受け止めた剣を戻すと、ディアスの銅を狙って横薙ぎに剣を振るう。

 しかしディアスは後ろに飛んで避ける。

「アイス・ジャベリン!」

 フィリアが氷の槍を放ち、まるで錐の様な氷柱がディアスに迫る。

「うおっ!」

 ディアスはまるで鋭い突きのような氷の槍を、上半身をひねって避けた。

 フィリアは剣士らしく、魔法をまるで斬撃のように使った。短縮魔法は手数を増やし、間合いの外へ相手が離れても追撃するためのものだ。フィリアはシェーナとはまるで違う使い方をする。むしろディアスの戦い方に似ている。

(面白い!)

 ディアスは口元を笑みで歪めると、剣を握り直した。

 本来フィリアの様な後の先を得意とする相手には、遠距離魔法を撃って、じれた相手が間合いをつめて来た所に、こちらが後の先を取り、相手のペースを乱すのがもっとも有効な手段だが、ディアスはあえて自分から間合いを詰めて行った。相手の領域で勝ってこそ面白い。

 まるで疾風の様に間合いを詰めたディアスは、徐々に剣速を早めつつ斬撃を繰り出した。初めはわざと剣速を落として振るう事で、次の斬撃を振るった時に、相手の対応を鈍らせるためだ。しかしフィリアはそんな小細工が通じるような相手ではなかった。ディアスの斬撃を弾き、受け流し、そして避ける。ディアスとフィリアの剣が激突する度に、花火のように水蒸気爆発が起こり、辺りは霧が出たようになった。

 フィリアはこの時を待っていた。ディアスの剣を押し返すと、一気に間合いを取る。

「フリジット・ブリット!」

 フィリアが放った超低温の冷気の塊は、辺りの水蒸気を巻き込んで、周りの空間その物を凍らせつつ迫った。放ったのは中級魔法だが、威力は上級魔法に匹敵する。

「ウォーター・レジスト!」

 しかしディアスはフィリアが使う魔法から推測し、すでに対水防御障壁を用意していた。

 冷気の塊は、まるでディアスを避けるように、途中で軌道を変えた。

「これならどう? ライトニング・ブラスト!」

 フィリアは凍れる空間目掛けて、電撃波を放った。無数に枝別れた稲妻が、水蒸気を伝いつつ四方からディアスに迫る。

「ウィンド・トルネイド!」

 ディアスは竜巻を発生させる魔法を放った。竜巻はディアスを中心に渦を巻き、水蒸気を吹き飛ばした。そしてディアスは竜巻が収まると同時に間合いを詰める。

「はっ!」

「やぁっ!」

 二人は間合いをつまると、お互いに高速の斬撃を繰り出した。

 二人は激しく立ち位置を変え、まるで二重螺旋のロンドのようだ。しかしそのロンドも長くは続かない。最初にステップを踏み外したのはディアスだった。勝機と見たフィリアが、勝負を決めるために必殺の一撃を放つ。しかしそれはディアスの誘いだった。ほんの少しだが、大きく振るってしまったフィリアの隙を見逃さず、ディアスはフィリアの斬撃を着け流しつつ、すれ違いざまにフィリアの銅を薙ぎ払った。

