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退魔の英雄  作者: 明太子
外界之魔陰
70/81

60 開いた穴。埋める知識。

毎日投稿二日目。

こう言う修行シーンて書いてて楽しい。


では、楽しんでください!!

 ──────暗転。


 電光に照る汗が群れを成して空を舞う。目には止まる速さであるそれも瞬きをすれば刹那と化す。だが祐はそれよりも速かった。

 重心の移動に無駄がなく、まるで流れる風と変わりがない。

 摩擦と言う物理の根幹を揺るがすような潤滑な動き。

 

 基礎練度其の二──────動作。祐はそれをモノにした。

 あれから五日が経過した末の結果であった。日はまだ浅く、太陽が地平線の下に潜っている空間。平常的に見て怠惰な祐であるが、この日この瞬間のみは精励であった。

「はぁ....はぁ.....どうよ」

板の間に滝のような汗を流しながらに祐は景千代に問い掛ける。

 入り口の枠に寄りかかりながら見つめていた景千代は、無言と首を縦に振った。

「はぁぁ.......や、やっと出来た」

張り詰めていた集中が解けるや否や祐はそのまま後ろにビタンと倒れた。呼吸が荒れていて、吸い込む量より吐き出す方が必然と多くなる。入り組んだ支えの横柱を阿弥陀籤(あみだくじ)の様に祐は目で追った。

「半日で纏いを身に着けて、五日で動作を身に着けるか......認めたくないけどお前、ホント凄いやつだな」

視界の端から現れた景千代は、顔を顰めながらにそう口にした。だが前とは異なり既に祐には微笑み返す気力さえも残っていない。

 痙攣する指の先と、瞼の動きは連動し絶えない。

「なぁ.....一つだけ聞いていいか?」

「何だ?」

喉に潤いと言うモノが存在しないような擦れた声で祐は問いかける。

「基礎練度の制御って、動作と比べてどっちが難しい?」

「──────制御」

少々の為から繰り出された一言は、殺人級の一撃であった。断崖絶壁に生える一つの枯れ枝に捕まるような祐の意識はその重みに耐えられない。ぽきりと折れたそれと同時祐の瞼は、久しく上がらない。

「ありゃ落ちたか......まぁこんだけの動きを朝晩五日と続けてたらそうなるか──────汚ぇな」

汗が染み込んだ支給の戦闘装束は、重たく触れるだけで指先に汗が絡みつく。景千代は眉を顰めて舌打ちを鳴らし、祐の横腹を軽く蹴とばした。





 十一時三十一分。祐は震えながら目を覚ました。何故ここで眠っているのかなど、色々な疑心こそある。

 だがどうしてかパンツを残して祐は服を剥ぎ取られていた。という事実がその疑心を根こそぎ折って見せた。

「追剝に会った記憶は無いんだけどなぁ」

布団を捲り近場に添えられていた、袴に身を包む。ほんのりと薫る花弁の匂いが祐を包み込んだ。

何処か既視感の在る経験に祐は不可思議と障子を横に引く。

 ──────やはり嘉美が居た。祐が目を覚まし、障子を引けばそこに彼女は存在している。

(この人......先読め過ぎでは?)

彼女の横には疲労困憊の祐を労わらんと、偉く仰々しい馳走が並んだ。見るからに朝としての役割を放棄した飯に祐は首を傾げる。

「時間も時間ですので、昼食用としてお持ち致しました。足りなければ私の名を呼んでいただければ御代わりをお持ち致します」

「はぁどうも.......」

それでは。と嘉美は言い残すと、障子の枠が擦れる音だけを鳴らす。

「そっか──────もう昼なのか」

適当に折りたたんだ布団を壁の端に追いやると祐は、両手を合わせた。立ち上る湯気に絡み付いた無数の匂いと言う残留粒子は、服の匂いを軽々と超越する。

「──────うめぇ」



 七月九日。二ヶ月以上に及ぶ素数番街限定の夏休みの期間の十分の一が経過しようとしている。

 この白髪の少年を除いた皆が何をしているのかは定かではない。

 宿題。旅行。買い物。趣味。部活。はたまた実家への帰省等々。千の人間が居ればその夏休みは千通りあるわけだが、一つだけ断言できることが祐には在った。

(何で俺は今こんな武道場で異能の鍛錬を積んでんだ?)

