ギルド
「……君は、転生者だね?」
「…………は?」
開口一番で身バレしてますやん。
俺は思わず呆けた声で疑問符を浮かべていた。
カインさん曰く、俺のような転生者は数十年に一度の割合で必ず現れるのだそうだ。
一人の時もあれば複数の時もあり、その時々で様相は変わると言う。
カインさん自体が実在の転生者を見るのは、恐らく俺が初めてなのだそうだ。
冒険者ギルドの幹部クラスには通達が行っており、話だけは聞き及んでいた、と言うのがことの顛末らしい。
受付嬢からプレート更新の話を聞き、アイアンプレートでありながら記録には既に魔獣と呼べる代物の討伐記録まで添付されていたそうだ。
そこでもしやと思いカマを掛けてみた、と言うことみたいだが、何してくれてんだよあのクソ自称神は!
「勿論、このことは他言無用だ。成り行きとはいえ、話を聞いてしまったそちらのお嬢さんもね」
とんだとばっちりだろう。
そんな眉唾に等しい話、誰が信じるだろうか。
「ただまぁ、この等級のプレートと彼の身のこなしが釣り合いが取れてるか、なんてのは素人が見てもきっと明らかだっただろう。なんせ、君が伸した連中ってのはここの界隈じゃ割と有名なギャングでね。中にはシルバー上級の猛者も居る」
シルバー上級ってのは冒険者ランクの呼称の一つだ。
最上位のブラックから最下位のアイアンまで、全六段階で構成されているランクだが、シルバーは下級、中級、上級と三段階に更に細分化されるらしい。
唯一細分化がされていないのがブラックとアイアン、この二種類だけだ。
三段階に細分化されているのはゴールドとシルバー、プラチナとブロンズはそれぞれ二段階まで細分化されているらしい。
「……そ、それなら、このことを黙ってる代わりに条件があります!」
徐にステラは真剣な眼差しを向けながら顔を上げる。
「ほう、それは脅しかな?」
「いいえ、交渉です」
ニヤリと笑ったカインさんに対して、ステラは真っ向から彼の顔を見据えて言い切った。
大した胆力だ。
多分だけど、カインさんの方は相当に場馴れもしてるし経験も豊富だろう。
それこそ、こうした交渉ごとにはなおのこと煩いだろうし、慎重で計算高いはずだ。
そんなのを前にして交渉と言い切る辺り、強いと感じた。
「……ぷっ、はっはっは!いやいや、胆の据わったお嬢さんだ。宜しい、私で対応出来ることならその条件を飲みましょうか」
真剣な眼差しだったカインさんは小さく吹き出しながらすぐに破顔し、笑いながらうんうんと頷く。
人が悪い。
ステラすらもこの人は試したんだ。
「私に、無償で冒険者資格の発行をしてください。それが、条件です」
これも自称神からの知識だが、この世界では誰でも冒険者にはなれるが、その為には一年を通してアカデミーのような所で学びを得なければならないらしい。
所謂元居た世界で言うところの、職業訓練校のような場所だろう。
当然ながらそこに通うには相応の金額が必要であり、現時点で支払能力がなければ借金って形でアカデミー側や冒険者ギルドが入金の肩代わりをしてくれるのだそうだ。
「ほほぅ、それはまた大きく出ましたね」
流石に二言返事で頷く内容ではない、か。
「何故、冒険者になりたいのかな?」
「何かを産み出すことは出来なくても、何かを見付けることは出来るから」
どういう意味だ?
問い掛けたカインさんも少し意味が解らないと言った様相だけど、唯一確かなのはステラの目は本気ってことだ。
「ふっ、久方振りにそんな目をする若者を見ましたよ。良いでしょう、私の権限でその辺りは融通を利かせてみせますよ」
カインさんは頷きながらパンッと両手を一度だけ合わせるように叩き、再び視線を俺の方へ戻す。
「さて、では憂いが消えたところで本筋に戻りましょうか。ヘルフラットくん、このサンライズ王国では、おおよそ百年程前に転生者の記述があった」
「百年前!?」
そんな昔、とも思ったが俺が元居た世界と並列に時間軸が進んでいたとは限らない。
そう、それこそ俺と同じタイミングで転生はしたものの、相手は百年前へ、俺はその百年後へ、そんな時間操作がされていても不思議はない。
「元来、転生者とは特異な力を持ってこの世界に舞い降りることがほとんどと聞く。大抵はその世代で大偉業を成し、後世にもその名を刻むほどに語り継がれることがほとんどなのだ」
つまり、俺にも何かをさせようってのか?
