第109話:決勝戦
『全選手、準備完了!! アマチュア学生大会、栄光の頂点を決める最終決戦……試合、開始の合図だぁぁぁッ!!!!!』
ドォォォォンッ!!!
空を裂くような、重々しく激しい号砲がスタジアムの天に響き渡った。
その爆鳴が鼓膜を震わせた瞬間、カイトの周囲に、爆発的な翡翠の魔力の渦が巻き起こる。
「――おいで、イスト、ティロフィ!」
カイトの呼び声に応じ、戦場に二つの巨大な影が現れる。金色の装飾が輝く、美しい白銀の鎧を纏った【銀騎士】イスト。そして、五メートルを超える巨躯を誇り、圧倒的な威圧感を放つ漆黒の竜【黒白竜】ティロフィ。
試合開始と同時にステージ上へと降臨する。
だが、対峙する佐藤パーティーの動きは、カイトの初動を完全に予期していた。それどころか、カイトが使役モンスターを顕現させるその一瞬の隙、コンマ数秒のラグを、彼らは牙を剥いて狙ってきたのだ。
「――まずは、挨拶代わりだよ……っ!」
おっとりとした普段の面影を完全に消し去り、鋭く目を光らせた鈴木しおりが、自身の影から直径1メートルほどの影でできた手を生み出す。
【輝影手】の初期スキル――【影の手】。
カイトが自身の使役獣に視線を向けたその一瞬、漆黒の巨大な「手」が猛烈な速度で突き出され、カイトの足を強固に掴み取った。
「――くっ!?」
冷たい魔力が脚を駆け抜け、強烈な締め付けとともにカイトの肌を裂く。手傷を負ったカイトの身体が硬直した。鈴木の魔力によって、影の手の拘束力と攻撃力はカイトの防御を貫通するほどに高い。
「主!?――させない!!」
カイトの異変に即座に反応したのは、白銀の騎士だった。
イストは出現と同時に【瞬動】を発動。目にも止まらぬ超高速の踏み込みでカイトの影へと肉薄すると、白銀の直剣を神速で振り抜いた。
キィィン、と空間が鳴るような鋭い斬撃が足元を走り、カイトを拘束していた鈴木の【影の手】を、根元から綺麗に消滅させてみせる。
「助かった、イスト!」
「主、ご無事で何よりです。……敵の練度、侮れません!」
「ああ、分かっている。――ティロフィ、【黒白反転】! さらに【ヒーリング・ウィップ】!」
カイトは即座に魔力の鞭を生成し、上空のティロフィの巨躯をパチンと叩いた。同時にティロフィの鱗が漆黒から神聖な純白へと反転する。【黒白反転】による白形態。カイトのバフによって、ティロフィの体力が微回復するとともに、その攻撃速度と移動速度が劇的に上昇する。
さらに、カイトの足元から巨大な魔法陣が広がり、ステージの半分を侵食していった。
「――【慈愛の聖域】!!」
カイトの放つ複合奥義が、イストとティロフィの全ステータスを爆発的に引き上げ、その身体に超高速の持続回復エフェクトを付与していく。万全の強化を施したカイトが、鋭く前方を指差した。
「ティロフィ、【強靭の咆哮】から【灰の咆哮】だ! 一気に焼き尽くせ!!」
「グルォォォォォォッ!!!」
白い竜が天空を仰ぎ、戦場全体を震わせる咆哮を放つ。味方の攻撃力と防御力を引き上げるバフがイストとカイトに掛かった直後、ティロフィの喉元が赤黒く、ドロドロとしたマグマのように染まった。
次の瞬間、すべてを焼き尽くす超高熱の灰のブレス――【灰の咆哮】が、最大出力で佐藤たちへと降り注ぐ。
ステージの床が熱波でドロドロに溶け出すほどの絶技。だが、佐藤勇馬はその破滅の光景を前にしても、一歩も引かなかった。
「美紀、しおり! 俺の後ろから絶対に離れるなよ! ――【不動の陣】、そして【鉄の篭】ォォォッ!!!」
佐藤が獰猛に叫び、愛用の大盾をステージの床へと叩きつける。
彼の足元が強固な魔力によって地面へと完全に固定され、ノックバックを一切無効化する絶対防壁が形成される。それと同時に、佐藤を中心とした一定範囲に、眩い黄金の魔力障壁――【鉄の篭】が展開された。
ドガァァァァァァンッ!!!!
