南の宝石
翌日宿屋に、南都市のギルド長からの正式な使者が訪れた。
ツバキは「えぇ!? 今日は劇場とやらに一緒に行く約束だったじゃないか!」と乗り気じゃなさそうだったが、流石に他都市のトップからの直接の要請を無視する訳にはいかない。
俺はなんとか彼女を宥めすかし、再度ギルドへと足を運んだ。
案内された豪奢なギルド長室の重厚な扉を開くと、そこには息を呑むような美女が待っていた。
(これが、『南の宝石』と称えられるルミオン・ギルド長の美貌か……!)
俺が思わず見惚れて呆けていると――ドスッ、と。
脇腹に鋭い衝撃が走った。
「痛っ!?」
見下ろすと、ツバキがジト目になりながら、俺の脇腹に容赦のない肘打ちをかましていた。
「はじめまして。南都市ギルド長のルミオンだ」
俺が脇腹をさすっていると、ルミオン・ギルド長はクスリと笑い、優雅に扇子を広げて話を切り出した。
「今回、改めて君たちを呼んだのは他でもない。私からの『直々のクエスト』を受諾して欲しいからなんだ。察していると思うが、昨日君たちが路地裏で発見した冒険者たちと同様の事例が、最近この街で頻発している」
やはりそうか。
昨日の受付嬢の隠蔽するような反応から、大方の予想はついていた。
「被害者たちがあの状態でな。敵の情報が一切掴めず、我々もひどく困窮している。ここ最近の他都市の傾向から推測すると……」
「また、変なモンスターが出ているってことか?」
ツバキが言葉を継ぐと、ルミオン・ギルド長は静かに頷いた。
「その通りだ。未知の変異種モンスターによる事案である可能性が極めて高い」
「……依頼されたいことというのは、その変異種の原因調査でしょうか?」
俺が尋ねると、ルミオン・ギルド長はパチンと扇子を閉じ、ゆっくりと首を横に振って否定した。
「いや。君たちへの依頼内容は、我が都市のAランク冒険者・ゾランの『護衛』および『サポート』だ」
「Aランク冒険者の護衛?」
俺は疑問符が浮かんだ。
Aランク冒険者といえば、都市の最高戦力と呼ばれる存在だ。その護衛を外部に頼むというのは、どうにもしっくりこない。
「疑問に思うのはもっともだね……」
ルミオン・ギルド長は、ふっと自嘲するようにため息をついた。
「他都市の冒険者にはあまり話したくないのだが、ゾランはいま深刻なスランプでな。我が都市は冒険者の数こそ多いが、彼に代わる高ランクとなると代えがきかない。応急的に『Sランクの派遣要請』をかけているが、思っていたより申請受理まで時間がかかりそうでね」
「Sランクの要請! そんなことが可能なのですか!?」
俺は思わず聞き返してしまった。
Sランクといえば、王都に所属する世界に三人しかいない英雄たちだ。
いくらギルド長といえど、一都市の権限で派遣要請なんて可能なのだろうか?
「できるさ」
ルミオン・ギルド長は平然と言い切る。
「必要なのは莫大な金と……なんだと思う?」
意味ありげに微笑む彼女の底知れない瞳に、俺は息を呑む。
「まぁ、企業秘密だ。そんな困った状況のなか、噂の腕利き冒険者が我が都市に遊びにきていると言うじゃないか。ぜひとも臨時の協力を仰ぎたくてね」
ルミオン・ギルド長は、キィッと革張りの椅子に深くもたれ掛かった。
「それに、ギルドとしてトップスターのゾランが落とされるのは、ブランディングとして非常に困るんだよ」
まぁ、少し検討してみてくれ。
そう言うルミオン・ギルド長の目は、すでに俺たちが受理することを確信しているような、逃げ道を塞ぐ目であった。
一通りの話が終わり、俺たちが一礼して部屋を出ようと背を向けた、その時。
「あぁ、そうだ」
ルミオン・ギルド長が、ふと思い出したかのように背中越しに声をかけてきた。
「トビー君。随分ランク差のあるパーティを組んでいるが、現場で困ることも多いんじゃないか?」
「……え?」
「彼女は類まれな才能を持っている。大人の君がしっかり『自分の価値』を示さないと――いずれ君は、彼女の重い『足枷』にしかならんぞ? 君はこれから、どうしていくつもりなんだ?」
振り返ると、何かを試すような、あるいは期待しているような鋭い目が俺を真っ直ぐに捉えていた。
「どうするって……」
俺は視線を逸らし、自嘲気味に口角を上げた。
「まぁ、俺はチュートリアル役というか。ツバキが本領発揮できる立派なパーティが見つかるまでの、『繋ぎ役』って感じですかね」
俺のその答えは、ルミオン・ギルド長のお気に召さなかったらしい。
彼女の瞳から、スウッと熱が引き、急速に興味を失ったような冷たい目へと変わった。
「そうか」
パチン、と再び扇子が広がる。
「なら、その『役目』を無事に果たせるよう応援しているよ。退出して構わない」
冷たくなった声に背中を押されるように、俺たちは重い扉を後にした。