冗談じゃありませんよ。
俺は平穏にかつ、時々スパイス程度の刺激があればそれで十分なんだ。
ただ、長い物には巻かれろ、とも言う。
逆らったところで良いことなんて何もない。
と考えた場合、カインさんに従わないと後々面倒なことになりかねない、とも推測できる。
はぁ、俺の転生ライフは早くも頭打ちってことか!?
「君は、どうしたい?」
「はい?」
質問の意図が解らず、俺は小首を傾げる。
「一先ず君が転生者だと知っているのは、この場に居る者だけだ。最悪最低の結末の一つとして、今君がこの場で私と彼女を亡き者にすれば、君の秘密は守られる。最も、お尋ね者にはなるだろうがね?」
無茶苦茶なことを言う。
俺がそんな極悪非道に見えるのか!?
ステラもなんか少し怯えたような目でこっち見るのやめて!?
「しないからね!?」
「ひぃ!」
悲鳴上げちゃってるじゃん!
「はっはっは!いやいや、まぁ冗談はさておき、我々冒険者ギルドとしても君の力は正直宛にしたいのが本音なのだよ」
つまるところ、俺の力を手元に置いておきたいってことなのだろう。
正直縛られるのは好ましくない。
これまでが縛られてきた人生だったからか、縛ると言うワードには殊更に拒否感が強い。
なので俺は率直に問い掛けた。
「つまり俺を手元に置いて、監視しておきたいってことですか?」
ザワッとした感覚。
意図していなかったとはいえ、どうやら殺気が滲み出ていたようだ。
初めて自称神を見たときに抱いたのと似た感覚。
だが、俺の殺意を前にしてもカインさんは微動だにしなかった。
「ふふ、良い気配だね。とてもアイアン等級が出せる代物じゃあない。勿論、君を縛る権利も権限も我々にはないよ。そこで、君とも脅しではなく、交渉をしたい」
カインさんの提案はこうだ。
今後も冒険者として活動し、冒険者自体の格を上げて欲しいと言うもの。
今現在、この世界で活動する冒険者の総人口はそう多いものではないそうだ。
理由の一つが実りが少ないこと。
ロマンだけで飯は食えない。
それでも、大成して名を轟かせている冒険者が多いのも事実だった。
実力の認められた冒険者は、国から許可を得てギルドを創設することが出来る。
今、この世界に存在するギルドは国が創設した冒険者ギルド、魔術の研究を主に行っている魔術師ギルド、治癒や治療などを目的とした治療院ギルド、商業を前提とした商いギルド、武器防具の製造販売を目的とした鍛冶ギルドがあり、これを五大ギルドと呼称している。
それとは別に、個人が設立して運営しているギルドがあり、通称ファミリーとも呼ばれているものがある。
まるで海外マフィアの呼称みたいだな、とこれは直感で感じたことだ。
それぞれ冒険者として成功を収めた奴がギルドマスターとして君臨しているらしく、二つ名みたいなのを持っており、それを掲げてギルドと名乗っているらしい。
つまり剣聖なんて二つ名を持っていれば剣聖ギルド、のような呼ばれ方をされているってことだろう。
話が逸れたが、つまりはこうした先達たちと道を同じくし、冒険者の名を今よりも更に知らしめて欲しいと言うことみたいだ。
無名からの成り上がりは好きな部類だが、はてさて。
「話は解りました。でも、そう言うことなら流石に俺一人って訳には行きませんよね?」
「そうだね。そこで、お隣に居るお嬢さんを目として君に宛がう」
俺とステラは揃って顔を見合わせる。
「彼の下に居れば、いずれは何かを見付けることが出来るかもしれませんよ?」
可愛い子と冒険できるのは非常に有り難いことだけど、彼女の意思は無視なの!?
「そう言うことなら、お願い!」
即答!?
最近の若い子は決断力段違いに早いの!?
もっと迷わなくて良いわけ!?
