LS:空へ、どこまでも…
そこは光の差さない闇の世界。
桜の根元、更に下。
天上から破壊の限りを尽くした球体は
海中の深い闇の中で木の根に
絡み取られて身動きが取れずにいた。
一瞬で空から海中に叩き込まれた光景に
球体の主、櫛木耕一は困惑していた。
少なくとも言葉が出てこない。
何が起きたか分からない。
耕一の感情はそれだけだった。
先程まで空に居たはずだ。
それが――――
(何処だ!? ここは、何処なんだ!?)
果たしてこの世界で海の中を見た人間がどれだけいるだろうか。
モニターには闇が広がっており、目を凝らすと何か(・)が
絡みついている様子は見て取れるが、それらが邪魔をして
奥を見通すことは適わない。
動かそうとするたびにミシミシと軋むような音が聞こえるだけで
まったく動く気配がしない。
通信もジャミングされているのか壊れてしまったのか、
まったく通じず、救援を呼ぶことも出来ない。
ひと思いに殺されなかった彼にとっては、
これから何をされるのかという恐怖もある。
それでも焦りを無理矢理押さえつけて、
周囲に打開策を見出す為に目を凝らして気を配る。
ふと、レーダーが何かを感知した、
(な、なんだ!?)
モニターに目を向けると何か遠くで蠢いているのが分かる。
この闇の先でも分かるほど巨大なものだからだ。
その巨大な存在はこちらに向かって猛スピードで近づいて来る。
「なんだアレは!?」
櫛木耕一にとって出来たのは
未知の存在に悲鳴をあげるだけだった。
未知の存在――――巨大な鯨は周囲の根ごと球体を飲み込むと、
更に闇の中に沈んでいった。
誰にも気づかれることは無いままに。
◇◆◇
それは和弘が意図したものではなかったが、
どういうものか察することが出来た者はいた。
「な、なんですか……あれ……?」
「桜、だな。データベースで見た事がある」
戦闘艦「けいちつ」のブリッジ。
呆然と発したオペレーターの声に
冷静に答えたのは艦長の高田輝一だ。
この異常な光景の中で彼の頭は何故か冷静だった。
混乱時の時に比べれば落ち着いてさえいた。
(もしかすると彼らかもな)
それは春に咲く花であることを知っている。
なんとなくだが、今はいない操縦士と整備士を思い出した。
落ち着いているのは、そのせいかもしれない。
この艦から失踪した春日和弘と桜木麻由。
専用機を持ち、相応の成績を収め、これから上り坂という
順風満帆とも言える人生を捨てた変わり者達。
(何をやってるかと思えば……本当に何をやっているんだか)
彼らの印象と言えば変な奴、と言えばいいのだろうか。
特異な感覚を持っている、と言う方が正しいのか。
もっと話してみても良かったと思う反面、
話したところで、その評価が変わることは無いだろうとも思った。
ただ、そうやって思うのは一瞬だけだ。
今はいない者に思いを馳せている場合ではない。
「出てるテツビトに帰還命令を出せ。
あと補給艦にもっと近づいていいと連絡しろ。
テツビト収容後、一端補給艦に戻る」
一通り命令を出した後で、輝一は椅子に深く腰掛ける。
なんだか疲れがどっと押し寄せてきたような気がする。
今まで神経が削られていたのだから当然だが。
(戻ってきた操縦士の奴らはいなくなった奴らのことを
詳しく知っているだろうか)
これがひと段落ついたら、
話を聞いてみてもいいかもしれない。
「通信にはちゃんと一言付け加えることを忘れるな。
『戦闘は終わった』とな」
◇◆◇
それは和弘が意図したものではなかったが、
彼らはしっかり察することが出来た。
『だから、あれは和弘だって言ってるだろ?
アイツの苗字知らねぇの!?』
『あんたこと何言ってるの?
麻由ちゃんの苗字知ってて言ってるの!?』
裕樹とトモのやり取りを
栗生はうんざりした表情で聞き流していた。
『お疲れ様、栗生。
帰還命令が出てるわよ』
「了解、あの2人はどうする?」
まだ言い合いが続く2人に注意するか?といったニュアンスで
聞いてみるが、美紀は意にも介していないようだった。
『放っておけば? 戦闘は終わったんだし。
あなたも疲れてるでしょうし、早く戻ってきなさい』
軽い返事で動かした手が震えていることに栗生は気づく。
恐怖ではなく、ただの疲れだ。
思えば今まで異常な状況に置かれていた。
裕樹とトモの言い合いも、その反動なのだろう。
機体を反転させる。
夕日が差すには、まだ早い微妙な時間帯。
黒煙の中を進んだせいか、照り返す機体は薄汚れているものの、
それは初めて生き残ったという誇りにも見えた。
「なぁ、美紀」
モニターに映る桜を一瞥する。
ふと、栗生が口を開く。
『何かあった?』
「いや……お前はどっちだと思う?
