第34話:精霊の聖域
合同攻略から一夜明けた、土曜日の朝。
大崎市立第一中学校の多くの生徒が昨日の疲れを癒やすために眠りについている頃、結城カイトは一人、市街地の外れにひっそりと存在する単独ダンジョンの入り口に立っていた。
『精霊の聖域』
ここでは特殊条件の『中級職のレベル9以下でソロクリア』を達成するともらえる報酬、スキル『中級経験値ブースト(Lv.70まで獲得経験値三倍)』を獲得しに来た。かつてのゲーマーとしての記憶を持つカイトにとって、ここは中級職に上がった直後に必ず踏破しておくべき「最優先事項」の一つだった。
「……よし。今の俺は『大魔法使い』のレベル1だ」
カイトは手にした杖を握り直す。
中級職への昇格に伴い、全身を駆け巡る魔力の密度は以前の比ではなかった。血管の一つ一つに熱い電流が流れているかのような、圧倒的な万能感。だがカイトはその力に呑まれることなく、静かに精神を研ぎ澄ませた。
一歩、足を踏み入れる。
そこには、現実世界ではあり得ないほど巨大な樹木が天を突き、空気そのものが淡い翡翠色に発光する幻想的な森が広がっていた。
進み始めて間もなく、前方からいくつもの青白い光の球が浮遊してきた。
このダンジョンの門番、ウィスプだ。
「ガフゥ……」
ウィスプたちは意思を持つ光の粒子のように、ゆらゆらと距離を詰めてくる。奴らの厄介な点は、物理攻撃が透過することと、対象の魔力を強制的に吸い取る『マナドレイン』だ。
カイトは足を止めず、大魔法使いとしての初スキルを起動した。
「【魔力矢Ⅱ】」
初級職時代の『魔力矢』とは次元が違った。カイトの背後に展開された無数の魔法陣から、白銀の光条が豪雨のように降り注ぐ。
一つ一つの矢は細いが、その魔力密度は硬質なダイヤモンドの如き鋭さを持っていた。
シュン と、空間を切り裂くような速度で魔力で生成された矢が飛んでいく。
ウィスプたちはその回避不能な弾幕に呑み込まれ、魔力を吸い取る暇さえ与えられずに次々と弾け飛んで消滅した。
(出力の安定性が桁違いだ。以前なら一発ごとに呼吸を整える必要があったが、今は思考した瞬間に魔力が形を成す……)
カイトは己の手を見つめ、大魔法使いという職業のポテンシャルを再確認した。
第二層へと降りると、森はより深く、暗くなった。
地面を這う巨大な根が脈動し、不意にその一本がカイトの足を狙って襲いかかってくる。
カイトは盾士時代の経験を活かした最小限の動作で回避する。目の前に立ち塞がったのは、五メートルを超える巨木、トレントだ。
「グオォォォン……!」
トレントは太い腕を振り回し、周囲の木々を薙ぎ倒しながら迫る。その皮膚は固い古木で覆われており、並の初級職では傷一つつけることも難しい「動く要塞」だった。
だがカイトは中級職の大魔法使い。
中級職へと上がった今、並の初級職の魔力を優に超えている。
「炎弾」
杖の先端に収束したのは、魔力を練り上げて創られた火球。
一点に集中させて放つ。
ドォォォォン!!