紆余曲折を経てこういうのって決まるもんなんじゃないの!?
「ヘルフラットくんは、如何かな?」
そして俺にも即決を迫ってくるクライアント。
出会って数分で纏まった商談なんて一度としてない。
だと言うのに、今目の前にある話は纏まろうとしている。
が、確認事項はまだある。
「契約成立の前に、俺がその提案を受けるメリットはなんです?」
「……ふむ、最もな意見だね」
彼の顔が如実に語ってる。
意外と賢いじゃないか、と。
大きなお世話だ!
「一つ、冒険者ギルドからの全面的なバックアップを約束しよう。衣食住に置ける生活面の保証。クエストの依頼に関する優遇。五大ギルドとの橋渡しに必要な書簡の作成とかね?」
正直悪くはない。
本来であればアイアン等級から地道なクエスト依頼をこなして、生活費諸々の収入を稼ぐか旅をして行かなくてはならないが、それらが最初からクリアされてるのは正直有り難い。
そして、確実にこの五大ギルドとは所縁を結んでおきたいところだ。
その縁をこの場で作ってくれると言うのなら、それは願ってもないことだろう。
今後の活動に置いて、手間や不手際が減るのは俺としても都合が良い。
何より、縛られることなく自由にしてても良いと言うのなら、これほどに楽なことはないはずだ。
「解りました。ただ、きっと貴方たちからの依頼クエストとなれば、難題であることは明白ですよね?」
カインさんの眉がピクリと跳ね上がる。
図星なのだろう。
この契約が交わされれば、彼らは大手を振って面倒な依頼を俺に押し付ける腹積もりでもあったんだろう。
俺自身も正直この身体を使いこなせていない。
それに、仲間も必要だ。
必要な期間は、ざっと見積もって三ヶ月。
せめて形にするにはそれくらいは必要だ。
「俺がこの世界を知る意味も含めて、準備期間をください」
「なるほど、それも最もな意見だ」
カインさんは少し考える素振りをみせてから大きく頷く。
「賜った。それで構わない。契約は成立かな?」
「ええ、宜しくお願いします」
俺とカインさんはガッチリと固い握手を交わし、互いにニヤリと意味深な笑みを互いに浮かべるのだった。
※※※
カインさんの肩書きは本物だった。
別れたその日の内に冒険者ギルドで所有している宿屋兼飯屋を紹介し、話も通しておいてくれた。
余計だったのは、俺の冒険者プレートがアイアンからシルバー下級にまでランクアップされていたこと。
いきなり冒険者見習いを強制卒業させられた。
要因としては、アイアンプレートではおおよそ倒すことは無理とされている魔物の討伐記録が記されていたからだ。
クソ自称神め、またやらかしてくれた。
ステラもあの後で冒険者登録を行い、無事アイアンのプレートを獲得した。
改めて彼女を見て思ったのは、お世辞抜きに顔立ちの整った子だな、と言う印象。
一先ず、俺たちは紹介された宿屋の一階部分の飯屋で今は昼食を摂っている。
「貴方って本当に凄かったのね」
「どういう意味でさ」
うん、このお肉旨い!
油が乗っててジューシーで、はぁ……異世界飯、これはたまりませんなぁ!
「その、異世界って言うの?どんなところから来たのよ」
大っぴらに話しても良いものなのかは解らないけど、まぁカインから止められてるわけでもないし、構わないのかな?
