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アップ

 ──ベンチシートには、相良と七瀬を含め、三年生以外の全員が、集まっていた。

 

 皆は、思い思いに準備が終わった人から世間話をしたり、ボールを取りだし、リフティングやロンドに嗜んでいた。


 しかし、マネージャー達と数人の二年生、そして相良はコートの半面を使った、ある二人の練習の模様を傍観していた。


 実際は、来るべき本番のセレクションに向けての最終調整といったところか。


 先程まではじっくり斎藤と一緒に準備運動をしていた一人の一年生。

 今は、打って変わって、マーカーやラダーを使ったフットワーク系の練習をしていた。


 どうやら、タイムを測っているらしい。


「──あの一年生、セレクション受けに来たのか」


 それまでじっと見ていた一人のボサボサした髪の身長が低い二年生が口火を切った。


「だろうねえ。大体の人は今週の月曜日にセレクションを受けに来たんだけど、今頃受けに来るとはねえ」


 その二年生に反応した、耳が隠れるくらいに伸びさせた茶髪の、平均的な身長の二年生が、次にはこういった。


「しっかしあの一年生のフットワークが凄いねえ。多分俺と同じくらいじゃないかな。背が高いわけでも、低いわけでも無いけどドリブラーなのかな」


「あの敏捷性を考えればドリブラーだろうな。だとすると、ポジション的にはウイングか」


「うっへえ。左ウイングは俺のポジションなんだけど。取られたらどうしようかねえ」


「バカ言え。お前のドリブルは校内で一番だ。俺が保証する」


「おお、ありがとさん。んで、相良。あの子、君が呼んだんだよね? どう? 上手いの?」


 茶髪の二年生は、少し後ろで同じようにコート上の二人を見ていた相良に、振り向き様にそう質問した。


竜胆りんどう先輩。いや、どうですかね……俺にも良く分からないんですよ」


「ん? どういうこと?」


 うやむやな相良の返答に首を傾げる、竜胆りんどうと呼ばれた茶髪の二年生。


「あいつ、何故かサッカーやっていたことを今日まで隠して、浅い質問には答えるんですけど、どこのユースチームに居たのかと少し踏み込んだ質問するとはぐらかすし……あ、すいません。上手いかどうでしたかですよね。多分、上手いと思います」


「ふーん。……あ、上手いんだね。どんなプレーが?」


「プレーは見たことはありません。ですが、トラップは一回だけ見たことがあります」


「トラップかあ……どんな?」


「信じられないかもしれませんが、ショートパス気味に来たボールをアウトサイドで、しかもピタッと足元に止まらせたんです」


「ふーん」


「それもですよ? ノールックで、しかも無意識にやったらしいんです。本人にその事を問い詰めたら、そこでやっとトラップしていたことに気付いたようで」 


「へえ……」


 そこで初めて、竜胆は興味を示したように、口を緩ました。


「……」

 

 一方、興味を示したような竜胆の隣で、三岸は余り反応を示さなかった。


 そんな対極的な二人の先輩の反応に相良は目もくれずに、既にコート上でアップをしている司の方に視線を注いでいた。


「……底知れない感じがします。綾崎は」


 相良は思う。


 ──自分もこれまでサッカーをやって来た身として、一心に練習をし、幾つものチームと何人もの選手と一緒、もしくは相手同士として試合をしてきた中で、綾崎ほど底知れない奴に出会ったのは始めてだと。


 ──あの身体能力といい、あの吸い付くようなトラップが出来るコントロールといい、一体どんなプレーをこのコート上でしてきたのだろうかと。


 ──過去にユースに所属していたといっていたが、何処の強豪だったのだろうかと。


 そして


(綾崎、何でサッカーをそこまで避けてるんだ)

 

 相良が一番疑問に思っているのは、正にこれだった。


 上手くなるほどサッカーは楽しくなる。

 いや、これはどのスポーツにも当てはまることで、逆に下手であればあるほど楽しくなくなる。

 そしてそれらは究極的に言い表せば、努力したかどうかなのだ。


 上手ければ、それほど努力したということ。

 下手であれば、それほど努力をしてなかったということ。


 今こうして、憧れの強豪である、岬陽高校サッカー部に所属できた自分は、そうした努力による力が大きいという実感がモテるからこそ、そのような信念をもって相良はサッカーをしてきた。


(どうしてお前は、そこまで熱中したものを突き放そうとするんだ)


 理解が、納得が出来なかった。


  

 


「──うん? ……綾崎、だと?」


「ん? どうしたの三岸みぎし


 そこで、三岸と呼ばれたボサボサした黒髪の身長が低い二年生が、少し瞠目させた。


「おい相良。あの一年生の名前は?」


「綾崎 司ですけど」


「……は? すまん、もう一回言ってくれるか?」


「え? ……綾崎 司です」


 相良が答えた名前に、再び瞠目させた後、少し黙考させた。


「え? どうしたの?」

 

 突然考え出した三岸に竜胆は困惑する。

 それに三岸はすっと竜胆に顔を向けて、少々訳の分からない様子だが、冷静に返答した。


「……いや、どうしたもこうしたもない。竜胆、覚えてないか? 俺らの一つ下に当時から日本サッカー界の救世主とまで言われた天才ミッドフィルダー居たっていうの。ほら、四ヶ月前に姿を消して、消えた天才ってニュースになってた綾崎 司のことだ」


