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第37話:効率の聖地

二十一層、静寂の森でのソロ活動を開始してから数日が経過した。

 金曜日の放課後、夕闇に包まれ始めた学校の演習場で、カイトは自身のステータスを確認し、小さく息を吐いた。


「ふぅ……。23、か」


『中級経験値ブースト』の威力は絶大だった。森での乱獲を続けた結果、大魔法使いのレベルは瞬く間に23へと到達していた。通常の生徒であれば、中級職に上がってからレベルを10上げるだけでも数週間、あるいは一ヶ月以上の時間を要する。それをわずか一週間足らずでここまで押し上げた事実は、もし公になれば都営ギルドが調査に乗り出すレベルの異常事態だ。

 だが、カイトの視線はすでにその先、遥か高みを見つめていた。


「三十層の合同攻略までに、上級職……。普通にやってても間に合うが、俺が求めているのは『間に合わせる』ことじゃない」


前世で手が届かなかった『魔王』という職。

 それを得るための「切り札」を、カイトは明日の土曜日、使うことに決めていた。


土曜日の朝。カイトが向かったのは、都内某所の寂れた住宅街のさらに奥、竹林に囲まれて今にも崩れそうな、古い元道場だった。

 かつては剣道か何かの稽古に使われていたのだろう。朽ち果てた看板にはかすかに文字の跡が残っているが、今や近所の住人でさえ近寄らない場所だ。


カイトは周囲に人がいないことを入念に確認すると、埃の積もった道場の床を、特定のパターンで叩いた。

 すると、何もない空間が陽炎のように揺らぎ、蒼白いポータルが姿を現す。


「……あったな。やはりこの世界でも、ここはまだ見つかっていない」


このダンジョン、名称『鍛錬道場』。

 かつてカイトがやり込んだゲームの中では、運営が意図的に用意した「公式レベリングダンジョン」として有名だった場所だ。攻略の面白みも、ドラマチックな背景設定もない。ただただ、強くなるためだけに存在する効率の極致。


カイトは迷わず、その青い光の中に身を投じた。


ダンジョンの中は、外見とは裏腹に清潔感のある、果てしなく続く石造りの一本道だった。

 カイトは無機質な廊下を歩きながら、この場所の特異性を頭の中で整理する。


(ここは通常のダンジョンとは違う。まっすぐ進めばすぐに出口に辿り着けるが、それでは何の意味もない。重要なのは、中間地点にある通路の先の部屋)


しばらく歩くと、カイトの右側に細い道が出現した。

 そこをしばらく進み、抜けると、そこにはバスケットボールのコートが数面入るほどの、広大な四角い空間が広がっていた。


(ここだ。ルールは単純。この部屋に入った瞬間から、一分間に三体、このダンジョン専用の魔物が湧き続ける)


カイトが広場の中央に立つと、空間にノイズが走った。

 ボトッ、という重たい音と共に、地面から銀色の塊が這い出してくる。


「プルル……」

 現れたのは、直径三メートルを超える巨大な銀色の球体。シルバースライムだ。

 その見た目は愛らしいが、質量は凄まじい。この魔物はスキルを一切使わず、ただひたすらに標的へ向かって「体当たり」を繰り返すだけの、訓練用標的サンドバッグだった。


「さて、始めようか。まずは効率重視だ」


カイトは【翡翠の杖】を掲げ、足元に『複製魔法陣』を展開する。

 一分間に三体。それは一時間で百八十体、十時間で千八百体という計算になる。

 

「【魔力矢Ⅱ】」


魔力の矢が雨あられと降り注ぎ、出現したばかりのシルバースライムを瞬時に蒸発させた。

 この魔物は耐久力こそそこそこあるが、大魔法使いの攻撃力、ましてやカイトの精密射撃の前では無力に等しい。


「……よし、湧きサイクルは完璧に把握した」


ここから、カイトの「作業」が始まった。

 一体倒せば、二十秒後に次の一体が湧く。カイトはそのインターバルを正確に刻み、最小限の魔力で確実に仕留めていく。

 シルバースライムは、倒されるたびに莫大な経験値をカイトに注ぎ込んだ。

 

 一時間経過。百八十体討伐。

 三時間経過。五百四十体討伐。

 

 単調な作業。普通の人間にこれをやらせれば、一時間もすれば精神が摩耗し、発狂するだろう。だが、カイトは元ゲーマーだ。「同じ敵を数万体狩り続ける」など、彼にとっては日常の光景に過ぎない。


(二百体倒すごとに、システムが報酬を吐き出す……)


そして六百体目を倒した時、カイトの足元にポトリと小瓶が落ちた。

 中には透き通った青い液体が入っている。


『【初級レベルアップポーション】を獲得しました』


(よし、来た。これで三本目だ)


カイトは手を止めず、落ちたポーションを拾い上げると、そのまま【宝物庫】に投げ入れた。

 


経験値による自然な上昇に加え、ポーションによる疑似的な経験値の物理的保有。

 『中級経験値ブースト』と相まって、カイトのレベルリングはここから、信じられない速度で跳ね上がっていく。


「ふぅ……。休憩だ」


昼過ぎ、カイトは一度魔法陣を解き、広場の隅で携帯食料を口にした。

 静寂の中で、一分間に三体湧き続けるスライムだけが「ボトッ」と音を立てる。カイトはそれを、まるで時計の針の音を聞くような無関心さで見つめていた。


「この調子でいけば、今日は千二百体までいけるな」


一万体。

 それがこのダンジョンの「さらなる報酬」を得るためのノルマだ。

 一日に千体ペースで進めば、十日間で終わる。


午後の部が始まった。

 カイトは魔法陣を展開し、スライムが湧き出た瞬間に「消滅」させるまでの時間を短縮した。

 

 八百体。

 千体。

 千二百体。

 

 夕闇が迫る頃、カイトは最後の一体を【魔力矢Ⅱ】で貫き、杖を下ろした。

 宝物庫には、合計六本の『初級レベルアップポーション』が入っている。


そしてカイトは一日の狩りで得た膨大な経験値を身体に馴染ませる。


『現在のレベル:33』


一日で、レベルが10も上昇した。

 常人であれば数週間かかる道のりを、カイトはたった数時間の「作業」で駆け抜けたのだ。


「……今日はここまでか」


カイトは静かに立ち上がった。

 身体の感覚に慣れない。急激な魔力の増大に、まだ意識が追いついていない。だが、確かな力がその手に宿っていることを実感していた。


「明日も、ここに来る。……一万体まで、あと八千八百体」


出口のポータルへ向かいながら、カイトは暗い道場の外を見た。

 このスピードで成長し続ければ、三十層の合同攻略が始まる頃には、自分は誰も到達したことのない領域に立っているはずだ。

 

 直結ルートではたどり着けない真の上級職。

 カイトの瞳には、かつての仲間たちや教官さえも予想し得ない、冷徹で力強い野望の炎が燃えていた。


 土曜日の静かな夜。カイトは竹林を抜け、自らの「聖地」を後にした。

 明日もまた、この孤独な鍛錬が始まる。

 

『現在のジョブ:大魔法使い』

『現在のレベル:33』

『獲得アイテム:初級レベルアップポーション×6』

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― 新着の感想 ―
21層行かずにココでレベル上げした方が早かったのでは…
つまり初級レベルアップポーション50本稼ぐと?盾士みたく職感馴染ませる作業を飛ばすことになりそうだけど、派生先の中級なら戦法はほぼ同じとするとそこで戦い方を身につければまあいいのかな?
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