俺は少し話をかいつまんで話しつつ、この世界にはないもの、逆にこの世界にしかないもので話を纏めた。
「へぇ、鉄の塊が空を飛ぶの!?」
「まぁね。逆に教えてよ、この世界のこと。特に種族とかさ」
街中を歩いてても思ったが、解りやすいくらいに多種多様な種族が行き交っていた。
ラノベやゲーム知識で言うなら、エルフ、ドワーフ、リザードマン、オークっぽいのは確認した。
しかも種族間でも特にいがみ合ってる様子はない。
和気藹々とした様相が見て取れた。
「……あとはねぇ」
大方の予想通り、先に上げた種族の名前が出てきた。
やはりと言うか、なんと言うか、改めて異世界に来たんだなと実感出来る。
「あ、そうそう。猫人族と人狼族は注意ね。パッと見はヒューマン族と変わらないんだ」
「へぇ、そんな種族も居るんだ」
驚いた。
つまりは、満月の夜になると力を発揮する的な制約とかもあるんだろうか。
「見た目そのまんまなのだと、シーキャット族とワーウルフ族かな」
割と種族が多い。
ヒューマン、エルフ、ドワーフ、リザードマン、オーク、シーキャット、ワーウルフ、猫人、人狼。
多種多様にもほどがあるだろ。
覚えるのにも苦労しそうだ。
「大体こんなところかな?」
「なるほど、ありがとう」
俺はお礼を言いながら食事の代金を出そうとすると、それをステラが両手で制する。
「あーっ!ダメ、ダメよ!助けてくれたお礼、私がするんだから!」
しかしなぁ、女の子に支払をしてもらうって言うのもなんだか気が引けてしまう。
何より彼女からの提案は、一緒にご飯を食べること、だったはずだ。
奢ってもらう、とまでは言っていない。
うん、俺は記憶力も良いんだ。
「それなら、もうお礼はもらったよ」
「……え?」
俺は人差し指を立てながらにっこりと微笑んで告げる。
「ステラのお礼は、俺とご飯を食べること。こうして一緒に食事はしたんだから、もうチャラだろ?」
「ぁ……」
ん、なんか変なこと言ったかな?
俯いてしまった。
余計なことを言ってしまっただろうか。
仕来たりや風習までは網羅してなかったからな、やらかしたか?
「ご、ごめん、俺何か……」
「ううん、違うの!その、何でもないから!ちょっと部屋に行ってくるね!」
ステラはそれだけを早口で捲し立てると、凄い勢いで立ち上がって二階へと駆け上がっていく。
俺がポカーンとしてると、飯屋のおばちゃんが食器を下げに現れる。
「お兄さん、中々隅に置けないねぇ」
「はい!?」
おばちゃんはニヤニヤしながらテーブルの食器を片付けつつ、料金を告げてくる。
「青春ってやつかい?ふふ、良いねぇ若いってのは。銅貨三枚のところ、二枚にまけといてやるさね」
謎の値引きに成功し、俺は取り敢えず銅貨二枚を支払う。
取り敢えず、食後の酒、と洒落込みたいところだが、この世界ではアルコールはどんな定義になってんだろうか?
俺は近くで食器の片付けをしていたこの店の看板娘、アリエッタさんに声を掛ける。
「アリエッタさん」
「はーい!あ、確か今日から上にお泊まりしてる子ね」
さっきのおばちゃんの愛娘らしく、親父さんもシェフで、親子三人でこの店を切り盛りしてるんだとか。
「どうかしたの?」
少しだけ聞きかじった知識だが、ファンタジーものは往々にして中世ヨーロッパ時代などをデザインの根幹に置くことが多いらしい。
で、その当時の子どもたちが常飲していたのが、水で薄めたエールやワイン、シードルと呼ばれるリンゴや梨の果汁を発酵させたものを主に飲んでいたそうだ。
であるならば、こうした世界にもあるかもしれない。
「シードルってあります?」
「え?」
「え?」
アリエッタさんはキョトンとした顔で俺の顔を見返す。
俺はまた何かやらかしたのだろうか。
「え、本当にシードルで良いの?エールやワインじゃなくて?」
ビンゴだ。
俺くらいの歳だと、最早シードルではお子さま認定、つまり!
俺は、酒が飲める!
「ははは、冗談ですよ。エールいただいて良いですか?」
「ふふ、変な冗談が好きなのね。ちょっと待っててね、直ぐに持ってくるわ」
斯くして、俺は異世界で初の飲酒に興じることが出来た。
異世界でよく飲まれているエール、所謂ビールだが、格別に旨く感じる。
単純に味わいも良い。
日本のビールは当然ながらに慣れ親しんだ味わいだったが、これは風味もついていて実に良い。
幸先が良い部類には入るのだろうか。
とにかく、俺の冒険者としてのスタートは割と穏便にスタートが切れたと思う。
明日からは信頼の置ける仲間探しだ。
そんなことを考えながら、既に二杯目を注文して歯止めが利かなくなっている。
明日の朝は、多分頭痛との格闘からスタートだ。




