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第82話:空中戦を制する者

炎竜との初戦を終え、魔石を回収したカイトたちは、さらに断崖に沿って進んでいた。

 右手に荒々しく波打つ蒼い海、左手に溶岩が滴る赤黒い岩壁。その狭間にある細い獣道を、イストが先頭に立って警戒を怠らず進む。上空からは絶えず熱風が吹き下ろし、カイトの肌を容赦なく焙っていた。


「グルゥ!!」


「……来るぞ、上だ!」


カイトが叫ぶよりも早く、ティロフィが喉の奥で鋭い警告を鳴らす。

 見上げれば、逆光の中に溶け込んでいた薄緑色の影が、翼を畳んで弾丸のごとき速度で急降下してきていた。


全長四メートル。他の竜種と比べればやや小柄だが、その分だけ極限まで洗練された飛翔能力を持つ竜――『空竜』だ。


「キュルァァァァッ!!」


空竜が翼を大きく広げ、急降下からの慣性を載せて羽ばたく。瞬時に周囲の大気が圧縮され、無数の透明な刃――「風の刃」が雨あられと降り注いだ。


「ティロフィ、イスト! 跳べ!」


指示と同時に、カイト自身もその場から飛び退く。

 ティロフィは力強く岩場を蹴って跳躍し、その背には、一瞬の澱みもなくイストが飛び乗っていた。


「イスト、ティロフィの機動を殺さず、姿勢を維持しろ! ティロフィ、空中戦だ!」


「御意!」

 「グルオォォォ!」


ティロフィはその巨大な翼をはためかせ、空中を飛ぶ空竜と対峙する。

 背に乗ったイストは、白の盾を構えて降り注ぐ風の刃を最小限の動きで弾き飛ばし、相棒の動きを一切阻害しない。それどころか、イストの重心移動がティロフィの旋回を助ける「舵」の役割を果たしていた。


空竜は、獲物が自らの領土である空へと飛び上がってきたことに激昂したかのように、薄緑色の鱗を逆立てた。

 奴は風を全身に纏い、空気抵抗を極限まで減らした状態で突進してくる。


「キュラァァァ!」


空気を切り裂く高周波の音が響く。

 空竜の超高速突進。正面からぶつかれば、ティロフィの巨躯であっても吹き飛ばされる。


「【挑発の咆哮】!イストはその場でジャンプ!ティロフィは一度逃げろ!」


カイトのスキルが空中で炸裂した。

 突進の軌道をずらし、逃げるティロフィへと牙を向ける空竜。そのまま追いかけようとした空竜の上から先ほどジャンプしたイストがタイミングよく落ちてくる。


「そのまま斬り裂け!」


 ティロフィが尾を大きく振って慣性を打ち消し、空中で不自然なほど急激に反転した。その瞬間、自由落下していたイストが姿勢を制御し剣を抜き放つ。


「【一閃】!」


白き斬撃が空を切り裂く。

 空竜は風の壁を盾にしてそれを防いだが、その反動で飛行バランスを僅かに崩した。

 空中戦において、ほんの一瞬の静止は死を意味する。


「ティロフィ、詰めろ! 【竜鞭】!」


ティロフィは反転した勢いで最高速のまま空竜へ肉薄した。尾が蛇のようにしなり、空竜の翼の付け根を打つ。

 「ガアァッ!?」

 空竜は必死に羽ばたき、高度を維持しようとする。さらに口から圧縮された風の塊を吐き出し、近接距離での迎撃を試みた。


だが、そこにはすでに騎士がいた。


「この間合い、逃しません」


イストは【一閃】を放った後、そのまま落ち行く空竜に追従するかのように落下していた。

 重力に逆らうように姿勢を正し。イストの身体が、一瞬だけ空中で静止したように見える。

 

 白の剣が、その存在をアピールするかのように煌めいた。


「――【一閃】」


振り下ろされた一撃が、空竜の左翼を根本から深く断ち切った。

 鮮血が風に舞い、翼を失った薄緑色の竜は、断末魔のような叫びを上げながら断崖へと墜落していく。


「トドメだ、ティロフィ!」


イストを空中でキャッチしたティロフィが、そのまま墜落する空竜を追って急降下を開始する。

 ズゥゥゥン!! と、岩場が激しく揺れた。

 地面に叩きつけられ、朦朧とする空竜の背中に、ティロフィがその巨躯で圧し掛かる。


動けない竜の首元に、ティロフィの背から降りたイストが、慈悲のない一撃を見舞った。


シュパッ、と肉を断つ音が響き、空竜の長い首が地に落ちる。

 数瞬の後、その死体は光の粒子へと変わり、霧散していった。


後に残されたのは、小さな魔石が一つだけ。


「……よくやった、二人とも」


カイトは肩の力を抜き、地面に落ちた魔石を拾い上げた。

 期待していた『空竜の宝玉』ではなかったが、イストとティロフィの連携は、いままでの経験から驚くほど磨かれている。特に、空中という不安定な足場において、互いの挙動を補完し合う動きは、すでに完成の域に達しつつあった。


「悪くない。……いや、完璧だったぞ二人とも。あの速度の空竜を仕留められたなら、この階層の主導権は俺たちが握れる」


カイトは魔石を懐にしまい、ティロフィの首を優しく叩く。

 ティロフィもまた、自身の強さを確かめるように小さく喉を鳴らした。


「さて、次は海の方だな。……海竜、奴をどうやって引きずり出すか」


夕刻まではまだ時間がある。

 カイトたちは、新たな獲物の気配を求めて、再び潮騒の響く崖路へと足を踏み出した。

 空の覇者を落とした余韻を噛み締めながらも、カイトの眼差しは、静かに牙を研ぐ深い海へと向けられていた。


『現在のジョブ:調教師(Lv.33)』

『使役モンスター:イスト(Lv.41)、ティロフィ(Lv.40)』

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