願い
北山もライフルを見るのは流石に初めてだ、志村はこんなものを用意していたのかと驚いていた。そんな北山に向かって紫乃が背中のライフルを手渡そうと背中から前に持ってこようと奮闘しているが、ぬいぐるみが邪魔そうだった。
「これを渡せって萌が言ってたよ―。流石にこの数は無理だよね―、紫乃は早く逃げようって伝えたんだけど監視カメラで逃げ場は無いとか言っててえーっと。えーと。これ!」
何とか重火器を渡そうとする紫乃へ北山は断りをいれた。
「それは流石に使ったことがないし使い方も知らない」
「えー? えー!? 萌が渡せば分かるって言ってたけど? あと、これライフルっていう強い銃の形に見えるんだけど
弾は小さい奴でマシンガンに近いとか言ってたよー」
「あぁ、それは任せた。俺は休憩するよ」
目の前に広がるゾンビは数え切れるレベルじゃない。そして、逃げ場は無いらしい。北山が一人で逃げ出せば生き残れるかも知れない。それは志村も想定していた、当然の事だが北山一人ならなんとか生きていけるだろう。志村は北山が一人で全員を置いて逃げるとは思っていない。
否、置いていけない。
北山は一人で生き残る事が目的では無い。志村が同じ立場なら速攻で逃げ出すであろう場面だが、北山は皆と生き残る事を選ぶはずだ。
その手助けにと上枝紫乃へ最終兵器を渡すように志村が指示をだした。志村は受け取らない北山とぬいぐるみにどうしようか尋ねている上枝紫乃をカメラで見て笑っていた。
「んー、とりあえず。こうやってー」
紫乃はゾンビに向かって銃を構えたが、距離はまだ遠い。
「安全装置ってのがあるはずだからー、お。これかな……よし!」
予備のマガジンもいくつか持っていた。そして、とうとう紫乃はトリガーへ指を掛ける。
スコープへと、顔を近づけて中を覗くと……真っ暗で何も見えない。疑問を持った紫乃はスコープから顔を外すと同時に北山の腕が伸びでスコープ周りを操作した。すると、向こう側が少しだけ大きく見える。
「おぉー。これでゾンビを狙ってー」
紫乃はゾンビへ向かって発砲した。軽くトリガーを握ると激しい銃声が鳴り響いてマガジンが直ぐに空となる。その戦果としては特に――何もない。
遠いゾンビに向かって撃ったが当たらない。弾丸が小さい為、射程距離も数十メートルあれば良い方だった。撃った弾が何処にあたったのか紫乃自身も分からない。何故なら撃つ時にスコープを覗いていた目を閉じたのだから。
「ははは。俺が使ってもそうなってたよ」
北山はそう言って休憩を続けていた。飲み物や食べ物を摂取している……ゾンビが辿り着くまでにはあと数分だと言うのに限界まで体を休めていた。
「もー、紫乃が撃った意味ってあるのかな?」
「あぁ、もちろん」
誰にも当たらなかった。敵を殲滅する武器を使って敵を一人さえ倒していない。そんな上枝紫乃に対して北山は呟いた。
「宣戦布告だよ」
「そっか」
「あとはそうだな。アイツの願いを叶えてやるさ」
「うん?」
伝わってない紫乃を放置して、北山が立ち上がった。志村から貰ったバットを握り正面を見据える。その姿が紫乃には死地へ向かう戦士に見えた。
「あれ? もしかしてだけど、一人で特攻とかするの?」
「俺もどうなるか分かんね―けど、危なくなったら逃げてくるわ」
「じゃー、モコちゃんとここで眺めとくね」
出入り口の門前で紫乃はぬいぐるみのモコちゃんを隣に置いた。それと同時にゾンビの前に人影が現れる、移動速度はゾンビよりも速いので西城楓――クイーンが先頭に居た。
ソレを見て北山が歩みを進める、相手との距離は約五百メートル。クイーンがゾンビへ指示を出すと扇状に広がり始めた。狙いはただ一人と言わん行進に向かって、バット片手に北山は構わず突っ込んだ。全力でバットを振りゾンビの頭部を破壊する。脳漿をぶちまけたゾンビが動かなくなるのを確認する前に次々と周りのゾンビへと駆けていく。
