プロローグ
僕は、薄目をあけて眩しく照りつける太陽を見た。
薄い麻でできたカーテンを、容赦無く貫いて熱を伝える陽射しに、僕は少しだけうんざりした。
遠くで優しい母が僕を呼ぶ声がする。
「お兄ちゃん!」
とても長くて、出入り口をふさいでいるドアがわりの暖簾をパッとひるがえして、妹がころころと部屋に駆け込んできた。
彼女は僕のおなかに飛び込んで、手足をばたつかせながらきらきら笑った。
「お兄ちゃん、今日はお父さんが帰ってくる日だよ!」
そうなのだ。
今日は、もうずっと、ひと月以上も家を離れて町に仕事に出ている父が帰る日だ。
僕は妹の両脇に手を入れて軽く持ち上げ、床に立たせた。
「今日はごちそうだな、父さんはきっと町でいろいろな珍しい食べ物を手にいれてくれるだろう。
ここでは作れないぶどう酒も、オレンジやレモンも、たくさんだ」
僕がそう言うと妹はますます顔を輝かせて笑った。
「だから今日は、僕らも仕事を早いこと片づけて、父さんを迎えに行こう」
僕は寝巻きから、活動的な衣服に着替え、砂沙漠でも沈み込まずに歩くことができる特別なブーツを履いた。
少し遅くまで寝てしまったので、家(といってもテントのような革張りの簡易なものだ)の外に出ると太陽はまさに頭の真上に昇ろうとしているところだった。
母は駱駝たちの乳を搾りながら、彼等の背を撫でてやっているところで、起きてきた僕を見ると、「今日はお寝坊さんだったのね、きっと疲れていたから」と言って微笑んだ。
僕は左手で妹の手を取り、右手に斧を持つと、湖のそばの林に行くことを母に告げた。
水を入れた駱駝の革袋を腰にくくってやると、妹はきゃいきゃいはしゃいだ。
いつもと変わらない、平和で温かい一日が、今日も始まるのだと、そのときは思っていた。