56 悪役令嬢の狂気
2人の女王が君臨するトワイス王国は、人間たちが目を疑うある法を制度化し、同様の制度を取り入れない国を敵国とみなすことを宣言した。
いわく、頭にリボンをつけたタヌキを見つけた場合、決して傷つけてはいけない。
もし、リボンをつけたタヌキを傷つければ、人間を傷つけた以上の罰を与える。
ゼルビア王国をはじめとする周辺諸国の多くは、トワイス王国に同調した。
リボンをつけたタヌキと出会うことはないと、人間たちはたかを括っていたし、トライス王国は戦えば強かった。
長年、魔王領との最前線に位置し続けた国だと思われているが、トワイス王国が国として戦う時、前線に立つのは人間の衣服に身を包んだ魔族の男たちなのだ。
トワイス国の女王は、リボンをつけたタヌキが狩られた翌日には、相手に宣戦布告を叩きつけた。
相手がどんな大国であろうと容赦はなかった。
トワイス王国は、絶対に勝てないと言われた国に対しても、常に勝利した。
戦場で雌雄を決することは多くなかった。
ほとんどの場合、戦端が開かれる前に、相手国の重臣が不審死を遂げた。
まさか、敵国の女王がモブ化して暴れ回っているなどとは、誰も考えないのだ。
立ち塞がる国々をねじ伏せているうちに、トワイス王国は周辺諸国をしたがえる帝国へと成長した。
トワイス国の公爵位を持つ男に角が生えていることは、ごく一部の者しか知らないことだ。
魔王領は、トワイス帝国の公爵領となり、リボンをつけたタヌキが最も多く見られるのが、かつて魔王と呼ばれた魔族が治める公爵領の中だった。
「おーほっほっほっほっほっほっほっ!」
「シャンテ、どうしたの?」
かつての王都は、帝都と呼ばれていた。
産業などない国だったが、何もしなくても、勝手に繁栄していくようだ。
帝国の中心、世界を見下ろす塔の最上階で、高笑いするシャンテに、まどろんでいたマカロンが尋ねた。
「世界中を探し続けて、ようやく私が復讐するべき相手を見つけましたわ」
「シャンテ、復讐しなくちゃいけないの?」
「もちろんですわ。復讐することこそ、私の生きがいですわ。おーほっほっほっほっほっ!」
シャンテが上機嫌だと、マカロンも嬉しそうだ。
果物が積み上げられたテーブルで寝そべつていたマカロンが、シャンテに飛びつく。
シャンテがマカロンのどっしりとした体を受け止めた。
「それで、誰に復讐するの?」
「この私に、モブ化なんてスキルを押し付けた、黒い服の悪人ですわ」
「へぇ……誰?」
「誰かとは、言いにくいですわね。でも、何者かはわかりましたわ」
「何者なの?」
「おーほっほっほっほっほっほっほっ! 教えて差し上げますわ。それは、神ですわ」
「それ、なあに?」
マカロンが首をかしげる。
魔族の男たちは、その概念を知っている。
だが、魔族の女たちにとっては、あまりにもどうでもいい存在なのだ。
「おーほっほっほっほっほっ! 世界は手に入れましたわ。神への復讐こそ、私がすべきことですわね」
シャンテは、マカロンを高く掲げた。マカロンは嬉しそうだ。
シャンテと遊べることが、何より嬉しいのである。
「シャンテ! 高笑いが聞こえたよ。いるんだよね」
最上階に出入りできる者は限られている。
女帝付きの侍女ミリアの他は、帝国の公爵となぜか一緒にいる大タヌキ、そのほかには、勇者の肩書きを持つ女である。
「おーほっほっほっほっほっ! マリア、またお仕置きしてほしいんですの?」
「ち、違うよ!」
勇者マリアは、頬を赤らめて叫んだ。
「私もやる」
まだ勇者が嫌いなマカロンは、爪を伸ばした前足を振り回した。
「そんなんじゃない。シャンテ、最近姿を見なくなった魔族が、また暴れ出したんだ。帝国軍の出動要請が来ている」
勇者マリアは、丞相の地位を与えられていた。
シャンテが好き放題やる一方、実際の国の運営を担っているのは、マリアとかつての仲間達なのだ。
「特徴は? タヌキは連れていますの?」
「ううん。でも、報告では、魔族と同じくらいの数のトラが目撃されている」
「シャンテ、パパと以前縄張り争いをしていた魔族よ」
「……魔族って、何種類もいますの?」
「もちろん」
「縄張り争いの結果は?」
「パパは、今でもトラ柄を怖がっているわ」
シャンテは、マカロンの毛皮を撫でた。
「おーほっほっほっほっ! 相手にとって、不足はありませんわ。マリア、先陣は任せますわ」
「わかった。オレに任せて」
勇者マリアは、嬉しそうに拳を打ち鳴らした。
※