「そんな……」

 フィリアの変色障壁が真っ赤になり、フィリアは敗北を知った。

 審判が勝者の名を上げ、闘技場が完成に包まれる。

「何で毎回毎回勝てないのよ!」

 いきなりフィリアが叫んだ。

「何かが……何かが足りないのよ! はっ! そうよ。私になくて、ディアスにある物……。それはシェーナの愛!」

「……は?」

「愛の力は偉大だわ!」

「もしもーし?」

「こうなったら私も一線越えるしかないわ!」

「おいこら。どうしてそうなるんだ!?」

「ふっ。そうとわかればこうしてはいられないわ。計画を練らないと……」

「人の話を聞け!」

「聞いてるわよ。シェーナはディアスには手を出すと怒るわ。でもシェーナ自信に手を出す事に関しては何も問題ないわ!」

「俺が怒る!」

「シェーナを落とした後ならあなたも……。うふふふ。三人で愛し合えば何も問題はないわ。みんなで幸せになりましょうよ」

「……フィリアって本当に自分本位だな。それに剣の腕とは関係ないぞ」

「精神的に関係してくるのよ。と言うことで私はシェーナを探してくる!」

 そう言うとフィリアは武舞台を走り去って行った。

「……ダメだ。未だにあいつの事は分からん……」

 ディアスはどっと疲れが出た。


 そして遂に決勝。前期では果たせなかったジェスターとの戦いである。

 ジェスターはディアスと向かい合い、常に感じるディアスの威圧感に歓喜した。これだ。こうでなくては面白くない。ジェスターもディアスと同じく強者に餓えていた。

「ディアス対ジェスター……始め!」

「火の精霊よ。我に集いて破壊の焦熱となれ! ファイア・ブランド!」

 ジェスターは魔法を使い始めたディアスに対抗するために、トレイシアに魔法を習っていた。そしてその成果を見せる時が来た。しかしディアスは解呪の魔法を唱えると、ジェスターの剣にかかった炎の魔法を消し去った。

「お前とは剣一本で戦いたい」

 そう言ってディアスは剣を正眼に構えた。

「……ふっ」

 ジェスターは苦笑すると、剣を下段に構えた。

 今までディアスのために魔法を覚えてきたと言うのに、これでは意味がないではないか。いや、意味はある。今のジェスターは依然と較べ物にならない程強くなっている。

 ディアスとジェスターはジリジリと間合いを詰めていく。お互い相手の足、腕、肩、腰、そして目を見て、どう動くか探り合い、隙をうかがう。

 その間にも二人は正眼、上段、下段を始めとした様々構えを流れるように変え、時には相手に会わせ、時には相手の出方を封じ、時には相手を誘う。

 短くも長い時間が流れ、いきなりジェスターに大きな隙ができた。明らかに誘いである。しかしディアスはあえてその誘いに乗った。

「はっ!」

 ディアスは稲妻のような斬撃を袈裟懸けに振り下ろした。

 ジェスターは待っていたかのように剣を斜めに傾け、ディアスの剣を受け流す。

 甲高い音が鳴り響き、火花が飛び散る。

 しかしディアスも最初の一撃は様子見であり、本気の一撃ではない。流れきる前にすぐさま剣を引き、その場で回転するように横薙ぎに剣を振るった。

 銀の軌跡が空を切り、風切り音が剣に続く。

「ちぃ」

 後の先を取ろうとして失敗したジェスターは、舌打ちしつつ後ろに飛び、横薙の斬撃を避ける。

 しかしディアスの斬撃は一撃で止まらなかった。強引に遠心力の乗った横薙ぎを切り返しつつ、更に一歩踏み込む。

 ジェスターは意表を突かれたが、それでも難なくディアスの斬撃を受け止める。

 またしても激しい火花が二人の間で飛び散る。

 ディアスは受け止められるのを読んでいたのか、剣を跳ね上げ、すぐさま唐竹に剣を振り下ろす。

 ジェスターは横に避けつつ、横凪の斬撃をディアスに打ち込んだ。

 銀の光が弧を描き、ディアス目掛けて疾風となって襲いかかる。

 ディアスは迫り来る銀の刃をしゃがんで避けつつ、ジェスターの足を狙って、地面を滑るような斬撃を放つ。

 しかしジェスターは銀の刃を後ろに飛んで避ける。

 ディアスはしゃがんだために体勢が低い。

 勝機と見たジェスターは、剣先をディアスに向けつつ剣を体の脇に引き、低い体勢のディアスに向かって、矢の様な鋭い突きを放った。

 しかしこの時ディアスは、体勢が低いながらも剣を下段に構え、後の先を狙っていた。

 ディアスは紙一重でジェスターの突きを避け、足をバネを使って立ち上がりつつ、剣を水平に振るい、ジェスターの脇を駆け抜けた。

 まさか突きを避けつつ横薙ぎの斬撃を放つとは思わなかったジェスターは、ディアスの斬撃をまともに受けてしまった。しかし無理な体勢からの一撃は、変色障壁は黄色の染めただけだった。もし実戦でジェスターが鎧を身に着けていれば、刃はその下の生身には届かなかっただろう。しかし剣に魔法がかかっていたら、真っ二つになっている。

