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それでも私は溺れない  作者: 桐谷 歩
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修学旅行みたいな夜

 健吾の一言で、私は終電を見送ることに決めた。

 しかしここにきて、中途半端に異性を意識している二人は、どっちつかずな態度で歩いていた。陽気になったかと思いきや、突然黙る男。

 私たちは今夜の目的地である、彼の父親が所有する水道橋のマンションまでの道のり、ほとんど言葉を交わすことはしなかった。彼はすっかり物静かなサラリーマンだし、私もまた、麻美の「授乳をしながら放り出された艶かしい足」を思い出し、無口だった。

 コンビニで飲み物を買ってから、健吾は、「父親が仕事で時々使っている」という一室に私を招き入れると、明け方車で送るよ、と言った。


 部屋に入るや否や、「シャワーを浴びる」と言い出したので、「早速そうきたか。やっぱりこれはそういう流れだったのね」と中途半端な覚悟で待っていると、妙にすっきりした顔をしてタオルで髪を乾かす健吾が出てきた。何の気もなさそうに食卓の椅子に座るとお茶を飲み始めたので、一人拍子抜けをする私。


「なんか、修学旅行みたいじゃね?」

 そう言って、私に大きなソファに座るよう勧めてから、自分は床に大の字に寝転び少年のように笑った。

「楽しいね。いろいろ話そ」

 少し気持ちが和らいだ。

「俺らさ、こうやってじっくり話したことってなくね? 麻衣に聞きたいこといっぱいある」

 そう言う健吾を見て、私はにやつく頬をクッションに押しつけた。


 初めて恋人ができた年齢、一番長くつき合った年数、異性関係の話では私ばかりが盛り上がり、でも密かにあたためている自分の夢を健吾に伝えたら、彼はその「夢」だけを深く深く掘り下げようとした。この歳になっても夢だなんて、恥ずかしくて誰にも言えなかったのに。

 やはり彼にはその気がないのかもしれないと察する以外、場を取り繕う「顔」がなかったので、「友達」として修学旅行の続きを朝まですれば良いのだ、とそっちの覚悟を決めた。


 三時が過ぎたころ、一度だけ彼が隣に座った。

「見て、俺の小さい頃の写真」

 携帯に入っている三歳の健吾を見せに、私が座るソファに腰掛けたのだ。ボフッっというソファが沈む音と共に、シャンプーの香りが優しく鼻を掠めた。健吾が至近距離にいる。平静を装うために全神経を尖らせる女。

 どうして心臓はこんなに爆音を立てるのだろう?まさか恋などというふざけた感情なのだろうか。いや男女がひとつ屋根の下にいるわけだし、その場の流れに身を任せ一夜の過ちくらいないと女性に失礼?頭の中はフル回転。

 

 しかし朝三時になり、送って欲しいと伝えれば、「おっけ」と身軽に車のキーを取り出し、颯爽と家を出た。

 やはり、健吾にその気はなかったのだ。私は、双子のように気持ちが伝わっているはずの彼のことを、大きく誤解していたのかもしれない。



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