恵まれた女
十年前、みんなに「変わってる」「わがまま」「あまのじゃく」なんて言われていることを気にも留めず、いつだって自由な健吾に好意を持っていた。お互いが結婚するまで二人で会うことは何度もあったし、一線を超えられる局面はいくらでもあった。でも、それは起こらなかった。私たちはどこかで、「終わりがくるはじまり」を敢えて避けていたのかもしれない。友人として、この関係を長く、大切にしていきたいと、きっと健吾も思っていたはずだ。
でも今、目の前にいる健吾はもう、これまでの友人ではない。私もまた、親戚づきあいの麻衣ではない。
四年前、東京駅で黒いコートを身にまとった健吾に、不覚にもときめいたあの冬からきっと、私はこの言葉を彼に伝えたかったのだ。
健吾は、「俺も」と言い終えたか終えないかくらいで、私の肩を抱き寄せ口唇を押し当てた。それは、少し焦っていて、たまりかねたようなキスにも思えた。二、三度確認するように繰り返したあとは、お互いを見つめ、幾度となく抱き合った。
釣り人は、遠くで魚に夢中だ。
心が解き放たれた二人は、別れるギリギリまで車内で抱擁を繰り返した。彼の名前を呼びながら、抱き合う相手が本当に健吾なのかも、もはや確信が持てない。彼は、もう友達ではないの?
「麻衣、来週も会いにくるから」
車を降りる私の背中に向けられた言葉は、とてもポジティブな力を持っていた。私は、妖艶なまでに赤らんだ頬を隠すこともなく、「待ってる」と力強く答えた。
それからの一週間は、LINEで繋がる日々だった。何気ない景色の写真を送り合ったり、今何してる、といった近況報告など。健吾と「男女」として繋がる日々は新鮮だった。送信ボタンを押す度に胸が高鳴る。忙しい彼らしい「一行返し」もよくあったし、私も仕事に家事に育児と、いつも以上に時間のメリハリを持ってこなしていたので、限られた時間に見る携帯は余計に眩しかった。
彼と会える日をカウントダウンする毎日は、遠足の前日が続いているようだった。夫は一週間後にまたシンガポールに出張だ。この一ヶ月、近所に住む両親に子供を預ける頻度が増えている気がするが、そんなことは深く考えない。今までだって、仕事をしている私のかわりに母親が幼稚園の迎えに行き、そのまま夜まで預かってくれているのだし。
私は、恵まれた女なのだ。