 ディアスはジェスターが突きの体制から元に戻るよりも速く振り向き、返す剣を横薙ぎに斬撃を振るった。

 ジェスターは突きの体勢から剣を戻し、その勢いのまま剣を上から背中に回し、辛くもディアスの剣を受け止めるが、衝撃が軽すぎる。ディアスの一撃はフェイントだった。

 ディアスは流れるように剣を引くと、そこから槍のような突きを放った。

 何もかもが遅すぎた。突きを避けられ後ろに回られ、振り向いた時には、既にディアスの剣はジェスターの胸を突いていた。

 ジェスターはディアスの突きをまともに胸に喰らって後方へと吹っ飛んだ。

 変色障壁が真っ赤になり、ジェスターの視界を朱に染める。

「馬鹿な……」

 まさかこうもあっさりと負けるとは、ジェスターは思いもしなかった。

 ディアスは後期になってから遅れを取り戻そうと必死に鍛錬を続けてきた。そしてシェーナとも手合わせし、高速で飛んで来る魔法を避け続けている内に、動体視力や反射神経が鋭くなり、ジェスターの動きや剣捌きが前と較べ物にならない程見えていた。

 敗者にかける言葉はない。ディアスは茫然自失しているジェスターを残し、武舞台を退場した。


 後期の魔道士学部のトーナメントでは魔法剣が流行った。殆どの生徒が剣に魔法をかけて戦ったが、どれも中途半端な者ばかりだった。授業にないことなのだから、それは仕方ないだろう。例外がシェーナとトレイシアだった。


「やはり独学では無理ですな」

「うむ。では来年度からは例の報告書に基づいて作った、魔法剣の授業カリキュラムを取り入れて行く方向で、話を進めていくとしますか」

「しかしそんな中途半端な事に、大切な授業時間を割くことは反対です!」

「いやいや、見たまえ。トーナメント予選から今日まで魔法剣を使おうとした生徒は、全体の八割いる。皆が望んでいる事なのですよ」

「そうですとも。それにディアスとシェーナの成長ぶりを見たまえ。他の学校に対して圧倒的な戦力になる。今回のトーナメントには、王立騎士団長並びに魔道士団長が見えられている。上手くいけば国からの援助金を増やせるかもしれません」

「そうですな。それに騎士団長、魔導士団長はきっと魔法剣を使用した生徒の話を王宮でするでしょう。そうなれば他の学校にも噂が飛ぶでしょう。これは避けられない事です。ならば他の学校よりも早く、魔法剣の授業を取り入れるべきです。我らの学校が魔法剣を最初に広めた学校として、後生に残すために」

「しかしディアスめ。ジェスターとの試合に魔法剣と使わないとは……。これではデモンストレーションにならないではないか」

「いやいや、フィリアとの戦いだけでも十分ではないのか?」

「駄目だ。両団長とも、あれくらいの者はいくらでもいると言っておる」

「はったりではないのか?」

「いやわからぬぞ。王国の暗部には、我々の想像を遙かに超える超人達がいるとの噂だ」

「もっと見せつける必要があると言うわけか。となるとディアスはともかくフィリアは少し役不足だな。担任の私から見てディアスはその力を全て出し切っていない。魔導士学部の優勝者と是非戦わせて見たい」

「それは私も思っていたよ。是非戦わせよう」

「なら今年のトーナメントに少し修正を加えますか」


「やっと戦えるわね」

 トレイシアは武舞台の上でシェーナに言った。

「そうね。あなたの剣の腕、見せてもらったわ。なかなかやるじゃない」

「そう言っていられるのも、今の内よ。魔法でも剣でも貴方を圧倒してみせるわ」

「やれるものならやってみなさい!」

 そして試合の合図が上がり、両者共間合いを取るために離れた。

「風の精霊よ……」

「炎の精霊よ……」

 両者共円を描く様に動きつつ、次々と魔法をため込んでいく。

 先に間合いを詰めたのはシェーナの方だった。

「風の精霊よ。我集めるは大気の怒り、我求めるは蒼き怒号。汝我を導く蒼き雷光となりて刃に宿れ! ブルー・ライトニング・セイバー!」

 シェーナが天に掲げた剣に、蒼い雷光が降臨し、多重の螺旋を描きつつ剣を覆った。

「火の精霊よ。踊れる破壊の源よ。我が内に宿りし熱き情熱の炎を持て、我が剣に集え! フレイム・グラディウス!」

 対してトレイシアは波打つ爆炎を剣に宿らせた。

「エアストリーム!」

 シェーナは間合いに入る前に、ため込んでいた突風の魔法を放った。しかしトレイシアは避け方を知っていた。無理に留まろうせず、風に乗るように大きくバックステップして後退する。