空調らしきモノさえ備えられていない空気による蒸し風呂と化した現代外れの板張りの空間。汗は絶え間なく祐を冷却しようと盛んに働くが、熱っされた空気はその上を越えていく。

「それで......基礎練度の制御って何を制御するんだ?」

「何言ってんだか?闘力に決まってんだろ。それ以外で何か新しい事学んだかぁお前は」

嘲笑うとかではなく殆ど軽蔑するように口を開く景千代に祐は申し訳程度に溜息を吐く。

「んな事は分かってるよ。そうじゃなくて、もう殆ど制御は出来てるじゃねぇか?これ以上何をって意味だよ」

「やっぱりお前ってホント莫迦だな。どうしようもなくて、泣けてくるわ」

「んじゃ立った二文字で成り立ってる熟語の説明を頼むよ。ご生憎俺は随分と阿呆なモノでしてね」

珍しく祐が喰ってかかると景千代の眼が鋭角に煌く。だが色は反して鈍い。

「弱いくせして中々に偉そうな口を利くようになったわね。お前」

声の質がやけに低く、夏の暑さを見事に冷ましてみせる。

 まだ十日余りの付き合いではあるが、景千代について祐は少しだけ分かったことが在った。現代的価値観に配慮しない言い方にはなるが、景千代は女でありながら随分と口調が荒く男らしくある。特段そこに対して変だと感じることは無いのだが、時々女らしい口調に戻る瞬間が存在した。

 先程の台詞の様に。この際、景千代の感情は二択に集約する。

 

 ──────堪忍袋の緒が切れているか

 ──────限界まで疲れ果てているか


 確率は五分でありその場その場で感情の判断を取ることが必要になる。しかしそれは祐が盲目であった場合に限る限定条件なのだ。

(断言しよう。この目をしてる人間が疲れてるたぁ思えん)


 はぁぁぁ...... 


 短い期間での連発した溜息。不幸になるからするべきではないと八田に言われた祐だが、それは本当の様であった。

 左側頭部への上段回し蹴りは、最早残像を残して祐を撃ち抜いた。筋が引き千切れる寸前まで伸びた首の先、見た目以上の重量を携えた頭部を中心として祐はぐるりと横に回った。

 基礎を知り得た景千代はやはり祐よりも数段強い。





「──────つまり、今まで動作の為に纏ていた闘力を脚から腕へと流すと?」

「やっと分かったか?小説だったら二ページ分に相当する説明だったんだからこっちの苦労を汲めってもんだ」

板の間に正座をした祐は、ちんまりとした藤原景千代を見上げていた。だからと言って威圧感が増すわけでも無く、ただ小さいなと再認識するだけに過ぎなかった。

「けどそれだけなら、動作の方が何十倍も難しくないか?あっちは波紋も作らず水の上を走れって言ってるようなもんだったんだぞ?」

「じゃあ今回はその走る水を創ってもらおうか」

単純に祐は目を細めた。首を傾げ、天井を見上げてみたりする。だが景千代の例えは限界まで伸ばしても届かない背中の痒みの様であった。

 偉く頓智気な顔をしていた祐を見かねてか景千代は溜息交じりに首を振る。

「既に準備されていたそれを崩さないように動かす事。それが動作。けど制御は備わっていなかった場所に備えを与え、備わっていた部分から備えを減らす事。つまり攻撃に転ずる瞬間に腕闘力が無ければどれ程速く動こうがそれは死んだ攻撃に成る。──────つまり動作の下で働く脳の制御って所かな」

「──────なるほど。何となく、あっいや何か完璧に理解が行った気がするわ」

やけに説明が単調としてたからかは祐にはとんと不明ではあった。

 だが今まで首を傾げずには居られない景千代の説明に対して、祐は初めて瞬時にそれを理解できたのだ。

 まるで抜け落ちていたピースがピタリとはめ込まれた様に。

「いやに物覚えが良いじゃないか。毎回そうだと助かるんだがな.....それじゃやってみろ」

道理なんてものは無い。愚か、道があるのか無いのかすらも教えてはくれない祐の師匠代理人は考えを教え後は放置する新手の育成ゲームと勘違いしているようであった。

「あのなぁ理解したからってそれを体現するのってそう簡単な事じゃねぇだろ....まぁやるけど」

髪の毛をぼさりぼさりと掻き毟ると、これが気持ちよく顰めていた眉がつうと上がる。

 


 深い呼吸は祐の体に集中を渡した。

 纏い。それを乱れぬように動作させるための集中。

 だが此度はそれとは違う。

 動かさなかったモノを動かす思考。

 どれ程動かしどれ程残すのかという意識。

 難しい事なのだろう。身体が硬くなることに意志は要らずとも、身体を柔らかくすることに意志が居るように。

 しかし今の祐は頭と体とが気味悪く連動する。景千代の説明がピタリと祐を繋ぎ止めそして意志させる。


──────そう。鬼川祐は体現への自意識を必要としなかった。だから呼吸は深まった。

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初見でしたら第零話から読んでもらえると助かります。

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