【第17話:銀色のストーカーと禁断の書庫】
「――し、審査の結果……お二人を『Dランク冒険者』として認定します」
受付嬢の声は震えていた。 無理もない。僕たちはたった今、ギルドの訓練場で暴走したLv.25相当の魔導人形を、跡形もなく粉砕してきたのだから。 周囲の冒険者たちからの視線も、嘲笑から畏怖へと変わっている。
「これがプレートです。……あの、修理費についてはギルドマスターが『必要経費』として処理すると仰っていますので……」 「そうか。それは助かる」
僕は銀色に輝く『D』のプレートを受け取り、ポケットにねじ込んだ。 目立ちすぎたが、これで面倒な下積みクエスト(ドブさらいや薬草採取)をスキップできる。 高難易度の依頼、つまり「未知の遺物」や「高経験値の魔物」にアクセスする権利を得たのだ。
「……行こう、エリル。長居は無用だ」 「ん。視線がうっとうしい」
僕たちは早足でギルドを出た。 外の空気は冷たく、少し落ち着く。 だが、その安息は一瞬で破られた。
「見つけましたわよぉぉぉッ!! レイン様ァッ!!」
ギルドの正門前。 まるで出待ちのファンのように待ち構えていたのは、豪奢な馬車の前に立つ銀髪の少女――セリアだった。 彼女はドレスの裾を翻し、猛然とダッシュしてくる。
「……ゲッ」 「……ストーカー」
僕とエリルが身構えるより早く、セリアは僕の目の前で急停止し、興奮で紅潮した顔を近づけてきた。
「見ました! 見ていましたわよ! あの魔導人形へのトドメ……『爆縮』の術式ですよね!? マナを内側へ圧縮し、臨界点で解放する……既存の魔法体系には存在しない理論ですわ!」 「……盗み見か? 趣味が悪いな」 「観察と言ってくださいまし! ……ねえ、どうやったんですの!? あの演算速度、人の脳で可能な領域を超えていましたわ!」
彼女の瞳は、アメジストのように美しかったが、その奥にあるのは底なしの「探究心」だ。 貴族の令嬢というよりは、マッドサイエンティストのそれ。 エリルが短剣の柄に手をかけ、低い声で威嚇する。
「……離れろ。レインが困ってる」 「あら、護衛の方? ……あなたも興味深いですわね。あの身体強化の効率、素晴らしい検体になれそうですわ」 「……斬る」
一触即発。 だが、僕はふと思いついた。 この面倒な公爵令嬢、利用できるのではないか?
「……セリアと言ったな」 「はい! セリア・フォン・アルライドですわ!」 「君の質問に答えてもいい。僕の魔法理論の一部を見せてもいい」
ピタリ、とセリアの動きが止まる。
「本当ですの!?」 「ああ。ただし、条件がある」
僕は一歩近づき、小声で囁いた。
「僕は知識が欲しい。……王立魔導学園の大図書館、そこにある『禁書』クラスの閲覧許可証を用意しろ」
セリアが目を丸くした。 王立学園の図書館は大陸一の知識の宝庫だが、一般人には開放されていない。ましてや、世界の裏側に関わる「禁書」へのアクセス権など、王族や高位貴族にしか許されない特権だ。
「……あなた、何を調べるつもりですの?」 「生き延びる方法さ。……この世界の仕組みを知りたい」
セリアはしばらく僕を値踏みするように見つめていたが、やがてニヤリと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「面白いですわ。ただの冒険者が、禁断の知識を求めるなんて。……いいでしょう、アルライド公爵家の名にかけて、特別パスをご用意しますわ!」 「話が早くて助かる」 「その代わり! ……週に一度は私の研究室に来て、実験に協力すること! 私の研究対象になりなさい!」 「……共同研究者なら考えてやる」
悪魔の取引が成立した。 エリルは不満そうだったが、「レインのためなら」と短剣を収めた。
***
数日後。 僕は約束通り、パスを使って王立魔導学園の図書館に潜り込んでいた。 静寂と、古い紙の匂い。 地下深くにある「特別閲覧室」で、僕は一冊の古びた黒い本を手に取った。
『北大陸調査記録・第零巻』
一般には公開されていない、過去の魔王討伐隊が残した記録の断片だ。 ページをめくる。 そこには、僕が予想していたファンタジーの常識を覆す記述があった。
『魔王とは、生物ではない。この星自体が持つ「自浄作用(免疫システム)」である』 『人類が増えすぎ、マナを枯渇させそうになると、星は魔王を生み出し、文明をリセットする』
背筋が凍った。 魔王は「悪」ではなく「システム」。 だから定期的に現れ、勇者に倒されてもまた蘇るのだ。
さらに、ページをめくると、気になる記述があった。
『対抗策として、古代人は「神の似姿」を作った』 『その起動には、膨大なマナと……「銀色の髪」を持つ適合者(器)が必要となる』
「……銀色の髪?」
脳裏に、あの騒がしい公爵令嬢――セリアの顔がよぎる。 ただの偶然か? それとも、彼女もまた、この世界のシステムに組み込まれた「部品」の一つなのか?
(……嫌な予感がする)
僕は本を閉じ、深く息を吐いた。 知識を得るたびに、敵の巨大さが浮き彫りになる。 だが、怖気づいている暇はない。 この世界で生き残るためには、その「システム」すらハッキングして利用するしかないのだ。
「……レイン様、そろそろ閉館時間ですわよ」
背後からセリアが声をかけてきた。 彼女は無邪気に笑っている。 その笑顔が、作られたものでないことを祈りつつ、僕は立ち上がった。
「ああ、行こうか。……次は『実戦』でデータを取らせてやるよ」
ギルドに戻れば、指名依頼が来ているはずだ。 知識を武器に変え、僕は次のステージへと進む。