 シェーナはそこへ唱えておいた魔法を放った。

「ムーンライト・ファランクス!」

 シェーナの手から、十数本の光線が不規則な軌道を描いて打ち出された。そしてその光線が全てトレイシアに多方向から襲いかかる。

「アンチ・マジカル・ディフェンス・シールド!」

 しかしトレイシアも唱えて置いた対魔法防御障壁で、全ての光線を防ぎきる。

 その間にシェーナは間合いを詰める。

「アンチ・フィジカル・ディフェンス・シールド!」

 更にトレイシアが対物理防御障壁を唱える。

「ディスペル!」

「カウンター・スペル!」

 トレイシアの防御障壁を砕こうと、シェーナが解呪の魔法を放つと、それを予想していたトレイシアが、解呪の魔法を対抗魔法で打ち消した。

「ディスペル!」

 しかしシェーナは再び解呪の魔法を放った。

「ちっ。カウンター・スペル!」

 トレイシアは保険のためにもう一つ唱えていた、対抗魔法で更に打ち消す。

「ディスペル!」

 だがシェーナは更に解呪を放った。

「くっ!」

 トレイシアの対物理防御魔法を砕け散る。

 そしてシェーナは剣の間合いまで距離を詰めていた。全ては予測の範疇だった。

「はっ!」

 ギィィンッ!

 シェーナの稲妻の剣と、トレイシアの炎の剣が激突し、激しい稲妻と炎を放った。

「せいっ!」

 シェーナは更に横薙ぎに剣を振るった。

 トレイシアは後ろに下がって避けるが、シェーナは更に踏み込んで、返す剣で横薙ぎに剣を振るった。

「くっ!」

 トレイシアは剣を縦にして受け止めるが、その瞬間シェーナは激突する反動を利用して、その場で高速回転すると、遠心力の乗った重い斬撃をトレイシアに叩き込んだ。

 パキィンッ!

 トレイシアは対魔法防御障壁を破壊されて吹っ飛ばされた。

 しかしまだその下の変色障壁は黄色いままだった。

「ライトニング・ブラスト!」

 そこへ追い打ちをかけようと、シェーナが稲妻の魔法を放つ。

「ウィンド・レジスト!」

 トレイシアは体制を崩しながらも、対風防御障壁を放って防いだ。

「ディスペル!」

 更にシェーナはその防御障壁を解呪しつつ、間合いを詰めて剣を振りかぶった。

(いったい何発解呪をため込んでいるのよ!)

 トレイシアは剣でシェーナの剣を受け止めようと、迫り来る剣に剣を合わせる。

「ディスペル!」

 シェーナは今度は、トレイシアの剣にかかった炎の魔法を解呪した。

「なっ?」

 トレイシアは驚愕した。魔法のかかっていない剣はただの鋼の塊である。魔法のかかった剣を受け止める事はできない。シェーナの稲妻の剣は、まるでバターを溶かしながら進む様に、トレイシアの剣を切り落としつつ、トレイシアの銅を薙ぎ払った。

 トレイシアの変色障壁が真っ赤になった。そして気づいた。シェーナは剣にかける魔法以外、一発も上級魔法を放っていないのだ。

「あなたの戦い方は完璧だわ。でも完璧すぎるの。だから読みやすいのよ。それに……」

 シェーナは剣にかかった魔法を振り払いながら解く。

「あなたの剣の腕では、私の剣を受けるには、まだ……未熟!」

 そう言ってシェーナはゆっくりと剣を鞘に収めると踵を返した。

(……決まった!)