ティロフィの放った灰のブレスが黄金の障壁に衝突し、ステージ全体が真っ白な灰の煙と爆炎に包まれる。すさまじい衝撃波がスタジアムを揺るがすが、佐藤の展開した【鉄の篭】は、ティロフィの最大ブレスの威力を劇的に減衰させてみせた。
佐藤の盾は激しく火花を散らし、彼の体力がガリガリと削られていくが、その瞳の奥にある闘志は微塵も衰えていない。それどころか、ダメージを受けるたびに、彼の身体からどす黒いほどの赤い闘志のオーラが立ち上っていく。【不屈のオーラ】――敵の攻撃を防ぐたびに、彼の防御力と状態異常耐性が常時上昇していくパッシブスキルが、今、蓄積されていた。
「よくやったわ勇馬。 なら、今度はこちらの番よ! 【ディメンション・シフト】!」
灰の煙の向こう側から、田中美紀の鋭い声が響く。彼女は自らのヘイトを完全にリセットし、カイトたちのターゲットから強制的に外れる自衛スキルを発動。安全圏を確保した状態で、その禍々しい杖を上空のティロフィへと向けた。
彼女の職業は【魔人】。攻撃力に特化した、最凶の魔法アタッカーだ。
「消えなさい! 【内包の巨槍】、属性選択――【氷】!!」
田中の杖の先から、周囲の水分を瞬時に凍結させた、直径数メートルに及ぶ巨大な氷の槍が形成される。それが、バフによって巨大化したティロフィの巨躯へと向かって、超高速で射出された。
ドスゥッ!!!
「ギ、ガァァァッ!?」
鋭い氷の槍がティロフィの白い鱗を貫き、冷気の爆発がその巨体を襲う。さすがの竜種も悲鳴を上げ、空中での姿勢を大きく崩した。大怪我を負ったティロフィの体力が一気に削られる。
「ティロフィ! 【ヒーリング・ウィップ】!」
カイトは即座に指示を飛ばし、魔力の鞭でティロフィを癒す。【慈愛の聖域】の持続回復も合わさり、ティロフィの傷口はみるみるうちに塞がっていくが、佐藤パーティーの攻撃の手は全く緩まない。
「イスト、【瞬動】から【百連斬】で田中さんを落とせ!」
「御意に……!」
イストが白銀の残像を残して消失し、佐藤の守備網を完全にすり抜けて後衛の田中へと肉薄する。
だが、そこへ鈴木しおりの影の手が再び襲いかかる。【手のひら転移】を駆使し、瞬時に田中の位置を入れ替えた鈴木の影の手が、田中に接近しようとしたイストの近くで爆発した。
ドォン、と激しい爆発音が響き、一進一退の攻防が繰り広げられる。
カイトが回復させれば、佐藤が盾で耐え、田中が絶大な魔法を放ち、鈴木が影で戦場を攪乱する。
複合上級職となった元パーティーメンバーたちの連携は、まさに完璧の一言だった。カイトの圧倒的な個のスペックに対し、彼らは三人の息の合ったコンビネーションで、文字通り互角の死闘を演じていた。
拮抗した戦いが数分間続き、お互いの魔力と体力が確実に削られていく。
ステージの床は無残に破壊され、硝煙が立ち込める中、戦いはついに終盤、決定的な瞬間を迎えた。
「――勇馬、今よ!!」
田中の絶叫が響く。彼女の杖の先から、これまでにない規模の紅蓮の魔力が吹き上がっていた。【魔人】の誇る殲滅魔導――【炎極の投射】。
同時に、鈴木がすべての魔力を込めて生み出した、特大の【爆破の手】がイストの頭上を覆う。
「いっけええええええッ!!!」
ドガァァァァァァンッ!!!!
前方の直線広範囲をすべて焼き尽くす、極大の火炎レーザーが上空のティロフィを直撃し、同時に地上のイストの頭の付近で、鈴木の【爆破の手】が最大威力で炸裂した。
二体の使役獣が、凄まじい爆炎と衝撃に飲み込まれ、その体力が一気に危険域まで叩き落とされる。
そして、これこそが佐藤の待っていた、最大の勝機だった。
「これでおしまいだ、カイトォォォッ!! 溜まりに溜まった俺の闘志、全部持ってけぇぇぇ!!! 【光十字の反逆】ッ!!!!!」
佐藤の身体から立ち上っていた赤いオーラが、一瞬で金色の神聖な光へと変換される。大盾を振り抜くと同時に、彼がこれまで受け止めてきた全てのダメージが不屈の闘志となって、それをすべて放つように前方広範囲に向けて巨大な十字型の衝撃波となって解き放たれた。
カイト、イスト、ティロフィ。その全員を巻き込む形で、光の十字架がステージ全体を爆破する。
「【属性エンチャント・ガード】!……が、は……ッ!?」
凄まじい衝撃と聖なる波動がカイトたちの身体を裂いた。ティロフィとイストがとっさにカイトの前に躍り出るも、カイト自身も大きなダメージを受け、数秒間のスタン状態によって身体の自由を奪われる。
そして、すでに田中と鈴木の集中攻撃で瀕死の傷を負っていた二体の使役獣にとって、この佐藤の最大奥義は、文字通り致命傷となった。
魔力の障壁がガラスのように粉砕される心地よい音が、二層分、同時に響き渡る。結界の安全装置が作動したのだ。
「……申し訳、ありません、主……。私の、力不足で……」
白銀の鎧をボロボロに崩したイストが、悔しそうに、しかし最期までカイトを気遣うように頭を下げ、眩い光の粒子となって消滅していく。
