【第22話:金貨の輝き】
Cランク昇格が決まった翌日。 僕とエリルは、王都の一等地に店を構える高級武具店『金剛の盾』亭を訪れていた。 懐には金貨90枚。 一般的な平民の一生分の稼ぎに近い大金だ。 これを惜しみなく使う。金は墓場には持っていけないし、装備の質は生存率に直結する。
「いらっしゃいませ。……おや、冷やかしなら他を当たってくれよ」
店主のドワーフが、僕たちの子供じみた見た目を見て眉をひそめる。 僕は無言でカウンターに金貨の入った革袋を置いた。 ズシリ、と重い音が響き、袋の口から黄金の輝きが漏れる。
「……失礼した。何をお求めで?」 「最高級の軽鎧を。それと、魔力伝導率の高い触媒か指輪を」
ドワーフの目が職人のそれに変わる。 そこからは早かった。 僕たちは店主の案内で、一般の棚には並ばない「裏の在庫」を見せてもらった。
エリルが選んだのは、【影蜘蛛のボディスーツ】。 深部ダンジョンに生息する魔獣の糸で織られた漆黒の軽鎧だ。 軽く、伸縮性があり、刃物を通さない強度を持つ。さらに魔法耐性も付与されている。 試着したエリルが、その場で軽くバック転を決める。
「……軽い。着てないみたい」 「似合ってるよ。前の革鎧より動きやすそうだ」
彼女の白い肌と漆黒のスーツの対比が、その美しさと危険さを際立たせている。 僕が選んだのは、【賢者の指輪】。 本物のアーティファクトではないが、高純度のマナストーンが埋め込まれており、着用者の魔力制御を補助し、消費効率を2割ほど改善してくれる優れものだ。 さらに、見た目は地味だが防刃性能の高い**【黄昏のローブ】**も購入した。
「毎度あり! これで金貨60枚だ」
高い。だが、安い。 これで僕たちは、Cランク帯でも装備負けしない。
***
買い物を終えた午後。 僕はエリルを宿に残し(彼女は新しい装備の手入れに夢中だった)、一人で王立魔導学園の図書館へと向かった。 セリアから貰ったパスを見せると、厳重な警備をすり抜け、地下にある「特別閲覧室」へと通された。
静寂。 カビとインクの匂い。 数万冊の禁書が眠る知識の墓場。 僕は個室に入り、ダンジョンから持ち帰った**『Dr.クローネの研究日誌』と、『古代管理者のIDカード』**を机に広げた。
「さて……答え合わせといこうか」
僕は**スキル【古代語解読】と【鑑定】**を併用し、ボロボロの日記を読み解き始めた。 古代語と言われているが、文法構造は英語とドイツ語が混ざったようなものだ。前世の知識がある僕には、解読はそう難しくない。
ページをめくる。 そこには、驚愕の事実が記されていた。
『X年X月。我々「転移者同盟」は、この世界における魔王システムの解析を完了した』
手が止まる。 転移者同盟。 やはり、過去にもいたのだ。僕と同じように、別の世界から来た人間たちが。
『魔王とは、生物ではない。この星自体が持つ「自浄作用(免疫システム)」だ。人類が増えすぎ、マナを枯渇させそうになると、星は魔王という抗体を生み出し、文明をリセットする』
背筋が凍った。 魔王は悪の親玉などではない。 増えすぎた人間を間引くための、自然現象としての殺戮装置。 だから定期的(周期的)に現れるのだ。
『我々はこの理不尽なシステムを破壊するため、対魔王兵器「デウス・マキナ(機神)」を建造した。星の免疫を、科学の力で焼き払うために』
日記の文字は、後半になるにつれて乱れていく。
『だが、失敗した。機神の動力炉は暴走し、大陸の一つを消滅させてしまった(現在の北大陸が死の土地である理由はこれだ)。我々は機神を封印し、その起動鍵(IDカード)を各地の遺跡に分散させた』
僕は震える手で、青いIDカードを見つめた。 これは、ただの鍵じゃない。 「星を殺す兵器」の起動スイッチだ。
『警告する。もし未来の同胞(転生者)がこれを読んでいるなら、決して機神を目覚めさせてはならない。あれは魔王以上に、制御不能な怪物だ。……だが、もし魔王が完全に覚醒し、人類滅亡が確定した時のみ、最後の手段として使うがいい』
日記はそこで途切れていた。 僕は本を閉じ、深い溜息をついた。
「……とんでもないバトンを渡されたな」
僕が手に入れたのは、世界を救う希望か、それとも破滅の引き金か。 魔王は「システム」。 機神は「暴走した兵器」。 どちらに転んでも地獄だ。
その時、懐のIDカードが微かに振動した。 青い光が明滅し、空中にホログラムのような文字を投影する。
『生体認証完了。コードネーム:RAIN。……適合率、98%』 『機神ネットワークへの仮接続を承認しました』
「……は?」
適合率? 僕が転生者だからか? それとも、僕の持つ魔力の質が特殊だからか? 分からない。だが、一つだけ確かなことがある。 僕はもう、この世界の運命という巨大な歯車に、指を挟まれてしまったのだ。
「……上等だ」
僕はIDカードを強く握りしめた。 星が人類を殺そうとするなら、抗ってやる。 古代の転生者が失敗したなら、僕が成功させてやる。 凡才の僕に世界が救えるかは分からない。 だが、僕のテリトリー(エリルや家族)に手を出すなら、星だろうが神だろうが、知恵と悪知恵でぶん殴るだけだ。
僕は椅子から立ち上がった。 装備は整った。知識も得た。覚悟も決まった。 あとは、強くなるだけだ。
図書館を出ると、空は赤く染まっていた。 その彼方、北の空に、不吉な黒い雲が渦巻いているのが見えた。 魔王復活の予兆か、それともただの気まぐれか。 どちらにせよ、準備の時間はそう長くはないだろう。