 シェーナは自分に酔っていた。しかしそのせいで興奮したフィリアが卒倒し、ディアスに介抱され、その事を後で知ったシェーナが一騒動起こす事になるとは、今はまだ思ってもみなかった。


 二学年目のトーナメントが終わり、見事ディアスとシェーナは優勝を果たした。これで終わりと思った二人がホッとしていると、突然闘技場に緊急特例放送が流れた。それは今年度の後期に限り、各学年の剣術学部と魔道士学部の優勝者が、トーナメント終了後に試合を行うと言う内容だった。

 そして四学年目のトーナメントが終わった次の日、冬休みを一日削ってまで行われる試合が開始された。

 各優勝者は試合に出場する事を義務づけられたが、他の生徒は予定通り冬休みになった。剣術学部のトーナメント優勝者と、魔道士学部のトーナメント優勝者が戦うのである。闘技場には冬休みだと言うのに、殆どの生徒が闘技場に集まっていた。中には予約した馬車のチケットをキャンセルまでした生徒も少なくない。

 一学年目の対決は、たいした盛り上がりもなく、魔道士学部の生徒があっさりと勝った。

 今日の目玉は一学年の対決でも、三学年でも四学年でもない。二学年目のディアスとシェーナの戦いであるのは、誰の目にも明らかだった。魔法剣をまともに使い始めた二人の戦いである。これから魔法剣を極めようとする生徒達は、決して見逃す事のできない戦いだ。

『皆さん! お待たせいたしました! 今日のメインイベントと言っても過言ではない試合が始まろうとしてます! まるで学校側が仕組んだとしか思えないこの試合……あっ、すみません。すみません。口を慎ます……えっとっ……。ごほん。失礼しました。誰もが夢見た対決が、今始まろうとしています。果たして勝つのはディアスか!? シェーナか!?』


「ふふふふ。私が勝ったら何をおねだりしようかなぁ」

「勝つのは俺だ。俺はもう決まってる。勝ったら昼飯一ヶ月シェーナのおごりだ!」

「もう。みみっちいわね」

 なんと当の二人は自分達の対決に賭け事をしていた。負けた方が勝った方の言う事を何でも聞く事になっている。

「決めた!」

「何にしたんだ?」

「今は教えないわ! 教えて欲しかったら負けなさい!」

「普通逆だろう!?」

「負けたら恥ずかしいから教えないわ」

「……気になるぞ」

「ふふふふ。あなたはもう私の術中にはまったのよ。気になるでしょう?」

「……術だとばらしていいのかよ?」

「うっ。しまった……」

「やっぱりシェーナって天然だ」

「なっ! 違うって言ったでしょう!」

「そうかなぁ」

「……その事に関しては後でゆっくりと話し合いましょう」

「可愛いと思うけどなぁ」

 シェーナは美人だとか綺麗だとか言われる事が多かったが、可愛いと言われる事は殆どなかった。だからディアスに言われて動揺した。

「かわっ……うぅ」

 シェーナは真っ赤になって俯いた。

「照れた顔も可愛いな」

「はうっ。ディ、ディアス。あ、あなたわざと言ってるでしょう!」

「いや、まじめに言ってるけどなぁ」

「ディアスこそ私を術にかけようとしてるのね!」

「そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ。後でゆっくりと話し合うか」

「わかったわ。そろそろ始めましょう」

 シェーナは剣を抜いて構える。ディアスも剣を抜いて構えた。

「ディアス対シェーナ……始め!」

「光の精霊よ。天空より御下りて我が剣に宿れ! スカイ・レイ・ソード!」

 ディアスは間合いを詰めつつ、光属性の魔法を剣にかけた。

「あまたに漂う風の精霊よ。汝我に一条の雷光をれに授けよ。されば轟く雷鳴を響かせん! ライトニング・イプシロン!」

 対してシェーナは風の最上級魔法を剣に掛けつつ後退した。

「光りの精霊よ。闇を滅ぼす光球となれ! レイ・ブリッド!」

 ディアスがシェーナの足を止めようと、光弾を放つ。

 しかしシェーナは後退するスピードを落とさず、光弾をかわしつつ呪文を唱えた。

「闇の精霊よ。踊れよ踊れ、我が手の上で。舞えよ舞えよ我が意思よりて」

 それはディアスの知らない魔法だった。

「さすれば我は汝に魔具を授けん! ブラインド・ソード・ダンシング!」

 シェーナの魔法が完成すると同時に、シェーナが腰からぶら下げていた革ベルトから、魔法の文字がびっしり彫り込まれた六本の短剣が、弾かれるように飛び出した。そして宙を舞いシェーナの周りをぐるぐると回り出す。

