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【第21話:勝利の凱旋】

地下迷宮からの帰還。 早朝の冒険者ギルドは、まだまばらな人影しかなかった。 僕とエリルは、泥と油にまみれた姿でカウンターに向かった。 受付嬢は僕たちの顔を見るなり、安堵と驚愕が入り混じったような表情を浮かべた。


「レ、レインさん! ご無事だったんですね! まさか、一日で戻ってくるなんて……」 「ああ。調査は完了した。マナ漏出の原因は、地下深部の『古代配管』の破損だ。応急処置で止めておいた」


僕は嘘は言っていない。重要な部分(リアクターと兵器)を隠しただけだ。 証拠品として、破壊したドローンの残骸と、ゴーレムの動力核をカウンターに置く。 ゴトッ、ゴトッ、と重い音が響く。


「こ、これは……?」 「地下に巣食っていた警備ゴーレムのパーツだ。Lv.18相当が50体ほどいたかな」 「ご、50体!? それを二人で殲滅したんですか!?」


受付嬢が悲鳴のような声を上げた瞬間、奥の執務室の扉が開いた。


「――騒がしいぞ。報告か?」


現れたのは、隻眼の女傑。 この王都ギルドを束ねるギルドマスター、ガーネットだ。 元Sランク冒険者にして、「戦鬼」の異名を持つ猛者。 彼女は僕たちが置いたパーツを一瞥し、片方の眉を跳ね上げた。


「……ミスリル合金製の装甲に、高純度の動力核。古代遺跡ロストの守護者か」


彼女はパーツを手に取り、鋭い眼光で僕たちを射抜いた。


「『沈んだ迷宮』の深層は、Bランクパーティでも全滅しかねない死地だ。そこを、登録したてのDランクコンビが、たった一日で踏破したと?」 「運が良かっただけです。それに、相棒が優秀なんで」


僕が隣のエリルを指すと、エリルは無表情のまま、しかし少しだけ胸を張った。 ガーネットはしばらく僕たちを値踏みしていたが、やがてフッと口元を緩めた。


「謙遜はいらん。結果が全てだ。……おい、報酬を持ってこい」


彼女の指示で、革袋に入った重い金貨が運ばれてきた。 契約通りの金貨30枚。さらに、追加報酬として10枚。 計40枚。日本円にして約400万円相当の大金だ。


「マナ漏出が止まったことは、街の魔導計器でも確認されている。大手柄だ、ガキども」 「どうも」 「それとな、レイン。お前たちのランクについてだが……」


ガーネットは指で机を叩いた。


「Dランクは撤回する。来週付で『Cランク』への昇格試験を受けろ。……いや、昇格は決定事項だ」 「早すぎませんか?」 「実力が伴わないランクは身を滅ぼすが、実力以下のランクに留め置くのもギルドの損失だ。お前たちは規格外すぎる」


Cランク。 一人前の冒険者として認められ、国を跨ぐような大規模な依頼も受けられる地位。 12歳での到達は、ギルドの歴史でも最年少記録に近いだろう。


「謹んでお受けします」 「話が早くて助かる。……さて、堅苦しい話はここまでだ。祝いに一杯奢ってやろうかと思ったが、未成年だったな」


ガーネットが豪快に笑おうとした、その時だった。


バンッ!!


ギルドの入り口の扉が、乱暴に開け放たれた。 朝の静けさをぶち壊すような勢いで飛び込んできたのは、銀色の髪をなびかせた、場違いなほど煌びやかなドレスの少女。


「レイン様ーーっ!! いますの!? マナ反応が近づいてくるのが分かりましたわよーっ!!」


セリア・フォン・アルライド公爵令嬢。 彼女は周囲の冒険者たちが「あ、あれ公爵家の……?」とざわつくのも無視し、猛然とカウンターへダッシュしてきた。


「ゲッ……」 「……来た」


僕とエリルは同時に顔を引きつらせた。 セリアは僕の目の前で急停止し、ドレスの裾も気にせず僕の両肩を掴んだ。


「お帰りなさいませ! 無事で何よりですわ! で、お土産は!? 未知の遺物は!? 謎の古代文字は!?」 「ちょ、落ち着けセリア。揺らすな」 「落ち着いてなどいられますか! あの地下から放出されたマナ波形、観測しましたのよ!? 通常の自然界には存在しない『人工的な配列』でしたわ! あれは何ですの!? 何をしてきましたの!?」


彼女の瞳は、興奮でギンギンに輝いている。 やはり、この「魔導オタク」の勘は侮れない。リアクターの稼働反応を、地上の研究室で感知していたらしい。 ここで適当にはぐらかせば、逆に怪しまれて独自調査を始めかねない。 それはマズイ。あのIDカードや兵器のことは、僕の管理下に置いておきたい。


「……はぁ。分かった、これやるよ」


僕は懐から、ドローンの残骸の一部――制御チップが埋め込まれた基盤の破片を取り出し、彼女に渡した。 IDカードではない。だが、古代の技術が詰まった本物のパーツだ。


「こ、これは……!」


セリアは宝石を受け取るように、震える手で基盤を受け取った。 ルーペを取り出し、食い入るように観察する。


「この回路パターン……現在の魔導工学とは根本的に設計思想が違いますわ。並列処理ではなく、積層型の演算回路……! す、すごい……これだけで論文が10本書けますわ!!」 「満足か?」 「いいえ! 全然足りませんけれど、とりあえず今はこれで許して差し上げます!」


セリアは基盤を頬ずりしそうな勢いで大事にポーチにしまうと、改めて僕に向き直り、ニカッと笑った。


「約束通り、図書館のパスは用意してありますわ。……それと、今度私のラボでお茶会をしましょう。積もる話(尋問)もありますし」 「……善処するよ」


セリアは「それではご機嫌よう!」と嵐のように去っていった。 残されたギルドには、微妙な空気が漂っていた。 ギルドマスターのガーネットが、呆れたように葉巻を取り出した。


「……公爵家の令嬢まで手懐けているとはな。お前、本当に12歳か?」 「ただの腐れ縁ですよ」 「フン、食えないガキだ」


ガーネットは笑い、僕の背中をバンと叩いた。


「とにかく、昇格おめでとう。……だが気をつけろよ。目立てば目立つほど、影も濃くなる。王都は光ばかりじゃない」 「肝に銘じます」


僕たちはギルドを後にした。 懐には大量の金貨と、世界を揺るがすIDカード。 そして背中には、Cランクという新たな看板。 全てが順調だ。順調すぎて怖いほどに。


宿への帰り道、エリルがポツリと呟いた。


「……レイン、モテモテ」 「違うだろ。あれは珍しい実験動物を見る目だ」 「でも、あいつ……レインの『中身』を見てる。……嫌な感じ」


エリルの勘は鋭い。 セリアは僕の「異質さ」に惹かれている。それは恋愛感情よりも厄介な執着だ。 だが、利用できるものは全て利用する。


「心配するな。僕の相棒はエリルだけだ」 「……ん。知ってる」


エリルは少し機嫌を直したようで、僕の袖を掴んだ。 さあ、金はある。地位も得た。 次は、手に入れた「鍵(IDカード)」の正体と、この世界の真実に迫る時だ。 僕は王都の青空を見上げ、次なる一手リサーチを考えていた。

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