着弾と同時に、トレントの巨大な胴体が内側から爆発した。とてつもない硬さを誇る古木といえど、一点に凝縮された超高熱の魔力には抗えない。トレントは一瞬にして炎の柱と化し、その巨躯を崩れ落とさせた。
第三層は、巨大なキノコが自生する湿地帯だった。
ここでカイトを待ち受けていたのは、美しいが人には致命的な速度で攻撃をしてくるフェアリーバード。
彼らは高速で空を駆け、鋭い風の刃を四方八方から放ってくる。
「チチチッ!」
一羽が死角から急降下してくる。カイトは振り返ることなく、空中に左手をかざした。
「【風刃】」
放たれた風の刃を、カイトは同じ属性の魔法をあえてぶつけることで、無音のまま霧散させた。
翻弄されることを拒むかのように、カイトは『複製魔法陣』を展開する。
一羽を狙うのではない。
森の広範囲、鳥たちの逃げ場すべてを埋め尽くすかのように照準を定める。
「掃射しろ」
【魔力矢Ⅱ】。
複製された魔法陣から放たれたいくつもの矢が、空間を格子状に埋め尽くした。
高速移動を誇るフェアリーバードたちも、逃げる隙間がない「面」の攻撃には抗えない。一帯に銀の羽が舞い、戦場は一瞬にして静寂に包まれた。
そうして順調に攻略をし、ついに最深部。
そこには、古代樹の材木が複雑に組み合わさって形成された巨大な人型――ウッドゴーレムが鎮座していた。
その存在感は、二十層のボスだった暴鎧猪にも勝るとも劣らない。
「……こいつが、今回の仕上げだ」
カイトが足を踏み入れると、ゴーレムが重厚な音を立てて起動した。
胸の中央には、この魔物の動力源である翡翠色の『核』が、強固な装甲の奥で鈍く光っている。
「ガガガ……ッ!!」
ウッドゴーレムが丸太のような剛腕を振り下ろす。
ドゴォォォォン! と地面が陥没し、凄まじい衝撃波がカイトを襲う。
普通の中級魔法職なら、この一撃で姿勢を崩し、追撃の餌食になるだろう。
だがカイトは違う。
「――残念、こっちだ」
カイトの姿が掻き消えた。
この世界ではカイトだけが持つスキル、【短距離テレポート】。
一瞬でゴーレムの背後、上空十メートルの位置へと転移する。
(物理・魔法共に耐性は最高クラス。だが、核が露出する瞬間がある)
カイトは空中で杖を構え、ピンポイントで核を狙える魔法、【氷礫】を創り上げた。
ゴーレムが空中のカイトを叩き落とそうと、両腕を大きく振りかぶる。その予備動作こそが、カイトが待ち望んでいた瞬間だった。
腕の稼働に合わせて、胸の装甲が僅かにスライドし、核が剥き出しになる。
「そこだ」
【氷礫】。
大魔法使いとしての膨大な魔力を一点に集中し、撃ち込む。
鋭く頑強な氷の礫が、針の穴を通すような精密さでゴーレムの胸部を貫いた。
ピキィィィィィン!!
核に直撃した衝撃で、ゴーレムの動きが完全に停止した。
(核の再生まで、あと10秒。……十分すぎるな)
カイトは着地と同時に、さらなる魔力を練り上げる。
大魔法使いが真価を発揮するのは、対象が「無防備」になった瞬間だ。
「これで終わりだ。【複製魔法陣】、【魔力収束砲】」
属性が混じらない純粋な魔力の砲撃が、二重となってゴーレムの傷口へと吸い込まれていく。
単純な破壊の一撃が、ゴーレムの巨体を包み込む。
――ドォォォォォォォォォン!!
耳を突き抜けるような爆音と共に、ウッドゴーレムの巨躯が粉々に砕け散った。
舞い上がる木屑と、霧散していく翡翠色の魔力。
静寂が戻った聖域に、カイトの足音だけが響く。
ゴーレムがいた場所には、まばゆい光を放つ一つの宝箱が出現していた。
カイトがそれを開くと、中には一つの全体が薄い翡翠色で、橙色の石が先端に収まった杖が入っていた。
目の前にシステムウィンドウが浮かび上がる。
『【翡翠の杖】を手に入れました』
『特殊条件達成。スキル:【中級経験値ブースト】を獲得しました』
それを確認したカイトの唇が、僅かに吊り上がった。
求めていたスキルだけでなく、レアドロップの翡翠の杖まで手に入れることに成功した。
『レベルアップ:1→4』
そしてたった一回の攻略で、中級職のレベルが早くも4まで上昇した。
元々ソロではパーティーで行動するよりも経験値の入りが良い。
その上で、【中級経験値ブースト】でレベル70までは経験値が三倍になる。
(……これなら、この後のレベリングもスムーズに行きそうだ)
カイトは聖域の森を見上げ、確かな手応えを感じていた。
その歩みは、もはや誰にも止められない領域へと入りつつあった。
『現在のジョブ:大魔法使い』
『現在のレベル:4』
『獲得済み特殊スキル:中級経験値ブースト』