「はっ!」

 シェーナの掛け声と共に、短剣達がディアスへ襲いかかる。

「おもしれぇ!」

 ディアスは襲いかかって来る短剣を次々と光りの剣で弾き返した。

 短剣はシェーナが動かしているが、実際にシェーナが手で振るっているわけではないので、ディアスにとって何の驚異でもなかった。もっともシェーナも短剣の遠隔操作だけでディアスを倒せるとは思っていない。この攻撃は次の攻撃の複線だった。

「ムーンライト・ファランクス!」

 シェーナが光線を放つと、短剣達はいっせいにディアスから離れた。

 拡散するように放たれた光線達は、あるいは直接ディアスを狙い、あるいは短剣に弾かれて真横からディアス襲いかかり、あるいは短剣に弾かれてディアスの後ろから回り込んだ。多方向からの一斉攻撃である。しかも短剣に弾かれて、光線達は曲がり出したのだ。

 しかしディアスは驚異的な反射神経と感で、全ての光線を避け、弾き、受け流した。

「ラピット・ブリッド!」

 シェーナはディアスが回避行動に専念している所に、超高速の光弾を放った。しかしシェーナはその瞬間ゾクリと寒気を感じ、とっさに横に飛んだ。

「けりゃぁ!」

 ディアスは瞬時に剣で光弾を弾き返した。

 光弾はシェーナがいた場所を通過し、背後の武舞台を包み込む防御フィールドに激突し、爆発と共にフィールドを激しく振動させた。とっさに避けていなかったら、今の一撃で終わっていたかもしれない。攻撃していたのに、いつの間にか攻撃されている。一瞬の隙が命取りだ。

「エア・ストリーム!」

 ディアスがお得意の突風の魔法を放つと、シェーナは意識を集中して、短剣達をディアスと自分の間に、円を描くように集めた。

「シールド・オブ・リフレクション」

 短剣達を基に鏡の様な魔法陣が現れた。そして風が鏡の魔法陣に激突すると、そのままの勢いで、ディアスに吹き返した。

「ぐおっ!」

 予想だにしなかった対抗手段に、ディアスはまともに突風を喰らって後退した。

 間合いを十分に開けたシェーナは、次々と魔法を貯め込んでいく。

 遅れてディアスもシェーナに対抗するために、魔法を貯め込む。

 ディアスは押されている事を自覚した。いくらシェーナの攻撃魔法を避けても、なかなか剣の間合いに入れないでいる。しかもあの短剣達は意外とやっかいだ。しかし踊れる短剣達の弱点を発見してしまった。

「フリジット・ブリッド!」

 ディアスはシェーナに冷気の塊を撃つと見せかけて、短剣を狙って冷気の塊を放った。

 氷付いた短剣達は、氷の分だけ重くなり地に落ちた。

 ディアスはシェーナが動揺した隙に、もう二つほど短剣を凍りづけにすると、シェーナは短剣達を放棄して、次の攻撃手段に移った。思い切りが良くて、的確な判断だ。

「ライトイニング・アロー!」

 シェーナは稲妻の矢をディアスに向かって放った。

「アンチ・マジカル・ディフェンス・シールド!」

 対してディアスは対魔法防御障壁を張って防ぎつつ、シェーナに向かって間合いを詰める。しかしシェーナの猛襲はこれから始まった。

「ファイアー・ボール!」

 炎の玉がディアスに襲いかかり、対魔法防御障壁が砕け散る。ディアスは魔力が低い分、対魔法防御障壁を張っても、シェーナの魔法を一、二発くらいしか防げない。

「アンチ・マジカル・ディフェンス・シールド!」

 それでもディアスはため込んだ防御障壁を再び張る。

 シェーナは次々とため込んだ魔法を放った。

 無数の稲妻が、炎の波が、氷の刃がディアスに次々と襲いかかる。

 ディアスは対魔法防御障壁を砕かれつつも、懲りずに次々と対魔法防御障壁を張り、間合いを詰める。

(全てはこのために!)

