第33話:宵闇の激突、そして大魔法使いへの昇華
統合ダンジョン第十九層。
20層へと行くための光の柱の前には、攻略を控えた大崎市立第一中学校の一年生たちが集結していた。
攻略を控えた生徒たちのざわめきが塔の中を支配している。扉の向こうからは、濃密な魔圧が漏れ出していた。
中級職に上がったばかりの生徒たちは、武者震いか、あるいは恐怖からか、各々の武器を握る手に力を込めている。
「……よう、カイト! 準備はいいか?」
その緊張感を切り裂くように、佐藤勇馬が明るい声をかけてきた。背負った巨大な大剣が、彼の溢れんばかりの元気を象徴している。
「ああ、問題ないよ。佐藤」
「カイト、あなたは今日こそ無茶しないでね。魔法使いは後衛なんだから、しっかり私たちの後ろに隠れてなさい。いい?」
隣で火術師の田中美紀が、はっきりとした口調で釘を刺す。その後ろでは、祈祷師の鈴木しおりが、おっとりとした笑みを浮かべながらも、杖を握る手に強い意志を込めて頷いていた。
「ええ、カイトくん。私たちがしっかり守るから、安心して魔法に専念してね」
「助かるよ。三人とも、中級職の力、期待してる」
かつての仲間たちの温かい言葉に、カイトは静かに微笑んだ。一方で、少し離れた位置には九条院沙耶率いる四人パーティーが陣取っていた。
九条院が細剣の柄に手をかけ、自信に満ちた瞳でカイトを射抜く。名門の誇りを背負った彼女の瞳は、純粋に最強を目指す者の鋭さがあった。
九条院の後ろで、硬士の清水がおどおどとしながら、それでも重厚な盾を構える。その隣では雷術師の松田が勝気な視線を投げ、廻術師の大久保はミステリアスな笑みを浮かべつつ、どこか上の空で杖を弄んでいた。
「――全員、準備はいいわね。行くわよ!」
九条院の号令と共に、全員で光の柱に進む。
その先に広がっていたのは、永遠の夜に支配された草原だった。
中天に居座る巨大な満月が、銀色の月光で波打つ草地を青白く照らし出している。
そして、フィールドの中央。そこに「それ」はいた。
「ガァァァァァァッ!!!」
地鳴りのような咆哮。
『宵闇の暴鎧猪』。
全長五メートルを超える巨躯は、漆黒の剛毛に覆われ、頭部から背中にかけては月光を吸収して発光する「岩石の魔力装甲」を纏っている。突き出した二本の巨大な牙は、触れるものすべてを粉砕する破壊の化身そのものだった。
その圧倒的なプレッシャーに、クラスメイトの一部が恐慌状態に陥る。
「清水、 前に出て!」
「は、はい!……【グループヘイト・ブロウ】!」
九条院の叱咤を受け、清水が声を上げながら盾を叩きつけた。衝撃波が広がり、暴鎧猪の赤い瞳が彼へと固定される。
「ガフゥッ!」
ボスが巨躯を震わせ、重戦車のような突進――【ブルドーザー・チャージ】を開始した。
(……踏み込みが深い。一気に加速して突撃するつもりか)
カイトは後方で杖を構え、ボスの動きからその挙動を完璧に読み取っていた。しかし、彼は声を出して指示をすることはない。今の自分は、あくまで「落ちこぼれの魔法使い」なのだから。
カイトは密かに杖を振るい、初級魔法を放った。
「【氷礫】」
放たれた小さな氷の礫。それはボスの足元の地面、突進の軸足が踏み込む直前のポイントへ正確に撃ち込まれた。
一瞬、凍りついた地面でボスの足が滑る。
突進の軌道が数センチずれ、清水の盾を掠めるようにして逸れていった。
「っ!? ……あ、あれ?」
「よく耐えたわ清水! 松田、田中、同時に焼くわよ!」
九条院は好機と見て突っ込む。松田の【ライトニング・ボルト】がボスの足を止め、田中の【炎弾Ⅱ】が装甲を赤く熱する。
九条院の細剣が銀光を放ち、熱せられた装甲の継ぎ目を穿った。
「【瞬光一閃】!」
鋭い三連突きが火花を散らす。中級職たちの猛攻が続き、佐藤の【重圧一閃】がボスの巨躯を揺さぶった。