数年後、目立たない女性に抱かれたまま、玉座に座るタヌキの前に、黄色い肌をした恐ろしい魔王が額ずいた。
自ら頭を下げたのではない。
縛り上げられ、転がされたのだ。
「おーほっほっほっほっほっほっ! 魔王、最後に言い残すことはありまして?」
タヌキを抱いた目立たない女性が玉座で高笑いを上げた瞬間、トワイス帝国に与する国々の代表や元魔王領公爵、帝国の重臣となった勇者マリアとその仲間達が、一斉に平伏した。
ただ、しばられた魔王はぽかんと口を開けている。
シャンテは、高笑いによって自らの存在を示すことができる。
逆に言うと、高笑いをしなければ、ずっとモブ化したままなのだ。
高笑いの力も、シャンテのことを知る相手にしか効果はない。
黄色い魔王は、タヌキを抱いた目立たない女が、突然笑い出して話し出したとしか理解していない。
「女王、お待ちください。この者も、魔族を率いて自らの同胞を守ろうとしていただけなのです」
「パパ……むぎゅ」
口を開いたのは公爵であり、元魔王である。
発言しようとしてマカロンの口を、シャンテは塞いだ。
「私にお任せないな」
「うん。任せる」
マカロンは、シャンテに身だけでなく全てを委ねた。
「マリア、猿轡をはずしなさい」
「いいのですか? 魔法を使うかもしれません」
「魔王の使う魔法を対処できない、あななたちですの?」
「違いない」
笑ったのは元魔王だ。現在はトワイス帝国の公爵だが、公爵領では現在でも魔王なのだ。
マリアが黄色い魔王の猿轡を外す。
「魔王、あなたには、この子が何に見えますの?」
「……タヌキだ」
「貴様!」
シャンテが掲げたマカロンをタヌキと呼んだ魔王に、公爵が激昂する。
「連れておいでなさい」
「はっ」
走って行ったのは、マリアの1番目の夫である騎士団長ソマリアだった。
丞相という、宰相と元帥を兼ねる独特の地位にいるマリアは、その激務から、4人の夫を持つことが許されていた。
ソマリア元王子により、鎖で縛り上げられたトラが引き摺られてくる。
「ああっ! お前!」
「あなた! 助けて!」
トラが叫んだ。シャンテにはそれが言葉として聞こえた。
だが、多くの人間たちには、トラの咆哮としてしか聞こえなかった。
シャンテは、魔族の女たちとの交流で、魔族の女性が獣の姿をしていることを理解していない人間には、魔族の女の声は動物の鳴き声としてしか聞こえていないのだと知った。
マカロンの口を塞いだのは、マカロンが話すことを知られることを恐たのではなく、マカロンの声にこたえた公爵が、マカロンを娘であることを前提に受け答えするのを避けるためだった。
「おーほっほっほっほっほっ! この魔族の妻は、トラですわ! あのトラは、この魔王の妻ですわ! この魔王がどうして人間を殺したのか、人間がこの魔王と一族に何をしたのか、よく考えるのですわね!」
「シャンテ、それじゃ……」
「おーほっほっほっほっほっ! マリア、ここから先は、丞相であるあなたの仕事ですわよ。公爵!」
「はっ!」
「お菓子を食べに行きますわよ」
「わーい」
マカロンが声をあげてはしゃいだ事実を、人間たちはただ獣の鳴き声として認識していた。
「わかったよシャンテ。オレにも、残しておいてよ」
「まあ、マリア、あなたが私に残しておいたものなど、ありまして?」
「それは、シャンテが要らないって言ったんじゃないか」
「当然ですわ! 他人の男を喜んで貰う女が、どこにいまして!」
「シャンテの縁談なら、探してこよう」
公爵が真面目に言った。
「おーほっほっほっほっほっ! 角が生えているのは、ごめんですわ」
「ふむ。それでは難しいな」
「さあ、マカロン。お菓子を食べたら、あれを捕まえてギャフンといわせる作戦を立てますわよ」
シャンテは、指を上に向けた。
シャンテの最終目的が、自分をモブ化させた神に対する復讐であることは、一部しか知らない。
「さすがシャンテ。でも、どうするの?」
「おーほっほっほっほっほっ! それをこれから、考えるのですわ」
シャンテがマカロンを抱き、公爵を連れて退場する。
女帝が存在すると言われながら、誰も本当の姿を知らないと言われるトワイス帝国で、いつまでも高笑いが木霊していた。
今話で完結です。
最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。
ありそうでなかった、悪役令嬢が改心せずに暴れまわる物語、個人的に大好きなのですが、いかがでしたでしょうか。
感想や評価を頂けると、ありがたく思います。