裕樹とトモの言い合いさ」
『あのね……』
馬鹿らしい、といった感情がありありと分かる美紀の声に栗生は苦笑する。
本当にくだらないことを聞いているなと自分でも思う。
『両方に決まってるじゃない。
あの2人、仲良しなんだから』
「それもそうだな」
そう、くだらないことだ。
あの2人が元気でやっていることが分かったのだから。
あの樹は美しく咲き誇っている。
それで十分だろう。
◇◆◇
それは和弘が意図したものではなかったが、
当人にとって察して欲しくない人も、ちゃっかり察していた。
(桜……データベースで見た事があるわ。
大地が沈んだ時に絶滅した植物のひとつだっけ?
九条姫香は今なお咲いている桜を目の前にしながら、
ある操縦士のことを思い出していた。
「操縦士の名前にちなんでいるのかね。
いや待てよ? 整備士の名前も確か……」
あの桜を咲かせたのは間違いなく、あの少女のテツビトに違いない。
その見知った移動方法から操縦士を連想するのは容易だった。
「……ということは、やっぱりあの操縦士ってことよね。
女装してたのは正体をバラさない為?」
テツビトがそういう外見なだけで、
別に女装でもなんでもないのだが、
とにかく姫香の直感はその操縦士が
春日和弘だと言うことを確信していた。
「まさか、あんなもの倒すとはね……」
思えば彼らは新人だったはずだ。
出会った時には大した成果を上げてるわけでもないはずだ。
それなのに姫香はただならぬ『何か』を感じて、
彼らを追ってきた……つもりだ。
「本当にアイツは何者なんだろうね」
姫香はまだまだ実力では負けてないと思っている。
だが、彼はそういう所とは違う場所にいるような気がする。
その結果が目の前にある。
自分を含め誰も相手にすらされなかった、あの謎の球体。
それを彼は倒してしまった。
「まだまだ遥か先はあるわけだ」
ガックリと肩を起こす。
しかし、すぐに顔を上げる。
その顔に浮かぶのは、いつもの不敵な笑みだ。
「それでこそ、だね。
やっぱり負けてられないわ」
やはり自分の勘は間違ってなかったと改めて思う。
まだまだ自分の知らないことがある。
それが分かっただけでもワクワクする。
閉塞してると感じていた。
だが、その先があることを彼が見せてくれた。
まだまだ未来は無限大だ。
◇◆◇
桜は巨大な枝を緩やかに揺らしていた。
舞い散る花弁は一定の距離を進むか海に触れると消えていく。
儚く消えるそれを見れば立体データで作られたものだと分かる。
桜から少し離れた所に少女は佇んでいた。
誰もが桜に見惚れているせいか、
宙に浮かぶ少女の存在に気づく者はいない。
「殺したんですか?」
「まさか。それは俺の役目じゃないさ」
モニターに桜を映して和弘は答える。
麻由は背もたれから身を乗り出して、
同じように桜を見つめていた。
戦闘は終わっている。
通信機を使う必要も無かった。
「これ、プレゼントだ」
おもむろに和弘が麻由に差し出したのは桜の枝だ。
自身のプライベートスペースから取り出したものだ。
花びらはひらひらと落ちては消え、
花は散ったにも関わらず、そこに変わった様子は無い。
「桜の枝なんて本当は折っちゃいけないんだけど、
あれもこっちもデータだからさ」
ここまで言ったところで和弘は恥ずかしくなってきた。
流れ的に自然に出してしまったのだが、実用性が皆無の代物だし、
気づいてしまえばとても照れ臭い。
冗談で済ませるうちに戻そうと考えていたのだが、
気づいた時には自分の手に桜の枝は無かった。
惚けたような表情で手に取った枝を見ている麻由を見て、
気分が悪くなってないことを知って、
和弘は取りあえず胸をなで下ろす。
「こ、これ、何処で作ったんですか?」
「鯨の中だよ。暇だったから作ったというか作って貰ったと言うか……
それにほら、このペンダントのお礼もあるからさ」
いらなかったら捨ててくれ、と逃げ道を作っておく。
暇つぶしのひとつとして作った物なので、
別に捨てられても和弘には特に思うところはない。
……少し悲しくなるのは確かだが。
それでも、いざという時に邪魔になるなら、
遠慮なく捨てても構わないとは考えている。
「あ、ありがとうございます!
大切に……大切にします!」
大げさだなぁ、と和弘は苦笑する。
喜んで貰ってるなら、出して良かったと思う。
「私、和弘さんからは色んなもの貰ってるのに、
その上こんな……」
「そりゃ、俺だって一緒だけど?」
「そんな、私は何もしてないですよ。
私なんか……」
「……俺もだ。実は気が引けてる」
二人で顔を見合わせて笑い合う。
これからどうなるか分からない。
少なくとも普通に生活するのは無理だろう。
「どこに行こうか、麻由?」
「和弘さんの好きな所へ、どこへでも」
少女はその場から飛び立っていく。
誰にも知られぬようにひっそりと。
空へ、空へと昇っていく。
どこまでも……
どこまでも――――
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。