「うーん……? ──あっ、ああ! あの怪物ミッドフィルダーのこと?」


「そうだ。俺らが去年の春に行われたクラブユースの全国区の大会で初戦であたったチームの10番で……俺らのクラブを歴代五度目の初戦敗退させた原因の選手だ」


「それがあの子だっていいたいの?」


「そうだ」


「いやいや、流石に有り得ないでしょ。あの時の俺らのチームは歴代でも最強って言われてたのに、そんなチームから一人で四点も取られて0対6で負けさせられた張本人がだよ? しかもU17日本代表に飛び級で選ばれて、大会得点王、MVPをかっさらってったあの子がだよ? あんな才能と努力の塊みたいなやつが今更日本のいちサッカー強豪校に現れるわけがないでしょ」


「……まあ確かに、同姓同名なんて沢山居るしな。でも超似てないか?」


「……うん。何だか面影があるよね。イケメンだし。試合でも超印象に残ってたし、あと突然消えた4か月前まで連日ニュースとかで顔見てたから多少は覚えてるよ。……何だか言われてから、そんな感じがしてきたな」


 三岸と竜胆の感慨深けながら話す内容に、相良が驚愕した。


「え? あの綾崎 司ですか!? 俺てっきり同姓同名の人かなって思ってましたよ!」


「ああ。まあ憶測だがな。でもなんとなく、いや顔から背格好まで重なるんだよな」


「……でもだとしたら、何でこんな所に居るんですか? あの世界大会の後、スペイン、イングランド、イタリア、ドイツ等各国の名門チームから打診があったって当時は聞いたことがありますよ」


「俺もそれは聞いていた。世間では結構な噂が飛び交ってたからな」


 困惑させた相良から意見を肯定し、頷く三岸に、竜胆は肩をすくめて諫めた。


「まあ考え過ぎでしょ。今は多分、そこそこレベルの高いベルギーにでもいって、マスコミとか世間の目がない場所でのびのびやってるんじゃない? というか、あの子はこんな所に居るような選手じゃない。個人的に日本より、もっとレベルの高い欧州で経験を積んで、トッププレイヤーになって日本に戻ってきて、代表の10番を付けてほしい選手だし」


「……考え過ぎか。確かにな。お前の考えが妥当だろうな。あれは絶対こんな所に居るべき器じゃない。あの才能は歴代でも群を抜いている。将来はJリーグじゃなく、スペインやイタリア、イングランド等のハイレベルな舞台の第一線で活躍してほしい」


 切実な念が込んだ、綾崎 司はこうであってほしいという願望や意見をそれぞれ挙げる、この強豪である岬陽高校サッカー部のスタメンの座に居る尊敬する二人の先輩に、相良はそれほど凄い選手なのかと興味が湧いたと同時に、ふと、こんな質問が頭に浮かび上がった。 


「……へえ。ところで、先輩達は今超高校級ミッドフィルダーで有名な天野あまの 勇人ゆうとと綾崎 司、どちらが上手いと思うんですか?」


 相良のそんな質問に、三岸は速攻でそちらの方へ向き、答えた。


「綾崎 司に決まっている。天野も確かに綾崎と同じような攻撃も守備も出来る万能なプレイスタイルだが、まだドリブルと守備は荒削りで、綾崎のように緻密な取られない間合いとボールの行方を予測が出来ていないし、全てにおいて不安定だな」


「俺も綾崎くんかなー。天野くんも上手いんだけど、明らかに自分に酔ってるんだよね。たまに変なところでドリブルしたり、ミドル打ったりするんだよ。結局は高校サッカーレベルのディフェンスだからどっちとも成功しちゃう場面が多くて評価が高いんだけど……これがね、もしドリブルが失敗して取られてたらカウンターされる危ない場面が見てて超多いんだよな。……多分Jリーグに行った瞬間評価が爆下がりすると思うよ? 天野くん」


「……」


 二人の容赦ない意見に、分かってはいたものの、同世代にそんな凄い選手が居たことに改めて驚きを隠せないでいる、相良であった。




▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣




「──よし。ある程度のアップは終わったな。それじゃあ次はボールを使ったアップをするぞ」


「はい」


 相良達がこちらに注目しているのを感じ取り、ベンチの方に横目でチラリと一瞥していると、斎藤先輩がボールを寄越しながら、そう言った。


 内心、ボールは蹴りたくない気持ちだが、我慢して平然を装って返事して、俺は寄越されたボールを自身の足元にゆっくりと置く。


「軽くドリブルしながら半面を一周してきてこい」


 そんな斎藤先輩の言葉を聞きながら、周囲を見渡した。


 思わず、逡巡してしまう。


 足裏に伝わってくる、もっさりとした感触な芝生のコート。


 センターサークル、ペナルティエリアを区切る白い線。


 両端に設置されたゴールポスト。


 そして今──


「……!」


 ボールを蹴り出したときに思い出す、又は沸き上がってくる、高揚、緊張等、様々な感情。


「……」


 無言で、ボールを爪先、インサイド、アウトサイドを順に使いながら、出来るだけ細かなタッチを意識したドリブルで、半面の周囲を周る。


 時々、ボールを足裏で転がす、ボールロールや、転がっているボールの少し前を交互に跨ぐ、シザースや、瞬時に片足でもう片方の足へ弾き、弾かれたボールをもう片方の足で止める、ダブルタッチ等のドリブルで主に使うテクニックを確認していくように、順に織り混ぜていった。


「……ほお」


 そんなテクニックを織り混ぜたドリブルで半面コートを周る俺の様子を見ていた斎藤先輩が、そう感嘆したような気がしたが、意も介さずに、ドリブルで鈍った感覚を慣らしていったのだった。



 セレクションの時は、近づいている。





 

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