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東の狂犬は、万年Eランクにしか懐かない  作者: 揚げ太郎
【第1章】狂犬との出会い
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狂犬に慈悲はない



 討伐ポイントの森までは、何事もなくスムーズに到着した。

 木々の隙間から覗き込むと、前情報の通りオークが3体、広場をうろついているのが見えた。

「ツバキ。あのモンスターが今回の標的だ。3体とも取り逃がさないように頼むぞ」

 俺が小声で指示を出すと、ツバキはあからさまに呆れた目で俺を見た。

「な、なんだよ!」

「おっさんは本当に駄目だなぁ。3体どころじゃない。もっと奥に、うじゃうじゃ気配があるぞ」

 ツバキの指摘に、俺はギョッとして息を呑んだ。

 彼女の視線を追って後方の暗がりまで目を凝らすと、木々の奥に無数のオークの赤い瞳が光っているのが分かった。

 背筋に冷たい汗が伝う。

 先日のダルタンさんとの会話が、不意に脳裏をよぎった。

『前情報より、モンスターの数が多くてな』

――何かがおかしい……!

「ツバキ! いったんギルドに戻って報告しよう!」

 俺が振り返って叫んだ時には、すでに隣にツバキの姿はなかった。

「全部叩き斬ってくるから問題ないぞ!」

 楽し気な声が響いたかと思うと、一瞬で距離を詰めたツバキが、すでに1体目のオークの首をパスタでも折るかのように容易く刎ね飛ばしていた。

 速い。そして、何という規格外の強さなのだ。

 あっけにとられている間にも、ツバキは血の雨を降らせながら、群がるオークたちを次々と討伐していく。

(……なんだ、ただの杞憂だったか。この調子なら、怪我一つなく無事に帰れそうだな)

 圧倒的な蹂躙劇を安全な後方から見つめ、俺は完全に気が緩んでいた。

 だから、自分の足元が『巨大な影』にすっぽりと包まれていることに気がつくのが、致命的に遅れてしまったのだ。

 異変に気がついた直後――背後から、とてつもない衝撃が俺の体を襲った。

「が、はっ……!?」

 視界が弾け、呼吸が完全に止まった。

 殴られたのか? 何が起きた?

 全身の骨が軋み、千切れるような激痛が走る。

 地面を転がり、肺から無理やり空気を絞り出しながら、衝撃のあった方向へなんとか視線を向けた。

 そこには、通常のオークより二回りも三回りも巨大な、岩山のような巨体があった。

 身の丈ほどもある丸太の棍棒を軽々と振り回す、王の風格。――『オークキング』だ。

(ば、バカ……な……)

 ボスモンスターが、こんな街のすぐ近くの森にいるはずがない。

 叫びたかったが、口からはヒューヒューと血の混じった空気が漏れるだけで、声にならない。

 逃げようと脳が命じても、全身が麻痺したように重く、指一本すら上手く動かせなかった。

 オークキングが、トドメを刺そうと巨大な棍棒を振り上げる。

「おー! なかなか強そうな豚だなぁ!」

 絶望の淵で、ツバキののんびりとした場違いな感想が聞こえてきた。

 普段は敬遠している常識知らずな奴だが、死の淵にある今の俺にとって、これほど頼りになる存在はいなかった。

「たす……け……」

「いざ勝負!!」

 血を吐きながら伸ばした俺の手も、掠れた声も、闘志に火がついた彼女には全く届いていなかった。

 ツバキは俺の窮地など目もくれず、オークキングへと一直線に跳躍する。

 凄まじい衝撃音が数合響き渡った。

「なかなかの膂力だが、遅いな」

 ツバキは空中でオークキングの凶撃をいとも容易く逸らすと、そのまま刃を一閃させ、巨獣の太い首をあっけなく刎ね飛ばした。

 ズゥン……!! と、地響きを立てて巨体が沈む。

 終わった。よかった、これで助かった……。

 薄れゆく意識の中で、俺は心底安堵した。

――そう思ったのも、束の間だった。

 ツバキは地面に転がったオークキングの首を拾い上げ、持参していた布に素早く包んで肩に担ぎ上げた。

 そして、輝くような笑顔でドヤ顔をキメると――

「早く、受付の姉ちゃんに報告しなきゃな!」

 パンッ! と土を蹴り上げ、俺を一瞥することもなく、猛スピードでギルドの方向へ走り去ってしまったのだ。

「…………え……?」

 森の静寂が戻る。

 重傷を負い、立ち上がることも、声を出すこともできない状態の俺は。

 血だまりの中、ただ一人、冷たい森の奥に取り残されてしまったのだった。

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