「プラズマ・ブリッド!」

 シェーナは中級魔法の中に一発だけ上級魔法をまぜた。しかも見た目はさほど派手ではない奴だ。

「はあっ!」

 しかしディアスは凄まじいプレッシャーのかかった雷弾を見極め、剣で受け流した。防御障壁で受けるか、剣で弾き返そうものなら、その場で爆発していただろう。それを証明するかのように、ディアスの斜め後方の防御フィールドに激突した雷弾が、稲妻をスパークさせ、巨大な雷光と轟音をともなって爆発した。まさに驚異的な感である。

 ディアスはその光りを背に、一気に間合いを詰めた。

「はっ!」

 光りの矢の様な突きがシェーナの喉へと迫る。

「テレポート!」

 しかし光りの刃が届く前に、シェーナは空間を渡った。

「はっ!」

 現れたのはディアスの真後ろだった。シェーナは現れたと同時にディアスに向かって、稲妻の剣を振り下ろした。

「テレポート!」

「なっ!?」

 シェーナはとっさに後ろを振り向いた。自分なら後ろに現れるからだ。

 しかしディアスは剣が通り過ぎた後に、同じ場所に現れた。百八十度向きを変えて。

 そしてシェーナの一瞬の隙を突くように、ディアスの斬撃がシェーナを襲う。

「せいっ!」

「くぅっ!」

 シェーナは体勢が悪かったが、それでも強引に身をひねりつつ、ディアスの剣を受け止めた。それは本当に偶然だった。シェーナの背筋がゾクッと冷たい汗を流す。

「はっ!」

 そんな事知ったこっちゃないディアスは、更に光りの斬撃を繰り出した。

 シェーナは何とか後退するが、ディアスはその動きに合わせて間合いを詰めつつ剣を振るう。

(この動き……)

 いつもシェーナはディアスに稽古をつけてもらっていたので、ある程度ディアスの癖を知っていた。

(ここよ!)

 ディアスの斬撃の合間を縫うようにして、シェーナの剣がディアスの剣を受け流し、そのままシェーナの剣は、流れるようにディアスの肩口へ弧を描いた。ディアスに教えてもらった返し技だ。

 ギィィンッ!

 ディアスの変色障壁が黄色く染まる。

 ディアスはとっさに身を捌いて避けたのだが、避けきれずにかすったのだ。

「せぇえい!」

「くっ!」

 ディアスの剣が閃いたと思ったら、凄まじい剣気がシェーナの頭上から襲ってきた。

 シェーナがとっさに剣を上げるが、斬撃は上からこなかった。

 ディアスの斬撃は唐竹でも袈裟斬りでもなく、横薙ぎだった。フェイントだ。

 ギィィィンッ!

 駆け抜けるようにして振るわれた横薙ぎの斬撃が、シェーナの防御障壁を真っ赤に変えた。

「うそ……」

 シェーナは呆然として剣を落とした。

 シェーナは負ける事が怖かった。総合主席を取るために不利になるとか、そんな事じゃない。負けることによって、ディアスが興味をなくしてしまうのではないかと思ったからだ。

「今回は俺の勝ちだな」

 ディアスが振り向いて言った。

 審判がディアスの勝利を告げ、アナウンサーが絶叫していたが、シェーナには単なる雑音にしか聞こえなかった。それ程どうでもよかった。大切なのはディアスが自分をどう思うかである。

「今回……?」

「ん? 何だ。もうお終いにするのか?」

「や、やだ。次は絶対に勝つ! 勝つまで戦う!」

「勝つまでかよ」

「そうよ。私が勝ったら今度はディアスが挑戦する番だからね!」

「当然だな。その前に負けないけどな」

「あっ。言ったわね。絶対に勝って見せるわ」

「それにしてもさっきのは危なかった。剣で負けちゃ洒落にならないな」

「ふふふふ。次は危ないどころじゃなわいよ。まぁその前に絶対間合いに入らせないけどね」

「お互い修行が足りないって事だな」

「そうね。でもまだまだお互い時間があるわ」

 ディアスはシェーナの剣を拾い、シェーナに手渡した。

 シェーナは剣を受け取るとディアスの手を取って握手した。

 二人は歓声に包まれながら、武舞台を後にした。


 翌年度、王から勅命で魔法剣の授業が正式に取り入れられる事が決まった。

 二人の生徒を中心に、新しい風が今、シャルトンに吹き荒れようとしている……

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