なるべく倒したゾンビの対角となる場所へ走り倒していった。一人、二人と地に倒れる者がゾンビの歩行を邪魔する。十数体を倒す頃には三十メートルの円が産まれた。北山を中心にゾンビが迫りくる状況へ対して構わず――体力が続く限り北山はバットを振り続けた。
時には後方へドミノ倒しを発生させ進行を止める。ぐちゃぐちゃの足場で尋常じゃない汗を掻いてゾンビを殺す北山を見ているクイーンが頃合いを見て姿を出した。
囲み始めて全力で動いている北山の限界は近いだろうと判断してゾンビの進軍を止めた。
「北山はよーく頑張ったね。生まれ変わったらハンターとして頑張ってもらうから安心してね」
「……しらねぇよそんなの」
肩で大きく呼吸をしながらクイーンの方へ向かって北山は口を開いた。
「よぉ、久しぶりだな。それにしても……まぁ、随分と姿が変わっちまったな」
「確かに久しぶりだったわね。姿……深雪のこと?」
クイーンの顔は玲により破損した部分へ深雪の一部を移植していた。
「醜いな……」
北山が醜いと発した瞬間に、クイーンは熱を感じた。
「はぁ!? 醜い? 深雪の顔が醜いのは仕方がないのよ。あの女さえ居なければ、あたしもこんな顔になる必要はなかったのに!」
クイーンは確かに熱を感じたはずだが、その熱量が何秒続いていたのか? 自身が何を言ったのか記憶には残らなかった。北山が次に放った言葉でクイーンの時が止まってしまった。その言葉は至極単純でここに居るはずが無くて西城楓の大好きな――。
「よぉ、玲」
北山は最初からクイーンを見ていなかった。すぐ後ろに姿を現していた旧友――東里玲に話しかけた。左手首から先を失い血液を点々と垂らしながらクイーンの後ろを取っている。北山の言葉を脳が理解して後ろを振り向く楓……その隙を見逃さない。
バットを振り楓の顔面へ。
顎を砕く勢いでバットがぶつかり、膝から崩れ落ち楓は空を見上げた。
「どうひ……て、あひらが……ここに?」
目を回して呂律が回っていない楓がゾンビの玲に呟いた。下で見上げている楓を抱き上げる様に玲も体制を下げていく。
「あ……きら、あた……ひ……がんばっ……あ」
まるで唇を重ねる様な距離に……楓の頬が緩んでいた。しかし、鼻と鼻がぶつかる事も無く首筋へと玲が噛み付く。ゾンビ特有の食欲を持ち楓はひしゃげた声をだして、段々と動かなくなる。
その様子を見ていた北山は幸せそうな深雪の顔を見送り、玲に言った。
「今度は殺すわ……じゃあな、玲」
今までに無い力をバットに込めた。正真正銘……最後の一撃として北山は振りかぶった勢いで海老反りになり、まっすぐと縦に振り下ろした。その狙いは玲の後頭部へ向けて、全てを壊し二度と動かなくなるように……バットが壊れた。下にいる楓の首にバットの欠片が突き刺さった。
「終わった……」
全身の力が抜けて倒れそうな北山は周りを見渡す。四方八方を囲むゾンビの群れに自身の武器は無く、体力の限界も近かった。今、なんで自分が襲われないのかはクイーンの命令を守っていると北山は判断していた。そして、クイーンは玲と共に動かなくなった。
「……そろそろか」
制御不能となったゾンビの目が変わった気がした。今から襲うぞと言わんばかりに雰囲気が変わっていくが、北山はもういいかと諦めかけていた。
そして、時が迫る。クイーンの支配下から開放されたゾンビが北山聡へ向かって動きを始めた。
友人の全てを失った北山には、もう希望なんて無くて……あっ。
「ちょっと、待ったぁー!」
上枝紫乃が叫んだ声を北山は認識した。その後、爆音が鳴り響いた。