だが、体力が半分を切った瞬間、暴鎧猪がより一層強い月光を放ち始めた。
【ルナティック・アーマー】。物理・魔法耐性を跳ね上げる鉄壁のバリアだ。
「攻撃が弾かれる……!? 冗談じゃない、これじゃ通らないわ!」
九条院が苛立ちをあらわにする。佐藤の大剣も、バリアの反動で大きく弾き返された。
(供給源は背中の第二装甲。魔力循環の節を叩けば……)
カイトは『まだ』クラスメイトの前で『複製魔法陣』を使うことはしない。純粋な魔法使いの技術のみで、この状況を打開する。
彼は杖を構え、これまでのレベリングで極限まで高めた魔力制御を一点に集中させた。
「【風刃】」
放たれたのは、本来なら牽制用の初級魔法。だが、カイトの放ったそれは、極限まで薄く、そして高速に圧縮されていた。
風の刃は、バリアの魔力が循環する瞬間の「隙間」を縫い、背中の装甲の亀裂に滑り込んだ。
ピシリ、と小さな音が響き、完璧だったバリアの循環が乱れる。
「っ!……今よ!畳み掛けなさい!」
九条院の号令で、全員がスキルを解放する。カイトはその流れを確実なものにするため、最大威力の魔法を重ねた。
「【魔力収束砲】」
バリアが乱れた一点を、カイトの放った青白い閃光が貫く。
バリィィィィン! というガラスが割れるような音が草原に響き渡り、鉄壁を誇った月光のバリアが霧散した。
「これで終わりよ!」
「せいッ!!」
九条院の細剣と佐藤の大剣が、ボスの心臓部を完璧に両断した。
光の粒子となって崩壊していくボス。
静寂が戻った草原に、勝利の歓声が沸き起こった。
「カイト! お前、あの風の魔法、すごかったな!」
佐藤が興奮気味に駆け寄ってくる。
「あのタイミングでバリアに穴を開けるなんて、やっぱりお前の『目』は腐ってねえんだな!」
「ええ、助かったわよ。威力はともかく、あんたの魔法、使いどころが嫌らしいくらい的確ね」
田中も、どこか呆れたような、それでいて感心したような表情でカイトを見た。
九条院沙耶は、少し離れた場所からカイトをじっと見つめていた。
(……偶然にしては出来すぎているわ。あの風の魔法、ただの牽制じゃなかった。まるで、このボスの弱点を最初から知っていたような……。カイト、あなた一体何者なの?)
名門九条院家の後継者として、最強を目指す、強さを求めるものとして彼女は本能的に察していた。結城カイトという男が、単なる「落ちこぼれ」などではないことを。魔法使いとしてもこれほどの実力がありながら、なぜ遠回りの道を選ぶのか。その矛盾が彼女の心に深い疑問を刻んでいた。
戦場の端の方から戦況を見守っていた教官もまた、カイトのことを見つめていた。
(結城カイト……学生の動きではない。ボスの挙動を読み、最小限の魔力で戦況をコントロールしている。あの【魔力収束砲】の精度……初級職の魔法使いの精度とは思えんほどだった……)
周囲の驚愕と賞賛を余所に、カイトの視界には一枚のシステムウィンドウが浮かんでいた。
『レベルアップ:48→50』
『条件達成:魔法使いのレベルが50に到達しました』
脳内に、これまで以上に重厚な鐘の音が鳴り響く。
『上位職への昇格が可能です』
カイトの脳内に選択肢が浮かび上がる。
・火術師
・氷術師
・雷術師
・大魔法使い
カイトは心中で、迷うことなく「大魔法使い」を選択した。
瞬間、カイトの肉体から青白い魔力が溢れ出した。
血管を駆け巡る魔力の密度が、跳ね上がる。
初級職という「器」が壊れ、増幅する魔力を受け止めるための「新たな器」が再構築されていく。
カイトは静かに目を開けた。
「……まずは、ここからだ」
レベル1。大魔法使い。
それはカイトが最初に就くことを選んだ中級職であった。
『現在のジョブ:大魔法使い』
『現在のレベル:1』