「グルゥ……ガ、フ……」
地に落ちたティロフィもまた、悔しそうに喉を鳴らし、カイトへと最後に謝罪の眼差しを向けた後、光の粒子となってステージ外へと強制排出されていった。
『な、何ということだぁぁぁーーーッ!!! ついに、ついに落ちたァッ!!! 結城カイト選手の手足となって戦場を支配していた二体の最高峰のモンスターたちが、佐藤パーティーのあまりにも完璧な連携の前に、同時に撃破されました!!!!!』
実況の寺島の絶叫が、スタジアムに響き渡る。観客席からは、割れんばかりの歓声と、まさかの展開に対する驚愕の悲鳴が上がっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
ステージの西側では、佐藤、田中、鈴木の三人が、肩を大きく上下させて激しく息を荒くしていた。
今のコンボに、彼女たちは自身の手持ちの体力と魔力のほぼ全てを注ぎ込んでいた。文字通り、総力戦の全霊の一撃。
だが――。
「……くそ、マジかよ。ギリギリ、落としきれなかったか……っ」
佐藤が悔しそうに顔を歪め、膝をガクガクと震わせながら大盾を支えにした。
佐藤たちの視線の先。煙がゆっくりと晴れていく中、そこには――体力を半分以上削られ、衣服の端々を焦がしながらも、しっかりと二本の足で立ち尽くす結城カイトの姿があった。
【エリア・プロテクト・ボンド】による常時バフ、【属性エンチャント・ガード】により威力をかなり減衰し、佐藤たちの最大コンボを、ギリギリの体力で耐えきらせていたのだ。
カイトは、二体の仲間が消えていった光の残滓を静かに見つめ、それから佐藤たちへと視線を戻した。
その瞳には、かつてないほどの真剣さと、仲間たちの成長に対する深い敬意が宿っていた。
「……驚いたよ。正直、イストとティロフィの二人が、やられるなんて思っていなかった。みんな、本当に強くなったんだね」
カイトは深く息を吐き出すと、ゆっくりと、自身の腰のベルトへと手を伸ばした。
そこに揺れるのは、これまでの試合で一度として抜かれることのなかった、不気味な鈍色の輝きを放つ一本の剣。
「二人が命がけで繋いでくれたこの場所だ。――俺も、最後の最後まで、全力で応えるよ」
カイトの手が、魔剣の柄をしっかりと握り締める。
その瞬間、ステージ全体の空気が凍りついたかのように重くなった。カイトの全身から、これまでの【調教師】としての魔力とは明らかに質の異なる、神々しくも圧倒的な破滅の魔力が吹き上がる。
「――【魔剣解放】」
パキィィィン、と空間が割れるような音が響き、カイトの持つ魔剣が、剣身から純白のオーラを激しく噴出させた。
体力を使い果たし、動くことすらままならない佐藤たちには、それがどれほどの絶望か、肌を刺すようなプレッシャーで理解できた。
カイトは静かに身構え、魔剣を大きく上段へと構えた。
「いくよ。――【断罪の一閃】」
カイトが魔剣を振り下ろした瞬間、ステージ全体を真っ二つに叩き割るかのような、巨大な純白の斬撃の波が解き放たれた。光速を超えるその一撃は、避けることも、防ぐことも不可能な、絶対的な死の宣告。
迫り来る圧倒的な閃光を前にして、佐藤は、不敵に、そしてどこか晴れやかな苦笑いを浮かべた。
「へへっ……一歩、届かなかったか……。強ぇなぁ、おい……っ」
直後、斬撃が佐藤たち三人を完全に飲み込んだ。
佐藤の強固な大盾も、田中の魔導障壁も、鈴木の影の防御も、その圧倒的な暴力の前には紙切れ同然だった。
最新式の結界安全装置がけたたましく作動し、まばゆい光の粒子となって、佐藤、田中、鈴木の三人の身体が、ステージ外へと同時に強制排出されていった。
やがて、激しい地鳴りと砂煙が、ゆっくりと、静かに晴れていく。
広大で、無残に破壊し尽くされた特設ステージの上に、ぽつんと立っていたのは――。
魔剣を静かに鞘へと収め、一呼吸を置いた、結城カイト、ただ一人だけだった。
一瞬の静寂。スタジアム全体が、息を呑んでその光景を見つめる。
そして、次の瞬間――。
ウオォォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!!!
地鳴りどころではない、スタジアムの屋根を吹き飛ばさんばかりの、割れんばかりの大歓声と拍手が、一斉にカイトの頭上へと降り注いだ。観客全員が総立ちとなり、惜しみない賛辞を送る。
『勝負ありぃぃぃぃぃ!!! 決着ッ!! まさに歴史に残る死闘、紙一重の攻防を制し、このアマチュア学生大会の頂点、栄光の優勝を掴み取ったのは――大崎市立第一中学校、結城カイト選手だぁぁぁッ!!!!!』
実況の寺島の声が響き渡る中、カイトは静かに空を見上げた。
二人の仲間を落とされ、初めて自ら剣を抜いて掴み取った、泥臭くも、最高の勝利。カイトの顔には、確かな充実感の笑みが浮かんでいた。
『現在のジョブ:調教師(Lv.87)』
『使役モンスター:イスト(Lv.64・銀騎士)、ティロフィ(Lv.64・黒白竜)』




