第68話:頑強なる岩の階層
都営ギルド本部での歴史的な会談から一夜明けた火曜日。学園の空気は相変わらずカイトを遠巻きにする独特の緊張感に包まれていたが、当の本人の意識はすでに別のところへと向かっていた。
今日の午後は実技演習の時間だ。
最近のカイトはずっと二十一層で連携力をゆっくりと高めていっていたが状況が変わってきた。
(一ヶ月後のメディア公表……。そこまでに、今の自分たちの限界を一段階上に持っていきたい)
カイトは転送門の光を抜け、三十一層の地へと足を踏み入れた。
視界に飛び込んできたのは、これまでの草原や森とは全く異なる、荒涼とした岩場の世界だった。十数メートルを超える巨大な岩塊がいたるところに林立し、足元は鋭利な礫が転がる険しい道。吹き抜ける風には砂埃が混じり、どこか無機質な死の気配を漂わせている。
入口付近には、演習に挑む他のクラスの学生たちや、実戦で糧を得るプロの冒険者たちの姿が散見された。
カイトは、それらの視線を避けるように、わざと険しい岩塊の合間を縫って人がいない方向へと進んでいく。周知される前に不用意に召喚を行えば、無駄な騒ぎになりかねないからだ。
一時間ほど歩き、周囲に人影がないことを確認すると、カイトは足を止めた。
「……よし、ここならいいだろう」
深呼吸を一つ。魔力を指先に集中させ、空間を薙ぐ。
翡翠の光が爆ぜるように広がり、二つの影が実体化した。
「お呼びでしょうか、主」
「グルゥッ」
白の甲冑を鳴らして一礼する騎士・イストと、巨体を揺らしながら喉を鳴らす灰塵竜・ティロフィ。二体は召喚されるや否や、鋭い視線を周囲の岩場へと向け、警戒態勢に入る。
「二人とも、今日からここが僕たちの主戦場だ。前に伝えた通り、ここから先は今までの敵とはレベルが違う。この階層のモンスターは全身が鉱石や岩石で構成されていて、物理も魔法も通りにくい『硬さ』が最大の特徴だ」
カイトがそう説明し終えた、その時だった。
――ガサリ。
数メートル先にある、ただの「岩塊」だと思っていた物体が、不自然な震動を見せた。
岩の表面にひび割れが走り、そこから太い腕のようなものが突き出される。
「……ある意味いいタイミングだな。擬態していた『ガレム』だ」
立ち上がったのは、全長二・五メートルほどの、ずんぐりむっくりとした人型のゴーレム。全身が荒々しい火成岩で構成されており、関節部分からは不気味な赤い魔力の光が漏れている。
ガレムはゆっくりとこちらに視線を向けると、その重厚な右拳を高く振り上げた。
「イスト、ティロフィ! 実戦開始だ!」
カイトの号令と同時に、イストが地面を蹴った。
白の閃光が岩場を駆け、ガレムの懐へ飛び込む。彼女は最短距離で剣を抜き放ち、まずは挨拶代わりと言わんばかりに、ガレムの胴体へ鋭い斬撃を繰り出した。
キィィィィィン!!
甲高い金属音が響き渡る。鋭利なはずのイストの剣は、ガレムの岩の肌を半ばほどまで削ってから止まり、火花が散る。
「……やはり、生半可な一撃では通りませんか」
イストは冷静に呟き、剣を抜きながらすぐさまバックステップで距離を取った。そこへ、ガレムの巨大な拳が空を裂いて振り下ろされる。
ドォォォォォン!!
直撃を避けたイストの後方で、頑丈な岩盤が粉々に砕け散った。鈍重だが、一撃の破壊力は凄まじい。
「今度はこっちの番だ! ティロフィ、上から叩け!」
カイトの指示を受け、ティロフィが力強く翼を羽ばたかせた。巨体が宙を舞い、急降下しながらその強靭な尾を振り抜く。
バキィィィッ!!
ガレムの肩口に直撃した尾は、岩の装甲を大きく抉り取った。だが、ガレムは怯む様子もなく、残った左腕でティロフィを掴もうと暴れまわる。
(想像以上だな……。ティロフィの筋力でも、一撃で粉砕とはいかないか)
カイトは敵の耐久力を見極める。削れてはいるし、再生能力もない。これまでの敵よりも頑強ではあるが問題なく倒せる相手だ。
「イスト、攻撃を一点に集中しろ! 表面を叩くのではなく、削り続けて両断するイメージだ!」
「承知いたしました……【連閃】!」
イストの白き剣が、まばゆい光を帯びる。彼女はガレムの放つ大振りの殴打を、紙一重の回避と受け流しで翻弄しながら、その懐に再び潜り込んだ。
狙うは、胸部の中央。
そこにある、先ほど傷をつけた場所。
「はぁっ!!」
閃光がいくつも奔った。
同じ個所に何度も叩き込まれる剣戟に、流石の耐久力を誇るガレムでも耐えきれず、硬い背中側から、複数の岩の破片が吹き飛んだ。
「グルォォォォォン!!」
さらに追撃のティロフィが、至近距離から【灰の咆哮】を叩きつける。
爆発的な魔力の奔流がガレムを飲み込み、ついにその巨躯はボロボロと崩れ落ち、魔力となって散っていった。
「ふぅ……。一体倒すのに、これまでの数倍の手間がかかるな」
カイトは崩れたガレムの残骸に歩み寄り、ドロップアイテムを確認した。手に入ったのは、「魔石」と「頑丈な岩片」だけだ。食材のような華やかさはないが、これこそが本来の、過酷なダンジョン攻略の姿なのだ。
「二人とも、お疲れ様。……見ての通り、ここはこれまでのようにはいかない。でも、だからこそ俺たちのレベルを上げるには最高の場所だ」
カイトは空を見上げ、一ヶ月というリミットを思い描く。
「平日の演習時間は、毎日ここでレベリングを行う。敵が硬いなら、それを貫く技術を磨く。一匹に時間がかかるなら、連携を洗練させて秒数をつめる。……僕たちは、もっと強くなれる」
「はい。主の期待に応えるべく、この剣をさらに研ぎ澄ましましょう」
「グルゥ……!」
二体の頼もしい返事を聞き、カイトは再び険しい岩場の奥へと視線を向けた。
遠くで、ガシャン……ガシャン……という、別のガレムが歩く重い足音が響いている。さらに、空からは鋭い鳴き声が、岩壁の向こうからは岩を削る破壊音が聞こえてきた。
「よし、次は『ロックワーム』か『イェンシーバード』か……。どんどん行くぞ!」
カイトは自身の魔力を高め、次の獲物を求めて駆け出した。
岩嶺のフィールドに、三人の決意に満ちた足音が力強く響き渡っていた。
『現在のジョブ:調教師(Lv.21)』
『使役モンスター:イスト(Lv.11)、ティロフィ(Lv.8)』




