第77話:三十五層の門番、岩鮫との激闘
ゲートを潜り抜けた先、三十五層。
カイトたちの目に飛び込んできたのは、一見すればこれまでと変わらぬ「岩嶺」の風景だった。空はどこまでも高く、乾燥した空気が頬を撫でる。十数メートルに及ぶ巨石が乱立し、荒涼とした大地が果てしなく続いている。しかし、漂う魔力の密度は、先ほどまでの三十四層と比べ重く、肌を刺すような鋭敏さを秘めていた。
「変わらないように見えるけど……油断しないで」
「御意に。主、地面から振動を感じます」
イストが白の剣を正眼に構え、低く重心を落とした。
カイトはその言葉に呼応するように、自身の足裏に神経を集中させる。微かな、だが確かに一定の周期を持った微振動。何かが地底を、凄まじい速度で泳いでいる。
「……ッ、二人とも避けて!」
カイトが叫ぶのと同時、彼は後方へ大きく跳躍した。イストは風のように横へ滑り、ティロフィは力強く翼を煽って上空へと逃れる。
直後、カイトが立っていた場所の地面が爆発した。
ドォォォォン!
大量の土砂と岩片を撒き散らしながら、地中から巨大な『何か』が躍り出た。
それは、全長五メートルを超える巨躯。滑らかな流線型のシルエットは紛れもなく鮫のものだが、その体表は水など一滴も必要としない、頑強な岩の鱗で覆われている。
グランディシャーク。
三十五層の入り口を守護する中ボスであり、地中を「海」として泳ぐ異形の捕食者。
「グルァッ!」
ティロフィが威嚇の咆哮を上げる。しかし、グランディシャークは空中で一度その巨躯を翻すと、再び地面へとダイブし、波紋一つ立てずに土の中へと姿を消した。
「地中を自在に潜るタイプだ。イスト、無理に追わなくていい。カウンターで叩くぞ!」
「承知いたしました」
沈黙。
風の音だけが響く荒野に、再び不気味な振動が走る。
次はどこから来る。前か、後ろか。カイトは魔力を練り、視覚だけでなく皮膚感覚のすべてを研ぎ澄ませた。
――左だ。
地表が盛り上がった瞬間、グランディシャークが巨大な顎を開いて飛び出してきた。狙いは、一番脆弱に見えるカイト本人。だが、その牙がカイトに触れる前に、白銀の騎士が割り込んだ。
「――【流剣】!」
キィィィィン! と、硬質な金属音が響く。
イストは、鮫の突進のエネルギーを盾で正面から受け止めず、剣の面を滑らせるようにして軌道を逸らした。巨躯が空中で無防備に晒される。
「今だ、ティロフィ!」
上空で待機していたティロフィが、弾丸のような速度で急降下した。
「ガアァッ!」
【魔纏・爪】によって物質的な魔力を帯びた爪が、鮫の岩肌に深く食い込む。しかし、グランディシャークは苦悶の声を上げながらも、その強靭な尾でティロフィを弾き飛ばし、着地と同時にまたもや地中へと逃げ延びた。
「硬いな……。並の攻撃じゃ決定打にならない」
カイトは周囲を見渡す。フィールドに点在する巨石。
突如、グランディシャークが地面からではなく、近くの巨石の側面から飛び出してきた。
「来るっ!?」
鮫は岩塊の中すら地中と同じように泳ぎ、石の天辺へと辿り着いた。そこで鮫が全身を激しく震わせると、その身に纏っていた岩の鱗が剥がれ落ち、魔力を帯びて四方八方へと飛散した。
――広範囲拡散攻撃。
「くっ……ティロフィ、ブレスで相殺しろ! イストは僕の前に!」
降り注ぐ岩石の雨。一つ一つが砲弾のような威力を持ち、着弾するたびに大地が削れる。
ティロフィは喉元を赤く染め、全力の【灰の咆哮】を放つ。灰の奔流が迫りくる岩石の半分を飲み込み、風化させて粉砕していく。撃ち漏らした数発の岩塊は、カイトの前に立ったイストが【連閃】の乱舞で正確に切り刻み、主を守り抜いた。
「ふぅ……。大技の後だ、隙ができるぞ!」
巨石の頂上で、鱗を放出しきったグランディシャークが一瞬だけ硬直する。
カイトはその瞬間を逃さなかった。
「イスト、吸魔の剣でヤツの魔力供給を断て! ティロフィ、最大火力で叩き落とせ!」
イストが巨石を駆け上がる。その白き剣が、鮫が岩の中を泳ぐために維持している魔力の奔流を切り裂いた。
【吸魔の剣】。
鮫の周囲に展開されていた「岩を液状化させる魔力」がイストの剣に吸い取られ、グランディシャークは巨石の中に潜ることができず、重力に従って地上へと落下した。
「グルァァァァァァ!!」
そこへ、ティロフィの追撃が入る。
落下の衝撃で動きの止まった鮫に対し、ティロフィは最大級の魔力を込めた【竜鞭】を叩きつけた。
ベキッ、と岩が砕ける鈍い音が響き渡る。
グランディシャークの頭部が粉砕され、その巨躯が大きく跳ね上がった。
トドメを刺したのは、着地したイストの一撃だった。
「これで、終わりです」
【一閃】。
魔力を剣に集中させた斬撃が、鮫の頭部を切断した。
……静寂が戻る。
グランディシャークの巨躯は、光の粒子となって霧散していった。
残されたのは、二つの輝き。
一つは、高密度の魔石。
そしてもう一つは、鮫の骨と岩石が複雑に絡み合った、無骨ながらも凄まじい威圧感を放つ鍛冶道具。
「ドロップ品か。……『岩鮫の槌』。一発でドロップするのは運がいいな」
カイトはそれを拾い上げた。ずっしりとした重みが手に伝わる。
三十五層の中ボスを突破した。それは、カイトたちが三十六層以降でも十分に通用することの証だった。
「お疲れ様、二人とも。最高の連携だったよ」
「主の指揮のおかげです」
「グルルッ」
二体を労いながら、カイトはさらなる奥地を見据える。
『現在のジョブ:調教師(Lv.29)』
『使役モンスター:イスト(Lv.34)、ティロフィ(Lv.33)』




